凍てつく心と燃える決意
誰かを救いたい。
その想いは、
時に人を強くする。
けれど、
救いたい相手のためなら、
どこまで戦えるのか。
エレノアは今、
その答えを問われていた。
机の木の冷たさが、まだ指先に染みついているような気がした。
春花の変身プロジェクトの発表への招待状が、部屋の薄明かりの下に静かに横たわっていた。何分も――まるで何時間にも感じるほど――それを見つめ続けていた。彼女の成果を見届けたいという期待と、胸の奥を引っ掻く鋭い警戒心の間で揺れ動きながら。その堂々巡りから救ってくれたのは、リリウムだった。
小さな磁器の手が私のドレスの裾を引っ張り、しゃがみ込まざるを得なくなった。
「心配しないで、エレノア。きっと大丈夫よ」
あの甘くも不思議なほど落ち着いた声で、そう言ってくれた。
「それに、私も参りますもの。何か悪いことが起きたら、エレノアをお守りするわ」
腕の中にリリウムを引き寄せた。その硬いのに、不思議なほど温かい体に、縋るような慰めを求めながら。抱きしめている最中、リリウムが私の耳元でそっと囁いた。その問いかけは、思いもよらず私を動揺させた。
「どうして春花のことをそんなに心配していたの?」
……自分でもわからなかった。
「わからないのよ」
と答えながら、自分の思考の重さを感じていた。
「頭の中にいろんなことが詰まっていて、どう整理すればいいか。でも、一つだけ確かなことがある……春花に辛い思いをさせたくないって」
「好きだから?」
――どきっ
頬に熱が走った。神経が裏切るように手が動いて、あわててリリウムをベッドの上に置いた。
「変なことを聞かないで、リリウム」
鏡の前に立ち、何度目かの確認をした。姿勢は正しいか。顔に、自分を蝕む内なる嵐が滲み出ていないか。リリウムをもう一度腕に抱き上げ、部屋を出た。玄関先に待っていた車に乗り込みながら、胸の中の問いたちはまだ静かにならなかった。
車中の静寂は、むしろ疑問を膨らませるばかりだった。全員の前でその魔導具が披露されたとき、何が起きるの?春花とファウスティーヌは、この期間でいったい何を成し遂げたの?「変身プロジェクト」の本当の意味が、まだ見えてこない。魔導具は所持者を変身させる触媒として機能するらしい――でも、何に変身させるの?ナイトシェイド一族の最大の誇りが人狼変身の首飾りだとすれば、この新しい創造物はどんな変身を秘めているの?
そこに、息が詰まるような不安が重なった。どうしてかわからないけれど、春花に会いたくて仕方がなかった。会わないといけない気がした。
窓に映る自分の顔を見て、ふとアキラのことを思い出した。昨日話してくれたこと……あの石は、今起きていることの中で間違いなく最も奇妙な存在だった。今はアキラが両方を持っているけれど、分析は後回しにせざるを得なかった。それよりも、春花のこと、そして魔法使いたちのことが頭を占領していたから。
車が邸宅の前で止まった瞬間、降り立つと同時に荒涼とした空気が出迎えた。
人気がなかった。
門番は一人もいない。停まっている車もない。不気味なほど、すべてが空虚だった。
「もしかして早く着きすぎた?」
と運転手に聞いた。
「いいえ、時刻は正確です、エレノア様」
「……では、なぜ誰も外にいないの? 守衛もなく、他の車も見当たらない……」
「お嬢様をお届けした後、すぐに出発するよう言いつかっておりますので」
それだけ言って、彼はまた車へと戻り、私たちを静寂の中に残した。
リリウムをきつく胸に抱き寄せて、石造りの階段を上った。大きな木製の扉に触れる前に、それが独りでに開いた。
その奥に、昨日出会った魔法使いが立っていた。ケイル・ヴェイ。
「これはこれは驚いた」
口元に細い笑みを浮かべながら言った。
「春花の友人として名高い方が、昨日出会った魔術師と同一人物とはな」
「あなたがここで何をしているの?」
と問いながら、一歩後ずさった。
「見ればわかる。私の仲間たちと共に、この集まりに招かれた魔法使いだ」
わかっていた。このひとは何かを隠している。そして彼らのグループが、七つの一族の後継者たちを呼び集めた者たちと同一だとすれば、最悪の疑惑が正しかったことになる。
彼の横をすり抜け、毅然とした足取りで進んだ。
「春花さんに会わせて。今すぐ」
「それは叶わない」
ケイルが後ろから歩いてきた。
足を止め、振り返った。怒りが今にも溢れそうで、それを抑えるだけで精一杯だった。どうしても会いたかった。この嫌な予感を鎮めるためにも。
「手続きや工程上、今は会わせることができない」
「私は彼女の友人よ。本人から直接これをいただいたの」
バッグから招待状を取り出して差し出した。
ケイルは私の手をろくに見もしなかった。
「それはただの招待状だ。VIPパスではない。春花本人から渡されたとしても、今は会えないという事実は変わらない」
紙が破れそうなほど握りしめた。もう片方の手で、リリウムを抱き直した。怒りを飲み込む。
ケイルは私の苛立ちに気づいたのか、わざとらしくため息をついた。
「後でいくらでも会える機会がある。焦るな。今は大広間で待っていてくれ。準備が整ったら、発表の場所へ案内しに戻る」
彼は階段の脇にある横扉から消えた。
絶対的な沈黙の中に残された。
あたりを見回した。この場所は、不気味なまでに普通を装っていた。大広間の内装は、奇妙に散漫な飾り付けがなされていた。やる気のなさそうに壁に貼り付けられた風船、いたるところに積まれた段ボール箱、そして奥には食事が並ぶ長テーブルと、きっかり七脚の椅子に囲まれた別のテーブル。後継者たちの集合地点だ。
食べ物のテーブルに近づいた。匂いは悪くない。見た目も普通。でも、胃は完全に閉じていた。
「お腹が空いているの、エレノア?」
リリウムが腕の中で囁いた。
「いいえ。不安で食欲がまったくないわ」
「さっきの魔法使い……怖かったわ」
リリウムが体を寄せた。
「あの瞳の奥に、とても不吉なものが見えたもの」
「私も感じているわ、リリウム」
「……私とあなたとでは、見ているものが違うかもしれないけれど。でも、わかってもらえて嬉しいわ」
「リリウム……ここでほかに何かおかしなものを感じ取れる?」
リリウムは磁器のまなざしで部屋を見渡した。
「すべてが、おかしいように思えるわ」
「罠や異常を検知できる術式を知っている?」
リリウムは沈思黙考した。その間、ゆっくりと隣の部屋へと歩いた。広い厨房も同じように無人で、一見して異常はなかった。
そのとき、小さな手が腕をそっと押さえた。
「可視化の術を展開しているわ」
リリウムが耳元で囁いた。
「魔法的な罠が見えるの。厨房の裏口の錠前に、とても明確な一つが仕掛けられているわ」
扉に近づいた。けれど、魔術の使い手として培った目には何も映らなかった。
「どこに?」
「錠前の鍵穴のすぐそこよ」
杖を取り出し、正確に狙いを定めた。小声で詠唱し、魔力の流れを解体する魔力を流し込んだ。
「もう解除されたわ」
リリウムが確認した。
「……でも、まだたくさん感じるの。この家中に、いくつもの罠が張られているわ」
血が凍る感覚がした。
やはり。疑いは正しかった。この邸宅はイベント会場などではない――鼠捕りだ。
「リリウム、あなた一人で、気づかれずにすべての罠を解除することはできる?」
リリウムは少しの間、周囲に漂う魔力の残滓を計算するように沈黙した。
「一階のすべての罠であれば、解除できるわ」
――信じられなかった。全部を?
「お願い、リリウム」
ゆっくりと床に降ろした。リリウムは小さな磁器の手を高く掲げた。鮮やかな赤の複雑な魔法陣がその掌の上に浮かび上がり、次の瞬間、床へと打ち放たれた。赤みを帯びた静かな波紋が、一階全体に広がっていき――まるで息を吐くように、壁の中へと溶けていった。
「終わったわ」
言葉を失った。緻密な魔術的防衛網を、まるでろうそくの火を吹き消すように解除してしまった。
もう一度腕に抱き上げ、大広間へ戻った。誰も来る様子がないので、積まれた段ボール箱を調べることにした。一つ目を開ける――ぬいぐるみ。クマ、ウサギ、キリン……ふかふかのものばかり。二つ目には、重そうな運動器具。三つ目には衣服が入っていたが、普通でも上品でもなかった。人間の雑誌で見たことがあるような、コスプレと呼ばれる奇抜なデザインの服ばかりだった。
馬鹿げている。この邸宅はかつてどこかの一族の誰かのものだったのが、いつしか雑多なものの倉庫になっていたのだろう。
「エレノア……」
リリウムの声に思考が止まった。小さな指が、上の階を指し示していた。
「上に……誰かいるわ」
心臓が跳ね上がった。
「誰だろう? 魔法使い?」
「……わからないわ。でも、魔力を感じるの。いつもとは違う感じ。魔法使いではない、もっと不思議なものが混じっているわ」
――本当に怖くなった。では、いったい何なの?
音を立てないよう、階段の下へと静かに近づいた。上はすべて深い暗闇に沈んでいた。
意を決した。ドレスの脇のスリットに手を入れ、杖をしっかりと握りしめ、一段ずつ、自分の心臓の音を聞きながら上った。
踊り場に着いて、まず左を見た――何もない。右を見た――空虚だった。廊下は完全な薄闇の中に沈んでいた。
安堵のため息をついた。
「何もいないわ、リリウム。心配しすぎ――」
「振り返って! 後ろよ!」
リリウムが鋭く囁いた。
勢いよく振り返った。
廊下の暗闇の中に、小さなシルエットが静止していた。
――魂が抜けていく気がした。
無意識のうちに、リリウムを胸に強く抱きしめた。
「そこにいるのは誰?」
声が震えないよう、精一杯の力を込めて問いかけた。
小さな影は答えなかった。代わりに、ゆっくりと足音を立てて近づいてきた。
後ずさりながら距離を保った。
「魔法使いの一人なの?」
沈黙。
「魔法使いではないわ、エレノア」
リリウムが静かに言った。
杖を影へと真っ直ぐに向けた。影は、廊下の薄明かりが顔を照らし出す直前で止まった。手が震えていた。張り詰めた緊張が、限界を超えようとしていた。
するとリリウムが、腕をそっと叩いた。
「敵意は感じないわ」
眉を寄せた。混乱した。
その瞬間、水晶のように澄んだ子どもの笑い声が廊下に響いた。
小さな影が、くるんと軽やかに跳びはねて、光の中に踏み出した。
――息が止まった。
……子供だった。
年の頃は幼い少女。黒いレースのドレス、髪のヘッドドレス、黒革のブーツ。人間のゴシックと呼ばれるスタイルで、なぜかリリウム自身のデザインをほのかに連想させるものだった。
「これは驚いたのじゃ」
と少女は首をかしげながら言った。
「わらわを感知できる者がおったとは」
「私が気づいたわけではないわ」
杖をゆっくりと下げながら答えた。
「リリウムよ」
その子は辺りをきょろきょろと見渡した。まるで別の誰かを探しているみたいに。そしてリリウムに視線を固定した。何度もまばたきを繰り返した。
「……もしや、その人形が……リリウムなの?」
「そうよ」
さらに何度もまばたきして、それから小さく跳び回りながら近づいてきた。人差し指を伸ばし、リリウムに触ろうとした瞬間――反射的に一歩下がり、リリウムを遠ざけた。
「あなたは誰で、ここで何をしているの?」
少女は頬を膨らませてから、くすくすと笑った。
「ただ観ておるだけなの!貴様の仲間の白銀の方は随分と……ふふ。ビアンカお姉様がちっとも遊ばせてくださらないものだから、退屈で退屈で仕方なくて、面白いものを探して歩いておったらこの屋敷を見つけてしもうたのじゃ!」
「何を見たの?」と聞いた。
「教えぬのじゃ!」
楽しそうにくるりと一回転した。
「……せめて名前だけでも教えてちょうだい」
少女はくるりとその場で一回転して、悪戯っぽい笑みで私を見た。
「ルシールよ。ただのルシールなのじゃ」
「何のためにここに?遊んで観るだけ、という意味がわからないわ」
「だから言っておるじゃろう!」
頬を膨らませ、目を細める。
「ビアンカお姉様は面倒くさいのよ〜!わらわの兄弟の中で、特に」
「ビアンカって誰なの?」
と訊いた瞬間、堪忍袋の緒がぷつりと切れそうになった。
「本当に何をしているの、あなたは?」
ルシールはむっとした様子で頬を膨らませた。
「同じことを何度も聞くのじゃ、壊れておるの?」
そのとき、リリウムが口を開いた。落ち着き払った声で、でもどこか不思議な説得力があった。
「お願いよ、ルシール。教えてくださる? それに、あなたが何者なのか、私、とても気になるの。あなたから魔力を感じるのに、それだけではない何かが混じっていて……私には理解できないのだもの」
ルシールはぴたりと動きを止めた。まじまじとリリウムを見つめ――それから、ぱあっと表情が弾けた。
「すごい!!人形がしゃべっておる!!触りたい!触りたいのじゃ!!」
両手をばたばたとさせながら伸ばしてくる。
「だめよ」
リリウムをかばい、自分の体で遮った。
「触らせないわ」
「けちなの!!」
ルシールはぷっと口をとがらせ、腕を組んで背を向けた。
「ならば何も話さぬのじゃ!!」
状況は馬鹿げていた。でも、胸の中の緊張は少しも緩まなかった。いったいこの子は何者なの?
リリウムが腕をそっと叩いた。
「大丈夫よ、エレノア。私も、彼女のような存在に触れてみたいの……行かせて」
「えっ……本当に大丈夫なの?」
小声で確認した。
頷いた。
迷いながらも、リリウムをゆっくりと床に降ろした。リリウムが自分の足で歩いていくのを見たルシールの目が、見開かれた。
「一人で歩いておる……!!すごい、すごいのじゃ……!!」
「抱いてもいいわよ。でも、この屋敷で何が起きているか、そしてあなた自身のことを教えてくれるなら、の話よ」
リリウムが驚くほど落ち着いた声で交渉した。
ルシールは視線をそらし、しばし意地を張ったが、リリウムを抱きたい気持ちが上回ったようだった。かがんで、リリウムをそっと両腕に受け取り、ぎゅっと抱きしめた。
「……温かいのじゃ。それに、穏やかな気持ちになるの……」
ルシールが半ば独り言のように呟いた。
「話して、ルシール」
リリウムが促した。
「……わかったのじゃ」
リリウムをしっかりと抱いたまま、ルシールは話し始めた。
「……どちらから聞きたい? この屋敷のことか、わらわ自身のことか?」
リリウムは私を一瞥してから答えた。
「まず、ここで起きていることから」
ルシールはリリウムを膝に乗せるように抱き直し、語り始めた。
「非常に威圧的な気配を持つ者たちが、この屋敷に入ってくるのを見たのじゃ。地下で何かをしておる。大きな機械を搬入して、何かの準備をしておるの。そして少し後に、白銀の髪の女性がやってきて……その者たちに連れられて、地下へと降りていったのじゃ」
背筋から血の気が引いた。
「……春花……」
声が震えた。気づいたら叫んでいた。
「白銀の髪の彼女に何があったの?!彼女に何をしたの、答えて!!」
「今のところは何もしておらぬのじゃ」
ルシールが少し眉をひそめながら答えた。
「皆地下で機械の傍に集まっておる。何かを準備しておるだけで、白銀の方は何が本当に起きているのかわかっておらぬようであったの」
……罠だったの。春花を使った罠。
「それと」
ルシールの表情が陰った。
「一人、気になる男がおるのじゃ……非常に高い……本当に、ぞくぞくするほど禍々しい気配を放っておる。もしものことが起きれば、わらわはお父様を呼ばなければならぬかもしれぬの」
「お父様?」と聞き返したけれど、詳しくは訊かなかった。地下に春花がいる。それだけで、もう十分だった。
「では、あなた自身のことを話して」
リリウムが続けた。
ルシールは目をぱっと見開いた。それからゆっくりとリリウムを床に降ろし、数歩後退した。
「……わらわの正体は秘密にせねばならぬのじゃ。お父様がそうお命じになったのじゃから」
「約束を破るの、ルシール」
とリリウムが静かに言った。
「約束なんてしておらぬのじゃ!!」
「言葉にせずとも、交換があったわ。果たしなさい」
ルシールは逡巡した。リリウムの言葉をじっくりと吟味して、最終的にため息をついて私を見た。
「……誰にも言わぬと誓えるの?」
リリウムがすぐに頷いた。
ルシールは、私の確認を待つように視線を向けてきた。
「誰にも話さないわ」
真剣に、でもその秘密がそこまで重要なのか疑問に思いながら頷いた。なぜそこまで明かすことを恐れているのかが気になったけれど、今は追及する余裕がなかった。
ルシールは片側だけ唇を持ち上げ――笑った。
その笑みの中に、真っ白で、異様に整った、尖った歯が見えた。
上の顎から、二本の牙が覗いていた。
「わらわは、吸血鬼なのじゃ」
――言葉を失った。
吸血鬼……? あり得るの? 人間界を怖がらせるための都市伝説だと思っていたのに。
問いを形にする前に、ルシールは廊下の奥の暗闇へと走り出した。
「秘密を知った以上、二人は守る義務があるのじゃ!もし漏らしたら……どうなるかはわからぬけれど、きっと大変なことになるのじゃ!今はただ観ておくのじゃ……でも、もし制御不能になったら、わらわが戻ってくるかもしれぬの。二人のためではなく、ビアンカお姉様が大嫌いな混乱のためにね!」
声が闇の中に消えていった。
その空白をいつまでも見つめていた。頭の中がぐるぐると回っていた。
魔術師と魔法使いの陰謀の中に、本物の吸血鬼。笑えるくらい、ありえない話だったけれど――今はそれを考えている暇はない。
もう迷っている時間はない。春花は地下にいる。そして、彼女はそれが罠だとは知らない。
リリウムを抱き上げ、階段を駆け下りた。外に助けを求めるため、正面扉へと走った。けれど――扉は目に見えない魔法の障壁で完全に封じられていた。
「リリウム、解除し――」
すぐ後ろで、重い足音が響いた。
瞬時に振り返り、杖を向けた。心臓が喉まで跳ね上がった。
廊下を塞ぐように立っていた。
レオ・アッシュフォードが。
サングラスのレンズに、薄明かりが反射していた。その唇には、狂ったような笑みが張り付いていた。
「そんなに怖い顔をして、どうしたんですかねぇ、エレノア?もしかして、もうお帰りの予定だったりしますぅ?」
わざとらしく温かみを演じた声で言った。
「ふざけないで、レオ」
「や、や、やだなぁ。ただの友人への挨拶じゃないですかぁ。春花のお友達を傷つけるつもりなんて、サラサラないわけですよぉ、えぇ」
「春花さんはどこにいるの!?」
抑えていたものが、ついに決壊した。
「会わせなさい!」
「それは、ねぇ……今は難しいんですよねぇ」
穏やかに答えた。そして手を上げて、私を制した。
「まぁまぁ、聞いてください。言われた通りにしてくれれば、何も悪いことは起きないわけですよぉ」
彼を信じる理由は一つもなかった。
「エレノア……」
リリウムが耳元で囁いた。
「今は、従っておくのが最善だと思うわ」
……嫌だった。命令を聞くなんて。でも。
「信頼しろというわけじゃないことは、よーくわかってますよ」
レオは続けた。シルクハットの縁を指で整えながら。
「でも、春花のためだと思ってください。今、彼女のためにある場所へ行く必要がある。それだけですよぉ」
歯を食いしばった。
「五人以上の魔法使いが屋敷の中にいますからねぇ」
とレオが続けた。まるで天気の話でもするように、のんびりと。
「強引にいくのは、お嬢さんにとってかなりの不利ですよぅ。信じてほしいんですが、今は大人しくついてきた方が、断然、お得なわけですよねぇ」
奥歯を強く噛んだ。レオ・アシュフォードがどれほど危険な存在か、報告書で読んでいた。公安上の脅威、放浪する危険人物。このひとの先導で奈落へ向かわない保証がどこにある。
「信じる理由を一つ言いなさい」
杖を向けたまま要求した。
「いったい何を企んでいるの?」
レオは沈黙した。両手を後ろで組んで。不意に、その笑みがほんの少し変わった――奇妙なほど、もの悲しい色が混じった。
「理由かぁ。ひとつなら言えますよ。私はただ、すべてを統一したいんですよねぇ。一度それが叶えば、魔術師も魔法使いも、みんな私の理念を理解してくれるはずですから」
「あなたの理念は曖昧すぎて理解できないわ」
「そのうち理解できますよぉ。よければ、地下へ向かいながら詳しく説明しましょうか」
地下。ラボへ。春花がいる場所へ。
リリウムをきつく抱き直し、杖を下げた。だが手の中に力は残したまま。
「わかった。ついていくわ。でも、本当に何を企んでいるか、説明する義務があるわよ。もう隠せないわ」
「話し合いに応じてくださって、光栄ですよぉ」
と言い、踵を返して歩き始めた。
「細かく説明しましょう、きっとご理解いただけますから」
数歩の距離を保ちながら、どんな罠にも対応できるよう全神経を研ぎ澄ませて追った。レオは静まり返った廊下に響く声で、ゆっくりと語り始めた。
「魔術師の社会において、一族の統一は絶対的な必要事項なんですよねぇ。七つの一族の間で膨大な力が分散してきたことが、長い歴史を通じて不安定さを生み出してきた。それに……後継者たちの精神的・身体的な健康状態が、ずっと気がかりでして。世代を重ねるたびに、一族の権力争いで命が失われていく。血を流さずに終わることは、ほとんどないんですよ」
黙っていた。認めたくはなかったけれど、一部は否定できない真実だった。誰もが知っていて、誰も口に出さない不都合な現実。主要血統の重圧は、しばしば内側からの崩壊を招いてきた。
「そして魔術師をもっとも理不尽に縛る権力といえば、七賢者評議会ですよ。あの老人たちは、この地上を歩くすべての魔術師の裁判官であり処刑人であるかのように振る舞っている。一族の長でさえ、彼らの権威には抗えない。幸いなことに……もはや頭を痛める必要はなくなりましたがぁ」
――最後の一文で立ち止まりそうになった。
どういう意味?
続きを促さないでいると、彼は何でもないように話題を変えた。
「それから人間社会への浸透という問題もある。潜伏した魔術師の役割はさまざまです。一族への資金供給のために働く者、政治的影響力のために動く者。でも多くは、人間と家庭を持ってしまう。子どもをもうける。そしてその子たちが、いちばん割を食うんですよ。二つの世界の間で成長して、嘘をつき続けて、どこにも居場所がないと感じながら生きていかなければならない」
胸に重いものが落ちた。痛いほどに現実だと知っていた。直接経験したわけではないけれど、悲惨な事例の噂は聞いてきた。アキラのことを考えた……彼もまた、あの無情な仕組みの犠牲者なのかもしれない。
金属製の近代的なエレベーターの前で止まった。レオは洗練された身振りで、先に入るよう示した。彼の礼儀を信頼する気は全くなかったが、選択肢はなかった。彼の目からサングラス越しの視線を外さないまま中へ入った。レオが後から入り、地下のボタンを押した。扉が閉まり、低い機械音が響きながら下降が始まった。
「これらすべての問題を理解したとき、魔術師の社会が何もしていないことに激しく怒りを覚えましてねぇ。変化を強引に起こそうとしたら、のけ者にされた。でも幸い、その目的を達成するために、ちょうどいい場所でちょうどいい人たちに出会えましてね」
「どんな人たちなの?」
気づいたら聞いていた。自分でもどこからその言葉が出たのかわからなかった。
「一人はモニカ・ウィンターフォール。私のもっとも大切な友でしたよ……でも命は短く、唐突に終わってしまいましたがぁ。それでも今でも強い絆があります。たとえばケイル。魔法使いでありながら人間をとても大切にしていて、私は彼が人間たちの良き案内人になれると思っていますよ……もっとも、彼自身の関心はある特定の事柄に向いているようですがね。それからミレイア。敵意は強いですけれど、普通の人間には決して見えないものが見えるんですよ……」
何が見えるのかは言わず、レオはそのまま続けた。
「そしてセレネ。マジクスの世界では大きな名声を持ちながら、人間に深い関心を持っている。どのように私たちと混血するに至ったのか、理解したいと思っているんですよ。人間と魔法の血を持つ存在との間に生まれた子に魔力が宿り、一方で普通の人間には全く宿らない――その理由を、既存の科学を超えて解き明かしたいと思っているらしくてぇ」
名前が符合した。昨日見た魔法使いたちだ。全員がレオと共謀していた。
ピッという音とともにエレベーターが止まった。
扉が開いた。
長い廊下が続いていた。白い壁、蛍光灯の冷たい光。ここは屋敷の一部ではない。地下に作られた別の施設だった。
一瞬迷い――春花への焦りが踏み出させた。中に入った。
「フォスティーヌがプロジェクトを提案したとき」
とレオは歩きながら言っていた。
「狂気の沙汰と言う者もいたし、称賛する者もいた。私自身、当初はあまりに野心的すぎると思っていました。でも、ある一人がその研究の真の可能性を目覚めさせてくれた……だからこそ、すべてを支援すると決めたんですよ。だから魔術師の社会の掟に逆らっている。その理想のために、その約束のために」
奇妙な感覚に囚われた。嫌悪と困惑が入り混じる。狂気と歪んだ方法の裏に、それでもレオは夢と約束に突き動かされていた。
「蓮次郎は初期の段階では重要な駒でしたよ」
付け加えながらため息をついた。
「でも彼は本当に狂っていましたからぁ」
「正気を判断できる立場にあなたはないわ」
と即座に言い返した。
レオは本当に可笑しそうに笑った。
「ははっ。お嬢さん、言いますねぇ。でも、私の方が、蓮次郎よりはるかに頭がクリアですよ。黒木による彼の死は馬鹿げた結末でしたけれど、結果的に我々魔術師全員を不必要な惨事から救ってくれましたからぁ」
眉をひそめた。知らない話が多すぎた。
「蓮次郎が私たちの知らないところで別の何かを企んでいたことは気づいていましたよ。それが何かは最後まで掴めませんでしたけれど。でももはや彼の遺志を継ぐ者もいない、脅威ではなくなりましたね」
「なぜ狂っていたと言い張るの?」
「誰の言葉も聞かなかった。したいようにした。アカデミーの生徒たちの魔力を搾取することを主導したのも彼ですよ。機械に絶対必要だという名目でね。私の目には、無駄な犠牲を繰り返す狂人にしか見えなかった。――信じにくいかもしれませんがねぇ、エレノアさん……私は本当に、この過程で無実の犠牲者を出したくないんですよ」
犠牲者を出したくない。地下の実験室に私を押し込めた同じ口が言っている。矛盾する情報が洪水のように押し寄せて、集中力が乱されそうだった。
重い金属扉の前で止まった。レオが先に入るよう手で示した。
一瞬迷い――春花への焦りが踏み出させた。
部屋は完全な暗闇だった。レオが後に続いた。カチッという音と同時に天井の照明が灯り――広い訓練室が現れた。補強された壁面、床に刻まれた魔術的な打撃の痕跡。
「虚偽ではありませんよぉ」
そう言って、袖の内側から長い戦杖をすべらせるように抜き出した。その先端が床を打ち、鈍い反響が部屋全体に広がった。
「これ以上の妨害は許容できない、ということです。あなたは誰も計算に入れていなかった変数になってしまった。排除の命を受けているんですよ」
「命を出したのは誰なの? あなたがこの計画のリーダーではないの?」
レオはゆっくりと首を振った。
「私はリーダーではありませんよぉ。駒を動かす者、物流を管理する者です。でも頭ではない」
「では誰が?」
答えなかった。
「本当に知りたければ、私を倒してから聞いてください。もし勝てたなら、リーダーが誰か、これから何が起きるか、すべて話しますよ。でも警告しておきますがぁ……これは遊びじゃない。命がけの戦いですよ」
リリウムが腕の中から身を引き剥がし、空中に浮かんだ。緑色の輝きが小さな磁器の体を包んだ。
「一緒に戦うわ、エレノア」
「危ないのよ、リリウム!」
「手伝わせて。信じてくれる?」
歯を噛んだ。リリウムを守るために力を抑えることが、かえって二人を死に追いやりかねない。レオを見た。
「本当に避けられないの? 平和的に話し合いの余地はないの? 聞いていたら……あなたの理念の中には、一理ある部分もあると感じているわ。立ち止まって、対話しましょうよ」
「対話の時は、もうずっと前に終わっていますよぉ」
レオは戦闘の構えをとった。
「この段階では、変化を強制するしかない」
「あなたが悪人だとは思っていないわ、レオ。こんな結末にしなくていいはずよ」
「その言葉は慰めになりませんよ。私の理念はこの瞬間より、ずっとずっと大きいので」
「こんな閉所で戦うつもり?」
と警告した。
「この場所はもともと高レベルの魔術訓練のために造られていましてねぇ。衝撃封鎖の魔術印が刻まれているから、どんな術を使っても構造は崩れないし、外には何も聞こえませんよ」
苦い笑みが浮かんだ。
「私を見くびっているようね、レオ・アシュフォード。命を懸けて戦う魔術師がどんな術を使えるか――それはあなたにも、わからないはずよ」
レオが耳障りな哄笑を上げた。あの不気味な眼差しが戻ってきた。
「確かに! 本当の魔術師はいつも誰も予想できない切り札を持っているものですよねぇ! ぜひ見せてください!」
逃げ場はなかった。戦いは予告なしに始まった。
レオが前方へ超人的な速度で踏み込み、戦杖を振り上げた。そこから吹き出した濃密な炎が、床を薙ぎ払うようにこちらへ迫った。反射的に杖を掲げ、固い氷の障壁を展開した。火炎の衝撃を受け止めたが、激しい属性の衝突が濃密な水蒸気の幕を生み出し、視界を完全に塞いだ。レオの炎熱攻撃は氷の魔術を明らかに不利に置いた。室温が急速に上昇していく。冷気を凝縮するのがどんどん難しくなっていく。
蒸気の覆いを利用して、レオが再び攻撃を仕掛けてきた。同心円を描く炎の連弾が、側面を取りに来た。しかしリリウムが外科的な正確さで反応した。床の隅から小さな魔術的な根が芽吹き、瞬く間に絡み合って植物の盾を形成し、炎の連弾を弾き飛ばした。その間に後退して距離を稼いだ。
戦いは消耗の激しい応酬へと変わった。氷雪の地面を展開してレオの機動を封じようとするたびに、その炎の奔流がほぼ即座に溶かしてしまう。方針を切り替えた。密度の高い霜の束を複数方向から放ち、レオの防御に亀裂を入れる戦法へ。リリウムは空中を疾風のように飛び回りながら、壁の隙間から荊棘の蔦を次々と召喚し、レオの足首に絡みつかせて激しい突進を阻害した。レオがその都度炎で植物を焼き切る――その僅かな間に、凍気の奔流を叩き込む。
呪文が衝突するたびに放出される魔力の残滓が壁の魔術印を振動させた。休戦も言葉も挟む余地はなかった。次の一手が命を守るための計算だった。その連携をもってしても、レオの炎の暴力と衰えない俊敏さは私たちを常に紙一重の危険に晒し続けた。魔力の最後の一滴まで絞り出して、均衡を保つしかなかった。
ドレスの裾が焦げそうになる熱波を躱しながら、思考は止まらなかった。春花が、この狂気の中でどんな役割を押しつけられているの? 七つの一族への罠であるなら、影でレオを動かすリーダーは彼女に何を望んでいるの?
勝たなければ。
自分の命のためだけでなく――答えを手に入れるために。手遅れになる前に、春花を救い出すために。
そこにいたのは、
知っているリディアではなかった。
誇りも。
意志も。
感情さえも奪われた少女。
それでも、
アキラは手を伸ばす。
次回――
「希望」
絶望の中で、
少女の指がわずかに動く。




