駅構内は迷路
スリッパではなく、沙也加に買ってもらった子供用のスニーカーを履いて、まるで人間だと言わんばかりに、街を駆けて――たぬきちは駅に辿り着いていた。
――だが、その表情は冴えない。
(動物園に行くには、どこのホームに行けばいいポン……?)
スマホにタッチ決済も入れたし、経路についても事前に調べていた。
それに動物園の場所も知っている。
けれど、駅構内は調べていなかったのだ。
(まさか、こんなにホームがあるとは思わなかったポン!)
アナグマの巣穴よりも多い、ホームへ続く道。
改札口から見れば、もうそれは迷路であった。
(……一体、どれが正解ポン?)
弁当片手に頭を抱えるたぬきち。
が、たぬきちはただのたぬきではない。
スーパーシゴデキたぬきなのである。
偶然か、それとも必然か……ふと、迷路同然――ホームへと続く道の入り口から、その上に視線を向けた。
「あれは――」
たぬきちの目が、カッと見開かれる。
そこには――。
(ポン! ご主人の行き先ポン!)
事前に調べた【四天王寺動物園】という文字が記された案内板があった。
となれば、迷うことはない。
真っ直ぐホームに向かうだけ。
そう切り替えたたぬきちは、スタスタと歩みを進め、周囲の人間たちを参考にし、目的地へと続くであろうエスカレーターに乗った。
――が、その瞬間。
たぬきちの体にビリッと電気が走った。
「キュッ!?」
その初めての感覚に思わず、声を漏らしてしまう。
(エスカレーター……結構、怖いポン……)
理屈は、よくはわからない。
けれど、小刻みに揺れるこの感じ……地震に似ていて――。
(体が震えるポン〜!)
ブルブル、ブルブル――その遺伝子に刻まれた、たぬきとしての本能が、訴えかけてきて、
(なんかこの感じ……前にもあったポン)
たぬきちは、沙也加との日々を思い出した。
(そうポン! そういえば、エレベーターにも苦戦したポン)
今思えば、沙也加のマンションに設置されている、エレベーターに慣れるのも時間が掛かった。
一番初めに乗った時は、沙也加に抱っこされたから、不安に思わなかった。
(あの感覚は不思議だったポン……やっぱり、ご主人だったからポンか?)
そう感心しつつも、
(いや……でも、そのあとがとんでもなかったポン。ただ、忘れているだけかもポンね)
誘い招かれたとんでも汚部屋を浮かべた。
想い出補正には引っ張られないたぬきである。
それはそれとして、沙也加の家に来てから、数週間後のある日。
たぬきちは二度目の挑戦をした。
ボタンを押せば勝手に動く、原理のわからない四角い箱。
ずっと避けていたが、人間社会に馴染まないと、ダメダメご主人を支えられない。
そういう想いで、朝のゴミ捨ての際、たまたま一緒のタイミングで家を出た、沙也加の住まうマンションの管理人、田中幸恵と一緒に乗った。
だが、動く際のフワッとする感覚に、止まった時のお腹がキュッと――まるで高い崖から飛び降りた時のような感覚が苦手で、一階に着いた時は、全身の毛がとんでもないことになっていた。
(あんなに毛が逆立ったのは、初めてだったポン……)
幸恵が居ようとも、エレベーター内の鏡を見た時、別人のように全身の毛がボワッとなっていたのだ。
(でも、エスカレーターよりマシだったポン)
エレベーターは外も見えない箱型で、乗る人数も少なかった。
(あと、こんな長いこと乗らなかったポン……)
そうなのである。
乗ったとしても、一分もない。
だが、このエスカレーターというものは、たくさんの人を乗せて、ゆっくりと揺れながら動くのだ。
(ふ、不安でしかないポン……)
これだけの人間が平然と乗っているということは、安全に違いない。そう思いながらも、やはりこういった危機察知の本能には抗えず、体を震わせるたぬきちであった。




