自由の夜と星の瞳
知らなかった世界。
知らなかった力。
そして――
知らなかった人との出会い。
魔術師の世界だけが、
すべてではない。
夜空を見上げた少女は、
初めてその世界の広さを知る。
そして、
一人の少年と共に、
自由を感じる。
筆を磨かれた木製の机の上に置き、魔術理論のノートに描いたいくつかの術式の図を眺めた。
気づかぬうちに、唇の端にわずかな微笑みが漏れていた。
部屋の静寂が、一瞬だけ馬鹿馬鹿しいほど重くのしかかってきた。でも、息苦しいわけじゃない……むしろ、自由な感じ。不思議な感覚だった。ほとんど酔いそうになるくらいの、胸の中で小さな幸せが弾けているような――そんな感覚。
もう縛られていない。
自由は甘美だけど、同時に空白でもある。誰かの駒じゃないなら、私は何者なのか。
エンバーストロム一族の完璧な跡継ぎでも、父の名声のための道具でも、誰かのチェスの駒でもない。ただの私として、本当に好きなように生きている。
自然と、数週間前のことを思い出した。
大魔導師のストロンが新たな判事としての権限を行使し、父への判決を下したあの日。最初に「もう十分に反省したから」という名目でじきに釈放すると聞いたとき、正直信じられなかった。馬鹿馬鹿しい、悪趣味な冗談だと思った。あれだけのことをして、そんなに簡単に? ……でも、父が屋敷に戻ってきた姿を見たとき。その態度を見たとき。その衝撃が、私を氷のように凍りつかせた。
廊下で、あの父が私の前に立った。目を合わせて、直接謝罪して、好きなように自由にしなさいと言った。そのまま何事もなかったかのように背を向けて、長年そうしてきたように書斎へ戻っていった。
その瞬間、怒りと罪悪感の波が同時に私を貫いた。
謝って、それで終わり? 本当に? 何年もの抑圧、人間には無理な要求の数々が、たったひと言の「申し訳なかった」と書斎への退場で消えるというの……? 怒りで視界が真っ白になった。その日のうちに書斎へ乗り込んで、正面から向かい合った。喧嘩になることを覚悟していた。いつもの横暴な怪物が出てくることを想定して、ずっと胸に溜めてきたすべてをぶつける準備をして。
でも待っていたのは、ひどく疲れ果てた男だった。燃え尽きた、魂を失ったような男が。
勝利のはずなのに、胸に広がったのは虚しさだった。怪物が消えた後に残ったのは、ただの抜け殻だった。
また謝られた。どこか別の場所に住みたいなら準備すると言われた。もし父のことがそこまで嫌いなら、好きな家を選べばいい、人間社会の中でも費用は出すとまで言った。
エンバーストロム一族の長が、完璧さを求め続けたあの男が、何の意欲もない抜け殻に成り下がった姿を見て――胃がひっくり返るような気持ちになった。信じられなかった。
それ以来、廊下ですれ違っても、目も合わさないし声もかけていない。それがきっと、お互いにとって一番いいのだと思っている。
憎しみでもなく、赦しでもなく。ただ距離。それが私の選んだ答えだった。
父の影から解放された今、初めて自分の影を探す番だと思った。
今は自由だった。
一族のしがらみが許す日だけでなく、毎日アカデミーに通える。自分のリズムで日々を楽しめる。今の生活が好きだった。
でも、好きという感覚はまだぎこちない。自由は甘美だけど、同時に『次は何をする?』という問いを突きつけてくる。
椅子から立ち上がり、ベッドに背中から倒れ込んで、白い天井を仰いだ。
自然と思考は、アザエルとの戦いへと流れていった。
あの日……アキラが、魔術師の社会でも今なお誰も明確に説明できない、壊滅的な力を目覚めさせた。私自身が精鋭の魔術師たちを動員したというのに、それでも足りなかった。結局、誰よりも輝いたのは、そんな栄誉を求めてすらいなかったただの一人の少年だった。
乾いた笑いが漏れた、皮肉な笑い。
盤面の外から現れた一人の少年が、盤面をひっくり返した。私が何年も信じてきた秩序は、あっけなく崩れた。
この世界って、本当に馬鹿馬鹿しいわね。
ここ数週間、魔術師の社会はやっとのことで立て直しを図っている。多くのことが変わった。毛布の中に丸くなって、今日はもうこれで十分だと思った。明日もまたアカデミーへ行く日が来る。
もう魔法を学ぶことは、ただの日常じゃない――まだ果たしていない約束を守るためにも、知識が必要だった。ヴィクターと海に誓った、あの約束。この世界を包む謎を解き明かさなければならない。もともと魔術師の世界だけでも十分すぎるほど奇妙なのに、人間の世界と共存しているという事実が、すべてをどこまでも複雑にしていく。
目を閉じると、重さがすぐまぶたにのしかかってきた。夢は断りもなく訪れて、歪んで、淀んでいた。
心の闇の中に、見知らぬ人たちのシルエットが無数に見えた――顔のない影が、円を描くようにぐるぐると歩き続けていた。突然、その上の空が引き裂かれ、天の真ん中に巨大な瞳が現れた。固定された、冷たい、まっすぐに――私だけを見つめる瞳が。
その瞳は、父の監視よりも冷たく、アザエルの狂気よりも無慈悲だった。私だけを見ていた。逃げ場はなかった。
――ッ!
飛び起きて、悲鳴を喉の奥に押し込んだ。心臓が肋骨を叩き続けていた。ベッドサイドの時計を見ると――アラームが鳴るまで、ちょうど五分。
「……なに、あれ」
思わず呟いた。夢のはずなのに、現実よりも鮮明だった。あの視線は、未来からの警告のように思えた。
気づくと肌がべたついていた。全身が汗でびっしょりで、胃の底に不快な塊がわだかまっていた。時間を無駄にせず、シャワーに飛び込んで冷たい水を浴び、夢の残滓を流し落として、アカデミーの制服に着替えた。玄関を出ると、いつものように運転手がドアを開けてくれて、目的地まで送り届けてくれた。
アカデミーの正門をくぐったとき、空はようやく夜明けの最初の色に染まり始めていた。
いつもの朝が、突然別の色を帯びた気がした。平凡な一日が、予兆に変わる瞬間だった。
廊下を、いつも通り確かな足取りで歩いていたとき――前方から、二人の魔術師が話しているのが聞こえてきた。普段なら、関係のない人たちの会話に耳を傾けるなんて趣味ではないけれど、その言葉の断片に足が止まった。
一冊の本を読み返しているように見せかけながら、耳を澄ませた。
「……マジクスの世界から、世界最高峰の先生方が訪問されると聞きましたよ」
と、興奮を抑えきれない様子で一人が言っていた。もう一人が目を見開く。
「本当ですか? サミー先生やドロシー先生、シルヴァラ先生のような方々のことですか?」
その名前を聞いて、頭の中が素早く動いた。
マジクスの世界から――ということは、彼らは魔法使い、マジクス純粋の血筋の方々ということ……。
背筋が冷たくなった。
ただの噂に過ぎないかもしれない。けれど、私の直感は違うと告げていた。世界の盤面がまた動き出す、と。
なぜそれほどの大師範たちが、アカデミー・エンディミオンを訪れる必要があるというの?
二人の会話はそこで終わらなかった。
「ねえ、歴史の授業で習ったこと覚えてる? マジクスの世界に伝説的な大師範がいるって……グレート・マスター・ブラックのことだよ」
伝説は物語の中だけにあると思っていた。けれど、もしそれが現実に触れるなら……私の自由は、再び試されることになる。
あの記録は鮮明に覚えていた。私もマジクスの歴史を学んできた。グレート・マスター・ブラックは生きる伝説だ。マジクスの世界のどこかに自らの魔導書と杖を隠したとされていて、それを見つけた者は、どんな種類の魔術師であれ、超越する知識と力を授かるという。マジクスの世界には私たちに相当するアカデミーが存在する――ダミアン魔導師が創設した、アカデミー・ワンダーブレイズ。
マジクスの世界に住むすべての魔法使いたちは、間違いなく別格だ。地上の魔術師が目指せる限界を、軽々と超えている。少なくとも、そう思っていた。
地上の魔術師の限界を超える存在。だが、限界を知ることは恐怖ではなく、挑戦の始まりかもしれない。
二人が談笑しながら離れていくのを見送ってから、歩みを再開した。教室に入り、いつもの窓際の席に腰を落ち着けて、授業が始まる前の時間を潰すために魔術理論の分厚い本を開いた。
マジクスの間で魔術と魔法がいかに共存しているかを読みながら、アザエルとの戦いの公式記録が頭に浮かんだ。特に――龍牙のことが。グレインと呼ばれる、古の時代の存在を召喚したあの少年のこと。その存在は……その過去の人物は魔法を使えたが、報告書によれば、それは人間に与えられた魔法だった。純粋なマジクスが持つ魔法とよく似ているが、人間自身が行使できるもの。
奇妙なほど、興味が湧いた。
盤面の外にある駒を見つけたような感覚だった。人間という存在は、私がまだ解けていない最大の謎かもしれない。
人間が実際に持っている力とは、一体どういうものなの……かしら。マジクスの先祖たちがこの惑星・地球に初めて降り立ったとき、人間と子孫を残せたという事実が、単なる偶然とは思えなかった。ならば……人間とは、本当は何者なの?
自分の血さえも、出自の系譜を辿れば人間の血が流れている。でも、普通だと感じる。「異質な」魔法が使えるわけでもない。ただ、ひとつだけ特異な能力がある――自分の存在を、完全なるゼロまで隠す力。その能力は、従来の魔術的性質を持つとは到底思えない。自分で身につけたものか、あるいは……自分の中に流れる人間の生物学が与えてくれたものか。
教室が少しずつ埋まっていった。同級生たちが一人また一人と入ってきて、おしゃべりしながら席に着くうちに、鐘が授業の開始を告げた。
今日は歴史のオーウェン先生の授業があるはずだった。でも扉を開けて入ってきたのは、オーウェン先生ではなく――
……カイト……お兄……先生。
思わず眉をひそめた。お兄様はいつも私の支えだった。でも、教壇に立つ姿は初めてで……その距離が急に近すぎるように感じた。
なぜ上の学年を担当しているお兄様が、私たちの教室に? カイトは机の上に本を数冊、ドン、と置いた。
「おはよう!」
いつもの飄々とした態度だった。
家族としてのお兄様と、先生としてのお兄様。その二つが重なる瞬間に、私はどう振る舞えばいいのか分からなかった。
「さーて、今日は歴史を担当するよ。オーウェン先生は体調を崩しててね、この学校で歴史を一番よく知ってる二番手が僕だから、今日は担当するね」
心の中で深くため息をついた。お兄様が前に立っているからって、騒ぎを起こすつもりはなかった。カイトは例のあの馬鹿げたサングラスをかけたまま、教室全体を見回し――その視線が、真っ直ぐ私に止まった。暗いレンズの向こうでも、私を見ていることが分かった。じっと見ていることが。
頬に不快な熱さが上ってきて、慌ててノートへ視線を落とした。
お兄様の視線は、私の仮面を剥ぎ取るみたいだった。誰よりも私を知っている人間に見られることほど、居心地の悪いことはない。
カイトは得意そうな笑みを浮かべながら、机の端に腰かけた。
「まあまあ、僕の授業は面白いのがモットーかな」
声を張り上げて全員の注意を引きつける。
「今日はね、最近の地道な研究で判明したばかりのことをこの場で明かそうかと思ってね」
驚いた。それほど重要なことを、高位魔術師たちの集会ではなく普通の授業で?
重大な真実が、こんな日常の場でさらりと告げられる。その軽さが逆に重く響いた。
「この研究はね、とある魔術師がグレインと呼ばれる過去の存在と接触したことから始まったんだよ。以前ここに現れた、あの古の者」
全員がざわついた。誰もがあの襲撃を覚えていた。龍牙がどのようにしてグレインに近づいたか、あの報告書の記憶も蘇った。
「あの過去の人物は魔法を持っていた」
カイトは一方の手を上げて続けた。
「でも、人間だった。なぜ過去の人間が魔法を持てたのか? 答えはシンプルさ――人間にも、人間自身の魔法があるということだよ」
その言葉は、私の血の奥に潜む何かを突き刺した。ずっと異質だと思っていた自分の力が、もしかしたら人間の証なのかもしれない。
教室が一瞬にして声の渦に包まれた。
「そんなのありえない!」
と後方の誰かが叫ぶ。
「人間には魔力なんてない!」
私は何も言わなかった。ただ騒ぎを眺めながら、内側で押しつぶされそうになっていた。世界の秩序がひっくり返る音を、胸の中で聞いた気がした。自由を得たばかりの私に、また新しい盤面が突きつけられた。
カイトが公式の場で明かしているこの事実が――本当だったということが。人間には魔法があった。
「落ち着いて」
カイトが軽く手を振った。
「結果を説明するよ。その魔法は人間の魔法――マジクスたちが持つ魔法とは、まったく別物だね。その事実を踏まえて、彼らの本質を理解する手がかりになる人類史上の人物を調査してみたら……とても興味深い名前が見つかったよ」
教室が、息をのんだかのように静まり返った。
カイトは指を組んで、机の上で姿勢を整えた。
「まず見つかったのはソロモン。人類の歴史が彼を最初の魔法使いと記しているね。伝説に包まれているけど、歴史的データと、とある少年がグレインと交わした会話を踏まえれば、確かに実在したと思うよ。だから、これから挙げる人物たちも実在していた可能性は十分高いかな」
胸に、ちくりとした予感が走った。
お兄様の言葉は、ただの学術的な講義じゃない。私の存在そのものを揺さぶる予兆だった。
背筋を伸ばして、次に続く言葉がすでに、本当の意味で恐ろしいものになると感じていた。
カイトが人差し指を立てた。
「次に、魔法と深く結びついた人物として安倍晴明が挙がるね。これはとりわけ興味深い。僕たちはすでに陰陽師と交戦した経緯があって、彼らは確かに不可思議な力を持っていたから。晴明は彼らの歴史書に記録された人間で、現代の陰陽師たちが独自の力を保っているという事実は、人間の魔法が存在した証拠として十分じゃないかな」
一人の生徒が手を挙げた。
「先生、では陰陽師の力も魔法だったということですか?」
「確認する方法がないかな」
カイトはさらりと肩をすくめた。
「彼ら自身も分からないからね。実際にその力を使える者は今では極めて少ないし、どう呼んでいたかの明確な記録もない。でも今は、人間の魔法として仮定するよ」
二本目の指が立った。
「次はゾロアスターだよ。歴史上の生没年すら定かじゃない人物だけど、多くのことが彼に帰せられている」
背筋を伸ばした。お兄様の声は淡々としているのに、内容は私の心を強く引き寄せていた。
「彼の時代、祭司とは単なる宗教指導者ではなかった――天文学者、夢解き者、聖なる火の守護者、宇宙の知恵を持つ儀式者でもあった。つまり、魔法使いと祭司はほとんど同義だったんだよ」
思わず指先に力が入った。魔法と宗教が同義――その響きは、私が知っている秩序を揺さぶる。
「面白いのはね……"魔法"という言葉の語源がここにある。ギリシャ語の"マゲイア"に由来し、それはペルシャ語の"マグシュ"――つまり、ペルシャの祭司階級の呼び名から来ている。ギリシャ人はその階級を"マゴイ"と呼んで、その言葉が現代語へと変化した」
息を呑んだ。言葉の根が、異なる文明を結びつけている。偶然ではない。
「でもここで厄介な疑問が生まれる……マジクスたちが地球に到来したとき、彼らも自らの力を指すために同じ言葉を使っていた。数十億キロ離れた別の星に存在した二つの種族が、どうして同じ言葉を使って自らの力を呼んでいたの……かな?」
座ったまま、固まっていた。
同じ言葉……? まったく別々の惑星に存在していた二つの種族が? 偶然なんて、ありえない。
偶然ではない。言葉は文化の根だ。二つの種族が同じ根を持つなら、私たちの歴史は人間の歴史と絡み合っている。私の自由は、結局その謎から逃れられない。
カイトは三本目の指を立てた。
「次はヨハン・ゲオルク・ファウスト。ゲーテの小説の人物と混同しないようにね。ファウストは奇妙な人物だった――錬金術師、占星術師、降霊術師、そして魔術師と自称していた。詐欺師だという者もいれば、真の賢者だという者もいた。死後には悪魔と契約を結んだという噂が広まった」
「ファウストが魔術にとって何を意味するの?」
ある女生徒が尋ねた。
「知識の追求を果てなく続ける人間の象徴だよ。タブーを破る研究者、人体実験を行う錬金術師、執着した賢者――禁断の魔術師という典型像をほぼ一人で作り上げた人物さ」
その言葉は、蓮次郎の姿を鮮明に呼び起こした。お兄様の説明は学術的なのに、私には生々しい記憶として突き刺さった。
カイトが両手を叩いて注意を引き戻した。
「ここからは神話・伝説の領域になるよ。まずキルケーから――ギリシャ神話の魔術師で、薬草と秘薬と変容を使いこなしていた。最も有名な行いは、男たちを豚に変えたことかな」
神話の物語が、ただの寓話ではなく現実の魔術の反映だとしたら……私たちの世界は人類の想像力とどこまで重なっているのだろう。
「神話なら、私たちとどんな関係があるんですか?」
別の生徒が問いかけた。
「キルケーは物の本質を理解して変える魔法を体現しているんだよ」
カイトはずる賢い笑みを浮かべた。
「錬金術、変性、変容の概念――マジクスの歴史にも似たものがある。春花・ナイトシェイドの変身計画でも、ナイトシェイドの一族が他者の身体を人狼へ変身ためのコレアル然り」
血筋の中に刻まれた変身の力。それは伝説ではなく、現実の系譜に存在する。私の背筋に冷たいものが走った。
知らず知らず、唾を飲み込んでいた。
椅子の木が硬く、座面が尻に食い込むようで不快だった。 人類の最古の神話の中に、マジクスたちにとって現実のものとして存在する概念がすでに描かれていたという事実が――首筋に、静かな戦慄を這わせた。
知識は重い。聞けば聞くほど、私の自由は新しい謎に絡め取られていく。
カイトは全員を見渡してから続けた。
「次はヘルメス・トリスメギストス。実在したかどうかも不明だけど、彼の名に帰せられた著作から、錬金術、召喚、魔法陣、封印という概念が生まれたんだよ。マーリンが伝説の偉大な魔法使いなら、ヘルメスは人間の魔法理論における科学者といえる。彼の最も有名な言葉は"翡翠の書板"に記されていてね――『上の如く、下も然り』。宇宙全体が同じ法則に従うという意味――小なるものは大なるものを映し、人なるものは神なるものを映す、ということだよ」
その言葉は、私の胸に奇妙な共鳴を残した。小さなものが大きなものを映すなら……私自身もまた、何かを映しているのだろうか。
机の上に両手を置いた。ノートはまだ白紙のままだった。
カイトは、誰も以前には結びつけようとしなかったことを、ただの歴史の授業で繋いでいた。
「その次はキプリアヌス。これ以前の人物たちとは違って、実践的な魔法を体現している。宇宙の仕組みを解明したいわけでも、神になりたいわけでもなかった――ただ、具体的な問題を実際の儀式で解決しようとした人物だよ」
理論ではなく実践。私が求めているのも、結局はそういう答えなのかもしれない。抽象ではなく、生きるための術。
カイトが黙った。しばらく、教室も静まり返った。誰も口を開かなかった。
「そして最後――個人的に、一番興味深いと思う人物だよ。アレイスター・クロウリー」
一拍、間を置いた。
「クロウリーは1875年から1947年に生きた人物だよ。彼の死から今日まで、まだ153年しか経っていない」
数字の重みが、ただの年表以上に響いた。つい最近まで生きていた人間が、魔法を語っていたという事実に、胸がざわめいた。
「彼は魔法をこう定義した――『意志に従って変化を引き起こす科学と芸術』。奇跡のことを話しているんじゃない、火の玉でもない。彼にとってそれは自己研鑽の学問だった」
背筋を伸ばした。言葉の鋭さが、私自身に突きつけられているように感じた。
「魔法における最大の障害は魔法使い自身だ、と彼は言った。自分が本当に何者であるかを理解できないことが、最大の壁になるとね」
その言葉は、鋭い刃のように突き刺さった。私自身が何者かを理解できないこと――それこそが、私の最大の障害だ。
「そして重要なのは……クロウリーは魔法を使えなかった。ただの人間だったんだ。それでも、私たちの中の多くよりも、魔法の本質を深く理解しているように思えた。僕自身も彼から学んだことがある――呪文の質は、意志、魂、魔法陣の一致に比例する、ということだね」
思わず息を呑んだ。魔法を持たない者が、魔法を持つ者よりも本質を掴んでいたという事実――それは、私の存在を根底から揺さぶるものだった。
カイトは笑みを浮かべ、前に一歩出て、拍手した。
「これで授業を終わるよ。他のクラスにも同じ話をしに行かないといけないから。じゃあ、良い一日を、君たち」
扉が閉まって、重い沈黙が教室に残った。それが私の肩にのしかかっていた。
今まで一度も、あんなふうに人類を見たことがなかった。
彼らには、私の頭がまだ受け止めきれないほど、壮大な歴史と遺産があった。
……気づけば、指先がノートの端を強く押していた。呼吸が浅くなり、胸の奥で妙な熱が広がっていく。理由は分からない。ただ、身体が勝手に反応しているようだった。
頬に触れる空気さえ重く感じて、落ち着こうと背を椅子に預けた。けれど、落ち着くどころか、余計に心臓の鼓動が速くなった。
人類はただの弱い存在だと思っていた。けれど、歴史の奥底には、私たちと同じくらい、いやそれ以上に壮大な遺産が眠っていた。
彼らには、私の頭がまだ受け止めきれないほど、壮大な歴史と遺産があった。
自由を得たばかりの私に、その事実は新しい問いを突きつけた。人間とは何者なのか。そして――人間の血を持つ私は、何者なのか。
* * *
あの授業は何日経っても頭から離れなかった。
週の半ばに、女の子たちがアカデミーの寮でパジャマパーティーをしようと誘ってきた。気が乗らなかったけれど、承諾した――もっとも、別の目的があってのことだけれど。全員が深く眠りに落ちたのを確認してから、音もなく部屋を抜け出した。
近くで人間社会を見てみようと思った。障壁なしに、隠れ蓑なしに。
当てもなく暗い通りを歩きながら、ただ周りにあるすべてのものを眺めていた。街灯が、時折通り過ぎる車を照らしていた。夜のひんやりとした風が、星空の下で頬を撫でていった。
エンバーストロムの一族は目に印が宿っている――人間に見られたら問題になる。だからダークレンズのサングラスを持参していた。瞳の光を隠すために、かけたまま歩いていた。
やがて、街の中心部に近そうな区画に入った。騒がしくなって、明かりが増えて、車も多くなった。歩き疲れて、高架橋の近くで足を止めた。橋脚の下の空間を通り過ぎようとしたとき、若者の一団が集まっているのが見えた。大声で話して、笑っていて――自分と同い年くらいに見えた。
一瞬だけ、誰かに声をかけてみようかという誘惑に駆られた。でも、それはただのトラブルを招くだけだと分かっていた。壁に沿って通り過ぎようとした。
「おい!」
反応する間もなく、一人の男の子が私の手首を強く掴んだ。
「そんなに急いでどこ行くんだよ?」
ニヤニヤ笑いながら。
「ちょっとこっちでしゃべっていけよ」
心臓がひっくり返るような感覚がした。完全に不意を突かれた――まさか人間に、こんなふうに声をかけられるとは思ってもみなかった。彼はさらに顔を近づけてきて、目を細めた。
「なんで夜中にサングラスしてんだ?」
「……め、目が悪くて」
なんとか毅然とした声を出そうとしたのに、緊張が滲み出ていた。
何の前触れもなく、彼は手を伸ばしてサングラスをもぎ取った。
一族の印が宿る瞳を見た瞬間、男の子は飛び退いた。まるで焼けつくものを触ったかのように、サングラスを地面に投げ捨てた。
「キモっ!」
叫んで、顔を歪めた。
「なんだよこの目!」
仲間のところへ駆け戻りながら、彼らが声を上げて笑い、私の顔についてひどい言葉を吐き捨てながら立ち去っていくのを、ただ聞いていた。
深く、冷たく、胸の奥が刺さるような痛みを感じた。涙がすぐにでも溢れそうだった。震える手でサングラスを拾い上げて、また顔にかけた。人間が残酷になれるということは知っていた。でも、人間から初めてもらう言葉が、あなたの目は気持ち悪いという言葉だとは、想像したことすらなかった。
胸の奥が冷たく締め付けられて、足元が揺らぐようだった。
踵を返して、視界がじわりと滲む中で歩き出そうとした――その瞬間、誰かの胸に思い切りぶつかった。またサングラスが飛んだ。
「あっ!」
思わず両手で顔を覆った。
「見ないで! 目に病気があって、だから……だからこう見えるの!」
男の人の、落ち着いた、はっきりとした声が聞こえた。
「あんなやつ、痛い目に遭えばよかったな。女の子に向かって気持ち悪いとか、どんな神経してんだ」
驚いて、恐る恐る顔から手をどけて――
「きれいな目だな」
視線がぶつかった。心臓が跳ねた。痛みの余韻に重なるように、妙な熱が広がっていく。理由は分からない。ただ、身体が勝手に反応していた。
柔らかくて、澄んでいて、完全な静けさをまとった声だった。瞬きした。ゆっくりと、手を下げた。
頬に触れる夜風が急に重くなった。呼吸が浅くなり、指先が震えた。恐怖でもなく、安心でもなく――説明できない感覚が、胸の奥でざわめいていた。
目の前に男の子がいた。目が青かった――真昼の空みたいに、吸い込まれそうなほど深い青。少し長めの金色の髪が、私の金色より遥かに美しい輝きを放っていた。まっすぐ私を見ていた。拒絶の欠片もない、純粋な好奇心だけを宿した目で。
その視線は、私の防壁を軽々と越えてきた。理由もなく、胸の奥がざわめいた。
「なんで目は星みたいに見えるんだ?」
男の子は少しだけ近づきながら言った。
「なぜそうなってんの? 知りたいんだけど」
信じられなかった。
「……怖くないの? 気持ち悪くないの、そう見えても?」
彼は一秒も迷わずに首を振った。
「全然。気に入ったよ。こんなの、生まれて初めて見た」
一歩下がった。警戒して。
「なぜそうなってるかは言えないわ」
彼は眉を寄せて、頭を傾けた。
「なんで?」
「秘密にしないといけないから」
きっぱりと答えた。
少し考えてから、後頭部をかきながら、軽やかに笑いかけてきた。
「了解。じゃあ自己紹介しとこうか。俺はアーサー・ヴェスパー」
「楓・エンバーストロム……」
気づいたら口が動いていた。
「楓か」
彼は名前を転がすように繰り返した。
「いい名前だな。洗練されてて……秋っぽい」
頬が勝手に熱くなった。名前を呼ばれるだけで、こんなふうに反応するなんて。自分でも理解できない感覚だった。からかっているに違いない。何か目的があるに決まっている。視線を下に逸らして、サングラスを地面から拾い上げて、背を向けた。
「行かなきゃ」
アーサーは素早く動いて、そっと私の手を取った。
その温もりは、拒絶よりも強く私を揺さぶった。振り払うのに、妙なためらいが生まれた。
「待って、もっと話したい」
「あなたとは話せないわ」
振り払おうとした。
「破れない決まりがあるの」
もう一歩近づいてきて、食い下がった。
「でも話したい。あんたに興味持ったから、気になったことは納得いくまで追いかける性分なんだよな」
無性に苛立った。
「放っといてちょうだい!」
アーサーは手を離した。そのまま立っていた、物理的に押してくることはなかった。その隙に、早足でアカデミーの方向へ歩き出した。自分が馬鹿みたいに思えた。人間社会を近くで見たいなんて思ったのが、そもそもの間違いだった。私はこういう場所に向いていない――私の居場所は魔術師の側だ、人間の側じゃない。
そう言い聞かせても、心臓はまだ速く打っていた。理性は拒絶しているのに、身体は別の答えを返していた。
そう思いながら歩いていると――夜空から影が降りてきた。
足が止まった。
降りてくるのは人間だった。でも、落ちているんじゃない……浮いていた。重力を自分のものとして扱えるかのように、ゆったりと、馬鹿げた優雅さで降下してきた。その人影はそっと地面に着いた――私の目の前に。
彼だった。アーサーだった。
「あ……あなた、どういうこと……?」
後退りながら声がかすれた。
「なんで飛べるの?」
アーサーは得意げな笑みを浮かべた。まるで自慢するように。
重力を裏切るその姿は、私の常識を粉々に砕いた。人間がこんなことをできるなんて、ありえないはずなのに。
「俺の秘密を見せたんだから、次はあんたの番だろ」
頭の中が混乱していた。人間が飛んでいる? 魔術師……かしら? でもどの一族の名前でもない……この人、一体何者なの?
アーサーが一歩前に出た。怖くて後退った。彼はそれを見て即座に止まり、首を傾けた。
「俺のことが怖いのか?」
「全然!」
間髪容れずに返した――でも心の中では怖かった。未知のものが怖かった、不可思議なものが怖かった……以前、A.S.の前に立ったときと、まったく同じ感覚が走っていた。
「力があるんだよ」
アーサーは静かに説明した。
「俺は特別な力を持つ血筋の生まれでさ」
「どんな力なの?」
聞かずにはいられなかった。
「霊輝を操ることができる」
その言葉を発した瞬間、まるで周囲のすべての音が消えたかのような沈黙が訪れた。霊輝……? 霊輝って何……? まったく知らない言葉だった、まったく見当もつかなかった。
胸の奥で何かが震えた。意味は分からないのに、言葉そのものが力を帯びているように感じた。
知らないはずの言葉なのに、どこかでずっと待っていたような響きだった。運命が私に新しい盤面を突きつけてきたのだと、直感した。
アーサーは悪戯っぽく微笑んだ。
「さて、話してくれた、の続きを聞かせてくれよ。あんたの瞳に四つの先端を持つ星があるのはなぜ? 教えてくれ」
突然、胸の中で怒りが沸いた。なぜかは分からなかった。でもはっきりと、燃えていた。人間が――本物の力を持った人間が――目の前に立っていた。その怒りと衝動に押されるまま、サングラスを取り外して、地面に叩きつけた。大股で近づいて、目を真っ直ぐ合わせた。
「魔術師よ!」
黄金の鉄則を破った。怒りは理性を押し流した。自分でも信じられないほど、衝動的に口が動いていた。人間に、魔術師の存在を明かしてしまった。
これが取り返しのつかない問題になると分かっていた。でも、彼の目の中の挑発が私の限界を超えた。
しかしアーサーは怯まなかった。むしろ、笑顔がさらに広がって、瞳がますます輝いた。
「すごいな!」
と心の底から感嘆するように。
「叔父さんからぼんやり耳にしたことはあったけど、正直信じてなかったんだよな」
瞬いた。完全に拍子抜けした。恐怖も拒絶もない。代わりに、彼の瞳には純粋な驚きと喜びが宿っていた。その光景が、私の心をさらに混乱させた。
叔父……? 魔術師のことをすでに知っていたというの……?
処理する間もなく詰め寄る間もなく、アーサーが温かく私の手を包んだ。
その温もりは、私の防壁を一瞬で崩した。振り払うのに必死だったのは、拒絶よりも自分の反応が怖かったから。
「友達になりたい。また会って、魔術師たちのことをもっと教えてもらいたいんだ」
頬が燃えた。思い切り手を引き抜いた。
「私は誰かに教えるための先生じゃないわ!」
叫んで、
「それより説明しなさい! どこで魔術師の話を聞いたの?」
アーサーはくすくす笑った。
「確実には知らなかったよ、そこらへんで聞いただけで作り話だと思ってた。でも本物の魔術師が目の前にいるなんて……すごい。もっと話したい」
胸の奥でざわめく感覚は、恐怖でも安心でもなかった。説明できない何かが、私を彼に引き寄せようとしていた。
彼の目は完全に真っ直ぐだった。どれほど探っても、下心が見当たらなかった。純粋だった――ただ別の誰かと話したい、友達になりたいという、透き通るような純粋さだけがあった。
腕を組んで、視線を外した。
「説明してほしいなら、まずあなたが説明してから」
「でも俺、もう結構話したじゃないか」
「あなたからよ!」
「でもあんたは謎の魔術師だろ!」
通りの真ん中で言い合いになった。どちらが先に情報を話すかで、延々と押し問答した。目の前に力を持つ人間がいるとは信じられなかった。なぜかは分からないけれど――ずっと彼の顔から目を離せなかった。彼の顔を見ていると、何か言葉にならないものが伝わってきた。平和に近いもの、と表現するしかない感覚が。
「こんな通りで話すの、疲れないか」
とアーサーが言った。
返事をする前に、彼は屈んで――お姫様抱っこの形で、私を持ち上げた。
「ちょ……ちょっと! 何をするの!?」
アーサーは力を解放して、夜空へとゆっくり浮き上がった。高度が上がるにつれて、風が顔を叩いた。落ちる恐怖で、気づいたら両腕を彼の肩に回して、首にしがみついていた。
下を見ると――光が溢れる街の夜景が、どこまでも広がっていた。
言葉が出なかった。美しかった。
その光景は、私の心の奥に眠っていた何かを呼び覚ました。恐怖と同時に、奇妙な安堵が広がっていった。
「好き?」
アーサーが耳元で囁いた。
「えっ!?」
「景色、気に入ったか?」
「……ええ」
ほとんど聞こえないくらいの声で、認めた。
息を吸って、飛びながら彼の肩に頭を預けた。そして話した。
「私の目は……一族の印なの。その一族に生まれた者は皆この印を持っている。遥か遠い先祖が、この惑星に降り立ったときから受け継がれてきた遺産よ」
言葉にした瞬間、胸の奥が震えた。秘密を打ち明けることは禁忌だったのに、彼の瞳がそれを引き出した。
アーサーは感心したようだった。
「なるほどな……俺の血筋に近い感じか。俺はM種族の末裔なんだよ、もっともP種族と混ざって今はMP種として知られてるけど」
二回、瞬いた。
「……M種族? P種族? 何も分からないわ」
思わず苦笑いした。
知らないはずの言葉なのに、どこかで聞いたことがあるような響きだった。宇宙の奥で繋がる糸を、ほんの一瞬感じた。
「説明が下手なのは、あなたの方みたいね」
アーサーが大笑いした。気楽な笑い声だった。
「説明とか勉強、あんまり得意じゃなくてさ。こんな時間にふらついてるのも、そういう理由だよ――やりたいことをやる、それだけだから。でも、挑戦することと、周りのものを知ることは好きなんだよな。あんたを知りたいのも、その一部。興味持ったら追いかけたくなる」
顔が、また熱くなった。何も答えられなかった。誰もこんなふうに話しかけてきたことがなかった。
アーサーは私を見ていた。エンバーストロムの跡継ぎを見ているんじゃなかった、完璧な魔術の機械を見ているんじゃなかった――楓を、見ていた。
この突然の出会いが何を意味するのか、何も分からなかった。でも気づいたら、自分が認めるよりずっと強く、彼に掴まっていた。夜風に運ばれながら、星々の中を漂うまま。
失った人を、
忘れることはできない。
それでも、
残された者には、
生きていく未来がある。
娘と共に歩むため、
エレノアはもう一度、
自分自身の魔術と向き合う。
そして、
その真実が、
新たな物語への扉を開く。
次回――
母と娘
愛から生まれた命。
その奇跡は、
まだ終わっていない。




