それは食物連鎖のように自然で
時刻は、十時三十分。
エレベーターの揺れに怯えながらも、どうにかホームに辿り着いたたぬきちは、乗る予定だった電車に乗れていた。
けれど、
「電車の中も、け、結構、揺れるポンね……」
一難去ってまた一難、今度は電車の揺れに本能が刺激されていた。
(でも、慣れてきたら、割と嫌な感じしないポンね?)
窓から差し込む暖かな陽の光、少し開いた窓の隙間からは、爽やかな風がすっと入り込んでくる。
極めつけは、その程よい硬さの座席。
その感覚は、硬い地面とふかふかの木の葉の上をゴロゴロ――交互に転がる、あの感じに似ていて――。
(眠いポンね……)
深く被ったフードの中が心地よくて、うつらうつらと、意識が遠のいていく。
と、その時。
プシューッとスプレー缶を押したような音が聞こえて、たぬきちは、飛び起きた。
「クキュ!?」
声を出してしまったからだろう。
自然と周囲の視線は、たぬきであるたぬきちに向いて――。
向いて?
向くはずだったというのに。
(あ、あれ? 誰もこっちを見ていないポン!)
見ていないどころか、全員がプシューと音を立てて開いた扉の方に釘付けだった。
「ポン……?」
(一体、なにがあったポン? それに――)
先程まで、行き先を告げるアナウンスが流れ、そこから電車が停まり、テンポよく扉が開いては、人間が乗ってくる。そしてまた繰り返す。
そのはずだったのに。
(ここまで動かないのは、おかしいポン!)
気になったたぬきちは、意を決して、座席を飛び降りて恐る恐る、その扉に近づいた。
「キュ?」
扉の先にいたのは、小柄で和装をした白髪交じりの女性と男の子だった。
「綾人ごめんねぇ……おばあちゃん、力が入らなくて……もう少し軽くしてくるんだったよ……」
「ううん! これはボクがひっぱるから! ばあちゃんは、さきにでんしゃにのって!」
どうやら、手押し車を持ち上げることが出来なくて、困っているらしい。
(助けてあげないとポン!)
その姿に、マンションの管理人である田中幸恵を重ねて、大好きなご主人――沙也加なら、こうするであろうと思って、気が付いたら、体が動いていた。
テクテクと歩み寄り、白髪交じりの女性の手を引いてエスコート。そこから、ホームに置き去りになっていた手押し車をひょいっと持ち上げて、そのまま電車に乗り込んだ。
時間にして、僅か数秒。
実に滑らかで、無駄のない動きだった。
そして、タイミング良くプシューと音を立てて扉が閉まった。
(フフッ、完璧ポン!)
姿の見えない車掌と連携した気分になって、内心ドヤってしまうたぬきち。
正体がバレることよりも、目の前の人に手を差し伸べる。実にシゴデキたぬきらしい行動である。
が、そう上手くいかないことが人生、いやたぬき生なのだ。
(なんか……すんごく見られている気がするポン……)
視線だけではない。
耳をピンと立てて耳を澄ませると、良くないことが聞こえてくる。
「あのフード被ってる人……なんか怪しくない?」
「うん、わかる! 動物のコスプレにしてはリアルだしね」
(や、やばいポン……バレたかもしれないポン!)
決して、軽率な行動だったとは思っていない。
けれど、もう少し用心するべきだったのではないか? もしくは周囲の人間たちが、助けに行ってから、その中に混じることを選択すれば良かったのではないか? そんな自問自答をしてしまう。
だが、好意というものは、巡り巡るものだ。
それは、まさに食物連鎖と同じである。
「あ! レッサーくんのステッカーだ! たぬきさん、レッサーくん、すきなの?」
「こらこら……あやと、まずはお礼でしょう?」
「あ、そうだね! たぬきさん! たすけてくれてありがとう! ばあちゃんもおれい、いわないとだよ!」
「あ、そうね! うふふ、その通りね! では、私からも、お礼を……本当にありがとうございます。孫の為にと張り切って、お弁当を用意したんですけど、どうやら作り過ぎちゃったみたいで……この通りです」
白髪交じりの女性が、手押し車から出したのは、五段ほど積み上げられた大きめのお弁当だった。
女性にとっては、かなりの重さがあるようで、持ち上げた手はふるふると小刻みに震えている。
(ポン……この人もお弁当作っていたポンか……)
思わぬところでの合致。
さらには、その孫であろう綾人なる子供が、スマホに付けていたレッサー君のチャームに目を輝かせている。
偶然ではある。
けれど、ここまで一致するのも何かの縁。
そう感じたたぬきちは、大きな、今まで一番大きな一歩を踏み出した。




