大きな一歩! けれど――。
「そうなんですか……ポン」
ポンという言葉尻は小さく――でも、学んだ日本語を発する。
今までは、沙也加と、全てを知る幸恵にしか見せてこなかった一面だった。
だが、それが思わぬ方向に行く。
「あー、なんだ! 着ぐるみだったのかー!」
「声的に女性なのかな?」
「でも、男性ってのもあるかもよ?」
聞こえてくるのは、たぬきちをたぬきだと断定する言葉ではなく、着ぐるみだと断定する言葉の数々であった。
(ポン……まさかの、バレていない感じポンね)
人間は、理解の及ばないことが起きると、自分の尺で判断する節がある。
それは、自堕落OL系の代表だった沙也加に、行きつけのスーパーマルデ・プラザでの買い物の日々で学んだことだ。
だが、まさかこの場面でも適応されるなんて――。
(なんか、すごく複雑ポン……)
バレても構わない。ここまで合致しているなら、誤解は生まれないと、そう思っていたのに。
けれど、シゴデキたぬき――たぬきちは思考を切り替える。
生きていく為には、こういったよくわからない流れもプラスに捉えることが大切、大切なのだ。
(そうポン! 寧ろバレなくて良かったポン!)
バレてしまえば、沙也加との日々が変わってしまう。
(……変わらない気がするポン……)
ここまで来ると本当にバレるのかな?
正体がバレるって……そもそも、どういうことなんだろう?
色々なことが、たぬきちの脳内駆け巡る。
が、その時。
「ねぇねぇ……ほんとうは、きぐるみさんじゃないでしょ? たぬきさんだよね?」
隣座った子供――綾人が耳元で囁いた。
「ギャッ?!」
核心を突かれて、叫び声を上げて固まるたぬきち。
これが伏線回収である。
(そ、そうだったポン……子供は妙に鋭いこと忘れたポン)
思い出すは、マルデ・プラザでやり取り。
大人たちは、たぬきちのことをマスコット呼ばわりして、勝手に納得していた。
だが、一緒に買い物に来ていた子供たちは、「マスコットじゃないよ!」とか、「たぬきさんだよ! ほんものの!」などと、口にしていたのだ。
(なんか……途中から、スーパーの従業員さんが、乗り気になってから、何も言われなくなったポンが……)
そう、集客効果を見込んだ大人たちが暗躍したり、大人ならではの思い込みであったりと、偶然が偶然を呼んで、色んなことが重なったからこそ、乗り切れたのである。
しかし――今は違う。
綾人という子供が、直接聞いてきているのだ。
(ポン……? その理論でいくと、ご主人は子供……ポン?)
流れ星の如き速さで、とんでも真理に辿り着きそうになったが、たぬきちは、綾人の二度目の問い掛けに意識が浮上した。
「ほんもののたぬきさんだよね……?」
「クキュ! ……ポン」
ここまで来ては、観念せざるを得ない。
無理に否定すると、大きな騒ぎになってしまう。
人間をよく観察してきたたぬきちは、子供の感覚を理解しているのだ。
(とうとう認めてしまったポン……)
いつか来るとは思っていたけれど、まさかこの一瞬でバレてしまうとは……。
”後悔先に立たず”と”覆水盆に返らず”とはよく言ったものである。
とても短い後悔――加えて、一体いつ水が盆にこぼれましたっけ? そもそも盆用意していましたっけ? 状態ではあるけれど。
(ここで悩んでも仕方ないポンね!)
細かいことは気にしない。それもやはり大切だ。
なので、たぬきちは普通に応じることにした。
普通とはいっても、子供が喜ぶように尻尾をふりふり、耳をピンと立ててオーバーな感じでだ。
「ボクはたぬきのたぬきちポン! 理由あって、人間社会で生活しているポン! でーも、正体は秘密ポン!」
けれど、その言葉は、いつぞやの沙也加が「たぬきちを犬」と言って誤魔化したように、真実を隠しながら、事実を口にするといったものであった。
(ご主人……こういう気持ちだったポンね……)
本当のことを口にしているのに、なぜか胸の辺りがチクチクしてしまう。
奇しくもこんなタイミングで、大好きなご主人――沙也加と同じ痛みを共有してしまうたぬきちである。
たぬきちがシゴデキではあることに変わりないし、これからも変わることはないだろう。
けれど、同時に沙也加は三年も生活を共にする同居人でもあるのだ。
影響を受けない方が難しい。
それがいい影響なのかは別として。
「わかった! ないしょにするね!」
「あらあら〜……うふふ。綾人とたぬきさん、すっかり仲良しさんね〜」
綾人の祖母の発言を皮切りに、電車内は、暖かな雰囲気に包まれていく。
傍から見れば、着ぐるみを纏った小柄な人間が、子供をあやしているようにしか見えない。
「……もうどうにでもなれポン」
そう小さく呟いたたぬきちであった。




