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江ノ上さんの同居人は、犬でも猫でもなくて、シゴデキたぬきです!  作者: ほしのしずく


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現れた愛たぬき!

 時を同じくして。

 ペンギンエリアで、沙也加はある“犬のようなシルエット”に気付いた――その時。


 犬っぽい謎の存在は、一歩前に出たかと思えば突如として叫んだ。


「ギャギャッ!」


(た、たぬきちだ!)


 間違うことのない何度も聞いた声色。

 服装も、たぶん自分が着ていたもののリメイクだろう。

 どこか見覚えがあった。


 そして、視線をそのまま下に落とすと、


「って、お弁当!?」


 沙也加は思わず声を上げてしまう。


 だが、仕方ないことであった。

 朝、たぬきちが準備してくれた弁当の入った風呂敷が握られていたのだから。


(わ、私、お弁当忘れたんだ。危なかったぁぁぁーーーー。これじゃあ、本末転倒だよ〜! たぬきちぃ〜! ほんとありがと!)


 ピンチを救われたヒロインのように、たぬきちに感謝する。


 これで弁当を受け取ることができれば、めでたし、めでたし。


 けれど、そう上手くいかないのが、現実なのだ。


「……ん? 弁当? 弁当がどうかしたのか? というか、今、犬の鳴き声が聞こえなかったか?」


 沙也加の言葉と、聞こえてきたたぬきちの咆哮に首を傾げ、周囲を見渡すシゴデキ課長こと、高橋恭介。


 さらに、園内にいた他の客も声の出処が気になったのか、同じように探し始めた。


(やばいやばい! どうしよう! このままじゃたぬきちの正体が――)


 みるみるうちに顔を青くしていく沙也加。

 たぬきちは、動物園の着ぐるみ担当(非公式)として、馴染んでいますよ〜! なんて言葉は届くわけもなくて、


「あ、えっ! あれです! そろそろお昼の時間かなーって思って――あはは〜……」


 引き攣りそうな笑顔をグッと堪えて、とにかく被害は最小限に。

 あえてたぬきちの咆哮は、スルーして、高橋課長の疑問(弁当だけ)に答えた。


 わけだが――。


「あ、すごい! ほんもののたぬきさんだ!」


 高橋課長の隣にいた七菜が目を輝かせて、叫んだ。


(終わった……)


 その場で打ちひしがれる沙也加。


 目撃者多数、一瞬でたぬきちの正体を見抜いた七菜。

 そして、シゴデキ課長――恭介。


 こうなってしまっては、もうどうしようもない。


 沙也加がその場で固まっていると、白髪交じりの女性と一緒に男の子がたぬきちの元に駆けていった。


「たぬきさん、ここでもおしごとしているんだね!」


 その一言を聞いた、高橋課長と七菜は顔を見合わせ微笑み、驚いていた周囲の客も腑に落ちたような顔をしていた。

 

(よくわかんないけど、助かったぁぁ〜)


「はぁ〜……」


 極度の緊張からの緩和。

 淑女として、いかがなもの――だが、沙也加にとっては九死に一生を得ると同じで。


 地面にペタンと腰を落としてしまった。


 すると、優しい声が響いた。


「江ノ上君、大丈夫か? 催しとはいえ、いきなりだったからな」


 沙也加が見上げると、そこには高橋課長が手を差し伸べていた。


(かっこいい……)


 不意なイケメンに一瞬、ハートを撃ち抜かれかけたが、ブンブンと頭を振って手を握り、立ち上がった。


 TPOはしっかり弁えている沙也加である。


 しかし、これはこれでどうやって、弁当を受け取るのか、どうすればたぬきちに近づくことができるのか、そんなことが彼女の脳内を満たしていた。



 ☆☆☆



 沙也加が次の一手に頭を悩ませていると――たぬきちの元に駆け寄っていた男の子が、こちらに近づいてきた。


 そして、七菜の姿を見つけると、目を丸くして、


「ななちゃん!」


 そう名前を呼ぶと手を握った。


「あやとくん!」


 七菜も手を握り返す。


 どうやら友達らしく、二人はすぐに打ち解けた様子で、どっちが好きな動物かを競うように話し始めていた。

 

(えっ?! なに知り合い? そんな偶然ってある?)


 偶然――いや、奇跡に近い。


 だが、これは渡りに船。

 千載一遇のチャンスだ。


 沙也加は、この波に乗ることにした。


「課長! すみません! 私もたぬき浴びてきます!」


 ありのままを伝えること。

 そういえば聞こえがいいが、要するに子供たちの純粋さを真似た大人の姑息な手である。

 

 それはそれとして、大の大人からそんな言葉が出てくることを想定していなかったようで、沙也加の決意溢れた眼差しを受けた高橋課長は、きょとんとした顔で返した。


「あ、ああ……」


 となれば、全速前進! シゴデキ課長の許可という、大きな波を受けた沙也加は、たぬきちに群がる客の間をすり抜けて、あっという間に、その目の前に辿り着いた。

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