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歪む空間、揺らぐ現実

救出するために、


集まった者たち。


それぞれが、


違う理由を抱えている。


けれど、


向かう場所は一つだった。


その先に待つのが、


罠だとしても。

丘を吹き抜ける風は骨まで凍みるほど冷たく、木々の葉を揺らし、俺のマントの裾をはためかせた。


屋敷の境界を囲む鬱蒼とした木立の中に身を潜めながら、その堂々とした建物から目を離せずにいた。何もかもが静まり返っている――墓場のような静寂が辺りを支配していて、それが逆に全身の毛を逆立てた。


「まだ中にいる」


歯を食いしばりながら、思わず声が漏れた。隣では龍牙が俺と同じように黙って警戒を続けていた。一瞬だけ目を閉じ、魔力の流れを集中させて知覚の術式を起動させた。


……いた。


弱いが安定した、六つの魔力の波紋。一族の継承者たちだ。そしてその傍には、古い悪意を帯びた歪で重苦しい気配が一つ。疑いようもない。魔法使い、ケイル・ヴェイだ。


今のところ、人質たちは無事――だが、失敗への恐怖が毒のようにじわじわと内側を蝕んでいくのを感じた。あの子どもたちのうち誰か一人でも俺の目の前で死んだとしたら、魔術師の社会が受ける政治的社会的な打撃は計り知れない。その責任の重さが、肩にのしかかってくるようだった。


……まったく、とんでもない展開になったもんだぜ。


龍牙をちらっと横目で見て、数日前のことを思い返した。本来なら今夜は、レオ・アシュフォードが潜伏していると思われる山岳部の座標を調査しているはずだった。雨の中あちこち隈なく調べたが、何も出なかった。それでも諦めず、毎日周辺を一帯くまなく探索し続けて……今日、楓・エンバーストロムが裸足で、魂が砕けたような顔をして道路を逃げてくるところに出くわしたんだ。


俺が一番腹立たしいのは、この進展のなさだ。同じ場所をぐるぐる回るのは大嫌いだ。そしてそれが、まさに今起きていることだった。


楓の混乱した証言によれば、ケイルは継承者たちに催眠の術を使ったという。レオがこのレベルの協力者を持っているとなれば、評議会が認めたがっている以上に、遥かに大規模な陰謀の網が張られているということだ。


だが、どうしても腑に落ちない点が一つある。パズルの欠けたピースが、俺の頭の中で引っかかったまま消えない。


レオがいないんだ。


これがレオの計画だというなら、なぜここで指揮を執っていない?なぜ魔法使いが継承者たちを直接排除する代わりに、こんな辺鄙な屋敷に閉じ込めているんだ?意味がない。


一瞬、迷いが頭をよぎった。本当にこの件はレオと繋がっているのか……それとも、俺たちは巨大な陽動作戦に引っかかっているのか?


繋がってるはずだ……。


心の中で答えを出した。あの座標、この丘陵で感じたレオに酷似した魔力の残滓……こんな場所で偶然そんなものを感じるはずがない。


……いや、今は余計なことを考えるな。戦場で頭を使いすぎると、墓場に直行するだけだ。


周囲に目を向けた。何十人ものハンターと支援魔術師たちが周囲に集結し、茂みの中に身を潜め、触媒を構えていた。だが、何かが引っかかった。楓の話によれば、ミドリ・ワイルドソウル――俺の一族の継承者が率いる特殊部隊が、数時間前からすでにこの屋敷を監視しているはずだった。


知覚を最大限に広げ、そのハンターたちの魔力の痕跡を探った。


……何もない。森には彼らの魔力の波紋が、一つも存在していなかった。


ミドリは本当にここへ部隊を連れてきたのか?それとも……俺たちが来る前に、誰かに排除されたのか?


可能性はいくつかあった。どれも最悪だったが、最後の可能性だけは血の気が引くほど恐ろしかった。


「マーカス隊長!」


考えを断ち切るように、戦術部隊のハンターの一団が足早に近づいてきた。指揮官が俺の前に立ち、声を潜めて報告した。


「ただいま本部より確認が取れました。上司より直接命令が下されております。マーカス隊長が今作戦における現場の全権指揮官となります。現場の全部隊はマーカス隊長の指揮下に置かれます」


……やっぱりそうなるよな。火の粉が降ってくると、必ず俺に人を動かす責任を押しつけてくる。


「了解した。仮設指揮所に戻るぞ」


森の縁に停めてある四輪駆動車のボンネットへ向かいながら命じた。


「今すぐ作戦を組み立てる」


赤レベルの警戒プロトコルが発動された今、戦えるのはハンターだけではない。杖を握る意志のある魔術師なら誰でも、この救出作戦に参加する権限がある。現場指揮官の配置と主力突撃部隊の選定が必要だったが、屋敷の異常な静けさが俺に慎重さを強いていた。


ケイル・ヴェイがまだ人質を手にかけていないなら、即座の虐殺を求めているわけじゃないかもしれない。交渉チームが要る。奴が何を求めているのかを引き出しながら、同時にしっかりとした後方陣形を組む必要があった。


「まず交渉チームを動かす」


腕を組みながら集まった面々を見渡し、宣言した。


「だが……誰が適任だ?」


制服姿のハンターを送り込むのは話にならない。魔術師でなければダメだ。周囲を見渡した――アカデミー・エンディミオンの正式な制服を着ている者もいれば、独自に支援に来たらしい一匹狼の魔術師らしき者もいたが、彼らの等級も専門性も俺にはまったく分からない。


隣の龍牙に目を向け、外からの視点を求めた。


「なぁ、龍牙。お前ならここにいる中で誰が、あの屋敷の前に立って震えずに魔法使いと話せると思う?」


部隊を指揮する気などさらさらないやつの意見を、参考程度に聞いてみた。


龍牙は目をぱっちりと開け、突然の質問に明らかに面食らったような顔をした。後ろ首を掻きながら、困ったように口を開いた。


「……え、僕? マーカス、それを僕に聞くのかい。ここにいる誰かの能力を評価できる立場じゃないさ。適任者なんて、見当もつかないね」


思わず、口の端が小さく上がった。


その正直さは気に入ってる。このビジネスじゃ、何でも知ったふりをするやつが真っ先に死ぬもんだ。


「だよな」


そう言いながら、頭の中で一つの考えが閃いた。


「お前!」


一番近くにいたハンターを呼びつけた。


「今すぐ全員に聞いて回れ。この場にいる全魔術師と志願者の中で、屋敷の魔法使いと交渉を始める覚悟と力があると思うやつを探してこい。自信を持って答えたやつは、すぐに俺のところへ連れてこい!」


「了解です、マーカス隊長!」


敬礼して走り去るハンター。その背中を見送りながら、俺は屋敷へ意識を戻した。


再び感覚を研ぎ澄まし、中の連中の魔力波紋が変わっていないか確認した。


……変化なし。


屋敷を囲む地形は高低差があったが、樹木の密度が高すぎる。敵が人質を盾に逃げようとすれば、あるいは誰かが木立に紛れ込めば、視界から消えることなど造作もない。


不意に、屋敷上階の窓に金属的な光の反射が目に入った。ガラス窓が微かな軋み音を立てて開いた。顔を出した者はなかったが、室内側からカーテンをゆっくりと動かす青白い手がはっきりと見えた。


「警戒!! 全員伏せろ!!」


腹の底から声を絞り出し、その叫びが周囲一帯に響き渡った。


瞬時に、制御された混乱が炸裂した。ハンターたちが魔術拳銃を上空へ構え、魔術師たちが一斉に杖を掲げた。コンマ数秒後、巨大で複雑な赤み帯びた術式の円が開いた窓の前に出現した。


轟音と共に、火炎の球が窓口から吐き出され、俺たちの陣地へ向けて一直線に落下してきた。


だが、俺の部下はアカデミーの素人じゃない。


「防御障壁、今すぐ!」


先頭部隊の三人の魔術師が一斉に杖で地を打った。半透明な六角形のエネルギーの盾が、頭上に出現するのと衝突がほぼ同時だった。爆発が火花と煙を盛大に噴き上げ、夜を白く染めたが、障壁は一切揺るがなかった。


降り積もる灰の残滓が障壁の上に舞い落ちる中、俺は静止したまま凝視していた。


……なぜ今攻撃してきた?何を得ようとしている?時間稼ぎか?


だが、俺を本当に掻き乱したのは攻撃そのものじゃない。


あの術式の円だ。


あの変成術の構造……魔法使いの使う魔術とは違う。現代的な属性魔法の術式だ。完璧に構造化されている。


「一体誰がやった……?」


思わず声が漏れた。


ケイル・ヴェイはもう屋敷の中に共犯者を抱えているのか?ハンターが完全に包囲しているというのに、どこからいつの間に入り込んだんだ?


すぐに知覚の術式を再展開し、魔力チャンネルを広げて内部の波紋を再評価した。


一つ、二つ、三つ……六つ。継承者たちに対応する波紋。そして魔法使いの重苦しい気配。


六人の被害者と一人の拘束者。


それだけだ。余分な共犯者の波紋は一つもない。


……論理的な答えは二つしかない。


一つ目――ケイルの催眠術が完璧すぎて、継承者たち自身に窓から俺たちを攻撃させている。


二つ目は……遥かに不気味だ。


相手は魔法使いだ。失われた秘術の使い手は、自分の魔力の気配を完璧に消し隠すことができる。実際に目の当たりにしたことはないが、俺の知覚の及ばない場所に軍勢が潜んでいても不思議じゃない。


炎は止んだ。攻撃は一発だけだった。


……それだけ放って、また沈黙。何を測ろうとした?こんな単純な一撃で、何を知りたかったんだ?


「マーカス隊長!」


交渉役を探しに行かせたハンターが走って戻ってきた。


「交渉に自ら名乗り出た者がいます!」


士官が脇に退き、後方を示した。


淡いブラウンのショートヘアの若い女が、一定のリズムで歩み出てきた。金属の装飾が施されたダークウッドの杖に重心を預けながら、ゆっくりと、しかし確かな足取りで近づいてくる。


その姿を見た瞬間、背後で龍牙が小さく息を呑むのが聞こえた。知り合いか?


女は俺の前で立ち止まり、育ちの良さが滲み出るような優雅な姿勢をとった。


「お会いできて光栄です、マーカス・ワイルドソウル。私の名前はセシリア・エンバーストロムと申します」


そう言って、静かに微笑んだ。


すぐに眉が上がった。顔を一瞥しながら名前を処理した。


……エンバーストロム。確かにそう聞こえた。だが目を見た瞬間、違和感が走った。エンバーストロム一族に必ず刻まれているはずの十字の刻印がどこにもない。外交的な配慮より先に疑問が口をついて出た。


「エンバーストロム?」


腕を組みながら問い返した。


「失礼だが……一族の刻印はどこだ?お前のところの血筋は一目でわかるはずだろう」


セシリアはくすっと小さく笑い、俺の無遠慮な問いをものともしなかった。


「楽しいね!私を初めて見た方は、みなさん必ず同じことを聞いてくださるんですよね、それ」


どこか楽しそうに答えた。


「右目は義眼でして、完全な作り物なんです。左目には、私自身が設計して製作した隠蔽用のコンタクトレンズを使っております」


俺の好奇心に火がついた。


「なぜわざわざ一族の神聖な証を隠す必要がある?」


「それにはそれなりの理由がございますよ、マーカスさん。その一つは、一族の大半のように領地に縛られて留まるのが好きではないということです。人間社会を見て回り、旅をして、自由に動きたい。街を歩くたびに指を指されるのは、さすがに不便ですから」


顎に手を当て、思考を巡らせた。評議会の報告書の内容を正確に覚えている――エンバーストロム一族はひどく閉鎖的で、瞳が魔力の使い手であることを即座に露呈してしまうため、人間社会に潜伏している構成員はほとんどいなかった。この女がその特徴を隠蔽できる魔術的な技術を自ら設計したというなら……それは天才的な発想だ。


……なぜ一族の魔術工学者たちにその技術を共有してコンタクトを量産しないんだ、と思ったが。今は特許の話をしている場合じゃない。


「本当にやる気があるか、セシリア?」


真剣な目で彼女を見据えながら警告した。


「これは茶会じゃないぞ。化け物の巣の前に立つんだ」


「もちろんですよ」


彼女の目に本物の輝きが宿った。


「魔法使いと本格的な知的論争をしてみたいと、ずっと思っていましたから。素晴らしい機会だと思っています」


「論争じゃなくて交渉だ、セシリア」


厳しいトーンで正した。


「交渉に決まっていますよ」


セシリアはふわりと微笑んだ。


「でも……マーカスさんが本当に求めているのは、突入部隊を送り込む前に、あの中で何が起きているか、できる限り情報を引き出してほしいということでしょう? 違いますか?」


……否定できない。


この女は鋭すぎる。


「否定しない」


認めた。


「話させる隙があれば、奴の目的と人質の状態を引き出せ。援護はしてやる」


めったに使わない杖を抜いた。


「動かずにいろ。高位の防護術をいくつかかけてやる。安全に前庭まで近づけるようになるし、屋敷の内部まで声が届くように音響増幅もかけてやる」


セシリアは杖にもたれながら、揺れずにその場に立っていた。


杖の先端で、複雑なルーンを空中に描き始めた。通常の作戦ではまず使わないような防護術を重ねていった――密度可変の物理障壁、属性分散の魔法盾、催眠への精神防護障壁。そして最後に、純粋物質隔離の術。万が一あの魔法使いが通常の属性法則を外れた術式を使ってきた場合に備えて。


三色に輝くオーラがセシリアの体を包み込み、瞬時に視覚から消えた。


「準備完了だ。最初の一撃に対してはほぼ何にでも耐えられる。気をつけて行け」


「ありがとうございます、マーカスさん」


セシリアは微笑み、身体を反転させると杖を頼りにゆっくりとした一定のリズムで屋敷の前庭へと歩み始めた。


彼女のブーツが前庭の芝生を踏んだ瞬間、上階の窓が再び開いた。純粋な火炎の飛礫が一直線に彼女へ向かって放たれた。衝撃はセシリアの透明な盾に直撃し、空気の中に散り消えた――彼女の髪一筋も揺らさずに。


続いて、槍のように鋭い氷柱が別の方向から投げつけられ、物理障壁に当たって砕け散った。


……正直、感心した。


顔のすぐ前で魔術の飛礫が爆発しているというのに、セシリアは一度も瞬きすらしなかった。屋敷の正面玄関から適切な距離を保ったちょうど前庭の中央に立つまで、あの落ち着いた歩みを一切乱さなかった。


頭を持ち上げると、かけてやった音響増幅の術のおかげで、その声が丘全体に澄んで響き渡った。


「屋敷の中の方に申し上げます! 私の名前はセシリア・エンバーストロムです。外部の部隊を代表して対話のために参りました。物事が……不必要に騒がしくなる前に、私と話し合っていただけますか?」


張り詰めた沈黙が続き、永遠のように感じられた。


やがて、屋敷の中から歪んだ反響を帯びた声が這い出てきた。


「対話だと? 君のような取るに足らない魔術師が、私のような者と何を話したいというんだ? 私の関心を引くものなど、君には何もない」


セシリアは杖にたおやかに重心を移した。


「ご自身の立場はよくご存知でしょう、ケイル・ヴェイ。今この瞬間、ハンターの精鋭部隊と大勢の魔術師に囲まれています。自分の時間が尽きかけていることに気づかないほど愚かではないでしょう?」


……少し胃が痛くなった。


この女、言葉が直接的すぎる。拳を握りしめた。不安定な拉致犯を追い詰めるのは最善の戦略とは言えない場合もある。


「ハンターなど、私には何の懸念もない、娘よ」


ケイルは侮蔑たっぷりに答えた。


セシリアの笑い声が前庭に響いた。


「それは真っ赤な嘘ですわね、あなたも分かっているでしょう。本当に何の懸念もないなら、とっくに逃げるか虐殺を始めているはずです。何もしないまま籠もっているのは、時間を稼いでいる証拠ですよ。何かを企んでいて、私たちを外で見張らせておく必要があるんですよね?」


通信チャンネルが、重く絶対的な沈黙に包まれた。


……セシリアは図星を突いた。


「私には私のやり方と理由がある、エンバーストロム。小娘に説明する必要はない」


「あなたのやり方には興味ありませんわ、ケイル・ヴェイ」


セシリアは小さく一歩踏み出した。


「交渉に来たのは、信じてもらえるかどうかは別として……自分の意志で降伏するなら、我々普通の魔術師でもあなたのような者に情けをかけることができます。評議会に対してあなたの身の安全を保障することもできます」


屋敷の内部から、正気を失ったような嘲笑が炸裂した。


「情け?! お前たちに?! 誰の情けも要らない。私はただ、欲しいものを手に入れるだけだ。そして実を言うと……もう手中に収めている」


セシリアはまた笑い、相手の優位なトーンをあっさりと崩した。


「あなたは何も持っていない。まともな脱出経路さえないから動けないんでしょう。それくらい見れば分かりますよ。最初の火炎攻撃……あれはただの戦術的な試験だったんじゃないですか? 外の障壁の耐性を測りたかったんでしょう? どの程度の防御力があるかを知ってから動こうとしていますよね?」


「違う!」


ケイルは初めて落ち着いたトーンを崩し、怒鳴り声を上げた。


「あの一撃は純粋な気晴らしだ! 私を見くびるな、小娘!」


「言い訳がお下手ですわね、ケイル・ヴェイ」


セシリアは杖で軽く地面を叩いた。


「あなたほどの腕を持つ魔法使いが、この包囲を破ろうとする最低限の試みさえ見せないなら、それはもっと大きな何かを中で隠しているから。一体、何を待っているんですか?」


「お前と無駄口を叩く時間はない!」


ケイルは鋭く遮った。


「本当に交渉に来たのか、それとも私を苛立たせに来ただけか?」


「もしご希望なら、あなたに有益なことを交渉できますよ」


セシリアは小首を傾げた。


「でも最初は交渉したくないとおっしゃっていましたよね。なぜ今になって考えが変わったんですか? 追い詰められてきましたか?」


「私をもてあそぶな!」


ケイルの声が抑制しきれない怒りで振動し、屋敷のガラスが微かに震えた。


「一族の継承者たちはすでに私の術に支配されている。望めば、今この瞬間に互いの喉を引き裂けと命じることもできる。それが見たいのか?」


セシリアの表情は微動だにしなかった。


「それをあなたが命じられるとは思えません」


「何だと?! 疑うな!」


「本当にその完全な制御力があって、自分の力に自信があるなら……」


セシリアは続けた。


「窓から継承者の一人の今の様子を見せていただけますか? 外にいる魔術師たちを安心させて、あなたが主導権を握っているということを証明してみてください」


「小娘の要求に応じるつもりはない!」


「なぜ応じないんですか?」


セシリアはさらに重ねた。


「何か理由がありますか?」


「私がそう言っているからだ、以上!」


セシリアは腹の底から笑い声を上げた。その笑いは、敵の自尊心を深く抉っていただろう。


「なるほど。つまり、人質なしでは状況を本当にコントロールできないということですね?」


「この……ッ!!!」


ケイルは初めて直接的な罵倒を放ち、それまで必死に保っていた穏やかなトーンを完全に失った。


セシリアは止まらなかった。精神的に追い詰めたまま、畳み掛けた。


「あなた自身の仲間が、これが終わった後に事の真相を信じなかったら、どうなります?」


「仲間などいない!」


ケイルは叫んだ。


「私はこの平凡な世界の誰にも答えない! ただ、ホストの命に従うためにここにいるだけだ! 真実はただ彼だけが持っている! 彼だけが、二つのマジクスの世界で誰も見たことのないものを成し遂げるのに必要なものを持っているんだ!!」


……『ホスト』。


その単語を即座に脳裏に刻み込んだ。最重要の情報として。


「それを成し遂げた後、あなたはどうするんですか?」


セシリアは声を研ぎ澄ませた。


「次の一手は?」


「ホストの指示に従い続けるだけだ! そして任務が完了すれば……私は大切なおもちゃで報われる」


セシリアは眉を一つ上げ、困惑を装った。


「大切なおもちゃ? あなた、子どものようにおもちゃをねだっているんですか? 何ともがっかりな魔法使いですわ」


「比喩だ、この愚かな馬鹿者!!」


ケイルは完全に我を失ったように喚いた。


「継承者のことを言っている! 彼らの魂と魔法の血統のことだ! こんな単純な比喩も理解できないのか?!」


「私には狂った人の比喩を理解するだけの知性は持ち合わせておりません」


セシリアは冷淡に返した。


「でも、一つだけ聞かせてください……他者への完全な支配が、あなたが求めている自由を本当に与えてくれると思いますか?」


通信が突然、ぶつりと途切れた。


言葉での返答はなかった。


その代わり、上階の窓が一斉に開いた。漆黒の歪んだエネルギーの槍が怒濤のようにセシリアの位置へ向けて放たれ、防護盾に激突し、耳をつんざくような轟音を上げた。かけてやった障壁が激しく振動し、物理的精神的な衝撃を分散させるためにエネルギーの閃光を迸らせた。


セシリアは怯えもせず、後退もしなかった。顔の前で爆発する飛礫の雨の中で、ただ軽やかな、歌うようなトーンで言い放った。それは音響増幅のおかげで完璧に聞こえた。


「あら、怖い怖い……!」


「見くびるな!!」


ケイル・ヴェイは最後の爆発のように叫んだ。


「私は自分のやっていることを完全に分かっている! ホストはすべてを知っている! お前たちは全員、その時が来たら膝をつくことになる!!」


青白い手が窓の外に伸び、激しい勢いで窓を閉めた。それが会話の終わりだった。


セシリアは小さなため息をついて身体を反転させ、杖を頼りに静かな足取りで俺たちの陣地へと歩いて戻ってきた。背後に漂う煙が夜に溶けていく中、その落ち着きは周囲の一切と対照的だった。


俺の目の前に立つと、疲れたような微笑みを向けた。


「さて……交渉は見事に失敗しましたね、マーカスさん」


杖に体重を預けながら言った。


「最初から交渉できるものなど、何もなかったのかもしれませんが」


「分かった」


頷いた。


「よくやった、セシリア。お前の直接対決の戦法で、必要なものは引き出せた」


セシリアの目的は和平合意じゃなかった。奴を感情的に追い詰めて情報を吐かせることだった。それは見事に成功した。


ケイル・ヴェイが時間を稼いでいるのには、明確な理由がある。逃げようとも、何かを仕掛けようともしていないのは、何かを……あるいは誰かを待っているからだ。楓が脱出したことは、奴たちの計画に含まれていた変数ではなかったのかもしれない。だから今、計画の結末を遅らせることを強いられている。


だが、その待機の目的は何だ?何を待っている?


すぐにレオのことが頭に浮かんだ。


レオが加勢に来るのを待っているのか?


だが何より俺の頭から離れないのは、奴が使った言葉だ。


……『ホスト』。


そのいわゆるホストとは一体誰だ?レオなのか、それとも奴らの上に別の誰かがいて、この茶番の糸を引いているのか?


セシリアが奴を引き留めている間に静かな突撃班を裏手から送り込めたら理想的だったが、部下たちはまだ完全に準備が整っていなかったし、人質という変数がある以上、正面からの直接攻撃は依然として極めてリスクが高かった。


この戦術的な情報を引き出せたことで、今は十分だ。


「マーカス隊長!」


偵察部隊のハンターが走り寄り、俺の思考を断ち切った。


「屋敷の構造図を入手しました!」


士官が大きな羊皮紙を四輪駆動車のボンネットの上に広げた。すぐに龍牙と一緒に屈み込んで細部を確認した。


「屋敷が古かったため入手に苦労しましたが、ここに揃っております」


建築的な線を数秒眺めたところで、頭の中で何かがはまり込んだ。


「見ろ、ここだ」


指で一区画を指し示した。通常の住居設計とは一致しない地下の空間だ。


「この屋敷の地下に、魔術研究用の実験室として設計されたと思われる巨大な空間がある」


七つの一族に属する古い屋敷のほとんどには、この種の私設実験室が設けられている。そういった場所は厚い魔術石の壁で作られており、エネルギーの漏洩や変成事故を防ぐための複数の物理的魔術的な遮蔽層を備えている。


「あの空間が稼働中の実験室なら……」


拳を握りしめながら呟いた。


「ケイルの共犯者たちが今まさにそこに潜んでいる可能性は技術的に非常に高い。それが俺が屋敷内部で七つ以上の魔力の波紋を検知できなかった理由だ。地下実験室の遮蔽壁が俺の知覚を完全に遮断している」


ほぼ確信した。内部には俺たちが視認できる以上の人間がいる。


建物全体の見取り図を再び精査した。


「突撃のための実行可能な侵入点は二つある。正面玄関と裏側の業務用扉だ。扉から入るなら、物理的な選択肢はこの二つしかない。窓からの侵入も可能性としてはあるが、魔法使いを相手にしている以上、ほぼ確実に魔法的な罠と近接警報が張り巡らされているはずだ。それが突入チームの侵入を困難にする。罠を無効化する分散術は存在するが、適用に時間がかかりすぎる」


極めて難しい戦略的判断だった。各侵入口の有利不利を天秤にかけていた、その時――遠方から複数のエンジン音が夜の静寂を切り裂いた。


数台の民間輸送車両が管制ポストの前で停車し、扉が開いてそれぞれ魔術師たちが降り立ってきた。先頭に立つ女の輪郭を俺はすぐに見分けた。


ヒマリだ。


そのすぐ後ろに、まるで全員から視線を吸収されないように大地に飲み込まれたいかのように身を縮めながら、ひよりがついてくるのが見えた。


「マーカスさん」


ヒマリは決然とした笑みを浮かべながらボンネットへと近づいた。


「必要なことであれば何でもお手伝いします」


「ヒマリ……」


こめかみを押さえながら息を吐いた。


「来てくれたのはありがたいが、今は作戦の戦術的な準備段階で、一番デリケートな局面だ。お前の戦闘スタイルは大規模な破壊的攻撃に特化しすぎている。屋内での人質救出作戦に組み込むのが難しい。うっかり屋根を崩落させかねないぞ」


ヒマリは手を軽く振り、さらっと一蹴した。


「前衛で戦いに来たわけじゃありませんよ、マーカスさん。ハンターとして現役だった頃と同じように、戦術的な支援と援護をするだけです。それに……過去のトラウマを乗り越えられるよう、ひよりを実地経験に連れてきました」


ヒマリの後ろで、ひよりが杖をぎゅっと胸に抱きしめながら、見るからに震えていた。


……どういう思考回路を経れば、こんなに臆病な女の子を真っ只中の突撃作戦に連れてくることが良い治療法だという結論になるのか、まったく理解できない。だが今は奴の教育方針を問い詰めている暇はない。


ひよりと視線を合わせるため、少し膝を落とし、いつもの声のトーンを意識的に和らげた。


「よぉ、ひより。ここで何か手伝えることはあるか?」


ひよりはうつむきながら唾を飲み込み、ほとんど聞こえないような、かすかに震える声で答えた。


「あ、あの……二つほど、お力になれることがあるかと思います、マーカスさん。一つ目は……"封鎖結界"を、高度分散レベルで使えます、私……」


それを聞いた瞬間、予想外の驚きが走った。


「封鎖結界」は複雑な障壁の魔術で、特定のエリアを完全に隔離し、一度発動すれば物理的な実体も魔力の流れも、その境界線を越えて出入りできなくする術だ。


「それは物凄い助かりぞ、ひより」


頷きながら言った。


「屋敷の周囲にその結界を張ってくれれば、ケイル・ヴェイが魔法的な手段で逃走しようとするのを防げるし、周辺に潜んでいるかもしれない増援が入り込むことも阻止できる」


……ただ正直、こんなに若い女の子がどうやって本来ならごく特定のグループにしか教えない高度術式を習得し、しかも使いこなせるのか、疑問が頭をもたげた。


それはヒマリに後で説明してもらおう。


心の中でメモした。


「二つ目は何ができる?」


ひよりはわずかに顔を上げた。まだ緊張しているが、続けた。


「二つ目は……戦闘にはあまり関係ないかもしれないですが……私、魔獣の気配を感じ取る特別な感覚を持っています。もし周辺に隠れている魔獣がいたり、敵が突撃中に召喚してきたりした場合、攻撃してくる前に、その正確な位置を把握できます……かな」


それは決して些細な情報じゃない。戦術的に極めて価値ある優位性だった。


「お前の努力と能力は、十分すぎるほど歓迎だ、ひより」


はっきりした口調で告げた。


「すぐに封鎖結界の準備を始めてくれ。突撃開始前に屋敷を封鎖する必要がある」


ひよりは小さくお辞儀をして、ゆっくりとした歩みで術式を準備するための空けた場所へと向かい始めた。その途中で龍牙のそばを通りかかった。彼の姿を見た瞬間、驚いたように、あるいは何かに怯えたように立ち止まった。


龍牙も、全員の視線を浴びて居心地が悪そうに、ぎこちない手の動きで小さく手を振った。


ひよりはそれに対して、ひどく緊張した様子で深々とお辞儀を返し、急いで歩き去った。


これだけ張り詰めた空気の中で、若い二人のそのぎこちない交換を見て、一瞬だけ神経がほぐれた気がした。


「マーカスッ!!」


騒がしい叫び声が空気を震わせた。


道路の端の方向へ振り返ると、一人の男が俺たちめがけて走ってくるのが見えた。明らかに疲弊していて、汗だくで、まるでアカデミーからフルマラソンで来たかのように大きく息を切らしていた。


ヴィクターだ。


「ヴィクター……」


額に手を当てながら、苛立ちが滲んだ。


「お前、ここで何してんだ? 危険区域だぞ」


ヴィクターはボンネットの前で止まり、手を膝について息を整えようとした。


「見れば……分かるだろ、マーカス」


息の合間に言った。


「突撃作戦の支援に来た。それに手ぶらで来たわけじゃないぞ。戦術的な戦闘用に新しい魔力直接増幅の試作触媒を持ってきた。実地試験にはちょうどいいタイミングだろ。直接魔力チャンネルを稼働させれば、ほぼ自動的に攻撃を実行できる拡張射程の代物だ」


「実地作戦で評議会が規制していない実験技術の使用は許可できん、ヴィクター」


即座に返した。


ヴィクターは俺の答えを事前に予測していたかのように、満足そうな笑みを浮かべながら姿勢を正した。


「そう言うと思ってたよ、法律に忠実な俺の古い友人よ。じゃあ俺のおもちゃを使わないなら……主力突撃チームに直接加えろ。俺もあの屋敷に入る」


呆れで言葉が出なかった。


「冗談で言ってんのか? お前が直接突撃チームに? ヴィクター、お前は実験室の科学者で、最前線の戦闘員じゃない。入った瞬間に殺されるぞ」


「過去を思い出せよ、マーカス」


ヴィクターは腕を組み、自信満々に返した。


「陰陽師との戦争の突撃作戦で、俺が人狼の部隊を指揮したことを覚えてるか? 密着戦での戦い方も、敵の顔を叩き潰す方法も、俺はちゃんと分かってる。俺の生存を心配する必要はない」


「それは昔お前が人狼に変身できていたからだ、ヴィクター」


厳しいトーンで指摘した。


「俺が知る限り、首輪はナイトシェイドの一族に返還されたはずだが……」


「正確には、俺はまだ持ってるな」


ヴィクターはいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。


当たり前のように自分のシャツの襟元に手を入れ、胸元から輝く銀色のネックレスを引き出した。人狼の変身触媒だ。


……眉間に皺が寄るのを感じた。


「なぜまだそれを持ってんだ、ヴィクター?!」


強く問い詰めた。


「とっくにナイトシェイドの評議会の遺物保管部門に返してるはずだろう」


「まあ、全盛期の最高の思い出の品として取ってあるわけだよ」


気にする様子もなく答えた。


「評議会から正式に請求があれば返すよ。でもそれまでは……まだ戦える機会があるうちに、あの子どもたちをここから連れ出すために使わせてもらう」


……長々と遺物の規定について言い争う時間も精神的な余力もない。赤色警戒の最中に、魔術師社会で最も風変わりな科学者と規則の話をしている場合じゃない。


「好きにしろ。ただし俺の後ろにいろ」


忠告した。


ヴィクターは答えなかった。代わりにボンネットへと近寄り、構造図に目を固定すると、許可も求めずに白衣のポケットから黒いインクのマーカーを取り出し、オリジナルの紙の上に直接線と印を書き込み始めた。


「おい! 戦術図面に落書きするな!!」


手を伸ばして止めようとした。


だが、やっていることを見た瞬間、動きが止まった。


驚異的な速度で、ヴィクターは代替侵入ルート、エネルギー分散ポイント、カバーエリアを図面上に描き込んでいた。ほんの数秒で、どんなハンターのマニュアルでも予測できないような方法で侵入タイミングを最適化した、信じがたいほど完璧で詳細な統合突撃計画を組み立て上げていた。


……完全に開いた口が塞がらなかった。


「どうやって数秒でここまで完璧な突撃戦略を組んだんだ?」


思わず声が漏れた。


「単純な応用数学だよ、マーカス」


ヴィクターはマーカーをしまいながら、至って普通に答えた。


「戦術的な突撃は、時間、質量、エネルギー分散の方程式に過ぎない。正しい公式を適用すれば、建物への侵入成功率は九十八パーセントだ。俺はずっとそうやって世界を見てきた。公式と安定した変数を通してな。そして今、ようやく過去の鎖から解放されたと感じている……十歳は若返った気分だよ。やれる気がする」


その決意は伝染した。これ以上時間を無駄にする理由はない。


「全員聞け!!」


ハンターの各隊長と現場の魔術師たちを呼びつけた。


「今すぐ突撃作戦を開始する。屋敷に突入する主力突撃チームは俺とヴィクターだ!」


「マーカス隊長」


士官の一人が割り込んだ。


「正面玄関で魔法使いの注意を引きつける陽動チームが必要です。そちらが前庭での牽制を担っている間に、殿方が裏から侵入するかたちにすべきかと」


「その通りだ」


頷いた。


「俺たちが侵入している間、外の部隊は正面入り口にて統合攻撃術と封鎖障壁を展開し、ケイル・ヴェイが庭に出て戦闘を仕掛けてきた場合に備えろ。今すぐポジションにつけ!!」


「了解!!」


各士官が叫び返し、陣形を組むために全速力で散開した。


その瞬間、龍牙が確固とした足取りで近づいてきた。俺の目の前で立ち止まり、以前見たことのない決意を帯びた視線を俺に向けた。


「マーカス……一緒に、主力突撃チームに加えてくれ」


「ダメだ、龍牙。お前には危険すぎる」


即座に返した。


「経験のある戦闘員じゃないし、このレベルの突撃でお前の命は賭けられない」


「もし俺に言ったことが本当で、レオがここに関わっているなら……グレインも何らかのかたちで絡んでいるはずだ」


龍牙は拳を握りしめながら返した。


「その可能性がある以上、自分で入って真実を確かめたい理由が俺にはある。ここで外を待ち続けるつもりはない」


経験のない生徒を俺の監督下で危険に晒すわけにはいかない。だが、明確な拒絶の言葉を組み立てる前に、ヴィクターが俺たちの間に割り込んできた。


素早い動作で龍牙の方を向き、自分の実験室から持ってきたあの奇妙な技術的な触媒を、なんと彼に手渡した。


「これを持ってろ、坊主」


ヴィクターは自信に満ちた笑みを浮かべながら言った。


「この魔力直接増幅の試作品があれば、もし中でまずいことになっても十分に自分を守れる」


「ヴィクター!!」


すぐに抗議した。


「なんで実験的な試作品を生徒に渡してんだ?!」


「その目に宿っている意志を見て、共感せずにいられなかったからな、マーカス」


俺を横目でちらりと見ながら、ヴィクターは落ち着いて答えた。


「そういう眼をしてるやつには、道具を与えて戦う機会を与えてやりたくなる。俺の目に狂いはない」


龍牙を見た。暗色の金属触媒をしっかりと手で握りしめ、ヴィクターへ感謝を込めて頷いていた。


……長い息を吐いた。


「分かった、龍牙。お前も来い」


厳しい口調で念を押した。


「ただし絶対に守れる条件が一つある。極めて慎重に動くこと、そして俺の指示に完全に従うこと。撤退を命じたら、言い訳せずすぐに動け。分かったか?」


「分かった、マーカス。準備はできてる」


龍牙は力強く答えた。


俺は杖を向けて、龍牙の制服に中級の防護術をいくつか重ねた。物理的・魔法的な衝撃に対する追加の保護層として。


遠くで、ひよりが杖を夜空へと向けた。眩い青白い巨大な術式の円が丘の上に出現し、屋敷とその周辺の森林を覆う半透明のドームが広がっていった。


封鎖結界が展開された。


すべての準備が整った。


「戦術的な光学屈折術で移動する」


ヴィクターと龍牙に告げた。


「屋敷の裏側業務用扉を目指す。正面のチームが玄関で陽動を始めたら、その爆発を合図に突入する」


三人で、視線を屈折させて輪郭を夜の暗闇に溶け込ませる微細な魔法の膜を纏った。素早く静かに丘の斜面の木立を抜け、屋敷の石造りの外壁を回り込んで、裏手の業務用扉の前に出た。


数メートル先の侵入口の手前に停まり、保管用の金属製コンテナの陰に身を屈めた。正面チームの陽動爆発を待ちながら、扉の魔法的な施錠や警報を素早く無効化する術式を準備しようとしたその時――


深い紫色の巨大な術式の円が、屋敷の屋根の上に出現し、建物全体を覆い尽くした。


低周波の唸りが丘の空気を震わせ、地面が俺たちのブーツの下で振動した。


屋敷全体が間欠的な紫の輝きを放ち始め、その光が周囲の光と空間を歪めるように見えた。


ヴィクターと俺は、激しい魔力の揺らぎから目を守るため、思わず一歩引いた。


「一体何が起きた?!」


歯を食いしばりながら叫んだ。


「ケイル・ヴェイが封鎖結界への攻撃を仕掛けたのか?」


だがヴィクターは、ゆっくりと空中に消えていく紫色の術式の円を目を細めながら凝視していた。科学的な驚嘆と、恐慌に近い感情が入り混じった目で。


「いや……これは凄い」


ヴィクターの声が僅かに震えた。


「あの術式の円の理論的な性質は俺も知っている……上位の空間物理質量変容の禁呪だな」


「分かるように話せ、ヴィクター」


建物から目を離さずに要求した。


「要するに、マーカス……あの術式が屋敷の内部の物理的・構造的な現実を完全に再編成した」


ヴィクターは素早く説明した。


「外からは普通の建物に見えるよう偽装されているが、内部は完全に別物に変換されている。部屋、廊下、距離……すべてが変わった」


血が凍るような感覚が体を走った。


ヴィクターが緻密な数学的精度で設計した突撃計画が、たった一瞬で水泡に帰した。


今ここに入るということは、完全に未知の敵地に踏み込むことを意味した。


その混乱の最中、裏口扉に近づいて木製の枠を確認していた龍牙が、無言で手を振って俺たちを呼んだ。


素早く近寄った。


業務用扉を見た瞬間、言葉を失った。


裏口は、僅かに開いていた。


魔法的な施錠は作動していない。近接警報も、罠も何もない。実際には数センチだけ開いていて、その隙間の奥に純粋な暗闇が広がっているのが見えた。


……なぜ裏口がまったく無防備なんだ?


俺たちより先に屋敷へ入った者がいるのか?ハンターの外周包囲をかいくぐって侵入した予期せぬ味方か?それとも、これはケイル・ヴェイが迷宮の内部に引き込むために仕掛けた、あからさまな罠なのか?


「裏口をこの状態で放置するのは、魔法使いレベルの術者が犯すミスとしてはあまりにも都合が良すぎる」


ヴィクターが木製の枠を疑わしげに調べながら忠告した。


だが龍牙はゆっくりと手を伸ばし、木の扉をもう少し押し開けた。扉は僅かな軋みを立てて開き、その先には確かに物理的にも魔法的にも何の抵抗も感じられなかった。


龍牙が触れても一切の対抗措置が発動しなかった。


裏口は完全に無防備で、罠もなかった。


それで十分だった。


「……どちらにせよ、今は他に選択肢はない」


素早く決断した。


杖を夜空へと向け、森の中の陽動チームに向かって緑色の短い発光信号を送った。正面入り口での封鎖作戦を開始する合図だ。


素早い動作で、龍牙、ヴィクター、そして俺は業務用扉を越えて屋敷の内部へと踏み込んだ。


扉が背後で閉まった瞬間、低い唸りと共に、現実が微かに歪んだ感覚があった。


ヴィクターの予測した通りだった。


屋敷の内部は、構造図に描かれていた住居設計とはまったく一致していなかった。


俺たちの目の前には、業務用厨房も通常の業務廊下も存在しなかった。


代わりに、入り組んだ混乱した迷宮が広がっていた。空の部屋が続き、あり得ない角度に分岐する無限に続く廊下、そして開けた先が空虚だったり同じような部屋に繋がっている扉が際限なく続いていた。


全体が、侵入を試みる者を飲み込むために特化した、歪んで生きた幾何学的構造のようだった。


俺たちは深淵の奥底へと踏み込んだ。


あとは、この迷宮が俺たちを完全に飲み込む前に、人質への道を見つけ出すだけだ。

そこに、


春花がいる。


そう信じて、


エレノアは屋敷へ入る。


しかし、


待っていたのは、


静かな笑顔と、


仕組まれた罠だった。


次回――


「邂逅」


そして、


二人の魔術師が激突する。

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