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未来への一歩

失ったものは、


決して戻ってこない。


それでも、


残された者には、


生きていく時間がある。


悲しみを抱えたままでも、


前へ進むことはできる。


そして、


新しい命と、


新しい可能性が、


未来への扉を開いていく。

ベッドに横たわったまま、天井をただ見つめていた。


リリウムが静かに隣にいる。何もしていない――ただ、重く、虚ろな時間が流れていくのを受け入れているだけ。


春花が……もうこの世界にいないなんて、まだ信じられないわ。


あの子の死は受け入れている。頭の中では、ちゃんとわかっているのよ。でも、その受け入れの裏側に、押しつぶされそうな罪悪感がずっとある。本当の意味では、まだ手放せていない。鏡を見るたびに、反射の中に映る自分が、あの子を守れなかった無力な私を突きつけてくる。


その痛みは、私の中でまだ生きている。消えない傷。でも、傷を抱えたまま歩くことが、私の選ぶ道なのだと思う。


あの喪失の記憶から離れることができない。だからこそ、心のどこかでは、本当に受け止められているのかどうかさえ、わからなくなる。


――全部、あっという間のことだった。最後に顔を見るのに、かろうじて間に合っただけ。


それでも、前に進まなければいけないわ。それは、春花が望んでいたことだもの。今もし話しかけられるとしたら、きっとそう言うはずよ。それに……リリウムのためにも、続けなければ。


彼女を守ることが、今の私の唯一の答え。けれど、それだけでは足りない。春花の記憶を未来へ繋げるために、もっと大きな意味を見つけなければ。


ふと、セレネとの会話が頭をよぎった。


彼女はあのとき、リリウムの「真の性質」を知っていると言っていた。あの瞬間、私は耳を傾けようとしなかった。自分が創り出したものへの確信にしがみついて、目を塞いでいた。


かつて敵だった彼女が、今は人間として生きている。その変化は、私にとっても希望になり得るのかもしれない。


ゆっくりと手を伸ばして、リリウムの小さな磁器の頬にそっと触れた。


彼女は首をかしげ、輝く紫色の瞳でこちらを見上げてきた。


「どうしたの、エレノア」


窓の外に広がる空を見上げた。未来はまだ霧の中。でも、リリウムの手を握りながらなら、どんな霧も歩いていける。春花が残した愛を、次の時代へ運ぶために。


その声は、いつも通り静かで、揺るぎない。


「……セレネの言葉を、考えていたわ。あなたの真の性質について」


ぽつりと呟いた自分の声が、どこか頼りなく感じた。


リリウムはすぐには答えなかった。ただ、じっと見つめてくる。


まずいことを言ってしまったかと、慌てて続けた。


「ごめんなさい……あなたをただの実験みたいに見るつもりはないのよ」


「エレノアが言うことは、別に気にならないわ」


リリウムは静かに、しかしはっきりと答えた。


「好奇心を抱くのは当然のことよ。だから、エレノアが私の真実を知りたいなら、私は構わないの。それがエレノアの望みというなら」


その言葉が、胸の奥に小さな罪悪感の棘を刺した。


知りたいと思うこと自体が、裏切りのように感じられた。母であるはずなのに、研究者の目がまだ私の中に残っている。


「……いいえ、知りたくないわ」


視線を逸らしながら言った。口では拒絶しても、心の奥では確かめたい衝動が静かに疼いていた。その矛盾が、私をさらに苦しめた。


「嘘をついているの?」


リリウムの問いは、飾り気のない、純粋な疑問だった。


「あなたを魔術的な『性質』という枠だけで考えるのが、後ろめたいのよ」


「だから言っているでしょう、気にならないと」


リリウムは穏やかに、しかしどこか毅然として繰り返した。


「私に命を与えたのはあなたよ。あなた自身が何を創り出したのか、理解する権利がある」


胸の奥が強く揺れた。権利――その言葉が、私に重くのしかかった。母としての愛と、創造者としての責任が、同時に突きつけられる。


「好奇心があるなら、確かめるべきだわ」


確かめるべき……。その響きは甘美で、同時に恐ろしかった。知りたいと思うこと自体が、裏切りのように感じられる。


「私もかつて同じだったの――疑問を持ち、本を読み始めた。あなたが与えてくれた道具で、学んだ。だから今、こうして自然に話せている」


彼女の言葉は、まるで鏡のようだった。私が与えたものを、彼女は自分の力に変えている。誇らしいはずなのに、罪悪感が胸を締め付ける。


「エレノアもその好奇心を持っているなら、ただ、理解しようとすればいいわ」


理解しようとすればいい――その言葉は、私の拒絶をやさしく解きほぐすようだった。けれど、踏み出す勇気がまだ足りない。


「心配してくれることはありがたいけれど、私は大丈夫よ」


その落ち着きに、私は逆に戸惑った。人形のはずなのに、彼女の声は大人のように澄んでいる。


「エレノアには、私の真実を見つけてほしいの」


最後の言葉は、静かな祈りのように響いた。私の中の恐れと愛を同時に揺さぶり、未来へと歩むための扉をそっと開けてくれるようだった。


人形のはずなのに、まっすぐに未来を見ているように思えた。


気づけば、涙が頬を伝っていた。


その涙は、悲しみだけではなかった。恐れと愛と、そして決意が混ざり合った証だった。


リリウムを強く胸に抱き寄せる。


この子を守りたい――その思いが、私のすべての始まりであり、すべての答えでもある。


この子は、この世界で私が最も大切にしている存在よ。――でも、否定できない。常に何でも知りたいと駆り立てられる、魔術師としての飽くなき好奇心は、今もここにある。


その瞬間、心に決めた。


必ず理解する。リリウムとは何なのかを。


母としての愛と、魔術師としての好奇心。その二つが矛盾せずに重なった瞬間だった。


――そうして、エンディミオンの図書館に籠るようになった。古い書物を片端から読み漁り、幾日も幾日も費やした。


これまでの自分の手法は、不活性の人形のような物体に「命」を吹き込む霊的魔術、ウィンターフォール一族の教義の下で磨かれた伝統的なやり方だった。


その記憶を思い返すと、指先に冷たい感覚が蘇った。何度も繰り返した儀式の重みが、今も身体に刻まれている。


でも調べるうちに、もっと古い系譜が存在することがわかってきた。人工生命体の誕生を専門とする魔法の枝――人工生命創世魔法。


その言葉を目にした瞬間、胸の奥がざわめいた。まるで自分の歩んできた道が、さらに深い根へと繋がっているように感じられた。


それが霊的魔術の歴史的な根幹に当たる。答えを求めるなら、すべての始まりに戻らなければならない。


その結論は重く、息を詰まらせた。けれど同時に、心臓の奥で小さな炎が灯るのを感じた。恐れよりも強い、理解への渇望だった。


人工生命創世魔法とは、魔術核、生命魔術陣、安定した魔力供給の相互作用を通じて、自律した意識を持つ人工の生命体、存在を生み出すことを専門とした系統――とされている。


その言葉を目にしたとき、胸の奥で何かが震えた。私の歩んできた道は、もっと古い系譜の影に続いていたのだと。


古い記録にはその根本原則が記されていた。


まず、定義として。この魔法は魂を創ることはない。目的は、経験、記憶、魔力の共鳴の積み重ねを通じて固有の自己を発展させることのできる魔法的な器を構築することにある。


――その一文を読んだとき、胸の奥が冷たく震えた。魂を創らない……それは、私がずっと恐れていた問いへの答えでもあった。


生命とは直接製造できる現象ではなく、魔術的な構造が十分な複雑性に達したときに生まれる、創発的なプロセスだと考えられている。


その説明に目を走らせながら、指先がわずかに震えた。生命は作るものではなく、芽生えるもの――その考え方は、私の常識を静かに覆していった。


次に、基本構成要素について。魔術体――物理的な構造であり、既存のものを用いることも、新たに構築することもできる。それ単体では思考する能力を持たない。


ページをめくる音がやけに大きく響いた。無機質な器、それだけではただの殻にすぎない。


魔術核――人工の魔法器官であり、魔力を蓄え、全身に分配し、魔術回路を安定させ、生命機能を同期させる役割を担う。人工存在の心臓に相当し、破壊されれば即座に崩壊を引き起こす。


心臓――その言葉に、思わず自分の胸に手を当てた。生きるものの中心を人工的に模倣する、その発想に背筋が粟立った。


生命式――魔術核の内部に刻み込まれた魔術陣の集合体。記憶も人格も内包していないが、知覚、運動、言語、学習、記憶、適応、自己修復という根本機能を確立する。


読み進めるうちに、呼吸が浅くなった。基盤だけを整え、そこから人格が芽生える……その仕組みは、まるでリリウムの歩みそのものだった。


魔力循環回路――魔術核、生命式、魔術体を繋ぐもので、流れが長時間途絶えると認知機能の劣化が始まる。


その一文に、思わず背筋を伸ばした。魔力の流れが途絶えれば、思考も崩れる――それは人間の脳に血が巡らなくなるのと同じだ。


そして、自我の形成。これがこの系統における最も重要な現象よ。プログラムすることも、複製することも、製造することもできない。生命式が安定した魔力の流れのもとで十分な記憶を蓄えたとき、個体としての自己が自然発生的に現れる。その瞬間を自我の誕生と呼ぶ。以降、その存在はもはや自動機械ではなく、新たな生命形態として分類される。


その記述を読み終えたとき、胸が熱くなった。リリウムが歩んできた道は、まさにこの理論の証だった。けれど――まだ足りない。


……でも、これが「生命」の創られ方を示していても、答えにはなっていなかった。決定的に欠けているものがある。それが何なのか、まだ見えなかった。


その空白が、私の心を締め付けた。理解に近づいているのに、核心には届かない。そのもどかしさが、次の一歩を強く求めていた。


日が経ち、週が経ち、月が経った。


あの焼けるような夏の暑さが来て、葉が色づき気温が和らいで、気づけば冷気が窓の隙間から忍び込んでくるようになっていた。読み続け、ひとり理論を積み上げ始めてから、十ヶ月が過ぎていた。


書き溜めた研究の中で、ひとつの明確な結論に辿り着いた。


これまでは、人工存在が意識を持つのは魔術体、魔術核、生命式、魔力循環の四要素の相互作用によってのみだとされていた。


――その常識を見直すとき、胸が強く締め付けられた。リリウムはその枠を超えている。


でも、リリウムの誕生はその四つだけでは説明がつかない。彼女の振る舞いは想定されるあらゆる能力を超えている。学び、記憶し、推論するだけでなく――感じることができる。


その事実を紙に書き留める手が震えた。感情を持つということ、それはただの機能ではない。生命そのものの証だった。


結論として書いた。すべての魔法的な創造物には、創造者の目に見えない痕跡が残されている。魔術陣の一筆一筆の中に、描いた魔術師の霊的な状態が、無意識のうちに刻み込まれる。この現象を、霊的共鳴と名づけた。


その言葉を記した瞬間、胸の奥に熱が広がった。愛も恐れも希望も、術式に刻まれる――それは私自身の証でもあった。


この理論によれば、魔術陣が保存するのは数学的情報だけではない。計測不可能なものまでもが記録されているのよ。意図、意志、決意、愛情、希望、恐怖、そして愛。


その列挙を読み返すと、涙が滲んだ。春花への想い、リリウムへの祈り――すべてが術式に刻まれていたのだ。


リリウムの魔術陣を完成させたとき、そのすべてが彼女の生命式の中に刻み込まれた。あの愛が、最後に欠けていたピースとして、彼女の誕生を完成させたのだと、ずっとそう信じていた。


『生命が必要とするのは、魔力だけではないのかもしれない。その存在を心から望む誰かの意志もまた、必要なのかもしれない』と、ノートの最後に書いた。


研究を終えて、ため息をついた。


それでも、まだわかっていない。何が欠けているのか。リリウムを本当に特別たらしめているものが何なのかが。


その空白が、私の胸を締め付けた。答えに近づいているのに、核心には届かない――そのもどかしさが、次の探求を強く求めていた。


今ここで同じ手順で別の人形を作ったとしても、きっと命令をこなすだけの自動機械にしかならない。


その事実を思うと、胸が冷たく締め付けられた。リリウムは唯一無二――その奇跡を繰り返すことはできない。


春花のことを思った。彼女の研究を、その生涯を。両手を見下ろしながら、心の中で決意を固めた。


指先が震えた。春花の歩んだ道を思い返すたび、私の中に新しい炎が灯る。彼女のように、私も生涯を捧げるのだ。


春花が研究の完成に生涯を捧げたように、私もリリウムを理解することに人生を捧げる。それが、これからの私の新しい目的よ。自分のために、リリウムのために、そして春花の記憶のために。


その言葉を心に刻んだ瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。痛みは消えないけれど、進むべき道が見えた。


その日の午後は、どこにでもある普通の夕暮れとして訪れた。


使用人が部屋のドアをノックして、客間に大切な来客が待っていると告げた。誰も来る予定はなかった。訊き返そうとしたところ、来客はリリウムにも会いたいと申し出ているとのことだった。


不安が胸をざわつかせた。誰なのかしら。冷たい予感が背筋を走った。


リリウムに一緒に来るか尋ねると、彼女は頷いた。腕に抱いて、下へ向かった。


客間には、黒い完璧なスーツを身に纏った二人の男が待っていた。姿勢が整っていて、弁護士か上層部の幹部特有の空気を醸し出している。私たちが入ると立ち上がり、礼儀正しく挨拶をした。


テオ・ハストロム、先進研究部長。

ランディ・ペンサー、戦略関係部長。


共に、アルカ・システムズというコーポレーションの所属だと名乗った。


テオはリリウムのような存在の創造者に会えて光栄だと述べ、ランディは会えて嬉しいと言った。


「誰があなたたちに私のことを?」


冷ややかに問いながら、二人を見つめた。胸の奥で鼓動が速くなる。


「それに、ここに入るとはどういうことかわかっているの?」


「十分に理解しております」


とランディは落ち着いた声で答えた。


「ここの住人の方々が魔術師であることも存じております。ただ、あなたがよくご存じの方から署名された合意書がございまして、それがこちらに参った理由でございます」


書類がテーブルに置かれた。


手に取り、目を走らせた。


署名を見た瞬間、声が出なかった。


その名は――セレネ。


「セレネに何が?」


と詰め寄った。動揺が声に滲んでいた。


「なぜ私を探させたの?何を企んでいるの?」


「どうか落ち着いてください」


とランディは穏やかな笑みで答えた。


「すべてお答えします。まず申し上げると、セレネはアルカ・システムズの創設者兼CEOの妻でございます」


頭が白くなった。思考が一瞬止まり、呼吸さえ忘れそうになった。


セレネが……人間と?あの人が?


「そんなこと、ありえないわよ!」


と遮った。声が震えていた。


「セレネが人間と関わるなんて、あの人自身がそれを否定していた」


「セレネもそのような反応をされると申しておりました」


とランディは続けた。


「彼女がその方と結婚した理由は、かつての研究にもう戻れなくなったからです。しばらくの間、行き場を失い、沈んでいた。そこから救い出した人物こそ、リチャード・ローワンという男性です」


信じられなかった。胸の奥で何かが崩れるような感覚が走った。この男は、私の知っているセレネと同じ人物のことを話しているのだろうか。


「それに、彼の子を身籠っているとのことです」


リリウムを胸に強く抱き締めた。


セレネがその男の子を……息が詰まった。


喜んでいいのか、哀れむべきなのかもわからない。自分の信念を捨てるほど、追い詰められていたのだと思うと、胸が痛い。


ランディはさらに説明を続けた。セレネはリチャードに魔術師たちの存在を明かし、アルカ・システムズの内部開発プロジェクトに協力してきた。機密上の理由でまだ明かせない詳細はあるが、セレネが直接、企業が現在手がける最大のプロジェクトに私を推薦したのだという。


その言葉に、背筋が冷たくなった。セレネが――私を? 信じられない。


「どんなプロジェクトなの?」


と疑いを隠さずに問いかけた。胸の奥で鼓動が速くなる。


「リリウムを再現したいのです」


「リリウムは実験道具じゃないわ!」


立ち上がりながら、怒りが込み上げた。声が震え、指先まで熱を帯びていた。


「承知しております」


とテオが静かに口を挟んだ。


「私どもの目標は、彼女を生み出した過程を再現することであり、リリウム自身を実験対象にすることではございません。そこに違いがあります」


その説明を聞いても、胸のざわめきは収まらなかった。過程を再現する――それは結局、彼女を“方法”として扱うことに他ならない。


ランディがポートフォリオからファイルを取り出し、テーブルに置いた。


「お読みください。そこに、あなたが求めていた答えがあります。アルカ・システムズは三年前、5iというコーポレーションの旧来の人材によって設立されました。私どもは魔術師と共に未来を築きたいと考えています。リチャードは、あなた方の世界を変える知識を持っている。その秘密が、この書類の中にあります」


書類を見下ろしながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻いた。答えを求めていたのは事実――でも、それを彼らの手から受け取ることに、強い抵抗を覚えた。


最初は拒もうとした。


でも、リリウムの本質を理解したいという執着が、勝ってしまった。


ファイルを手に取り、読み始めた。


息が止まった。胸の奥が一瞬で凍りついた。


私が構築した霊的共鳴の理論の大部分は正しかった。ただ、不完全だった。


欠けていたのは――『霊輝』だった。


その言葉を目にした瞬間、視界が揺らいだ。まるで世界の根幹が静かに姿を現したように感じた。


文書には、すべての生命体が持つエネルギーとして霊輝が説明されていた。魔力ではない。魔法で作ることも、複製することも、移転することもできない。存在が個として在ることを可能にする霊的な原理よ。魔術師が魔力をエネルギーとして研究する一方で、霊輝は魔術師の認知の外に置かれ続けてきた。


その説明を読み進めるたび、指先が震えた。魔術師としての常識が崩れていく。私が知らなかったものが、ずっと世界の根に流れていたのだ。


リリウムの真の誕生については、こう書かれていた。


生命式を完成させたとき、その創造の過程で生み出された霊的共鳴が、世界の霊輝そのものから応答を引き出すほどの複雑さに達した。人間の魂が宿ったわけでも、何かに憑かれたわけでもない。本物の誕生が起きた。人工の構造が、世界から新たな生命として認識され、リリウムだけのまったく新しい霊輝が生まれた。その瞬間から、彼女の存在は磁器の体や魔術回路だけに依存しなくなった。なぜなら、今や命あるものだけが持てるものを持っているから――固有の霊輝を。


その記述を読み終えたとき、胸が熱くなった。リリウムが特別である理由――それは私の愛だけではなく、世界そのものが応えた証だった。


この説明は、理論の空白を埋めてくれた。でも同時に、新たな疑問が溢れ出してきた。


霊輝とは何なの?どこから生まれるの?すべての生命体が持つというなら、私にもあるということ?魔術師たちにも、この人間たちにも?


深い眩暈がした。理解に近づいたはずなのに、さらに広大な謎が目の前に広がっていた。


「この情報をどこから?」


と震える声で問いかけた。胸の奥で恐怖と期待がせめぎ合っていた。


「人間がなぜ霊輝を知っているの?」


「私どもが発見したわけではありません」


とランディは答えた。


「リチャードにその知識を教えた者がいる。霊輝はアルカ・システムズにおいて最高機密事項です。例外なくすべての生命体が持っている――世界の法則なのです。今この瞬間も私は霊輝を持ち、あなたも持っている。ただ、通常は誰もそれを見ることも感じることもできない。リチャードによれば、それを使いこなせる一部の人間が存在し、高いレベルで発現するとき、青い光や青いエネルギーの輝きとして目に見えるようになるとのことです」


『青いエネルギー』という言葉を耳にした瞬間――あの謎の石が脳裏に浮かんだ。


胸が跳ねた。何ヶ月も眠っていた直感が、一気に目を覚ました。


あの石から漏れ出していた青いエネルギーは……もしかして、霊輝だったの?


その可能性に気づいた途端、背筋が震えた。世界の根幹に触れてしまったような感覚が広がる。


ランディは身を乗り出し、声を落ち着かせた。


「エレノア、私どもが望んでいるのは、あなたの知識を奪うことではありません。むしろ、あなたの研究を未来へ繋げることです。リリウムは唯一無二の存在――そのことは私も理解しています。ですが、その奇跡を理解することは、彼女を守ることにも繋がるのです」


胸がざわめいた。守ることに繋がる――その言葉は、私の心の奥に響いた。


「あなたは母であり、創造者です。母としての愛が、彼女を生んだ。創造者としての知識が、彼女を支えている。その両方を持つあなたにしか、この答えを導けないのです」


その言葉に、思わず息を呑んだ。私にしか――そう言われると、責任の重さが胸にのしかかる。


「私どもは敵ではありません。あなたを利用するつもりもない。ただ、あなたが求めている真実を、共に探したいのです。リリウムの未来を守るために」


リリウムの未来――その響きに、心が揺れた。気づけば、怒りよりも疑念よりも、彼の言葉に耳を傾けていた。


「知識は力です。ですが、知識を閉ざせば、力は腐ります。あなたが築いた理論は正しい。あと一歩で完成するのです。その一歩を踏み出すために、私どもは存在しています」


胸の奥で熱が広がった。あと一歩――その言葉が、私の執着を刺激した。確かめたい。理解したい。


「どうか恐れないでください。あなたの愛がリリウムを生んだように、あなたの知識が彼女を守るのです。私どもはその道を整えるだけです」


気づけば、心の中で反論が薄れていた。彼の言葉は、鋭さではなく柔らかさで私を包み込んでいた。


「今日すぐにお返事をいただく必要はありません」


とランディは立ち上がりながら言った。テオも続いた。


「あなたの中に、知識への飢えと真実を追い求める真摯な意志を見ています。敵として見ているのではありません。ただの研究者として見ているのでもない。時間をかけて考えてください」


二人は礼儀正しく別れを告げ、提案書をテーブルに残して去っていった。


静寂が戻った瞬間、胸の奥でざわめきが広がった。恐怖と好奇心が絡み合い、答えを求める衝動がさらに強くなっていった。


リリウムを抱いたまま部屋に戻り、ひとりになった。


長い間、私は自分を「偽物の天才」だと感じていたわ。リリウムの誕生はただの幸運な事故で、それを自分の功績として受け取る資格はないと。


でも今日、あのページを読んで理解した。


自分の愛と魔術の共鳴が、世界を動かしてリリウムに霊輝を与えたのだと。それはようやく受け入れられる。私の才能と、嘘偽りない愛情から、リリウムは生まれた。


胸の奥で、長く絡みついていた鎖がほどけていくのを感じた。


あの子のお母さんは、私よ。そしてその役割を、すべての意味において引き受ける。


春花の死は受け入れる。痛みはずっとある、あの子がいなくて寂しいから。でも、もう罪悪感に縛られてはいない。あの子の記憶を讃える道を、見つけたから。


涙が滲んだ。けれどその涙は、悲しみだけではなく、未来への決意を含んでいた。


これから先が白紙ではなくなった。


ベッドの上からこちらを静かに見つめているリリウムに目を向けた。


リリウムを守るために。魔術師の業と人間の発見を繋ぐ謎を解き明かすために。もっと知らなければいけないわ。この世界を、魔術師たちの限界の先まで、理解しなければならない。


アルカ・システムズの提案を受け入れる。


霊輝の真実を、リリウムのことを、そして生命そのものの本質を、必ず解き明かしてみせる。


春花のために、リリウムのために、そして私自身のために。


静かな部屋に、柔らかな沈黙が流れていた。


私はリリウムを見つめながら、ふと口を開いた。


「ねえ、リリウム……もし、あなたに“弟”や“妹”ができたら、どう思う?」


リリウムは瞬きをして、頬を赤らめたように見えた。


「えっ……ええと……」


小さな声で言葉を探しながら、視線を逸らす。


「別に、嫌じゃないと思うけど……」


と、もじもじしながら続けた。


「でも……私、どう接すればいいのか、ちょっとわからないわ」


その反応に、思わず笑みがこぼれた。


「そうね、急に“お姉ちゃん”になるのは、少し恥ずかしいものよね」


リリウムは唇を尖らせて、照れ隠しのように言った。


「……エレノアがそうしたいなら、私は頑張ってみるわ。でも、からかわないでね」


「からかわないわ」


と答えながら、胸の奥が温かくなった。


未来はまだ霧の中にある。けれど、こうして笑い合える時間があるなら、どんな霧も歩いていける。


リリウムに“兄弟”を与えること――それは新しい研究であり、同時に新しい家族の形になるのかもしれない。


私はそっと彼女の髪を撫でながら、心の中で呟いた。


「大丈夫よ。あなたは、どんな未来でも私の大切な娘。たとえ弟や妹ができても、あなたは特別なの」


リリウムは照れくさそうに笑い、私の胸に顔を埋めた。


その瞬間、重苦しい決意の後に訪れた小さな笑いが、未来への希望を優しく照らしていた。


――七年。


長い時間を越えて、


アキラはようやく、


自分自身の人生を歩き始める。


罪も。


後悔も。


失ったものも。


すべてを抱えたまま。


それでも、


帰る場所がある。


待ってくれる人がいる。


そして――


守りたい家族がいる。


これは、


世界を救った英雄の物語ではない。


最後まで誰かの隣にいることを選んだ、


一人の魔術師の物語。


次回――


マジクス 最終話


その物語は、


夕暮れの光の中で、


静かに幕を閉じる。

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