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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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夏は暑い。

じめじめとした湿気の多い空気が肌に張り付く梅雨の時期は、瞬く間に通り抜け、茹だるような暑さが体力を奪う夏が到来していた。


 シゴデキ(真)たぬきとシゴデキ(仮)沙也加が住まう江ノ上家も例外ではなかった。


「……あっつ〜い! 全然、冷房効かないよ〜! どうにかしてぇ〜……たぬきちぃ〜……」


 リビングで寝そべり、キッチンに立つたぬきちに助けを求めるのは、江ノ上の大黒柱である沙也加だ。


 彼女はノーメイクで、髪の毛を後ろで縛り、レッサー君が印刷されたてろてろになった部屋着を、引っ張ってはパタパタ――空気を入れるという、淑女としてなんとも言えない動きをしていた。


 たぬきちお怒り案件である。


「ギャギャッ! 暑いのはわかるポン! でも、もう少しちゃんとするポン!」


 そもそも自分だって暑い。

 なんだったら毛がある分、汗腺がない分、どれだけ服装を変えても、解決できない。


(って、これは言っても仕方ないポンね……)


 言って変わる事実なら、口にする。

 変わらないことなら、敢えて口にしない。


 家庭の平和を守り、自分の機嫌を取るイロハだ。


「ええーん、今日もたぬきちが厳しいよぉ〜! 私は、たぬきちだから頼っているのにぃ〜」


 あざとかわいいを通り越して、あざとウザ――になりつつある沙也加である。


 そんなくどいご主人に対して、たぬきちが取った行動は……。

 

「厳しくないポン! よーく考えてほしいポン! この姿を高橋課長さんや、七菜ちゃん、綾人くんに見せられるポン?」


 動物園で芽生えた新たな縁を、全面に出すことであった。


 これが効果テキメン。


 たぬきちの的を射た指摘に、沙也加はぐうの音も出ない様子だ。


「み、見せられない……」


 顔を赤くすると、その手で覆っている始末である。

 じゃあ、初めからちゃんとしていればいい。

 だが、それができないのが江ノ上沙也加という人間なのだ。


(ほんと……相変わらず、困ったご主人ポン)


 けれど、それでも進化していた。


 自ら蒔いた種とはいえ、上司からの誘いに応じた。

 さらには休日に出掛け、その姪っ子や同級生、そして保護者が現れても、動じることはなかった。


 それどころか、その時間を楽しんだのである。

  

 客観的に見たとしても明らかに社交性、そして社会人としての立ち振る舞いが、著しく成長を遂げている。


(家の中でも、変わったかもポン……) 

  

 しかしながら、そうなのだ。

 たぬきちが「かも」と漏らしてしまうように、大きく変わったと言えないし、なにをするにしても尻を叩かないといけない。


 だが、そこそこ……いや、普通にダメな人間なりに、なにかをしようとしているのも事実。


 となれば――。


(ここでやる気を削ぐのも良くないポンね)


 一度ダメなことは伝えたのである。

 そこをしつこく言うのは、あまり良くない。

 もう三年前とは違うのだから、違うのだから?

 

 とにかく、それで手打ちにする。

 そう考えたたぬきちは、酷暑問題を解決する為、キッチンから玄関先へと向かおうとした。


 その時。


「も、もしかして、そういうの普段から漏れ出てたりするのかな?! だから、あの日以来、お誘いがないとか……? もしかして、私ダメな奴だと思われてしまったとか?!」


 沙也加がひとりでに暴走し始めた。

 誘われないのは、当然のこと。

 そもそも、自分がしでかした過去の負の遺産(泥酔事件)を返済する為に、提案したものであり、姪っ子ちゃんのお弁当係というちゃんとした役目があった。


 さらには、相手はリスクマネジメントとモラルに人一倍気を使っていそうな、高橋課長である。

 ただの男女間ならともかく、彼のような人間が職場の女性を必要以上に誘うことの方が考えにくい。

 

「クキュ……」


 少し考えれば、振り返ればわかること。

 

 いつも通りのご主人にたぬきちは、呆れを通り越して、もう感心すら覚えた。


(成長したとしても、ご主人はやっぱりご主人ポンね)


 嘆かわしいような、なぜか少し嬉しいような、複雑な感情がたぬきちの胸で渦巻いていた。


 こういう存在だからこそ、傍にいる。

 いくら恩を感じていても、母のような無償の愛を捧げたいと思っていても、沙也加が完璧になってしまっては、その喜びも、やりがいも半減してしまう。


 言い表せないが、たぬきちは、その真理を。

 親心を心の奥底で、理解していた。


 けれど、同時にふと思った。


(そうはいっても、この暑さは異常ポンよね……どうにかしないとポン)


 それはそれとして、あまりにも暑い。

 生命の危機を感じるほどに。


(もう少し木が生えていれば、マシポンが……)


 たぬきちが、生まれ育った山は、とても自然豊かなところであった。

 そこには四季が存在しており、温暖化が加速する世界であっても、その影響は少なかった。


 しかし、この周辺は、たぬきちが住んでいた山の中とは違う。


 公園以外では、街路樹くらいしか木が生えておらず、当然、木陰も少ない。


(でも、銀杏の木が生えているのは、高評価ポン!)


 銀杏の木、その実であるぎんなん。

 干し柿同様に、のり弁を食べる前から、好物であったものだ。

 ただし、現在は、沙也加との取り決め(悪臭がするからやめて)により、家で食べることは禁止されている。


 ※とはいえ、ぎんなんを調理するのは許可されている。


 まぁ、それはそれとして、木が少ないということは、手を入れただけで、ひんやり冷たい小川のような水源もないのである。


(難しい問題ポンね……)


 いくらシゴデキといっても、いきなり目の前に川を作り出すことなんてできやしない。


 酷暑の解決方法に頭を抱えていると、


「――って、たぬきちさーん? 聞いていますか〜?」


 小刻みに震えた沙也加の声が響いた。

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