第10話 バスの中でプロポーズ!
宴会場。
日本酒やビールが卓の上に所狭しと並べられている。
ステージではカラオケ大会が開催されていた。
鯛のおかしら付きの刺し身なんて食べる機会めったにないので、歌を聴きながらついつい食べてしまう。
「能登原さんは歌わないんですか?」
ちゃっかり隣に座っている社長が訊ねる。
「あ、私ヒトカラ派なので、人前ではちょっと」
「そうですか……」
社長がちょっとシュンとした顔をしている。またそんな上目遣いでこっちを見て……。
「そんな顔しても歌いませんよ」
前までは自覚のないイケメンだと思ってたけど、絶対この人自分の顔の威力を理解してて武器にしてるよな。
私はだいぶ社長のことが分かってきた気がする。
「しゃちょー、なんか歌ってくださいよ~」
酔いの回った女子社員が社長にマイクを渡す。
「え? わたくしですか? いいのかな……」
社長は困惑した顔をしている。もしかして音痴だったりするのかな。
「これで曲を選ぶんですよ」
手渡されたタッチパネル式のリモコンを操作して、社長はステージに立った。
「社長、何歌うのかな?」
「アイドル曲とか似合いそう~」
女子社員はキャイキャイとはしゃいでいる。
私も社長の歌には興味がある。
カラオケの歌詞を表示するためのテレビ画面に――。
『鮮血の十字架』という不穏なタイトルが表示される。
「???」
「???」
「???」
宴会場の社員一同、はてなマークが頭に浮かんでいる。私もこの曲知らない。
「よろしくお願いいたします」
おどろおどろしいイントロをバックに、社長が礼儀正しくペコリと頭を下げる。
そして、イントロが終わって、曲が始まると――。
「ヴァァァァァァァァァイ!!!!!!」
社長が突然、デスボイスでシャウトする。
「!?」
社員たちの間で動揺と困惑が広がる。
そのまま歌は続き、「十字架を紅に染めて」だの「神々の黄昏」だの、聴き取れた歌詞はそれくらいで、あとはデスボイスが多くてテレビ画面を見ないと歌詞がわからない。
それがしばらく続いて、どうやら曲は終わったらしい。
「――ありがとうございました」
社長は歌い始めと同じく、ペコリと頭を下げた。
社員たちは呆然としていた。女子社員は明らかにドン引きしている。それはそうだろう。応募すれば間違いなくアイドル事務所に加入できそうな端正な顔をして、少女漫画の世界から間違えて現実世界に来てしまったような華奢な身体の男性が、こんなヘヴィーなメタルを歌ったら、まず驚く。
一方の私はといえば。
か……か……。
「カッケーーーーーーー!!!!!!」
私の言葉は同様の言葉を叫ぶ男性社員たちの叫びにかき消される。男の子が好きなものは、たいてい私も好きである。
「ちょ、社長~! どっからそんな声出るんすか!?」
「デスボでシャウトして声枯れてないし!」
「喉が傷まない発声法があるのですよ」
カメラを向けられ、男性社員とダブルピースしながら社長は満足そうに笑っている。ダブルピースしてる社長可愛い。
ふと、社長が私の方を見て、笑った気がした。
――私に聴いてほしかったのかも、なんて思うのは、自意識過剰だろうか。
私は社長に微笑み返して、隣に戻ってきた社長に水を渡すのだった。
***
宴会の最中、私はひとり宴会場を抜け出した。
外の空気が吸いたかったのと、お土産屋さんを覗こうかと思ったのである。
社長はスマホに着信があったらしく、一足先に外に出ていたが、今はどこにいるんだろう。
お土産屋さんはたしかあっちだったな、と目星をつけて廊下を歩く。
「――社長、お話があります」
廊下の角を曲がろうとすると、女の声が聞こえて、思わず身を隠す。
廊下の影から覗き込むと、社長と女子社員がふたりきりで会話しているようだ。
「能登原こずえさんとの噂、本当なんですか」
「本当だと言ったら?」
「私にチャンスはありませんか」
――あっ、これ、告白タイムに出くわしてしまったやつだ。
見てはいけないものを見てしまったような気がして、私は来た道を戻るべきか迷う。
「残念ながら、わたくしはもうこずえさんしか愛せません」
そう言って、社長は左手を女子社員に見せる。
――左手の薬指に、銀色の指輪をしていた。
……???
女子社員より先に、私のほうが混乱している。
私は、社長と結婚していた……?
いや、自分の左手を見ても、指輪はしていない。そもそも、もらった覚えもない。
「他の女子社員の方にも、お伝え下さい。わたくしはもうこずえさんのものだと」
「……」
「それと……こずえさんに手荒な真似をしたらわたくしが許さない、とも」
「……失礼します」
女子社員は走るように去っていった。多分目に涙を浮かべていたと思う。廊下の角に隠れていた私には気付かない様子で、宴会場の方向へ戻っていく。
「しゃ、社長……?」
「ああ、こずえさん。そこにいらしてたんですか」
言ってくださればいいのに、と社長は笑う。いや、言えませんよあんな状況で……。
「その指輪はいったい……?」
「ああ、これですか? 家にあった指輪を適当につけてきました」
社長はあっけらかんと言う。
「えっ、――騙したんですか!?」
「? 騙してませんよ。わたくしは左手を見せただけで、向こうが勝手に勘違いしたのです」
いや、たしかにそうだけど、でも左手の薬指に指輪してたら誰だって結婚か婚約でもしたと思うだろう。
「……社長は悪い男ですね……」
「こずえさんにそう思われるのは心外です」
またシュンとした表情をして、上目遣いに私の顔を覗き込む。この顔をすれば私が折れると思っている。本当に卑怯だ。
「まあ、いずれ婚約指輪を作りに行きましょうか。――受け取ってくださいますよね?」
社長は私の左手を取り、薬指の付け根をそっと撫でる。社長に触れられていると思うとゾクゾクした。
***
社員旅行はつつがなく終了した。今はバスに揺られて、会社に戻って、そこで解散。今日は業務はないのでそのまま帰れる。
帰りのバスの中で、私は社長の隣に座っている……というか、社長に強引に座らされたというか……。
カラオケ大会での社長の変貌ぶりにドン引きしたのと、社長に告白した女子社員がきっちり他の女子社員に伝えたらしく、誰も社長の隣に座りたいとは言わなかった。
「楽しかったですね、社員旅行」
社長はドン引きされていることも気に留めず、私に笑いかける。
「私は胃が痛いです……」
「おや、鯛のお刺身にでもあたったんですかね」
社長はとぼけたことを言う。
「――もう邪魔者も消えたんですから、大丈夫ですよ」
社長は周りの誰にも聞こえない音量で、耳元にそう囁いた。
なんか今日の社長、怖い……。いろいろ怖い。
多分今日のことは、会社中の女子社員に伝わると思う。
たしかに、もう女子社員とドロドロの死闘を繰り広げる心配はないんだろうけど……。
「社員旅行の次の日は休みですよね? また私の家に来ませんか?」
社長が小声で私に話しかける。バスのエンジン音で、隣りに座っている私以外には聞こえないようだった。
「いいですけど……もう百年もすごろくはやりませんよ」
『浦島太郎鉄道』のことである。あれはものすごく疲れる……。
「そうですね、あれはもうこりごりです。何して遊ぼうかな……」
ゲームの話をしているときの社長の少年に戻ったような顔も好きだ。
「なんでしたら、指輪を作りに外に出かけるのもいいですね」
「……あ、あれ本気だったんですね……」
「もちろんです」
社長は蜂蜜のようにとろけた笑顔を浮かべる。――この顔はやばい!
「婚約どころかこのまま結婚してしまいたいくらいです」
「……っ」
なんか、今日の社長、やけにグイグイ来るな。
頭の中は冷静だが、顔が熱くなっているのが分かる。
「……ああ、すみません。バスの中でプロポーズはちょっとシチュエーションが良くないですね。後日改めてプロポーズするので忘れてください」
できるかーい!
私は脳内でツッコミを入れた。
そんなこんなで、社員旅行は幕を閉じたのであった。




