第70話 いつも通りの帰り道、いつもと違う帰り道
夕日が空をオレンジ色に染める頃。
沙也加は、いつもの帰り道をいつもとは違う服装で歩いていた。
(疲れたけど、なんだか凄く楽しかったな〜)
色々な偶然が重なって起きた、久しぶりの休日にお出かけというイベント。
(ほんと、なんであんな流れになったんだろ……)
飲みの席でしでかしたことがきっかけで、弁当を作ってくれと言われた。
初めこそお弁当要員だったのかと、やや落ち込んだ沙也加であったが、今はもうそんなことどうでもよくなっていた。
(七菜ちゃんも、綾人くんも可愛かったな〜……)
好きなことを好きと素直に表現する。
人目を気にすることなく、純粋に。
それは沙也加が社会人生活で忘れていたもの。
けれど、それも彼らと一緒に周ることで、自然と取り戻していた。
そして――気付けば、自分も同じように動物たちに目を輝かせていた。
(なんか……なんかわかんないけど、こういうのもいいな〜)
瞼を閉じれば、元気な声が。
小さな手の温もりが、まだ残っている気がする。
さらには――。
(そ・れ・にっ! 高橋課長の意外な面も見れたしね♪ これは由紀ちゃんと、彩音さんに報告しなければだよね! ふふっ)
意外に子煩悩、子供の話についていく為に、動物の解説を分かりやすく噛み砕いて話していた姿を、お昼休憩共にしている女子トークメンバーに報告しようとして――。
「いや、待って……あんまり言わない方がいっかー」
そう一人でに呟いてやめた。
みんな他人の色恋沙汰が大好きなのだ。
さらには、
(傍から見たら、社内恋愛だって言われてもおかしくないしね)
話の流れを伝えたところで、動物園でデートした。
それは紛れもない事実で――。
(というか、あの二人に話しちゃうと余計に広がりそうだし……)
決して悪気はない。
けれど、特に由紀と彩音は、浮いた話のない&男っ気のない沙也加のことを心配しているので、これ見よがしに広める可能性だってある。
(しかも、相手は皆が憧れるシゴデキ課長だしね)
同性からも異性からも、コンプライアンスを徹底している好感度MAXの相手だ。
そうなると、高橋課長に迷惑を掛けるかもしれない。
いや、一緒に行った高橋課長の姪っ子七菜や、同級生の綾人に、その保護者である津田風子にまで、その火の粉は飛んでいくかもしれないし、
(たぬきちのことも、どう伝わるかわかんないよね……)
飼っていたのが、犬ではなく、日本語を話すたぬきだということもバレるかもしれない。
もしバレた時は――。
(や、やっぱり国の研究機関とかに連れて行かれちゃうよね!? 実験台になるとか、嫌だよ〜!)
嫌なのはたぬきちの方である。
シゴデキ(仮)OLとして、それはどうかと思うポン! どこからか、そんな声が聞こえてきそうだが、ここは街中。
シゴデキ(真)たぬきは、いないのである。
(うん……言わないでおこう)
と心に決めた沙也加であった。
(――それにしても、色々と綱渡りだった日だったよね……いや、というか、バレていないよね?)
動物園にたぬきの着ぐるみ。
それが功を奏したのか、妙に子供たちと打ち解けてはいた。特に七菜と綾人に関しては、互いになにか耳元で話していたりと、従業員と客の距離感を越えているようにも見えた。
(やっぱり怪しい〜……)
と、眉間にシワを寄せて唸りながらも、そこはシゴデキたぬき、たぬきち。
リスク管理は完璧だし、もちろんガードも固い。
バレないように、躱せるように、色んな言い訳を持っているに違いない。
沙也加はそう思った。
(うん……きっと大丈夫だ。それに――)
バレたら大騒ぎになるであろう、大人組(高橋課長、津田風子)とは、距離を保っていたし、他の子供たち、保護者に対しても、写真に応じたり、握手したりなど、着ぐるみとして平等に接していた。
(そうか、そういうことだ! 七菜ちゃんと綾人くんが私の関係者だからだ!)
イッツポジティブシンキング。
たぬきちのマネジメントのおかげでプラスにしか、捉えないノミの心臓なのに、鋼のメンタルを持つ沙也加である。
けれど、ふとその脳裏にある光景が浮かんだ。
(でも、なーんか課長の様子が変だったんだよね……)
それは、帰り際のセリフ。
電車を待っている時、ホームでふと口にした言葉だ。
『……江ノ上君は犬より、たぬきが好きなのか?』
高橋課長は、口元に手を当てて、時折目線を逸らしながらも、どこか疑うような……少し探りを入れるような雰囲気も醸し出していた。
(え――っ?! あれって、バレかけているってことじゃな……い?)
場面を思い出したことで、ギョッとする沙也加。
(でもなー、そのあと忘れてくれって言われたし……)
そうなのである。
たぬきちの正体、そして沙也加が飼っているのが、犬ではなく、たぬきということに確証が持てないのか、自信はなさそうだった。
であれば――。
(そんなに気にすることないかー……)
特に今までと変わらない? 本当に変わらない?
いささか疑問に思うところだが、沙也加は切り替え、オレンジ色に染まる街の中、愛たぬきであるたぬきちが待つであろう、自宅に向けてゆっくりと歩き出した。
(また行きたいかも♪)
――そう心の内で呟きながら、ほんの少しだけ軽い足取りで。




