たぬきち慌てる!
少し遡り、時刻は十時ピッタリ、ちょうど沙也加が動物園に着いた頃。
江ノ上家で、まったりお一人様時間を満喫していたシゴデキたぬきこと、たぬきちはキッチンで顔を青くしていた。
「やってしまったポン……」
慌てていた。時間がなかった。
リメイクした衣服を沙也加に褒められて、つい浮かれてしまった。
色んな要因はあれども、たぬきちは、シゴデキたぬきとして一番やってはならない失態をおかしていたのだ。
それは――。
「なんで持たせたはずのお弁当がここにあるポン……」
まさかの一番大切といってもおかしくない、手作り弁当を渡し忘れていたのであった。
(いや、それよりもポン……)
まだ、自分の労力や割いてきた時間が無駄になる程度なら、受け入れられる。
生活力、生きる力ゼロの沙也加の元に来た時点で、そんなものは、覚悟出来ている。
多少イラッとしてもだ。
だが、沙也加が築いてきたであろう会社での信頼が崩れることは、絶対に阻止しなければならない!
「ボクが行くしかないポン!」
そう心に決めたら、即行動。
冷凍庫から保冷剤を取り出し、お手製の弁当を風呂敷に包んで、大急ぎで沙也加の部屋に向かう。
そして、残像が残る速さでエプロンを脱いでは、綺麗に畳み、タンスの肥やしとなっていたリメイク済みの沙也加のお古に手を出した。
(自分用に縫っておいてよかったポン)
それは、いつか来るかもしれないと、野生の感に従って縫い上げた物だった。
近場ではなく、遠出をした時。
格好さえどうにかすれば、とけ込める。
たぬきちは、そう考えていたのだ。
なんとも先見の明、冴えわたるたぬきである。
「さっさと着替えるポン!」
モフモフの手足を器用に使って、OLもびっくりな早着替えをする。
そして、スリッパを履いてテクテク。
玄関先の姿見鏡で、身だしなみチェックを行なった。
(このパーカー、ご主人の匂いがするポンね……)
スンスンと長いマズルをパーカーに近づける。
(ポン……なんだか落ち着くポン)
まるで沙也加が近くにいるみたいで――。
嗅ぎなれた何とも言えない優しい香り、たぬきの本能が、動きを鈍らせる。
それだけではない。
「キュルル……」
反射的に甘えた声を出してしまう。
都会に馴染んだ、完璧なシゴデキたぬき――たぬきち。
けれど、時々こうやって沙也加の着た服の匂いを嗅いでいたのだ。
しかし、
「ポン! 今はそれどころじゃないポン! 早くご主人のところ行かないとダメポン!」
たぬきちは、ブンブンと頭を振って切り替えた。
そう、本能を理性で制御できるのが、たぬきちなのである。
一度、理性を呼び起こしてしまえば、こっちのもの。
念の為にもう一度、姿見鏡で若草色のパーカーを、七分袖から半パンとリメイクしたジーンズを確認した。
「よしっ、完璧ポン!」
そして、シゴデキたぬきママ的装いから、シゴデキたぬきチルドレンとなったたぬきちは、弁当の入った風呂敷をその手に持ち、大切な存在であるご主人のように、思考を放り投げ、家を飛び出した。
「待ってるポン! ご主人っ!」




