擬似家族現場
時刻は進み、十二時。
お昼時ということもあって、園内は、また違った賑わいを見せていた。
レッサーパンダやペンギンに夢中だった人々も、レストランのある入園ゲート付近や、レッサーパンダエリアのすぐ横にあるキッチンカー。そして北側のトラ舎近くにあるテイクアウト専門の飲食店に人だかりは分散していた。
それはもちろん、沙也加たちも例外ではなくて、北側のトラ舎から少し離れた芝生が広がるエリアに来ていた。
「これが江ノ上君の手作り弁当か……噂以上だな」
ブルーシートに正座&七菜を膝に乗せたシゴデキ課長こと、高橋恭介が割り箸片手に言った。
「あらぁ、本当にお上手ですね」
対して、その隣にいた風子は目を丸くし、感心した様子だった。
そして一度言葉を区切って、
「それよりも、私たちまで、お呼ばれさせて頂いて良かったんですか……?」
と、そう尋ねてきた。
当たり前の疑問。
子供同士が友達だと言っても、大人たちは初対面。
その上、全く関係のない沙也加が作った(そういうことになっている)弁当を分けて、一緒に食べるという流れになっていた。
だが、その問い掛けを受けた沙也加の表情は、ぱっと明るくなった。
まるで腫れ物が取れたかのように。
「大丈夫です! 三段もありますし!」
断言する沙也加。
そう、三段もあったのだ。
しかも、一段目は動物たちを表現した創作おかず。
二段目は、海苔でペンギンやレッサーパンダを表したおにぎり。
三段目は、手作りシュークリームといったように、バランスと遊び心にあふれたものである。
とはいえ――。
(食べきれないところだったよぉぉ〜!)
もうそれは運動会にでも行くのか? という感じで、沙也加、高橋課長、七菜の三人では到底消化できそうになかったのである。
要するに渡りに船状態だったのだ。
「……そうですか、本当にありがとうございます。きっと私だけだったら、綾人も退屈だったでしょうしね」
そう言うと、風子は、隣で弁当を食い入るように見つめている綾人に視線を向けた。
「ささっ、綾人もお礼を言って」
「ありがとうございます! さやかおねーちゃん!」
「いいえ〜!」
純度100%のお礼を浴びた沙也加は、そう応じながらも、
(め、めっちゃかわいい〜!!!)
などと、内心では悶えていた。
実に切り替えの早いOLである。
(というか、この状況――)
目の前には、礼儀正しい孫と、優しい祖母。
すぐ横には、かっこいいを体現したようなシゴデキ課長――高橋恭介と、その姪っ子の七菜。
動物園の話、保護者ならではの話題など、すっかり意気投合していて――。
(なんだろう……なんか家族って感じ……?)
それは、かつて両親に連れてきてもらった動物園の記憶。
動物たちを指差しながら、愛犬ポチの話で笑い合った、あの日々。
――社畜生活の中で、すっかり埋もれていた記憶だ。
(えーっと……この場合、一応、夢が叶ったと言えるのかな?)
少女の頃、誰もが一度は思い描く。
こんなふうに、誰かと一緒に笑う未来を。
(って、お父さんこんなにかっこよくないけど)
比べるは、姪っ子と自然な会話を繰り広げる、シゴデキだけでなく子守りも完璧な課長、高橋恭介。
確かに見てくれも、立ち振る舞いも随分と違う。
沙也加の父親は、黒縁メガネに短髪。
スマートとは程遠く、都合の悪いことがあれば、口籠り、母親に尻を叱れていた愉快な人。
恭介とは、真逆のタイプだ。
けれど、事実だけ並べたら、叶ったといっても過言ではないのである……ないはずなのに―ー。
(って、課長と私じゃ釣り合わないよね〜!)
妄想を捗らせたとしても、成長したとしても、あくまで沙也加はリアリスト。
この不思議な場面がツボにハマってしまって思わず、笑みをこぼした。
「ふふっ♪」
「ん……? 江ノ上君、どうした? 急に笑って」
たぬきち特製のおにぎりを頬張りながら、シゴデキ課長こと高橋恭介は尋ねた。
「いいえ♪ 気にしないで下さい! ちょっと思い出し笑いしただけですので!」
「……そうか、ならいいんだが――」
クスクスと笑う沙也加を前に、高橋課長は首を傾げつつも、膝の上に乗っている七菜の口元をおしぼりで拭う。
「ありがと! きょーたん」
七菜もまた、それを嬉しそうに受け入れて、純度100%のお礼を告げて、
「おばあちゃん! ぼくもおねーさんのつくったおにぎりたべたい!」
綾人が口いっぱいにおかずを頬張りながら、お弁当を指差して、祖母の風子が微笑む。
「うふふ、この子ったら――」
それに呼応したように、今度は七菜が風子の弁当を指差す。
「じゃあ、ななは、あやとくんのおばあちゃんがつくったたまごやきたべるー!」
そして、それを高橋課長が優しい口調で嗜める。
「こらこら、口に入れたまま喋らない。うちの姪っ子がすみません」
「うふふ♪ いえいえ、賑やかでとても楽しいですよ」
美味しい弁当に、素敵な家族。
なんだかいい雰囲気になっていく、擬似家族現場であったが、
(そういえば……たぬきちどこ行ったんだろう?)
結局は、姿の見えないたぬきちのことが気になる沙也加であった。




