三竦み?
動物園の関係者としての、否、着ぐるみマスコット(非公式)として、応対しながら、人だかりを通り抜けたその先。
「クキュ!」
飛び込んできたその姿に思わず声が漏れるたぬきち。
そこにいたのは――春色のカーディガンに、白のTシャツ。
少しスリットの入った黒のテーパードパンツを履いた女性だった。
(ご主人ポン!)
そう、ご主人沙也加である。
その向かいには、物静かそうなスラッとした男性。
そして、隣には、ペンギンを指差してはしゃぐ女の子がいた。
(ほうほうポン……あれが、シゴデキ課長と言われる高橋課長ポンね! シワ一つない服装に整った髪型……かなりできる人間ポン……となると、あのポニーテールの子が姪っ子ちゃんポンね!)
少し前のご主人、沙也加であったなら、そこにいること自体に違和感があったはずで、
(ご主人……成長したポンね)
すっかり変わった姿に、たぬきちは、ポケットから黄色のハンカチを取り出して目元を拭う。
まさに娘の初デートを喜ぶ母親の如しである。
けれど、そこはシゴデキたぬき――ふと我に返る。
そして本来の目的、ランチタイムまでに弁当を届けることを思い出した。
(でも、ちょっと待つポン……この状況なかなかにピンチじゃないポン?!)
ただ弁当を渡すだけ。
されど、状況が状況なのだ。
(これは……三竦みポンね)
嘘をついたり、誤魔化したりするのが不得意なご主人沙也加。
そして近くには本能的に自分の正体を見破る可能性が高い幼い子供がいて、トドメは察しのいいと思われるシゴデキ課長である。
三人がそれぞれに影響し合っており、まず、このまま真正面から登場すれば、ほぼ確実にバレてしまう。
(やばいポン……ご主人の出世街道、玉の輿にも響くかもポン……)
玉の輿まで考えるのは、なかなかに余計なお世話ではある上に、なんだか微妙に意味が違うような気がしないでもないけれど、今はそんなこと言っている場合ではない。
いち早く、弁当を渡さないといけないのだ。
でないと、
(ランチタイムが来ちゃうポン……)
それもシゴデキ課長が沙也加を頼ってきた理由そのものである。
だというのに、弁当を忘れてきた。
そんなことが明らかになってしまっては……
(く、クビになっちゃうかもしれないポン!)
無職、それは世知辛く、ひもじい状況。
雇われている以上、誰にでも起こりうること。
まるで地震や雷、火事に台風などの、自然現象のようなものだ。
だが、クビというものは自然現象と違い、そこには原因と結果が存在する。
(そういえばポン。レッサー君の世界にもあったポンね)
現代でいうところのクビ――改易。
大名や武士が身分を失い、領地や屋敷を没収される罰である。
沙也加にとっては、いや、自分と沙也加にとってはそれが弁当であった。
(ま、まずいポン……このままじゃ、このままじゃ――)
仕事を失い落ち込んだ沙也加は、また引きこもりを決め込んで、未知の生物がいつ誕生してもおかしくない状況に逆戻りだ。
「ギャギャッ!」
焦ったたぬきちは、一歩前に出て鳴き声をあげた。




