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地の底の轟きと空の異形

救いたい人がいる。


守りたい仲間がいる。


その想いだけを胸に、


彼らは、


絶望の中へ進んでいく。

曲がりくねった廊下を駆け抜けながら、あの濃くて不快な魔力の気配を頼りに進んだ。額に汗が滲み始め、舌打ちしながら気配探知の能力を解除した――このまま使い続けりゃ、肝心な場面で魔力が尽きる。少なくとも、向かうべき方向はもう頭の中に刻み込まれてある。


「龍牙ーー! もうすぐだぞ! 準備しとけ!」


廊下に声を響かせながら、肩越しに叫んだ。


……沈黙。


返事がない。


足を止め、ぎりっと奥歯を食いしばった。後ろで何が起きてやがるのか確かめるしかない。振り返ると――廊下はがらんとしていた。


誰もいない。


胸の奥で焦りが膨らみかけたが、すぐに押し殺した。 焦りは敵よりも危険だ――それは何度も叩き込まれてきた教訓だ。


目を細め、ゆっくりと息を吐いた。頭の隅で湧きかけた焦りを、脳の中で手のひら一枚ではたき落とした。この仕事じゃ、パニックは何の役にも立たん。必要なのは現実を見ることだ。龍牙とヴィクターがはぐれたなら、単独で続行するしかない。それが理想的じゃないのはわかってる。でも、それが現実だ。


しばらくすると、遠くからとんでもなく遅い足音が廊下に響いてきた。……そのリズムが、なんとも情けない。龍牙かヴィクターか、体力的にばてたんだろうと判断した。おそらく最初に現れるのは龍牙のはずだ――そう踏んでいた。


だが角を曲がってよろめきながら現れた人物は、今にも倒れそうなほど消耗しきったその様子とともに、ヴィクターだった。


予想が外れたことへの苛立ちが喉まで込み上げた。 だが同時に、状況を整理する冷静な声が頭の中で響いた。


……龍牙は迷った。ヴィクターはただ俺を追った。それだけのことだ。


思わず鼻を鳴らしたくなる衝動を、かろうじて抑え込んだ。意味のないことだとわかっていても、予想を外したことへの苛立ちはどうにもならん。考えてみれば明らかなはずだった――ヴィクターの体力は龍牙より圧倒的に劣る。それなのに、なぜこいつが先に来る? 答えは一秒で出た。龍牙はどこかの分岐で迷い、ヴィクターはただ俺の足跡をひたすら追いかけてきただけだ。


「……くそっ」


低く呟いた。ハンターとして、これは痛い失態だ。 敵地で仲間を見失う――新米がやるミスだ。 俺はそんな凡庸な失敗を許される立場じゃない。 それでも、現実は目の前に突きつけられている。


ヴィクターは俺の位置まで辿り着くと、膝に両手をついてぜえぜえ言ってた。


「……も、もう着いた……?」


「この廊下を曲がった先が目標地点だ」


と冷たく返してから、


「で、龍牙はどこにいる?」


と問いただした。


ヴィクターは周囲を見渡しながら、怪訝そうに眉をあげた。


「……お前の近くにいたんじゃないのか? てっきり、すぐ後ろにいると思ってたけど」


「見てもいないし声も聞いてない。お前と一緒にいると思ってた」


ヴィクターが口元をぐっと歪めた。その顔には、俺と同じ不快感がはっきりと出ていた。結論は明白で、そして屈辱的だった――龍牙はこの構造の中で迷子になり、俺は気づくのが遅れた。


「……まあ、俺が渡した杖は持ってるからな」


とヴィクターが息を整えながら言った。


「自分の身は守れるはずだ。悪いことにはなってないと思う」


「そうあってほしいな」


とだけ吐き捨て、踵を返した。


拳銃を流れるような動作で抜き、気配を感じていたエリアへと近づいた。廊下の左側に口を開けた入り口が目に飛び込んでくる。壁に背中を貼りつけ、息を止め、素早く頭を覗かせて内部を確認した――休憩室のような部屋だった。ティーテーブル、観葉植物が入った鉢が並び、奥の壁の右側に窓、テーブルの向こうにドアが一枚。ここがまさに複数の気配を感じた場所なのに、ケイルの痕跡は見当たらず、一見して誰もいない。


静かに、しかし確実な足取りでドアへと歩み寄った。数センチだけ押し開けると、内部はほとんど暗かった。射角を完全に確保するため、ドアを大きく押し開けた……そして目に飛び込んできた光景に、腹の奥がずくりと歪んだ。


各一族の後継者たちがそこにいた。


だが全員、まるで彫像だった。動かない、反応しない、ただ立っているだけ。ケイルはなぜこいつらをここに置いていった? なぜ?


……俺には解けない術だ。 ただ立ち尽くす彼らを前に、無力さが喉に突き刺さった。


ミリ秒単位で部屋全体を視線で舐め、罠の糸、起動機構、伏兵の可能性を潰していった。異常なし。完全に部屋へ入り、頭数を確認した――ソラ・グリムストーン、ユキナ・ウィンターフォール、ショウ・アッシュフォード、ミドリ・ワイルドソウル、カイ・ドラゴンズベイン。六人の後継者のうち五人。


……リディア・ナイトシェイドは?


一人欠けている――それが最も危険な兆候だ。 姿を消した者こそ、敵の手に落ちている可能性が高い。


ずくりと警戒の棘が胸に刺さった。どこへ行った? ケイルが連れ去ったのか、最初からここにいなかったのか? それともさっき感じたもう一つの気配と関係してるのか?


視線を走らせ、部屋の奥に金属製のドアを発見した。エレベーターに酷似した構造だ。俺の読みは正しかった――この下に地下フロアがある、おそらく実験室だ。何かを仕掛けているとすれば、答えはあの下にある。だが今、戦術的最優先事項が切り替わった。後継者たちをここに放置するわけにはいかない。救出が先だ。


ヴィクターがドアの枠から恐る恐る顔を覗かせた。


「……危険はあるか?」


拳銃を腰のホルスターに納めた。


「問題ない。それと、後継者の五人を見つけた」


ヴィクターが部屋に入ってきたが、少年たちを見た瞬間、足が止まった。その顔には驚きと恐怖が混じり合い、完全に虚ろで生気のない彼らの目つきに明らかに動揺していた。


「……どうやって助けるんだ?」


とヴィクターが細い声で言った。


……答えは持っていない。 だが、立ち尽くすだけの俺じゃない。


「まるで彫刻みたいだぞ」


しばらく観察した。正直なところ……まだ考えきれていなかった。高レベルの催眠術だ。俺はハンターだ、戦闘員だ。これほどの規模の魔法使いが施した呪文を解く能力など、微塵もない。それは否定できない事実だ。だが経験が教えてくれる大切な法則がある――問題の解き方がわからないとき、諦める前にまず手持ちのものを試せ。


ヴィクターがユキナを心配そうに見つめているのに気づいた。


「起こしてみる」


と前に出ながら言った。


「今やるのか?」


ヴィクターが懐疑的な顔で俺を見た。


「やり方を知ってるのか?」


「魔法呪文を解く知識もないし、魔法の類いは特にな」


と俺は包み隠さず言った。


「だが俺の仕事じゃ、馬鹿げていても何かやってみることを教わる。手をこまねいてるよりましだ」


無駄でも構わない。


「……お前の問題解決法って、かなりポジティブな盲目思考に近い気が」


とヴィクターがため息をついた。


盲目じゃない。 ただ、戦場では動く者だけが生き残る――それだけだ。


「まあ、文句は言わないけど」


ソラ・グリムストーンに近づいた。こいつは瞳孔を開いたまま、瞬きもせずにこちらを見ていた。基本的な催眠術を解くには、精神的な命令を上書きすればいい。命令を受け取っているなら、新しい命令を与えるだけだ。人差し指でこいつを指差し、指揮者の姿勢を取った。


「俺に従え」


……気まずい沈黙が部屋を凍りつかせた。ソラはびくともしない。瞬きもしない。何もない。


……やはり無理か。 声は、呪文の壁に届かない。


ミドリに目をやった――俺の一族の次代の長だ。言葉が効かないなら、身体的な接触でトランスを破れるかもしれない。肩に手を置き、軽く揺さぶった。


「ミドリ。反応しろ」


また、静寂。肉体に触れても、魂は眠ったままか。 手は、ただ空を掴んでいるようだ。


背後でヴィクターが抑えた呼吸音を漏らした……どう考えても笑いをこらえているやつの音だ。


すぐに切り捨てた。この催眠は壁だ。操るどころか崩すことすらできない。なら物理的な脱出計画が必要だ。問題は協力しない五体の身体をどう動かすかだ。


「さっきの部屋に窓があったな」


とヴィクターが沈黙を破りながら言った。


閃いた。


勢いよく部屋を出て、ティールームの奥の窓を確認した。まず最初に、安全確認だ。拳銃を抜き、窓枠とガラスに魔法的罠探知の呪文を撃ち込んだ。驚いたことに、一切クリーンだった。完璧だ。やり方が見えた。


重いカーテンを引き、窓を全開にして外の屋敷の庭に身を乗り出した。杖を使い、夜空に向けて魔術信号の発煙筒を放った。


俺が声を上げれば、外の仲間は必ず応える。 その信頼に応えるのは、俺の役目だ。


下では、ハンターと魔術師たちが光に反応して即座に動いた。何人かが急いで庭に近づき、驚いて上を見上げた。


「マーカス隊長だ! 上の方へ到達した!」


と何人かが声を上げ始めた。


「下、静かにしろ!」


と俺は低く権威のある声で命令した。


「施設の残りはまだ確認が必要だが、後継者五名を発見した! 即時支援が必要だ! 安全な場所まで降ろすぞ!」


全員がはっきり聞こえるよう、一息ついた。


「後継者たちは重度の催眠呪文下にある。動けない、喋れない、反応できない。地面に魔術の緩衝ネットを張れ、あるいは――風魔術師がいるなら、こっちの窓まで飛んで子供たちを一人ずつ運んでくれ!」


庭のハンターが部隊を振り向き、叫んだ。


「風魔術で浮き上がれて、荷重を運べる者はいるか!?」


二、三秒の永遠のような沈黙が続いた。視線が交わり、迷いが漂った……そのとき、聞き覚えのある声が、うんざりするほど自信満々なトーンで隊列の中から響いた。


「はあ……頼みますよ。私にできないことでも?」


ヒマリだった。前に出てきて、ほぼ尊大な笑みを浮かべながら杖を取り出し、自分の足下に向けた。完璧にコントロールされた突風が彼女の下から吹き上がり、優雅に宙へと舞い上がらせ、俺の窓のちょうど高さまで浮いてきた。


……助かったが、こいつの態度はいつも鼻につく。 それでも、今は力が必要だ。


「ここで待ってろ」


と言った。


「最初のを持ってくる」


「手短にね、マーカス」


とヒマリが少し皮肉っぽいトーンで言ったが、多少の努力をにじませていた。


「魔力は無限じゃないからね」


部屋に小走りで戻った。入ると、ヴィクターがユキナの腕をぎこちなく引っ張ろうとしていた。


「何やってんだ?」


と眉を上げながら訊いた。


「実用的な動かし方はわかってるんだが、俺の力だと無理で」


とヴィクターが息を切らして答えた。


「説明しよう――腕を掴んで、身体を前に倒して、肩の上に上半身を乗せ、後ろから腰を支えれば……荷物みたいに運べる。人間の軍が使う負傷者搬送の技法だ」


一秒間黙って頷いた。実験室の人間であるヴィクターから、負傷者の搬送方法について、しかも人間の兵士が使う技術を聞かされるとは思わなかった。正直に言えば……俺の頭の中には、こいつらが板のように硬直してると思い込んで、ただ四肢を掴んで窓まで引きずっていくしか計画がなかった。


思考が硬直していたのは、俺の方だ。


肉体は生きている。 ならば、救い出す価値は十分にある。


ヴィクターの背中を思い切りはたいて、よろめかせた。


「ヴィクター、天才じゃねえか!」


すぐに技を実践した。最初にユキナを背中に担いだ――確かに四肢は柔らかかった、精神だけが封じられていた。俺は時々考えすぎる。まったく。


後継者たちを一人ずつ窓まで運び、ヒマリに渡して安全に地面に降ろしてもらった。下では医者たちが呪文を解除できるはずだ。最後の一人を渡し終えると、窓枠に寄りかかり、最後の指示を伝えた。


「ヒマリ、リディア・ナイトシェイドがまだいない。それと龍牙の位置を見失ってて、首謀者の所在もまだだ。地下複合施設へ降りるところだ」


声のトーンを厳しい戦術命令のそれに切り替えた。


「外全員、最高レベルの防御バリアを周囲に張って、建物から離れろ。封鎖部隊は庭から即時撤退だ。この状況に対して最悪の予感がしてる」


「すぐに指揮系統に伝えます」


とヒマリが頷き、真剣な表情になった。


窓を離れようとしたとき、ヒマリが手を伸ばし、制服の袖を掴んだ。


「マーカス……下では気をつけて。無茶はしないで」


軽く嘲るような笑みを返した。


「心配するな。お前が思うほど向こう見ずじゃない」


その顔には、普段ほとんど見せることのない純粋な心配が滲み出ていた。


「生きて帰ってきてね。外にも、あなたの帰りを待ってる人間がいるんだから」


……心配されるのは慣れていない。だが、悪くない感覚だ。


それ以上は何も言わず、気流を解いて静かに地面へ降りていった。ヒマリがハンターと魔術師たちとともに遠ざかっていくのを眺めた。彼らが安全な場所へ退いていくのを見ながら、心の中で無言の約束を立てた。


帰る。


ここで死ぬつもりは、これっぽっちもない。人生と死に対して積み残している借りがある――その借りをこんな穴倉で返すつもりはない。


窓から離れ、ヴィクターのもとへ戻った。


「前進する」


「龍牙はどうする?」


とヴィクターが廊下を見渡しながら訊いた。


「あのパスの迷路は時間の罠にすぎなかった」


と冷静に分析した。


「難しい構造じゃない、ただ遅らせる設計になってるだけだ。だから龍牙はもうあそこにはいない――別のルートで地下に落ちたはずだ」


「……その論理は何か根拠がある?」


「ハンターとしての本能だ」


証拠はなくても、直感は裏切らない。 それがハンターとして生き残ってきた理由だ。


ヴィクターがため息をついたが、何も言わなかった。


以前確認したエレベーターへと進んだ。パネルにはまだ電力が来ていた。地下へ向かうボタンを押すと、金属のドアが軋む音を立てて閉まった。拳銃を両手で構え、射撃態勢を取った。ドアが開いた瞬間、銃口はすでに前方の三方向に向いていた――正面の廊下、左、そして右。


「どっちへ?」


とヴィクターが背後でひそひそ訊いた。


気配探知能力を再起動する時だと判断した。見えない脈動が身体から広がっていく。


感じた――奥の奥に複数の魔力の反応がある。


……数が多い。 俺とヴィクターだけで対処できる規模じゃない。


あそこで何か大きなことが起きている。だが右の廊下を歩いてくる二つの気配も検知した。追いかける必要はない――どうせぶつかる。


「俺の後ろをゆっくりついてこい」


と命令した。


しっかりした、しかし音のない足取りで進んだ。灰色の廊下を歩きながら、頭の中は絶えず処理し続けた。先には何がある? ケイル、それ以上の魔法使い……龍牙が戦っているかもしれない。だが新たな気配もある……上にいなかった者たちだ。誰だ?


突然、ヴィクターが止まった。止まる気配を感じた瞬間、俺も凍りつき、停止の合図を出した。


「どうした?」


ヴィクターが右手側のわずかに開いたドアを指差した。


「焦げた臭いがする」


壁に密着したまま、つま先でドアを押し開けた。内部は訓練室のようだった。オゾンと煤の臭いが鼻に刺さった。床の中央には爆心地のようなクレーターがあり、その中心からまだ細い白い煙が上がっていた。


「いったい何が……」


と思わず声に出た。半乾きの血痕が床に散らばっているのを見て、考えが止まった。激しい衝突があった。


この衝突は、俺たちの想定を超えている。一歩遅れれば、同じ血の中に倒れていたかもしれない。


「……これはまずいな」


とヴィクターが陰鬱な声で呟いた。


「進む」


頷き、部屋を出て歩みを再開した。首の後ろに緊張が鉛の塊のように積み重なっていた。一歩踏み外したら、次の瞬間に全部崩れる、そんな感覚が肌を刺した。廊下が合流し、一本の直線の通路へと収束するT字路に差し掛かった。これ以上の脇道はない。最初の一歩を踏み出そうとした瞬間――右の廊下から足音のこだまが腕の毛を逆立てた。


反射で動いた――ヴィクターを思い切り反対側の壁へ押しつけ、自分も壁に張りついて影に隠れた。二つのシルエットが床に伸び、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。静かにしろ、とヴィクターに唇だけで伝えた。目を見開いたまま、こくりと頷いた。


影が角まであと一メートルに迫った瞬間、飛び出して銃口を正面に向けた。


「動くな!」


だが引き金を引こうとした手が、止まった。声が喉に詰まった。驚きが全身を凍らせた。


「……アキラ?」


なんでこいつがここにいる? どうやってこの屋敷に侵入した? 疑問が頭の中で一斉に炸裂した。だが本当に言葉を失わせたのは、その隣にいた人物だった――アキラの手をしっかりと握りしめながら、その後ろに隠れるようにしているリディア・ナイトシェイド。アカデミーの制服の上着を羽織っていた、明らかにアキラのやつだ。極度に緊張しており、神経質そうで、アキラの影に身を隠そうとしていた。


……あり得ない。ここでアキラとリディアを見るなんて、計算の外だ。


なんとか平静を取り戻し、銃口を少し下げた。


「ここで何をやってる、アキラ?」


「えっと……来た……リディアさんを助けに来たんです」


とアキラが緊張で途切れ途切れに答えた。


「でも下で何か深刻なことが起きてるとわかって……彼女の助けを借りながらここまで進むしかなくて」


リディアを観察した。どうしても視線を合わせようとしない。だが重大なことに気がついた――目が虚ろじゃない。他の五人の後継者たちを蝕んでいる催眠のトランスに、こいつはかかっていない。


頭の中が引っくり返った。


「アキラ……魔法使いの催眠術をどうやって解いた?」


と問いただしながら、思わず両肩を掴んでぐっと引き寄せた。


「何をやったんだ、答えろ!」


「僕も……正確にはわからなくて」


とアキラが頭の後ろを掻きながら、困惑した顔で言った。


「ただ……たぶんあの石と関係があると思う。何かを内側に吸収した感覚があって……」


処理した。石……またその名か。俺には理解できなくても、現実は結果を示している。ミッションの最中にそれを解読しようとして脳みそを焼くのは割に合わない。幸い、ヴィクターがそこにいた。分析的な目でアキラを見つめていた。


「ヴィクター」と呼んだ。


「お前はこれを理解できるか?」

「なぜそうなったのか?」


とアキラと俺がほぼ同時に訊いた。両方とも答えを急いでいた。


ヴィクターが明らかに消耗したため息をついた。


「……海を助けるために設計した機械のベース原理から推測するなら、ひとつ仮説を立てられる。アキラが石と直接接触し続けたことで、石がたぶんそいつの魔力に刻印を残した。ペットが飼い主に懐いて、エネルギーの一部を移すようなものだ……それが免疫か、干渉能力を与えた」


理屈は俺には追えない。 だが、ヴィクターの目は信じられる。


アキラはまだ自分の手を眺めながら理解しきれていない顔をしていたが。


リディアに視線を向けた。俺の目線を感じた瞬間、彼女は床を向いた。


「リディアの様子がおかしい」


と言った。


「今にも崩れそうだが」


「あ……リディアさんの現状はちょっと……センシティブで」


とアキラがより一層緊張しながら割り込んだ。


「なぜだ?」


と俺は回り道をする時間がないことを示すように言い切った。


アキラがぎゅっと目を閉じた。顔が赤くなり始めていた。


「言えません! ものすごく恥ずかしがるから!」


「明確な説明なしに助けようがない」


と容赦なく言い放った。


アキラがちらりとリディアを見た。彼女は顔を真っ赤なトマトにしながら、ごくかすかにこくりと頷いた、無言の許可だった。


「リディアさんは……」


とアキラが震える声と燃えるような顔で言った。


「ものすごく屈辱的な服装を着せられてて。僕の上着しか渡せなくて、それがかなり長めだから何とか覆えて……だから緊張してるんです」


二人を交互に目を細めて見た。


中学生かよ、と思った。


くだらない羞恥と、命の危機。その両方を同時に背負わされている。みじめに思わせるほど深刻な状況でそこに集中しすぎてる。少なくともアキラは覆うことを考えついた。それはまあよかった。


だがケイルがその立場を使ってリディアにそういう格好をさせたとわかった瞬間、腹の奥で本物の嫌悪感が渦巻いた。


拳が勝手に握り締められる。あの野郎と向かい合ったとき、清算してやる。


思い出して、アキラに訊いた。


「そういえば――暗い髪で、どこか冷めた目つきの男子を見かけなかったか?」


アキラは少し考え込む様子を見せたが、すぐに首を横に振った。


「……降りてきてから、誰にも会ってないです。後継者たちはどうなりましたか? リディアの催眠しか解けなかったから置いてきて……」


「後継者は問題ない。俺が処理した」


アキラの顔から、自分のものでもない重荷が消えるような安堵が漏れた。


アキラが現れたことで、さっき感じた別の気配の正体もわかった。それと、あいつの説明がどこか曖昧だとも気づいていた。何かを隠している。だが悪い類のものではないと確信していた――長い間こいつを間近で見てきた。ほとんど馬鹿がつくほど素直で正直なこいつが、初めて何かを明かさないとすれば、それは自分でもうまく説明できないことか、あるいはそれよりもはるかに奇妙な何かがあるからだ。


「説明はここまでだ」


と切り捨てた。


「ついてこい。この廊下の先で何かでかいことが動いてる」


アキラとリディアは同時に頷き、手を繋いだままヴィクターの後ろに並んだ。再び拳銃を両手で構え、グループの先頭を取り、廊下の隅々に目を配りながら低い足取りで進んだ。


進むにつれて、轟音が壁に響き始めた。誰かが大量の魔術を解き放っている。この先で激しい戦闘が繰り広げられている。動揺に飲まれないよう平静を保った――天井が衝撃で揺れているというのに。


「あの音、全然好きじゃない……」


とヴィクターが背後で呟いた。


「俺もだ。もうすぐだ」


最後の角を曲がった。最初に目に入ったのは、完全に吹き飛ばされた金属のドアだった。その穴越しに、戦闘魔術の多方向のフラッシュが見えた……そして突然、光が全て消えた。


絶対的で、重い沈黙が落ちた。


限界まで耳を研ぎ澄まし、息を詰めた。そして聞こえた――誰かが泣いていた。押し殺したすすり泣き、押しつぶされそうな絶望と断腸の思いに満ちた声だった。


泣き声が胸をえぐった。戦場で一番聞きたくない音だ。


魂が締め付けられた。あの泣き声は、最悪を告げていた。


「全員下がれ!」


と衝動のままに叫んだ。


戦術ベストから魔術突破手榴弾を取り出した。側面の壁に投げつけ、第二の突入角を開けた――炸薬が壁に吸着し、一瞬で石造りを吹き飛ばした。正面に銃口を向けたまま突入し、煙の中で視線を素早く室内に走らせた。


左側、床に倒れているのはエレノアだった。あの絶望的な泣き声の主だ、隣に特別な人形もいる。


まだ息がある。なら、守る価値はある。


ヴィクターはエレノアを見た瞬間、一秒も迷わず走り出た。アキラとリディアがどこへ消えたかは見失った、だがそれはもはや最優先ではなかった。目の前の光景が血の気を引かせた。


魔法使いがいた。


眼鏡の長身の男――アカデミーでの名声と魔術師社会での地位から、一目で特定した。アザエル。眩しく輝く石と、これまでの人生で一度も見たことのない歪んだ装置を手にしていた。エレノアのそばには、春花とファウスティーヌの血まみれの身体が横たわっていた。天才でなくてもわかる構図だ――アザエルとその部下が、この惨劇の首謀者だ。


……最悪の相手だ。ここで決着をつけなければならない。


引き金を引き、アザエルへ警告射撃を放った。弾は受動的な魔法バリアに何の苦もなく迎撃された。


「邪魔が多すぎるね」


とアザエルが凍てつくような冷静さで呟いた。


動揺も見せずに、輝く石を装置に嵌め込んだ。石が持つ青い光の全てが装置に移り、装置はアザエルの胸部に直接融合し始めた。


「このくそっ!」


再び殺意を込めて撃ったが、絶対的な力場が衝撃を紙くずのように吸収した。


アザエルの身体が醜悪に変身し始めた。肌が雪のように白くなり、割れた磁器のように罅割れ、その亀裂から強烈な青い光が漏れ出した。顔が完全に消え去った――目も、鼻も、口もない。最悪の悪夢が生み出した異形だった。口がないにもかかわらず、その声は場所全体に震動する力で響き渡った。片手を高く掲げ、地下構造全体が激しく揺れ始めた。


「気をつけろ!」


と天井が崩れ始めるのを見て叫んだ。


狂ったような建築的瞬間の中で、屋敷の構造だけが根こそぎ地面から引き剥がされた。


足下の床は辛うじて残り、俺たちは地に留まった。 屋根が剥がれ、星降る夜空と森の木々の風景が顕わになった。


遠くにハンターたちと魔術師たちの包囲網が見えた。だが状況を処理する間もなく、アザエルは屋敷の残骸を空中で爆散させた。


ヴィクターが素早く近寄ってきた。


「エレノアにサポートしてプロトタイプを渡した! できる限り最後の攻撃を実行させる! マーカス、後ろは俺が守る!」


「ちゃんと守れよ!」


と返しながら銃のグリップを握り直した。


「俺もお前の背中を守る!」


アザエルに向かって強化弾の連射を開始した。魔法バリアが展開されるのは当然だが、いかなる盾も無敵ではない――飽和させれば崩れる。別の過負荷魔術手榴弾を取り出し、力場の中心に直接投げつけた。爆発がバリアをひび割り、半透明な表面に亀裂が入った。


横ではヴィクターがコートの中から洗練された金属の物体を取り出した。


「システム展開!」


とヴィクターが命令した。


それは普通の杖ではなかった。起動すると、機械的な構造がカチリという音とともに動き始め、軽合金のプレートが展開し、内部の歯車が精密に噛み合い、グリップが伸びて高技術的なデザインの長い杖へと変形した。先端では収束用クリスタルが自軸で回転を始め、電磁的な唸りを発した。


「システム起動。魔術補助モード。オン」


とクリスタル自体からクリアな合成音声が響いた。


一瞬固まった。このガジェットを眺めながら。


「何だそれ……」


と呆然と漏れた。


「いつからお前の発明品は喋るようになった? 何をするものだ?」


俺は銃しか知らない。こいつは未来を握っているのかもしれない。


「秘密だ。生きて出たら教えてやる」


ヴィクターが自信満々な笑みを浮かべ、杖が周囲の魔力フローを校正する中で言った。


「わかった、後で話せ、今は撃て!」


合同攻勢を開始した。ヴィクターが杖のソフトウェアによって調整された高周波エネルギー弾を連射し、俺が拳銃で削り続けていた同じ摩擦点を叩いた。射撃を重ね、呪文を重ね、アザエルのバリアが砕け始めた。轟音とともに、防衛魔法が崩壊した。


「今だ!」


と叫んで前に飛び出した。


至近距離から撃ち、ヴィクターが集中衝撃波を放った。攻撃はアザエルの白く変身した身体に直撃した……だが結果は絶望的だった。インパクトは何一つしなかった。アザエルはびくともしない。まるでハエに刺されたかのように、空中に浮かんだまま攻撃を受け、不気味な静けさを保ち続けた。


「驚くべきことだ……」


とアザエルの声が空気に共鳴した。自分の両手を観察しながら。


「私の新たな肉体は圧縮された魔力を何の苦もなく受け流す。君たちの勇気は称賛に値する……だが取るに足らない存在に費やす時間はない」


アザエルがさらに高く夜空へと昇っていった。


「帰ってきて戦え、この卑怯者!」


と上に向けて叫びながら銃を構えた。


アザエルは完全に無視した。


「ケイル、セレネ、ミレイア。片付けろ」


三人の魔法使いがこちらへ前進し、退路を塞いで魔力のオーラを展開した。状況が重大になった。


「くそっ、逃げてる!」


と迂回しようとしたが、ケイルがエネルギーの壁で進路を封じた。


突然、ヴィクターが俺の前に出て、技術的な杖を両手で構えて確固とした戦闘姿勢を取った。


「マーカス……アザエルを追え。こっちの三人は俺が受け持つ」


驚いて振り向いた。


「頭がおかしいのか!? 三人の魔法使いだぞ! ばらばらにされるぞ!」


「信じろ!」


とヴィクターが、これまで見せたことのない決意を込めて叫んだ。


……信じるしかない。だが、背中を預けるのは怖い。


「技術とサポートは十分ある! アザエルを止められるのはお前だけだ! 手遅れになる前に行け!」


奥歯を食いしばった。馬鹿げた、ほぼ自殺に近いリスクだ。だが議論する余地はなかった。


「死ぬなよ、ヴィクター!」


ヴィクターがケイル、セレネ、ミレイアを強制的に防御体勢に追い込む魔力パルスの幕を放ち、一瞬の隙間を作った。そのミリ秒を使った――足首に風魔術を発動させて跳躍し、空へと飛んだ、異形を追いかけながら。


アザエルと同じ高さに達し、休むことなく撃ち続けた。切断波、炎の弾丸、魔力貫通弾……武器庫の全てを叩きつけた。衝撃はアザエルに響いたが、生き物は浮かんだまま動じない、まるでコバエを叩いているようだった。


魔力が削れていく感覚は、死のカウントダウンだ。それでも、まだ撃ち続ける。


肉体的、魔力的な消耗が速い勢いで蓄積し始めた。風魔術で飛行を維持しながら武器を使い続けることで、魔力が恐ろしい速さで削れていく。呼吸が荒くなり、胸が焼け、脚が震え始めた。


……まだだ、と歯を食いしばった。まだ魔力が切れる時じゃない……


深刻な、本当に深刻な問題に直面していた。

――届かない。


どれだけ力を尽くしても、


怪物には届かない。


倒れゆく仲間。


迫り来る絶望。


そこへ、


新たな援軍が現れる。


けれど――


空には、


誰も気づいていない、


もう一つの影があった。


次回――


空の彼方


その存在は、


一体何者なのか。

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