本能と推しの言葉に導かれて
オレンジ色の夕日が、若草色のカーテンから差し込む塵一つない綺麗なマンションの一室、沙也加とたぬきちの帰る場所。
シゴデキたぬきこと、たぬきちは沙也加のお古リメイクから、いつものエプロン姿へと着替えて、キッチンに立っていた。
「お祝いごとと言えば、やっぱりこれポン!」
それはふわふわのスポンジ。
雪のように真っ白で、ミルク感がたまらないホイップクリーム。
そして赤く色づいた甘酸っぱい苺が味でも色味でも、アクセントになっている、特別な日に食べる定番の洋菓子。
――苺のショートケーキだった。
このシゴデキたぬき、料理だけではなく、洋菓子までマスターしているのだ。
なんとも末恐ろしいたぬきである。
ちなみに、そのケーキ作りもホイップクリームを絞りデコレーションの仕上げに差し掛かっていた。
「こんな感じでいいポンね!」
長いマズルに付いたクリームをペロリと舌で舐め取り、短く「クキュ♪」と鳴いて満足気な笑みを浮かべて、尻尾をフリフリと振るたぬきち。
その表情は、とても穏やかで満ち足りている。
動物園で、殻を破った愛するご主人沙也加を見た時に、ふと生まれたお祝いしたいという気持ち。
その気持ちを抱えたまま、一足先に動物園を後にし、マルデ・プラザへ買い出しに向かった。
――が、そのスーパーに辿り着く直前で、洋菓子店から漂ってくる、香ばしいなんとも言えないバターと焼けた小麦の匂いがたぬきちの発達したマズルを、鼻腔を通り抜けたのだ。
たくさん動いた影響もあったのだろう。
いつもの数倍はいい匂いに感じて、気が付いたら、ショートケーキの材料を買っていた。
とはいえ、もともとは一度、沙也加に「お母さんみたい」と却下された【レッサーパンダ将軍、世渡り上手】にも、出てくる御赤飯を作るつもりでいた。
要は、推し活半分、ご主人への愛半分である。
けれど、
(空腹は一番のスパイス……レッサー君も言ってたポンね!)
推しの一言を思い出して、ひとりでに頷くたぬきち。
今回は、その推しの一言と本能に従うことにしたのだ。
理性から本能、本能から理性。
切り替えが早いのもシゴデキたる所以である。
(でも、今になって思うポン……これカロリー的には、御赤飯の方が良かったポンよね……?)
本能に従い、推しの一声に背を押されて選んだものの、果たしてそれはベストだったのか。
せっかくバランスの取れた食事で、減った体重が元に戻らないか。
自問自答を重ねてしまうが、そこはシゴデキたぬき。
決して、思考を停滞させない。
「いや、大丈夫ポン! 今日はたくさん歩いたから、摂取カロリーと消費カロリーの収支が釣り合っているポン!」
そういうと、第三の手を化した尻尾を器用に使って、エプロンのポケットから、スマホを取り出し、歩数を確認、確認。
「ほうほう……ポン」
画面に表示されていた歩数は、30000歩であった。
そこから、おおよその沙也加の身体情報、身長や体重、BMI値までババッと計算し、導き出した答えは――。
「やっぱり、大丈夫ポンね!」
小さく「キュキュッ」と鳴いて頷いた。
感情ではなく、データに基づく結論である。
やはり、真にシゴデキは、このたぬきと高橋課長くらいしかいないのかもしれない。
「クキュ♪」
(きっと、ご主人大喜びするポン!)
そう真シゴデキたぬきが尻尾をフリフリ、ウキウキ気分でデコレーションを進めていると――バタン、と玄関の扉が開いた。




