エピローグ
春風に庭園の林檎の花が舞って、オリガは羽織物が飛ばないように手で押さえた。
「母上、お寒くありませんか?」
傍らでそう心配げに問うてくる銀髪の少女は六つになったフィグネリアである。面立ちはエドゥアルトに似てきているが、不思議と横顔はヴェラによく似ていた。
「ええ。大丈夫よ。……リリアは元気ね」
少し離れた所では五つになったばかりのリリアがイーゴルに抱きかかえられて、すぐ近くの早咲きの木蓮の白い花に手を伸ばしている。
「お兄様、もうちょっと左! ちがう、右!」
「リリア、俺がとるぞ」
十六になったイーゴルはエドゥアルトよりも上背も胴回りも大きくなったものの、妹ふたりをあいかわらず溺愛している。
「だめ、わたくしがとるの!」
産まれたばかりの頃はか弱く無事成人できるかと心配されていたリリアは、ここ二年ほど風邪ひとつひかないほど健康である。
皆、一生分の病を三つまでに済ましたと安心して笑っている。身長もついにフィグネリアに追いついたほどで、この頃よく駆け回っている。
病弱なところは自分に似なくてよかったものの、あいにく勉強が苦手なのは同じようだ。
ひとつ心残りがあるとすれば、リリアの体を心配しながらも侍女を辞したライサに元気な姿を見せてあげられなかったことだ。彼女はアドロフ公領に戻った後、急な病で身罷ったと父から手紙が届いた。
「リリア、あまり兄上を困らせてはいけない。枝で手を切らないようにな」
見かねて兄と妹の側に行くフィグネリアはもうずいぶん大人びている。
フィグネリアは、自分が実の母親でないことをみっつの頃には知っている。もう少し後でもよかったものの、聡い子で周りの雰囲気で早々に察してしまっていた。
エドゥアルトやヴェラとよく似ていてフィグネリアは賢く、教育係はその物覚えの良さに舌を巻いていた。
最近ではエドゥアルトが直接政を教える時間も増えて、ふたりで熱心に勉強に励んでいる。
(結局、政はフィグネリアひとりに頼ることになってしまいそうね)
頼もしいことは頼もしいけれど、エドゥアルトによく似ているからこそ心配もある。
すでに自分の立ち位置を理解してか控えめであり、甘えてくることがほとんどない。
「……また、賑やかだな」
ふと後ろから声が聞こえて振り返ると、エドゥアルトがいた。
「まあ、ご政務はよろしいのですか?」
花見にエドゥアルトも誘っていたものの、今日は忙しいとのことだった。
「予定が飛んでな。たまにはこういうのもいい」
「では昼食はここでご一緒できますのね」
用意された敷布に一緒に腰を下ろしながら、家族揃っての花見にオリガは喜ぶ。
「お父様! 見て、きれいでしょう。お姉様とおそろいよ」
目当ての花をとれたらしいリリアが髪に白木蓮を飾り、手を繋いでいるフィグネリアにも同じように飾らせている。
「ああ。似合っている。ん、俺もつけるのか?」
「そうじゃありませんわ。お母様につけてさしあげるの」
リリアに花を渡されたエドゥアルトが驚きながらもオリガを見やり、恭しくその髪に花を飾る。
花をエドゥアルトから贈られたのは初めてかもしれない。
そう思うと少女の頃のように胸がときめく。
(わたくしあなたに恋をしたままだわ)
どこか遠くを見るように子供達を眺めているエドゥアルトもまた、ヴェラを想い続けているのだろう。
まだエドゥアルトはヴェラのことをフィグネリアにはほとんど話せてはいないようだった。すべてを語れるとき、彼の心はやっと癒やされるのかもしれない。
出産後からことさら病弱になってしまったこの体で、いつまで一緒にいられるかは分からない。
せめて彼の心には悲しみよりもたくさんの喜びを残したい。
「わたくし、子供達がああやって仲良くしていると幸せだと思いますの」
再び一緒に遊び始めた兄妹三人を見やり、オリガはそっとエドゥアルトの肩にもたれかかる。
「俺も、そう思うよ」
風に溶けてしまいそうな穏やかな声に、オリガは夢見心地で微笑んだ。




