動物園という場所
時刻は、十時四十分を回った頃。
たぬきちは、目的地である四天王寺動物園駅に着いていた。
四天王寺動物園行きの電車ということ、そしてたぬき離れした受け答えに、見事な二足歩行。
誰がどう見たって、着ぐるみにしか見えない。
そんな偶然が重なった結果。
「本当にありがとうございます。まさか動物園の関係者の方だったなんて――」
「あ、いや、違――っ」
まさかの一緒の目的地だった白髪交じり女性と綾人なる男の子、さらには乗客たちにも勘違いされていた。
きっと、どこかの神様的な存在が、たぬきちの普段の行いがいいからとかなんとかで、引き寄せることができた奇跡である。
けれど、たぬきちにとってはとても複雑で、偶然とは言っても、嘘は良くない。
そう思い、すぐさま否定しようとするが――。
「おばあちゃん! たぬきさん、おしごとなんでしょ? じゃましちゃだめだよ〜! それよりも、ペンギンさんみにいこ!」
「もう、この子ったら……」
そう口にすると、白髪交じり女性は一度話を切って、
「では、失礼しますね」
綾人なる男の子に手を引かれていった。
「たぬきさーん、バイバイ〜!」
(……なんかよくわからないポンが……まぁ、結果オーライポン!)
それに誰が傷つくような嘘ではないのだ。
「バイバイ〜! ポン……」
語尾のポンは小さくも、元気よく手を振る綾人に対して、同じように手をフリフリ振るたぬきち。
それはまるで、推しキャラであるレッサー君が城主になった時、家臣の一人に言った言葉そのものであった。
(確か……雲遊萍寄だったポンね!)
美味しいご飯と、優しい気遣い。
それだけで、足軽から城主にまで上り詰めたレッサー君。
『雲みたいに、流れていけばいいんだよ』
家臣に放ったあの時の穏やかな声が、ふっと胸に蘇る。
(改めて思うポン……凄いお話ポンよね)
人間が作った物語。
それは理解している。
けれど、自分というたぬきからスーパーシゴデキたぬきとなった存在がいる。
となると――。
(ノンフィクションだって言われても否定できないポン……)
推しであるし、自分と比べるには恐れ多い。
だが、上には上がいるということは事実なのだ。
「クキュ♪ まだまだ高みを目指すポン!」
そう決心して、風呂敷片手に体を弾ませながら、入園ゲートに向かうたぬきちであった。
☆☆☆
たぬきちは、入園ゲートでチケットを買って、ゲート付近にあった爬虫類エリアから、チンパンジーエリアを抜けて、ゴリラエリアに来ていた。
(動物園ってこんな感じポンか……なかなかに興味深いポン)
強化ガラスや柵の中で生きる動物たちを見て、ひとりでに頷くたぬきち。
目的は、沙也加に弁当を届けること。
しかし、ネットで情報を拾うたび、テレビで見聞きするたびに、元野生動物として、動物園で過ごす動物たちが、本当はどんな扱いを受けているのか、たぬきちはそこが気になっていた。
けれど、それも杞憂に終わっていた。
(なるほどポン……ボクらが過ごしてきた環境に近づけているポンね。でも――)
外の世界――野生で生きていくより、狭く、自由がないように見える。
だが、
(そんなに嫌じゃなさそうポンね!)
柵越しに聞こえてくる鳴き声にも、不満の色はほとんどなく、言葉がすべて通じるわけでなくとも、どこか通じている雰囲気があり、飼育員との距離も近い。
それどころか、決まった時間に出てくる食事に、おやつ。
外敵に襲われることのない、安全な居場所。
そのどれもが、彼らにとっては当たり前のように与えられている。
その関係はなんとなく、なんというか――。
(初めて会った頃のご主人とボクみたいポンね……)
しかも、お世話する側はたぬきちで、面倒を見られるのは、沙也加である。
人間は凄い――色んな意味で。
そんなことを考えながらも、たぬきちは足を進めていった。




