孤独を越えて結ぶ声
人は、
自分だけが苦しんでいると、
思ってしまう。
けれど、
同じ傷を抱えた誰かと出会った時、
初めて気づく。
自分は、
一人ではなかったのだと。
机に両肘をついて、二つの石の破片を目の前数センチのところで持ち上げていた。これが今、自分の部屋にあるという事実が、まだどこかで信じられなかった。この忌々しい石。こいつのせいで、何もかもがひっくり返った。こいつが最初に現れた瞬間から、あらゆる問題が雪崩のように崩れてきた。だが、持っていても意味がない。まだ完全に謎のままなのだから。
マーカスだけが知っている――二つの主要な欠片が今、僕の手の中にあることを。でも……足りない。ヴィクターが最後の瞬間に持ち去ったあの断片が、まだどこかに存在している。
だからこそ反応しないのかな……?二つの粗い縁をそっと合わせ、何か光るものを、振動でも、なんでもいいから感じようとした。何もなかった。また、行き止まり。
「……くそ」
小声で呟きながら、石を机の上に落とした。鈍い音が静かな部屋に響いた。
誰かに助けを求めなければ。一人では解決できない。だが、頭の中で選択肢がぐるぐると回り続ける。
エレノアのことを考えたが――彼女をこれ以上この泥の中に引きずり込むことを想像しただけで、胃の中に重いものが落ちる気がした。
論理的に考えれば、カイト先生が最も適切な選択だ。
それに、禁書室で起きたことについて、まだ頭の中で何度も繰り返していた。コデックスの試練を超えた後、石について直接情報を求めた。彼女は、この石に関する記録はないと言った――でも、「同じ機能を持つ何か」についてのデータは存在すると。自分には無関係な情報だと言って、何も見せてはくれなかった。代わりに、コデックスはいつも通りの謎めいた言葉を吐いた。
『わたしは、あなたにふさわしいものを授けてあげるね』
そして、あの本を渡してきた。一番恐ろしかったのは、本そのものではない。一秒で、その内容すべてが頭に叩き込まれていたことだ。まるで強制的に記憶させられたかのように。長い長い呪文、古代マジクスの言語で書かれた複雑なルーンのパターン。あの狂気のおかげで、今は魔法使いの中でしか見られないようなことができる――指一本だけで術式を組めるのだ。
右手を持ち上げて、空中に素早く一線を引いた。指先の軌跡を追うように、淡い青白い光の尾が現れ、ルーンの形を模倣してから静かに消えた。驚くべきことだ、確かに。でも、あの場所が許可も求めずに何かを直接心に融合できるという事実が、背筋を冷やす。
「集中しろ、アキラ。石のことだ」
自分に言い聞かせながら、頭を振った。二つの欠片をカバンの底に押し込んで、ファスナーをしっかりと閉める。今すぐカイト先生を探しに行かなければ。だが、ドアノブに手をかけた瞬間、柔らかいノック音が僕を一歩後ろへ引き戻した。ほんの少しだけドアを開ける。向こうに立っていたのは、先日招待状を届けてきたあの子――完璧に制服を着た女の子だ。作ったような丁寧な笑顔を浮かべながら、軽く一礼した。
「リディア様が、ただちに茶道部の教室へお越しになるよう申しております」
唾を飲み込んだ。胃の中に、鉛のように重いものが沈んでいく感覚があった。他に選択肢はない。
「今から行く」
ドアを背後で閉めて、廊下を歩き始めた。歩くにつれて、神経が少しずつ悪さをし始める。もう結果が欲しいのか……?発見したことをまだ整理する時間すら取れていないのに。それに、海のこと、ヴィクターのこと、禁書室のこと――すべてが、リディアが期待している中心的な争いとはまったく別の話のように見える。何を話せばいいんだろう。
茶道部の扉の前で立ち止まり、一秒、深く息を吸い込む。指の関節で静かにノックした。
「入りなさい」
中から声が届いた。いつもと変わらない、穏やかで冷たいリディアの声。扉を開けると、彼女が見えた。一人だった。テーブルの中央に座り、湯気の立つ茶碗を両手で包み込んでいる。教室は、静寂が支配していた。前回と同じ場所に腰を下ろし、程よい距離を保つ。何秒か――いや、何十秒かが過ぎた。どちらも何も言わなかった。沈黙が、少しずつ空気の中に溶け込んでいく。リディアは茶碗を受け皿の上にそっと置いた。澄んだ音が静寂を切り裂く。
「わたくしに話すことはございませんの?」
視線を上げずに、彼女は問うた。椅子の中で体が少し固まる。視線を窓の外にそらし、首の後ろを軽くかいた。
「……たぶん、いくつか、見つけたものがある、かな」
リディアは姿勢を正し、琥珀色の目を真っ直ぐに向けてきた。その目は、表面では温かみを持つ溶けた琥珀のように輝いているが、その奥には鋭い刃が隠れている。全ての動きを裁くような、そんな眼差しだ。
「何を発見されましたの?」
その口調には、迷いを挟む余地がなかった。今だ――全部話すか、黙ったままでいるか、決めなければいけない。彼女のような人物に全てを打ち明けることがどんな影響を与えるか分からない。でも……もう疲れた。自分を超えた秘密を抱えていることに、行き詰まりを感じていることに。深く息を吸い込んで、膝に手を置く。
「まず……いくつか話したいことがある。一気に。フィルターなしで」
リディアは僅かに片眉を上げた。態度が変わったことに、かすかな驚きを見せていた。止まらなかった。
「話す前に……確認したいことがある」
テーブルに前腕をのせながら言った。リディアは片眉を持ち上げ、条件をつけようとしていることに明らかに驚いていた。
「全てを完璧にこなすことが、本当に必要なことなのか?」
「そうですわ」
彼女はほぼ反射的に、瞬きもせずに答えた。
「本当に、絶対に間違えてはいけないのか?」
リディアは眉をひそめ、茶碗を受け皿にかすかな音を立てて置いた。少量の茶がはねた。声のトーンに、明らかな苛立ちが滲み出る。
「わたくしは間違えるわけにはまいりませんの、アキラさん。ナイトシェイド一族の次期長として、レオ・アシュフォードを打倒するための策略家として、今この瞬間にも担うべき責任が山積しておりますわ。失敗などというものに費やす贅沢は、わたくしには存在しないのですわ」
少し頭を下げた。……確かにそうだ。彼女が背負っているものを、僕は何も理解できていなかった。一族の政治、期待、隠された戦争——そのすべてを。でも、そこで彼女を見ていると、彫像のように固まった姿に、何か恐ろしいものがフラッシュのように心に走った。そのすべてを、一人で抱えるべきではない。
――そしてその瞬間、まるで打たれたような感覚があった。
鏡を見ているようだった。彼女は義務感のためなのか、幼い頃から叩き込まれた厳しい教育のためなのか、全てを一人で背負っている。
でも……僕は?
アリズを助けたいという気持ちからこのごたごたに踏み込んで以来、ずっと同じことをしてきた。リディアは世界を一人で抱え込んで、恐怖を心の中に隠して、誰かが傷つかないように全てを独りで解決しようとして。
僕は目的はある。でも、知れば知るほど、不可能に見えてくる。胸の奥から、怒りと共感が混ざり合った何かがせり上がってきた。彼女の「ゲーム」に乗るつもりはない。彼女が動かすコマの一つになるつもりも。
両手のひらを机につけ、前へ身を乗り出した。鈍い音が、静かな教室全体に響いた。
「――駄目だ!」
はっきりと言った。
「情報は話さない。拒む理由は、力になりたくないからじゃない。君のチェス盤の上の駒じゃないから、リディアさん」
リディアは完全に黙り込んだ。目が一ミリほど大きく開き、突然の反抗の意志を、その視線で分析していた。止まらなかった。
「話す前に……確認したいことがある」
テーブルに前腕をのせた。リディアは片眉を上げ、明らかに驚いていた。条件をつけてくるとは思っていなかったはずだ。
「僕が知っていて、君が想像もしていないことがある」
言葉が震えないよう、歯を噛み締めながら続けた。
「なぜ君が僕に全部やらせようとするのか、きちんと説明してくれるまでは。なぜ、そこまで自分を壊してまで頑張り続けるんだ?」
リディアは何秒かの間、視線を保ったまま沈黙した。やがて、肩がわずかに落ちて、長い溜息が漏れた。積み重なってきた疲れが詰まったような、年単位で溜め込んできた疲弊が滲む息だった。
「……明らかではないですか?」
そう言ったとき、初めて彼女の声は刃の鋭さを失っていた。ただ、疲れていた。
「皆のためになることだから。効率的でなければなりませんの。だから、このように物事を進めておりますのよ」
じっと見つめた。その目には、一点の疑いもなかった。自分の最も深いところから、それだけが唯一の真実だと信じていた。でも、僕には足りなかった。
「それが本当に正しいやり方だと思う?」
声を落としながらも、視線を外さなかった。
「このやり方で……? 君は僕だけじゃなく、自分自身をも孤立させているんじゃないか、リディアさん」
リディアは視線を茶碗の暗い液面へと落とした。光の反射をしばらく見つめてから、再び向き直り、あの冷えた眼差しで僕を見た。
「わたくしの決断に疑いは持ちませんわ。それが正しい選択ですの、アキラさん」
拳を握り込んだ。彼女の答えの一つ一つが、疑っていたことを裏付けていく。でも、全て打ち明ける前に、もう一つだけ聞きたいことがあった。ずっと胸の中で燃え続けている問いが。
「別のやり方があるとは……一度も考えたことがないのか?」
彼女の指が茶碗の磁器を握る力が増すのが見えた。白くなるほどに。ゆっくりと茶碗を口元に運び、一口飲んで心を立て直し、鋭い視線で突き刺すように見た。
「ございませんわ」
すっぱりと言い切った。
「別のやり方など、存在しませんでしたの」
怒りが体を走った。でも、それは彼女への怒りじゃない。自分自身の鏡を見ているような、恐ろしい共鳴への怒りだった。彼女は重荷を背負いすぎている。そして僕は……このアカデミーに来る前からずっと、誰にも見えない鎖を引きずりながら、同じことを続けていた。
「じゃあ、リディアは?」
不意に口から出た。リディアは瞬いた。
「……何ですの?」
「君はどうなんだ、リディアさん」
もう少し身を乗り出しながら続けた。
「この全てのことで、なぜ自分自身のことを考えないんだ?」
「それは関係のないことですわ」
即座に答えた。声が元の冷たさを取り戻す。
「わたくしの義務は魔術師の社会を守り、ナイトシェイド一族の価値を高めること……」
「一族のことも魔術師のことも聞いていない!」
声が出た。気づけば少し大きくなっていた。
「君自身のことを聞いているんだ!」
リディアは眉をひそめ、本物の苛立ちの火花が顔を走った。けれど、かなりの力で感情を抑えようとしているのが見えた。顎に力が入っている。
「……あなたに裁く権利がございますの?」
低く、危ういほど冷静な声まで落ちていた。
「今まで行ってきた全てを、あなたが裁きに来るとでも?」
予想外の反応だった。でも、引かなかった。それよりも――距離を置いて冷たく見ようとしても、どうしても悪い人には見えなかった。不可能だった。
「悪い人だとは思っていない」
完全に落ち着いた声で言った。
「本当に」
「嘘をおっしゃっているわ」
彼女はほぼ即座に、視線を逸らしながら言い放った。
ゆっくりと首を振った。
「嘘じゃない。そう考えだよ」
リディアは明らかに苛立っていた。眉の微かな動きからわかる。だが、教室の空気はそれ以上に張り詰めていた。言わなければと感じた。その壁を、崩さなければと。
「間違えられない自分を演じ続けて、ずいぶん長い時間が経ったね、リディアさん」
教室が完全な沈黙に落ちた。聞こえるのは、突然少し荒くなった彼女の呼吸だけだった。茶碗を手に取り、また飲もうとした――自分自身の感情を、その液体の中に押し込もうとするかのように。
それを眺めながら、沈黙の中に包まれた。灰金色の長い髪が肩に流れ落ちている。琥珀の目は溶けた光のように輝いていた。一見温かそうでも、その奥には隠された刃が潜んでいる――誰も想像しないほど多くの思考を抱えた眼差しだ。それは、味方であれば安息の地に、敵であれば死の宣告になる目だった。
でも、今この瞬間は――もう自分の鏡を見ているとは感じなかった。それよりもっと強いものを感じた。同じ泥に捕まった、対等な誰かを。
「情報をお持ちでないなら……代わりに支払いをいたしますわ」
リディアは沈黙を破り、張り詰めた声で言った。
「望むものを教えてくださいな。何でもご用意しますわよ」
ゆっくりと首を振った。
「何もいらない。もう手伝ってるんじゃないか。何も買わなくていい」
「それならば、全てをお話しになりなさい!」
リディアの声が上がった。一瞬だけ、あの完璧な冷静さが崩れた。
「わたくしの策略は、あなたの発見した情報によって左右されますの!」
「言う」
視線を保ちながら答えた。
「でも、そういう話し方をやめてからだ。全てが戦略じゃない、リディアさん。人生は想像上のチェス盤じゃないんだ」
彼女は机を軽く叩いた。明らかに苦り切っている。
「理解できませんわ! なぜ、わたくしにそのようなことをおっしゃるの?」
「僕も分からない!」
正直に認めて、髪の中に手を突っ込んだ。
「ただ……腹が立つ。腹が立つのは、自分も君と似ていると思うから。それか、まだそうあり続けているからかもしれない。全部一人で抱えようとする――自分だけが苦しんでいいとでも言うように」
少し間を置いて、もう少し柔らかい目で見た。
「全部一人で抱えてほしくない。コマじゃなくて、仲間として見てほしい」
「でしたら、既にわたくしの同盟者でございますわ」
彼女はすぐに腕を組んで言い返した。
「その言葉は違う」
すぐさま訂正した。
「同盟者じゃない。仲間だ」
リディアは目をやや細めて、煩わしそうにした。
「使う言葉が何であろうと、同じことではございませんの?」
「違う!」
リディアが本気で怒った。勢いよく立ち上がり、両手をテーブルにつけ、こらえ切れない怒りで眼を釘付けにしてきた。腕の毛が逆立った。
「!!……あなたは、魔術師数百人の死をたった一つの過ちで背負う覚悟がございますの?!」
声が、かすかに震えた。
「一族の当主としての役目を全うする覚悟が?! 最大のプレッシャーの下、その瞬間瞬間に正しい命令を下す覚悟が?!」
椅子に座ったまま、彼女を見上げた。
「……ない」
完全に正直に言った。
「できない。でも、だからこそ言っているんだ、リディアさん。全部一人でやる必要はない。いつも他の全員のことを見ているけど……自分自身のことは、一度も見ていない」
リディアは口を開けたが、言葉が出てこなかった。歯を強く噛み締め、かすかな音が聞こえた。そしてゆっくりと、椅子に戻っていった。視線が机の木目に落ちる。でも、その目は木目を見ていなかった。遠い、暗い場所を見ていた。
なぜこんなに彼女に迫っているのか、自分でも完全には分からなかった。彼女の態度が苛立たしいとか、自分に似ているとか――そういう言い訳は立つけれど、もっと奥に何かがあるのを感じていた。彼女の中に、あの鎧の下に、壊れかけたものがある。そのどん底から、押し出してやりたかった。
「今日、信じてくれなくていい」
静かな声で言った。
「ただ……自分に嘘をつくのをやめてほしい」
リディアは黙ったまま、こちらを見ていた。秒が過ぎた。ようやく口を開いたとき、声はかろうじて拾えるほど小さかった。
「……あなたの言葉は意味をなしませんわ。偽りだと思っているからではなく……おっしゃっていることが、わたくしがこれまで学んできた全てと、何一つ合致しないから」
黙って、彼女を見ていた。目は遠くを向いていた。彼女の世界では、全ての答えに数学的な根拠が必要だ。全ての感情に正当性が求められる。全ての過ちが矯正されなければならない。それが、一族という地獄を生き延びた方法だった。今日の立場にたどり着いた方法だった。では、なぜ――敵の誰の告発よりも、僕の質問の方がずっと難しいのか。
そうして彼女を見ていると、驚いた。リディアが今は、ずっと小さく見えた。脆く。完全に無防備だった。本当に、言ったことを考えている。ゆっくりと立ち上がり、椅子を後ろに引いた。
「今すぐ答えを見つけなくていい」
声を柔らかくしながら言った。
「ただ、一つだけやることがある」
リディアは顔を上げ、目を大きく開けた。宣告か、魔術の解決策でも待つかのように。小さく、本物の笑みを向けた。
その笑みを見た瞬間、彼女はかすかに身を引いた――まるで、あの嵐の中でそんな人間らしい表情を目にして、驚いたかのように。
「答えが……見つかりませんわ……」
ぽつりと呟き、顔を逸らした。
いつ最後に、自分自身のことを考えたのだろう。無敵の策略家としてではなく。完璧なナイトシェイド一族の後継者としてではなく。周りが手本とする存在としてではなく。ただ……リディアとして。
沈黙が、明らかに彼女を追い詰め始めていた。人差し指の爪を噛み始めた――完璧な少女のイメージを完全に壊す、緊張した時の癖だ。どんどんと自分の思考の奥へ沈んでいく。もう少し眺めてから、最後の言葉を放った。
「全員に欠かせない存在であろうとするあまり……誰かにただそばにいてもらうことを、忘れてしまったんだね」
リディアは視線を落とし、前髪の向こうに目を隠した。
「誰かを必要とするなら……弱いということですわ」
ほとんど自分自身に言い聞かせるように、呟いた。
ゆっくりと首を振りながら、テーブルの端へ一歩近づいた。
「違う。二度と傷つかないために、そう信じ込むしかなかっただけだ」
教室が、切り取れそうなほど濃い沈黙に沈んだ。聞こえるのは、突然少し速くなった彼女の呼吸だけだった。彼女は完全に静止したまま、視線を部屋の暗い隅へと向けた。やがて、かろうじて拾えるほどの囁きで、言葉が落ちてきた。
「……どうすればいいのか……分かりませんわ」
はっきりと聞こえた。胸が、ぎゅっと締まった。初めて、本当のリディアを見ていた。ルールの外で他人と繋がる方法を、まったく知らない少女を。冷たい論理と義務の後ろに隠れることなしには。
……僕と全く同じだった。人に近づく方法が分からなくて、いつも罪悪感と失敗への恐れの後ろに身を隠してきた自分と。
「聞くよ」
静かに言って、今度は隣の椅子に腰を下ろした。
「取引をしよう。君が自分のことを話してくれたら――その代わり、調査で分かったこと全部を、何も隠さず話す。名誉にかけて」
リディアはちらりと横目で見てきた。言葉の中に罠がないか探るように、目が細くなる。
「……抜け目のない方ですわね、アキラさん」
声の毒はもう消えていた。
少し首の後ろをかいた。
「ただ、仲間のことを知りたいだけだ。そもそも、誰も呼んでいないのに巻き込んだのは君の方じゃないか」
リディアは長い、長い溜息をついた。完全に降参したような息だった。背もたれに体を預けて、こちらを見た。
「……何をお聞きになりたいの?」
「分からない……なんでもいいよ。君自身のこと、過去のこと。出てきたことなら何でも」
リディアは眉をひそめた。これほど実利のないお願いを、明らかに困惑していた。もう冷めかけた茶を一口飲み、しばらく空虚な空間を眺めた。
「……8歳の頃のことですわ」
語り始めた声は、古い本を読んでいるような遠い響きを帯びていた。
「ナイトシェイド一族の次期後継者に選ばれたという知らせを受けたのは。家族の全員が、わたくしが天才児になることを、血筋を救う者になることを期待しておりましたの。父は……当時、一族の長でしたわ。残酷な人では決してありませんでした。むしろ、極めて温かな人でした。鍛錬する姿を見るたびに、いつも微笑んでいてくれた」
一度、口を閉じた。唇が微かに引き結ばれる。
「ある日、攻撃がありましたの。大きな戦争ではありません。反乱した魔術師たちが少しばかり。父が直接作戦を指揮することになっていました。わたくし……とても強く頼みましたの。行かせてと。『お役に立てます』と言いました。父は最初は迷っておりました。きっと心配していたのでしょう。でも、最後には受け入れてくれましたの。いつか一族を率いる立場になるのだから、戦場の現実を見ておく必要があると、そう言って」
リディアは目を閉じた。肩がまた、静かに緊張していくのが見えた。
「作戦の最中……わたくしは過ちを犯しましたの。無能だったからではありません。呪文は頭に入っていた。恐怖だったのです。固まってしまった。ほんの二秒だけ。ただの二秒でしたわ。でも、その二秒で、敵が陣形を破り、真っ直ぐにわたくしへ向かって攻撃を放ったのです。父が見ていました。身を投じてくれました。わたくしをかばって、直撃を受けました」
目の端に、小さな涙の光が見えた気がした。でも、彼女はすぐに瞬いて消した。
「……その場で亡くなりましたの。目を閉じる前に、最後に言った言葉は——『お前のせいではない』でしたわ。でも、信じることは……一度も、できませんでした。わたくしにとっては……わたくしのせいでした。躊躇しなければ、もっと速く動いていれば、父は今も生きていたはずなのです。その日から、単純な数式を一つ作りましたの。過ちイコール死、ですわ」
呼吸を止めたまま、話を聞いていた。
「叔父が今の当主ですわ」
続きが、奇妙に空虚な声で流れた。
「でも、わたくしは今も正式な後継者です。あの日以来、一族はわたくしへの接し方を完全に変えました。長老たちが周りを囲み始め、こんなことを言い続けましたの。『指導者は迷うことができない』、『指導者は感傷的であってはならない』、『ナイトシェイドは再び長を失うわけにはいかない』と。誰もわたくしを傷つけようとしたわけではありませんでした。むしろ、本当に未来のために準備させていると信じていたのでしょう。でも、彼らがしたことは……わたくしが子どもの頃の自分を壊すことだけでしたわ」
リディアは空の茶碗を見た。
「はっきりとした結論に至りましたの。『二度と間違えてはならない』と。やがてその考えは進化していきました。『感情を見せてはならない』へ。そして、『誰にも依存してはならない』へ。そして最後に……『自分自身のことを考える権利はない』へ。わたくしの全て――今ここにあるものの全てが、あの一度の経験から生まれましたの。その日から理解しましたわ。指導者には、間違える権利などないのだと……たった一つの過ちが、愛する人の命を奪うのだから」
語り終えると、完全に黙り込んだ。何かを待っているのが分かった。安っぽい慰めか、「君のせいじゃなかった」という誰もが言うセリフか。みんなが千回言っても、誰も彼女を納得させられなかったやつを。でも、その言葉は胃の中に直接打ち込まれた。自分自身の現実への蹴りのように。自分の靴を見下ろしながら、彼女の話を消化する。初めて――本当に初めて、なぜリディアがあんな非人間的なやり方で行動するのか、分かった気がした。傲慢さじゃない。純粋な恐怖だ。
「……理解できると思う」
静かに言った。リディアは微かに目を持ち上げた。驚きの欠片が見えた。そんな言葉を期待していなかったのだ。
「僕も……全部自分のせいだと思っていたから」
続けた。膝の上で拳を握り締める。彼女は眉をひそめ、真剣に聞き始めた。
「小春が消えた」
その名前を口にすると、いつも通り、痛みが走った。
「両親は、自分たちも想像していなかったことで断罪された。家を失った、人生の全てが崩れた。ずっと長い間……もっと強かったら、何か違うことをしていたら、そんなことは起きなかったと思っていた」
リディアは完全に静止していた。自分が背負っているのと全く同じ罪悪感が、他の人の言葉の中から聞こえてくるのを、聞いていた。
「でも……」
少し止まり、喉の奥の痛みを飲み込んだ。
「一人で前に進む勇気が、ずっとなかった。いつも誰かに決めてもらうのを待っていた。また失敗するのが怖くて、進む方向を誰かに指さしてもらうのを待っていた」
真っ直ぐに見た。
「君は全く逆のことをした。全員の荷物を肩に担ぎ上げた……一方で、僕は全員に自分を担いでもらうことにした——自分が選ばなくて済むように」
また、静寂が落ちてきた。どちらが上とか下とかではなかった。二人とも、過去に壊された一対の残骸で、互いの欠陥を鏡の前で認識していた。
「同じではありませんわ」
リディアは自分の立場を守ろうと言ったが、もう以前の力はなかった。
「なぜ?」
穏やかに問い返した。
「わたくしの過ちは、父を殺したのですわ」
「僕の過ちは、両親の人生を完全に壊さなかったか?」
リディアは口を開けた――論理的な反論を探して。でも、出てこなかった。唇が微かに震えながら、閉じた。
「罪悪感を受け入れることが、毎日自分を罰し続けることだと、ずっと思っていた」
自分でも今ようやく理解し始めていることを、声に出した。
「でも……過去に犯した過ちのためだけに生き続けるなら……これからやること全部が、あの日を中心に回り続けるだけになる」
リディアは視線を逸らさなかった。完全に言葉に打たれていた。
「本当には生きていないことになる。自分の罰を延ばしているだけで」
彼女の目が、少しだけ大きく開いた――それが自分のことだったから。全ての存在、計画、冷たさの全てが、父が死んだあの日を中心に回っていたから。
「リディア……」
名前で呼んだ。彼女がわずかに緊張した。
「もし君のお父さんが今あのドアから入ってきたら……こんな君を見て、どう思うと思う?」
「失望するに決まっていますわ」
機械のような即答だった。毎晩自分に繰り返し聞かせてきた答えのように。
「それは、お父さんが最後に言ったことか?」
問い返した。頭を少し傾けながら。
沈黙が戻った。でも、今回は違った。リディアは完全に固まっていた。きっと頭の中で、最後の瞬間に父の声が響いているのだろう。
「……違いますわ」
彼女は囁いた。下を向いた。
「なら、その『失望』という答えはお父さんのものじゃない、リディア。それは君自身の罪悪感の声だ」
初めて――本当に初めて、リディアの鎧にひびが入るのを見た。彼女が信じてきたものを壊したわけではない。でも、ずっと混同させてきた二つの声を切り離すことができた。父の愛の声と、彼女を食い物にしてきた罪悪感の怪物の声を。
でも、正直なところ——僕だって、全部の答えを持っているわけではない。
「自分を責めることをやめる方法が、分からない」
正直に認めて、溜息をついてから背もたれに深く寄りかかった。
「まだ毎日探しながらやっている。また失敗することが本当に怖い」
一度、最後に見た。目に小さな希望の欠片を持ちながら。
「でも……過去を払うためだけに生き続ける限り、二人とも答えには辿り着けない気がする。少しでも、前を向くことを始めなければいけない」
リディアは返事をしなかった。空の茶碗をただ見ていた。でも、今度は肩が硬くなっていなかった。わずかに――ほんのわずかに、柔らかくなっていた。ずっと見えない重さが、少し軽くなったかのように。
彼女は乾いた笑い声を短く上げた。喜びの色はない。でも不思議と、それがあの恐ろしい緊張を和らげた。横目でこちらを見ながら、いつもの真剣な顔を取り戻そうとしていた。
「なぜわたくしにそのようなことをおっしゃるの、アキラさん?」
そう聞いたとき、声は刃の鋭さを失っていた。不思議なほど柔らかかった。
「何を得ようとしていらっしゃるの?」
「言っただろう」
首の後ろをかいて、視線を窓へ逃がした。
「ただ、仲間のことを知りたいだけだ」
リディアはゆっくりと首を振り、テーブルに片肘をついた。
「それは言い訳に聞こえますわ。他に意図がおありのように感じますわよ」
反論しようとした。言葉を探した。でも、喉で詰まった。
ちょうどその時――朝の陽光が高い窓から射し込んで、まっすぐ彼女を照らし出した。灰金色の髪が横に流れ落ち、顔を縁取っていた。琥珀の目が液体の光を宿して、透き通るほど輝いていた。あの冷たさがすっかり剥がれ落ちた、純粋な輝き。打ち明けた全てをまだ処理しながら、半開きの唇が微かに揺れていた。
――その瞬間。
胸の中心に、鋭い何かが刺さった。胃の底まで、氷のような逆流が落ちていった。急に視線を逸らした。顔が熱い。心臓が馬鹿みたいに速く打ち始めていた。
駄目だ、駄目だ、駄目だ、と心の中で繰り返した。
完全に頭が回っていない。リディアは綺麗だ、そうだ、客観的に見て本当に綺麗だ――それに今は光の当たり方のせいで絵画から抜け出してきたように見えるだけで、それだけのことだ。でも、自分の心が嘘をついているのは分かっていた。外見の問題じゃない。ようやく本当のリディアが見えたから――ナイトシェイドの肩書きの後ろに隠れていた本物の彼女が見えたから、こんなに揺れているのだ。彼女のことが、気になっている。
それが……怖かった。
今はそれどころじゃない、と歯を噛み締めた。もっと大事なことがある。それに……僕にはもう……いや、違う。彼女はもういない。小春はもういない。
「……本当に、他には何もない」
絞り出した声は、短く、震えていて、嘘っぽかった。リディアは片眉を上げ、小さく笑った。心底うまくいかなかった誤魔化しを、面白がる笑いだった。
「緊張するとまるで開いた本のように分かりやすくなりますわね、アキラさん」
腕を組みながら言った。
「でも、約束は約束ですわ。今度はあなたの番、アキラさん。言葉を果たしてくださいまし」
深く息を吸った。話題が変わったことに、内心で救われながら。腕をテーブルについて、一気に全部話し始めた。このアカデミーに踏み込んだ日から今まで――出くわした謎、影の中の奇妙な動き、そして最も最近の、最も危険なこと。ヴィクターのこと、海のこと、ついそこにある鞄の中に眠っているエネルギーの石の秘密を。
話し終えると、リディアは目を閉じた。完全に静止したまま、考え込んでいた。データを処理する生体コンピューターのように、一つ一つを組み込んでいた。
沈黙が戻ってきた。彼女は目を開けたが、こちらを見なかった。茶碗を見ていた。両手がゆっくりと降りて、磁器を包み込んでいくのが見えた――その瞬間、血の気が引いた。リディアの手が震えていた。はっきりと、目に見えるほどに。
リディアは反射的に茶碗を口に運ぼうとしたが、それも無意味だった。
「リディアさん……その茶碗、もう空だよ」
静かに言った。彼女はびくりとして、目を大きく開けた。底が空なのを見つめて、緊張した笑い声が零れた。完全に彼女らしくない笑いだった。
「……本当ですわね。気づいておりませんでしたわ……アハハ……」
呟きながら、磁器の急須を取って注ごうとした。でも右手の震えがひどくて、注ぎ口がカップの縁に当たって、テーブルの上に茶が広がった。自分の考えの渦の中に完全に沈んでいて、拭こうともしなかった。ただ、こぼれた液体を見ていた。
「大丈夫?」
本当に心配しながら聞いた。
「ええ、全く問題ありませんわ」
すぐに固い声が返ってきた。
「嘘だ」
少し前に乗り出した。
「リディアさん、君も十分に分かりやすいよ、何かあるのは」
リディアは黙って歯を食いしばった。最後に、震えるような溜息をついてこちらを見た。
「……何でもありませんの……ただ……あなたがこれほど短い時間の中でこれほどのことを経験していることに、驚いているだけですわ。それほどのことを経験しながら……まだここに座って、何でもないかのように話していることが……少し、怖くなりましたの」
「超人じゃないから、リディアさん」
苦い笑みで返した。
「本当に、僕も怖いよ」
「……申し訳ありませんでした」
その謝罪の誠実さに、少し驚いた。
「本当にそうですわ……そのように決めつけるべきではありませんでしたわ。あなたを尊重しておりますわ、アキラさん。今は、以前とは違う形で。魔術師のこの世界の中心で育っていないにもかかわらず、物事をここまで運んできた方法を」
でも、リディアは頭を完全に上げた。その目を見た瞬間、肌が泡立った。恐怖がそこにあった。本物の恐怖。冷たく、深い、パニックが。
「これを全部聞かされて……」
声が囁き声になった。
「繋がってきた意味があまりにも恐ろしいものですの。すでに持っていた情報と合わさって、今接続してしまったことが怖くてたまりませんわ」
「なぜ? 何が見えた? 暗闇に置いていかないでくれ」
「全部思い返してみてくださいまし、アキラさん」
震える手をテーブルについて、声が言った。
「全体像を見て。全てが最初から関連していましたの、あまりにも精密に、あまりにも緻密に――偶然とは言い切れないほど。失踪、攻撃、動き――全てがパターンに従っておりますわ」
「リディアさん、君みたいな天才じゃない」
苛立ちと、自分の視野の狭さへの悔しさが滲んだ。
「君の頭に見えている全体像が見えない。説明してくれ」
「怖いのは……あなたが持っているあのエネルギーの石が……魔法理論上、今まで可能だとは思っていなかったものを示しているから」
真っ直ぐに見ながら言った。
「それだけではありませんわ。ピースが動いてきた様子から考えると、あの石は、この混乱の全体を動かしている頭脳が最後に必要としているものかもしれませんの。魔術師の社会の糸を操っている何者かが――あなたの持っているものを、必要としていますの」
視線が、椅子の傍らの床に置かれた鞄に飛んだ。中に、石の二つの欠片がある。最後のピース。全員を人形のように操っていた謎の存在の最終目標が――自分の足元に数センチのところにあった。
「今、あまりにも多くの仮説が同時に頭の中で走っておりますの」
リディアの声に、恐怖がにじみ出すように増していた。
「最悪なのは、どれも完全な確信を持って結論が出せないことですわ。もし彼らが……もし彼があれを手に入れたなら……」
テーブルに乗せたリディアの手が、震えで受け皿を微かに揺らしていた。あれほど計算された存在が、あれほど怖がっている。それを見ていると、痛かった。論理よりも先に動いていた。手を伸ばして、震える彼女の指の上に重ねた。やさしく包み込んだ。
「大丈夫だよ、リディアさん」
できる限りの力を込めて、視線を合わせた。
「石が僕のところにある間は、敵は動けない。そう簡単にはいかない」
リディアは繋がった手を見下ろした。手を離さなかった。でも、苦くて少し悲しい笑みを浮かべた。
「楽観的すぎますわ、アキラさん。羨ましい性質ではありますけれど、危うい」
ゆっくりと手を引いて、接触を断ち切った。妙な寒気が走った。彼女は耳の後ろに髪をかきやり、冷静さを取り戻そうとした。
「明日、会合がございますの」
唐突にトーンが変わった。でも、緊張は消えていなかった。
「正式な舞踏会という名目で開かれる催しですわ。七つの一族の全ての後継者が招かれていますの」
顔が翳るのが見えた。
「なぜそんなに怖いんだ? その会合が」
「含まれるものの全てと、それがいかに不審かということですわ」
即座に返った。
「まず、今この危機の最中に『歓迎の宴』を催す政治的理由が、全くもって存在しませんの」
「じゃあ、何を祝うんだ?」
「マジクスの世界から直接この地球へやってきた、数人の魔法使いたちの到着を、ですわ」
その言葉が、教室の空気に鉛のように沈んだ。
「さらに、評議会の通知によれば、後継者たちに伝えるべき非常に重要なことがあるとのことですが――招待状にはその内容が一切記されていませんでしたの」
考え込んだ。なるほど、そう聞けば、どこからどう見ても罠の匂いがした。魔法使いがこのタイミングで地球へ? それだけで、誰も予測できない危険な変数が積み重なっていく。リディアが語るチェス盤が、彼女自身も読めない駒で埋まろうとしていた。
「他の一族の後継者たちと、直接話したことが一度もありませんの」
リディアが告白した。その声に、初めて社交的な不安の欠片が滲んでいた。
「……緊張しておりますわ。それぞれが自分の隠れた目的を持ち、自分の政治的計算を持っている。そこへ魔法使いたちの曖昧さと力が加わるとなると……全てが恐ろしい。測ることができないのです、アキラさん。変数を計れないことが、怖くてたまりませんの」
自分の計算に溺れていく彼女を見て、何かが動いた。
「大丈夫だよ、リディアさん」
真剣に言った。
「言葉が慰めになるか分からないし、僕の言うことが馬鹿みたいに聞こえるかもしれないけど……一つだけ約束する。もし君がその会合で問題に巻き込まれたら、そこにいる。一人にはしない」
リディアは目を丸くして、二度、三度と瞬いた。今聞いたことが処理できていないかのように。それから、清んだ、初めて聞く本物の笑い声が漏れた。
「それはどういうつもりですの、アキラさん?」
口調は揶揄っているが、その温かみは隠せていなかった。
「あの会合は七つの一族の後継者と高幹部だけに厳しく限定されていますわよ。警備を十メートルも近づかずに通れるはずがございませんわ」
前に乗り出して、どこから来たのか分からない確信で目を合わせた。
「じゃあ、力ずくで入る」
リディアは黙って、じっとこちらを見た。顔が熱くなるのを感じた。自分が何をしているのか、気づいた。衝動的だ。無理がある。いつもの自分じゃない。いつも、誰かに決めてもらうのを待っていた臆病な自分が——今は、魔術師の一族相手に騒ぎを起こしかねないことを、彼女のためだけに言っている。
……やばい。
教室を出て数分後、廊下を一人で歩きながら、心の中に言葉が残っていた。教室から離れながらも、光が彼女を照らしていた瞬間が頭を離れなかった。震える手を止めたいと思ったこと。その二人の距離を縮めたいという、ほとんど物理的な衝動。彼女自身の幽霊から守りたいという気持ちが。廊下の真ん中でふいに立ち止まった。自分の手を見た。頭の中で押しつけていた考えが、今度こそ拳のような力で戻ってきた。
……リディアのことが好きなのか?
素早く首を振った。自分の結論に、怖くなりながら。違う、違う。過去を知ったから、自分と重なる部分があったから、それだけだ。彼女が自分と同じ経験をしたように見えた、それだけのことだ。また数歩歩いた。でも、心は琥珀の目の記憶を引っ張り出してきた。
……それに、本当に綺麗だ。
また立ち止まった。苛立ちが走った。憧れと惹かれることを混同しているのか? 初めて弱いところを見て、感動しただけか? それとも本当に――
その先を考えたくなかった。完成させることが怖かった。でも、鞄の紐を握り締めながら、明日あの子が魔法使いたちのいる虎穴に踏み込むことを考えたとき、もう逃げられない真実に気づいた。
感情を、論理でも義務でも説明できなかった。ただ彼女のそばにいたかった。守りたかった。ナイトシェイドの姓の後ろに隠れている本物の人間を、もっと知りたかった。
明日は間違いなく混乱するだろう。でも一つだけ確かなことがあった。一人にはしない。
――その時、廊下の奥に誰かが歩いてきた。
一目で分かった。エレノアだった。
……なぜ彼女がここに?
でも、考えるより先に足が動いていた。
「エレノア!」
全力で声を出しながら、走り出した。話さなければいけない。こんな偶然が転がり込んでくるとは——運命が、意地の悪い笑みを浮かべながら、ちょうど必要な人を連れてきた気がした。
七つの一族。
七人の後継者。
そして、
一人の魔法使い。
静かに始まった集まりは、
いつしか罠へと変わる。
次回――
「継承者」
楓は、
初めて父の支配に背を向ける。




