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エクストラ

 ヤナは神殿の椅子に腰掛けて二十年前に突然亡くなってしまった友人に思いを馳せる。

 友人のヴェラは育て親の体調がよくないとこのシドロフ公領から往復半年近くかかる帝都へ戻り、それから一年あまり後に訃報と遺言が自分の元へ届けられた。

 養母が亡くなりしばらく帰れないとヴェラから連絡があった時は、こんなことになるとは夢にも思わなかった。

 帝都から直々に使者がやってきて自分を訪ねて来た時には人違いか、質の悪い悪戯かと混乱した。

 どういういきさつで皇帝の側室になったかは知らないが、なんて酷い話だと憤慨し大泣きしたものだ。変にきっちりしたヴェラの手紙を読み、ヴェラの同僚である夫と共に泣きながらヴェラらしいと笑った。

 遺髪が納められる時、工房の職人達や近所の顔見知り達と神殿に集まってから二十年。

 これからここにヴェラの娘がやってくる。

 領主であるシドロフ公の城へ向かう姿は工房の仲間達と集まって沿道から見守った。軍装で馬上にいる皇女殿下は、横顔がヴェラと似ていてみんなやっとヴェラが子供を産んだのだと実感した。

 姿を一目だけでも見られればと思っていたが、やはりどうしても渡しておきたいものがあった。

 ヤナは膝の上に置いた包みに目を落とす。ヴェラの実母の形見でもあるおくるみだ。

 ヴェラは家にある物は必要であれば貰ってくれてかまわないし、そうでなければ処分してくれと書き残していた。

 工房や近所の人間で小さな家を片付けながら形見分けをして、捨てきれなかったらしいヴェラの亡夫の服に遺髪だけでも一緒にと思ったんだろうねとまた泣いた。

 おくるみはヴェラが毎年虫干ししているのも由来も知っているから、神殿に預けようかという話に一度なったものの結局自分が引き取った。

 夫や子供達にヴェラの娘は皇女様なんだから渡すのは無理だと言われたけれど、諦めきれず今日神殿に来るという話を聞いてやって来た。

 神殿は俗世と切り離された場だ。ここでなら声をかけることができるかもしれない。

 ヤナはふと若い男女が話しながら神殿に入ってきたのに気付いて、そろりと後ろを向く。

 入って来たのはフィグネリアだった。傍らの赤毛のぼんやりとした印象の青年は、二年前に婿入りした彼女の夫だろう。

 昨日もフィグネリアの隣にいたはずではあるが、よく見ていなかった。聞いたこともないような小さな国の王族だという婿は、綺麗な顔をしているが少々頼りなさげである。

 護衛もついていなさそうだったので横を通り過ぎる時に声をかけようとしたけれど、いざとなると怖じ気づいてしまった。

 結局ふたりがこの神殿に祀られている言葉を司る神霊の像まで行ってしまい、ヤナはうなだれる。

 やはり無理なのかもしれない。

 そう思いながらも皇女夫婦が去るまではとはヤナはその場から動かずにいた。

「あの、すいません。えっと、俺というかフィグ……皇女殿下に何か御用ですか?」

 そうすると不意に婿が側までやってきてそんなことを言うものだから、心臓が止まるかと思った。

「クロード、どうした?」

「この人、ずっとフィグのこと見てた気がして……あ、昨日来たときも沿道にいましたよね」

 こちらはほとんど覚えていなかったのに向こうの方が気付いていてさらに驚かされた。

「お前は、落ち着きなく周りを見る癖はなんとかならないのか」

「すみません、初めて行く所って物珍しくてついつい。あ、それでやっぱり御用ですよね」

 クロードに柔らかく微笑みかけられて、ヤナはおもむろにおくるみを差し出す。

 自分とヴェラの関係とおくるみの由来を話すとフィグネリアは戸惑った様子だった。

「……私が受け取っていいのだろうか。母のことはよく知らないんだ」

 いらないと突き返されたらこのまま神殿に納めようと思っていたヤナは首を横に振る。

「いつか、皇女殿下にお渡しするために持っていたのです。どうかお受け取り下さい」

 フィグネリアが何かを考えるようにじっとおくるみを見つめている。

「受け取りましょうよ。フィグの母上のことだって、今から教えてもらえばいいじゃないですか。これを持っているといいことがありそうな気がしますし」

 クロードに促されてフィグネリアが静かにうなずき、大事そうに手に取る。

「……後で、工房を訪ねても迷惑ではないか」

 どこなく言い回しがヴェラに似ていて、ヤナは涙ぐむ。

 そうして約束通り工房へフィグネリアが来ることが知らされて、大騒ぎになったものの二十年間胸の片隅に抱えていたみんなの悲しみがやっと癒された。

 それから一年と少し経ってフィグネリアが第一子を無事出産したという話が舞い込んできた。

 おくるみが使われたのかはわからない。だけれどフィグネリアの手元におくるみがあるならそんなことはどちらでもいいと思えた。

 そして皇女殿下出産の一報が届いた後、工房や近所で勝手ににぎやかにヴェラの初孫の誕生祝いをしたのだった。

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