石の半分と人生の半分
人は、
失ったものを、
すぐに受け入れられるわけではない。
後悔。
悲しみ。
許せなかった過去。
それでも、
向き合うことでしか、
終わらせられないものがある。
そして、
一つの別れが、
新たな道を開いていく。
そうだ、それだヴィクター!!お前の根性を全員に見せてやれ!
廊下を全力で駆けていくヴィクターの後ろ姿を、敷居に立ったまま見送った。あの目に火が灯っていた――あれほどの不幸に打ちのめされながらも消えかけていたと思っていた炎が、確かにそこにあった。立ち止まることを断固として拒み、惨めさの中で腐ることを拒んだあいつの姿が、胸の奥をドッと焼いた。人間はあれほどの痛みを背負ったままでも、前へ進めるんだ。かつての俺自身がそうだったし、くそっ、今の俺にだってできるはずだ!!
勢いよく振り返り、マントをはためかせながらアキラに目を向けた。
しかしアキラは俺を見ていなかった。その視線は研究室の隅へ、埃をかぶった設計図が並ぶ棚へ、床に刻まれた痕跡へと静かに這い回っていた。何かの――あるいは誰かの幽霊を探しているみたいに。
「マーカスさん……」
アキラが囁くような声で口を開き、張り詰めた空気に亀裂を入れた。
「この場所……まさかここが……ダミラさんが亡くなられた場所、ですか?」
その名前が、頭から氷水を浴びせるように落ちてきた。胸が縮こまり、さっきまで体中を満たしていた爆発的なエネルギーが一瞬で蒸発し、代わりに重くざらついた悲しみが流れ込んできた。飲み込もうとしたが、うまくいかなかった。
「……ああ、アキラ」
声が自然と低く落ちた。粗削りだが、折れた響きがそこにあった。
「ここであいつは最期の息を引き取った。そしてここが……俺が守る役目を果たしきれなかった場所だ」
アキラは遠慮がちに俺を見上げ、黙ったままでいた。言葉を急かさず、ただ扉を開けておくような沈黙。俺は片手で顔をこすり、あいつの輪郭を記憶の中から引き出した。
「ダミラは……すごい奴だったんだ」
苦さと清潔さが混じった声が出た。
「ダミラはアシュフォード一族の内部調査員でな、その年齢では本物の天才だった。仕事になると氷みたいに冷静で、計算高くて、容赦ない探偵だった。裏切り者と魔力横流しの追跡で組むようになって、気づいたら最高のコンビになっていた。それどころか……」
小さく乾いた笑いが漏れ、首の後ろを掻いた。
「時々とんでもない発想をするんだ、あいつは。ある追跡任務で、怪しまれないようにカップルに扮しようと言い出してな。蓮次郎の屋敷に乗り込む直前、首根っこを掴まれたと思ったらいきなりキスされた……俺の迷いを吹き飛ばして中に踏み込ませるための、見事な戦術的機動だったよ。その後デートに誘ってきたのは、あれだけ残酷なものを見た後で気を紛らわしたかったんだろう。それだけ正義に一途な奴だったんだ」
アキラはずっと目を丸くして聞いていた。しかし話が進むうちに、その表情から戸惑いが消え、絶対的な確信に置き換わっていった。まばたきをひとつして、信じられないものを見るような目で俺を見た。
「マーカスさん……彼女は『戦術的機動』なんてしていませんでした」
アキラが、反論の余地のない真実を告げる口調で言い放った。
「彼女は君のことが好きだったんです。恋愛的な意味で、君に興味があったんです」
「あ?!何言ってんだお前!!」
すぐさま声が出て、手を大きく振り払うように空中に振った。
「ありえないぞ!あいつはプロだ!馬鹿なこと言うな!!」
「馬鹿じゃないです」
アキラは一歩も引かなかった。
「今話してくれたこと全部……キス、デートの誘い、緊張……彼女は自分なりの方法で君に気持ちを伝えていたんです。好きだったんですよ、君のことが」
「そんなわけ、あいつは……!」
言葉が喉で詰まった。
戦闘データや犯罪者のプロファイルを処理することに慣れた俺の頭が、ダミラと過ごした一瞬一瞬を猛烈な速さで巻き戻し始めた。ちゃんと読めていなかった、あの長い視線……俺に触れるときの手の微かな震え……デートへの誘い……危機の真っ只中で感じた唇の温もり……。
くそっ。
足元の床が揺れた気がした。パズルのピースが一気に噛み合い、人生で最も痛烈な真実を突きつけてきた瞬間、胃の底に恐ろしい空洞が開いた。
本当にそうだったのか!!
あいつは俺のことを、個人として、必要としていた。好いてくれていた。それなのに俺は、任務だけを見るようにプログラムされた完全な盲目野郎で、何一つ見えていなかった!!
そして今……今はもうここにいない。俺の無神経さを謝れる機会も、その気持ちに応えられる機会も、この同じ床の上で永遠に消えた。
握りしめた拳に、爪が掌に食い込んだ。内側から押し寄せる痛みが平静さを壊しにかかったが、目を閉じて深く息を吸い、その濁流を無理やり押さえ込んだ。
今じゃない!!ここで崩れるわけにはいかないぞ!!
果たすべき役目があり、守るべき約束があり、狩るべき敵がいる。その痛みを胸の奥底に葬り込み、再び顔を石のように固めた。喉の奥の塊を飲み込みながらアキラに視線を戻し、固く直接的な声を取り戻した。
「……もういい、アキラ。起きたことは起きたことだ。やるべきことがあるから、このことは抑えるしかない。『もしもの話』で立ち止まる気はない」
肩を揺すり、胸を張り、いつものエネルギーを無理やり引っ張り出した。
「さあ!お前の番だ!」
声が研究室に反響した。
「ヴィクターはもう動いた。次は俺たちの順番だぞ!最後に会ってから何をしてたか全部話せ!一つも省くなよ!」
アキラは唾を飲んだが、真剣な表情で頷いた。話し始めると、俺の驚きは言葉を追うたびに膨らんでいった。こいつ、本物の地獄を潜り抜けてきたじゃないか!!ベテランの魔術師でさえ精神的に折れてもおかしくない状況を、どれだけ経験してきたんだ。それなのに目の前のこいつは、前へ突き進もうという叫びを目に宿したまま、俺の前に立っていた。
脱帽だぞ、アキラ・アッシュフォード!!
しかし次第に、論理的な疑念が頭を叩き始めた。リディア・ナイトシェイドが調査へ背中を押し、この禁断の研究室まで導いたというのか?あの娘の名前は「天才策士」として誰もが口にするが、その行動のどこかが俺の中でしっくりこない!!胡散臭いぞ!だがこの疑いを裏付ける証拠が一つもない以上、今はくそっと思いながら脇に置いておくしかない!もっと急ぎの話がある!
「ちょっと待て!」
話を遮り、声を上げた。
「陰陽師の連中が集っていた神社の廃墟を訪ねたと言ったよな……その瓦礫の周りで誰かがうろついているのを見かけたって本当か!!」
ぴったり当てはまる!!即座に頭の中で、捕まえた陰陽師たちへの尋問の機密報告書が再生された。複数の者が、最後の戦いに参加しなかった一員がいて、現在の行方は誰にも分からないと白状していた。確か名前は土御門源次だったはずだ。
「お前が見たのはそいつに違いない!」
「そうです」
とアキラが頷いた。
「神社にいたとき、その男が影の中から様子を伺っているのに気づいて、奥まで探索できませんでした」
くそ、野放しの切れ端か!だがあの陰陽師が一人で自分の仲間の後ろ盾もなければ、俺たちにできることはたかが知れている。
アキラの背負うリュックをじっと見た。ヴィクターとアキラさっき取り合いになりかけた、例の謎めいた石がそこに入っているはずだ。記録によれば陰陽師たちは戦争中にその神聖な石を持ち去っていたが、アキラも欠片を持っていた――ということは、あの石は二つに割れていたんだ!!高密度の神秘鉱石がどうやって割れるのかは、ヴィクターみたいな頭の切れる奴に任せておけばいい!問題は、石が二つに分かれているなら、あの源次とかいう男が残りの半分を持っている可能性が非常に高いということだ!
「よく聞けよ、アキラ!」
指を突きつけた。
「今すぐ!どんな奴だったか説明してみろ!」
「えっと……人相を説明するのは得意じゃなくて……」
頭を掻きながらアキラがもごもごと言った。
「陰陽師らしい服を着ていて……男の人でした。老人じゃないけど、若くもなかった気がします……」
「それじゃ何にもならんぞ!もっとはっきり思い出せ!」
「陰陽師の帽子を被っていました」
アキラが急いで付け加えた。
「あと、茶色い髪が見えました。体格はかなり横幅がありそうで……服のボリュームのせいかもしれませんが」
もう散々だ!こんな曖昧な証言じゃ何も掴めない!だが今は、源次が石の残りを持っているという可能性を数学的な確率として前提に置いておく。問題は、俺みたいな魔術師が廃墟に近づけば、あいつはすぐに逃げるか攻撃してくるかだ。
だが、そこで名案が降ってきた!!
「お前が話しに行くんだぞ、アキラ!!」
勢いよく言い放った。
「えっ?!正気ですか?!」
アキラが後ずさりしながら叫んだ。
「あの人が僕は魔術師だと知ったら、目につき次第殺しにきます!」
「そんなことはない!作戦を聞けぞ!」
背中に思い切り平手を打った。
「すぐに買い物に行く!普通の一般人に見える服を調達してやる。陰陽師は目で見ただけじゃ魔力を持つ人間かどうか判断できない!黒木のリストのおかげで誰が魔術師か知っていたが、黒木はもういないから奴らに教えてやれる人間もいない!お前が近づくのは朝飯前だ!そしてこの任務にはお前しかいない!」
アキラはまだ俺の主張を掴み切れていない顔で見ていた。
「どうして僕でなければならないんですか?」
「お前が神社で見た男が、お前の石の残り半分を持っているとにらんでいるからだ、アキラ!答えが欲しければ動くしかない!」
アキラは目を見開き、完全に驚いて迷いを見せた。数秒間その場で葛藤していたが、ほどなくして称賛するほかない勇気を奮い立たせた。拳を握り、真正面から俺を見た。
「……わかりました、やります!あの陰陽師と話してみます!でも演じるつもりはないです。素のまま、直接話しかけます!」
「そのやり方が好きだぜ!」
ガオっと笑った。ただし、その方法はやや危うい。
「俺も一緒についていって、遠くからお前の背後を守る!だが近づかないぞ、雰囲気を壊さないためにな!行くぞ!」
神社へ向かう道すがら、黒木のこと、そしてこの戦争にまつわる一連の経緯をアキラに話しておいた。源次と話すとき、この情報が役に立つかもしれないと思ったからだ。
* * *
陰陽師たちの神社の廃墟は、荒涼としていた。
死んだような沈黙。周囲に人の気配は一切なく、最後の戦いで放たれた術式が砕いた壁の破片が今もそのまま地面に散らばり、埃にまみれていた。アキラはリュックを肩にかけ、ゆっくりとした足取りで、中央の中庭の真ん中まで進んでいった。俺は数メートル後方に残り、崩れた柱の影に身を潜め、ピストルに手を置きながらあらゆる角度を見張っていた。
感じるぞ!!源次はここにいる!
空気が重かった。アキラは中庭の真ん中に立ち、待った。耐えがたい緊張の数分が過ぎたあと、奥の廊下の闇から人影が現れた。
あいつだ。
しかし意外なことに、あの華やかな陰陽師の衣装をまとっていなかった。着ているのは地味で使い古された服だった。数歩のところで立ち止まり、疲れ果て、どこかが狂ってしまったような顔でアキラを見下ろした。
「なぜ子どもが、呪われたこの場所に……」
源次の声は敵意を欠いていた。ほとんど諦めのような響きだった。
「この社は灰となりぬ。問題を求めるならば去るがよい」
アキラは一ミリも退かなかった。顎を上げ、揺るぎない意志で源次を見据えた。
「問題を求めに来たんじゃない」
アキラの声が中庭に響いた。
「話をしに来たんです、土御門源次さん。あなたが誰かは知っています」
源次はアキラがアカデミーの制服を着ていることに気づいたようだった。一瞬、その顔に怒りが浮かんだが、すぐに消えた。眉をひそめ、一歩前に出た。
「魔術師か……貴殿は主君たちの仕事を仕上げに参られたのか」
「違います!」
アキラが両手を上げて遮った。
「見てください!戦争を望む者がこんな顔をしていますか?!あの戦いはもう終わりました。僕たちのどちらも、あれに関わるべきではなかった。黒木はただ自分の過去への恨みを晴らすために、皆さんを虐殺へと引き込んだだけです。彼が魔術師を排除しようとしたのは、自分のトラウマを満たすためで、それに何の関係もない人たちを道連れにした。それは間違いです、源次さん!あなただってわかっているはずです。だから最後の戦いで戦わなかったんじゃないですか!」
アキラの言葉が石畳に槌のように打ちつけられた。源次は凍りついた。目を見開き、その少年の剥き出しの真実が、かろうじて保っていた防衛を完全に崩していくのが見えた。
「黒木は……救いを約束されておられた」
源次は自分の震える手を見下ろしながら呟いた。
「しかし終わりに残りしは……死のみでございました。貴殿の言う通りでございます。もはやこの身に真の目的などなく……逃げることにも、他者の亡霊のために戦うことにも、疲れ果てました」
アキラはリュックに手を伸ばし、ヴィクターに切断された後に残った石の欠片を取り出した。青い光がアキラの顔を照らした。
「僕はこれを持っています」
とアキラが言った。
「そして、あなたが残りを持っていることも」
源次は鉱石を見て、苦い笑みを浮かべた。
「なるほど……貴殿は、あの混乱の中でそれを取り戻そうとした少年でございましたか。運命とは気まぐれなものでございます」
陰陽師は懐に手を入れ、神聖な石のもう半分を取り出した。ゆっくりとアキラに歩み寄り、一切の躊躇なく、その手のひらに直接置いた。
「お持ちなさい。もはや不要でございます」
源次は長く深いため息をついた。安堵が滲み出ていた。
「魔術師たちの世界に、二度と関わるつもりはございません。また……停戦の調印の後、捕らえられた仲間たちが皆解放されたと聞きました。私にとって、そのささやかな行為だけで十分でございます。双方ともに、己たちとは関わりのない嘘の網に囚われていたのだと」
アキラは両方の欠片をリュックにしまい、温かな笑顔で男を見た。
「人生を諦めないでください、源次さん。外にはまだ希望があります。新しい道へ向かうことはできます」
くそっ!!
その言葉がアキラの口から出た瞬間、術式の直撃みたいな衝撃が胸の真ん中を打ち抜いた。あの言葉……あれはまさに俺自身の人生哲学そのものじゃないか!真正面から顔を叩かれた気分だ!!
気づいてしまった。俺も立ち止まっていたんだ、特に黒木の件で。あの尋問を引き延ばしていたのは、俺の一部が次のステップを踏むことを拒んでいたからだ。過去に共に戦った仲間の影に、ずっと囚われていた。
しかし、この少年が迷いなく前に進む姿を目の当たりにして、やっと、長い間必要としていたあの最後の一押しをもらった気がした。もうそんな影は置いていく!!
源次はアキラに、最後の深い頭の一礼をした。
「ありがとう、少年よ。貴殿の道に幸あれ」
そう言い残して、陰陽師は街の路地の奥へと消えていった。もう鎖はない。
崩れた柱の影から大股で踏み出し、アキラの隣に立った。あいつは果たした使命の達成感を顔に浮かべ、地平線を見つめていた。
「お前は見事な仕事をしたぞ、アキラ!!」
肩を思い切り叩いて、あいつを地面に向けてよろめかせた。
「石が揃ったな!聞けよ、今すぐやらなければならない急ぎの用がある。ここからはお前一人で大丈夫か?!」
「はい、大丈夫です、マーカスさん。心配しないでください」
アキラが自信のある笑顔で答えた。
「よし!じゃあ行くぞ!」
踵を返し、拳を握り締めた。何週間も感じていなかった決意が全身を満たしていた。
ずっと後回しにしていた会話を、今こそ終わらせる時だ。公園での余計な昔話はもういらない!!留置場に戻って、黒木とのあの会話に、ようやく決着をつけてやる!!
* * *
地下拘禁施設の最高警備区画へ続く廊下は、冷たく、狭く、何の飾りもなかった。堅牢な具体的の壁に自分のごつい靴音が反響していたが、頭の中は別のところにあった。
数分前、警備担当官から公式報告書を受け取っていた。もう準備は整っていた。七賢人の署名によって、黒木の最終判決が下されたのだ。
驚いたことに、その行いの重さに比べれば、随分と軽い罰だった。市内に存在する魔術師専用の秘密刑務所への終身収監――俺でさえ正確な場所を知らない施設。残りの生涯を四つの壁の中で過ごすことになる。普通の者にとっては終わりを意味するだろうが、一族の裁判所の容赦なさを間近で見てきた俺には、これが奇跡に等しいことがわかっていた。本来なら処刑か、強制的な魔力摘出が待っていたはずだ。しかし七賢人は完全な幽閉を選んだ。
それを告げなければならない。これが最後の会話になる。
重い鉄製の尋問室の扉を押した。金切り声のような軋みが上がったが、鉄のテーブルの向こうに座っている男は微動だにしなかった。黒木はそこにいた。以前と変わらず、背筋をぴんと伸ばし、金属の反射面に視線を沈めたまま。
「やあ、マーカス」
かつて同僚として共有していた温もりの欠片も残っていない、冷え切った声で挨拶した。
「懐古の時間にきっちり来たね。今日は何について話したい?エンディミオンの公園のことかな」
後ろ手に扉を閉めたが、今日はすぐには座らなかった。じっとあいつを見下ろし、どなり散らしたり、いつもの騒がしい自分で動いたりする衝動を全部飲み込んだ。
今日は違う。今日が最後だ。
顔は真剣で、荒削りだが、この瞬間の重さに刻まれたように固かった。
「これが最後の話し合いだ、黒木」
部屋の空気を切るように、低く乾いた声を落とした。
あいつはまばたきすらしなかった。顔は石の仮面のままだった。
「判決については通知を受けた」
続けながら、テーブルの縁に両手をついた。
「そうか」
と答えたが、完全な無関心を装っていた。
「賢人たちがどんな種類の処刑者になりたいか、ようやく決めたわけだ」
「違う。処刑はない」
目をまっすぐ見て宣言した。
「残りの生涯を、一族の秘密刑務所で過ごすことになる。太陽の光はもう見られないぞ、黒木」
その言葉を聞いた瞬間、あいつの姿勢に何かが変わった。視線が俺から外れ、テーブルの一点に固定され、拳が白くなるほど強く握り締められた。純粋な苦さが一瞬その顔を横切った。
「では俺の運命は、残り一生腐りながら四つの壁に囲まれて過ごすことか……」
乾いた笑いを漏らしたが、そこに楽しさの欠片もなかった。
「あのくそじじいたちは思ったより慈悲深いな。安っぽい情けをかけられるくらいなら、断頭台の方がましだった」
「よく聞け!!」
声の重さを保ちながら割り込んだ。
「それがお前の運命だとしても、道を見失う権利はない!お前はワイルドソウル一族のハンターだったんだぞ!その牢獄の底でも、くそっ、強くいろ!!」
黒木は苦い笑いを放った。真正面への嘲りがその空間に反響した。
「強くいろ?道を見失うな?馬鹿なことを言うな、マーカス。あなたはいつだって義務の言葉を丸ごと飲み込む盲目な男だった。信じていたシステム全体が茶番だとわかった人間に、どんな道が残っているというんだ?」
「遠回りはやめろ!!」
テーブルをぴしゃりと手で叩き、平静を保ちながら言葉を絞り出した。
「これが最後だ。もう報告もない、面会もない。本当のことが聞きたい!!お前の痛みを理解したい、黒木!何がお前をそこまで壊したのか、理解したいんだ!!」
俺の言葉の衝撃が、抑え込んでいた怒りに火をつけた!!黒木が半ば立ち上がり、テーブルに拳を叩き込んで鉄を強く震わせた。血走った目が、何年もの沈黙に積み重なった恨みとともに、俺の目に突き刺さってきた。
「俺の痛みを理解したいって?!」
怒りに割れた声で叫んだ。
「あのくそ忌まわしい銀行でもう一秒早く動いていたら、あの人たちを救えた!なのにどうした!俺たち魔術師は、あまりにも多くのくそ忌まわしい規則に縛られている!その規則の唯一の真の目的は、人間に俺たちの存在を悟られないことだ!それが吐き気を催させるんだよ、マーカス!あの隠蔽プロトコルのせいで、俺の正義の概念は粉々に砕け散った!規則は個人を守るためにも、お前や俺を守るためにもない!規則が守っているのはくそ忌まわしいシステムだけだ!システムが機械で、魔術師はその機械を動かす使い捨てのくそ歯車に過ぎない、罪なき命を犠牲にしながら!」
何も言わずに聞き続けた。その欲求不満の一粒一粒を吸収しながら。あの声の痛みは本物だった。失敗したあの任務の亡霊が、今も内側からあいつを食い続けている。張り詰めた静けさを保ちながら、答えた。
「システムを疑うことを責めない、黒木。俺だって規則を何度も疑ってきた。だが規則の存在意義を無視して完全に切り捨てるのは、あらゆる中で最大の無関心な行為だ。無知な奴のすることだ」
「俺を無知と呼ぶのか?!」
黒木が歯を剥き出しにした。
「一族の法律は、このくそ世界の誰よりも俺がよく知っている、マーカス。俺はそれを適用してきた。その命令を執行してきた」
「ああ、知っている。だが現実を見ることを拒んでいる」
腕を組み、静かに返した。
「あの頃とは規則が違う。だが物事は変わる。俺たちにとってさえそうだ。一歩一歩は極めて小さく見えるかもしれないが、魔術師だって時代に合わせようとしている。古くて今の時代には時代遅れな慣習を抱えているのは本当だ。だがまったく縛られているわけでもない。規則が存在するのは、守るべきものがあるからだ、測るべき何かが、規制すべき何かが。目的があるんだ、黒木」
「どんな目的だ!」
毒を吐き出すように言った。
「罪なき者を殺して、後ろ暗い者の手を洗い流す目的か!」
それが限界だった。
勢いよく立ち上がり、両手でテーブルを叩きながら、顔との距離を縮めた。
「そんなことはないぞ、くそっ!!」
あいつの混乱を切り裂くように声が上がった。
「お前が引き摺られ続けているあの惨劇は、規則のせいじゃない!お前のせいでも、誰かのせいでもない!あの忌まわしい銀行で最悪の展開が重なって、災害が起きた、ただそれだけだ!いい加減自分を責めるのをやめろ、そして過去を、お前だけが悲劇を背負っているかのように見るのをやめろ!その痛みはお前だけのものじゃない!あの日、罪なき命が失われて、その家族も泣いた!連中だって内側の断裂と戦って、それでも生き延びた!俺自身もそうだった、くそっ!だがわかれ、人間が痛みに向き合うとき、誰もがやることがひとつある。立ち続けることを選ぶ!!前へ進むことを選ぶ、痛みを存在の一部にすることを選ぶ、人生の動力源にではなく、教訓として!間違いと向き合うことを学んで、また同じ過ちを犯さないようにする。それが人間であることの意味だ、黒木!!」
黒木は顔を歪め、完全に蔑むような表情で視線を背けた。
「人間?笑わせないでくれ、マーカス。あの扉を閉めた日から、俺は人間であることをやめた。魔術師は小賢しいトリックを持った怪物に過ぎない」
「鏡を見ろ!!」
間髪入れず、揺るぎない真剣さで言い返した。
「もちろんそうだぞ!魔術師は皆人間だ!お前はエンディミオンの生物の基礎の授業をサボったのか?!」
黒木は低く唸り、顎を固めた。答えなかった。俺の論理的な言葉には、あいつの歪んだ論理が反駁できる根拠がないと、わかっているんだ。
「お前も俺も人間だ、黒木。連中と同じように学び、同じように感じる。純血のマジクスみたいに、魔力でできた単純な野生の生き物じゃない。俺たちは人間の文化の中で育ち、その中で生きてきた。だからこそ、マジクス・テラの俺たちは何よりもまず人間なんだ」
沈黙が部屋に戻ってきたが、今度の緊張は別のものだった。もっと密度が高く、もっと親密だった。ワイルドソウル一族で共にあった日々の亡霊が俺たちの間に漂っていた。戦争の言い訳を剥ぎ取られた姿で。
上着を直し、あいつの目に視線を固定した。
「黒木……」
声が数段落ちた。神聖なものに触れるような重みを帯びていた。
「お前が去ってから、その重さを何年も背負ってきた。あの銀行でもっとできることがなかったか。もっと早く走れていたら。お前が人質に術式を放つ前に止められていたら。自分を憎んで、お前を憎んで、罪悪感を抱えて置いていかれた。だが今日……今日、ボロボロになりながらも前を向く人間たちを見た。そして理解した。憎しみは過去を修復しない」
黒木は肩を固めた。視線を背けようとしたが、俺の荒削りな存在感がそれを許さなかった。
「贖罪の古くさい演説はするな、マーカス……聞きたくない」
「最後だから聞くんだぞ!!」
揺るがない意志で遮った。
「弁解を求めているわけじゃない。陰陽師へのあの行いは、くそっ、間違いだった。だからあの牢獄でその代償を払うことになる。だが俺は……お前の影をこれ以上人生に引き連れていくつもりはない。お前の転落に俺の未来を決めさせない。俺たちが結んだ縁のために、共に刃を交えた兄弟として……俺はお前を赦す、黒木。お前を俺の罪悪感から解放して、お前の罪悪感からも自分を解放する。もう俺たちの間に残った勘定はない」
黒木の顔が完全に崩れた。冷静さという仮面が亀裂を走り、ほんの一瞬、消えたと思っていた旧友の姿が覗いた。目が揺れた。ぶっきらぼうな溜息で隠そうとしたが、俺の言葉の衝撃は、魂に直接届いていた。
長い一分間、テーブルの金属板に置いた自分の手を見つめ、求められてもいない赦しの重さを吸収していた。やがてゆっくりと頭を上げた。敵意は消え、その場所を重たい諦めが占めていた。
「本当にこの章を閉じるつもりなら……」
黒木は声を随分落として言った。
「お前が知っておくべき重要なことがある、マーカス。レオ・アシュフォードについて最後に話しておこう」
前のめりになり、完全な注意を向けた。
「俺から彼を誘ったわけじゃない」
黒木は指を組みながら告白した。
「ある日突然、俺の前に現れて、自分を仲間に加えてくれと頼んできた。レオには独自の仲間がいる……モニカみたいな人間と、ある時期に突然影の中で彼の隣に現れた、あの妙な男だ」
グレインのことを言っているんだろう、「妙な男」という描写から。
「レオが陰で動き、独自に糸を引いていることは明らかだった。それでも止めなかった。本当に共通の目的を持つ有効な仲間だと信じていた。だが……レオは最上級の操り手だ。俺でさえ、あいつの言葉と約束にまんまと嵌まった。だから最後の戦いで裏切られたとき、あれほど痛かった。それでも一つだけ確かなことがある、マーカス。ある陰陽師が一度、異様なことを口にするのを聞いた」
黒木が俺を真剣な目で見据えた。まるで自分でも言葉にできない恐れを抱えているような、そんな眼差しだった。
「レオが、まったく見知らぬ集団と秘密裏に会合を持っているのを見たと言っていた。当時は信じるかどうか迷ったが、今振り返れば確信している。レオはこの反乱の真の首謀者じゃない。非常に重要な駒だ、確かに。だが将棋の王じゃない」
すぐに眉をひそめ、その含意を分析した。
「その疑いは、その陰陽師のひとことだけからか?」
低い声で尋ねた。
「ああ」
黒木はまったくの真剣さで俺を見た。
「レオに繋がる隠れた集団がいると確信している。そこに真の王が潜んでいる……この盤面全体をずっと動かしてきた頭脳が。ここには誰もまだ気づいていない、マクロレベルの何かが起きている気がするんだ、マーカス。レオはその真の黒幕へと俺たちを導く橋に過ぎない。俺でさえ……混乱を起こすために利用された、ただのくそ歩だった」
その言葉を即座に頭に刻み込み、職業的な慎重さで封印した。
「お前の警告、しっかり受け取ったぞ、黒木」
力強く言った。
「あの野郎には好き勝手やらせない」
別れの重さが空中に漂う中、テーブルの金属板に右手を差し出した。最後の敬意を示すジェスチャーとして。黒木はその手を見た。しかし自分の手を上げようとせず、腕を体に沿わせたまま、無言で首を横に振った。
「ごちゃごちゃさせるな、マーカス。言いたいことはもう言っただろう」
「そうはいかないぞ!!立て!」
腕を掴みながら命令した。
「やりたくない……」
不意の俺の主張に戸惑いながら言いかけた。
そんな時間は与えなかった。
強くその腕を掴んで立ち上がらせ、どんな礼儀的な距離も無視して、力強く固い別れの抱擁に引き寄せた。魂ごとぎゅっと抱きしめた。青春を共に駆け抜けた、俺の最高の友人への、兄弟の戦士への、別れを告げながら。
黒木は一瞬硬直したが、最後のその身体的な接触の中で、緊張が完全に溶けていくのを感じた。
「ここで約束するぞ、兄弟」
耳元に囁いた。揺るぎない決意で。
「俺たち魔術師の社会をひっくり返してきた出来事全ての、真の黒幕を必ず突き止める。お前の転落を無駄にはしない」
ゆっくり離れた。
まさにその瞬間、扉が開き、重武装したハンター二人が囚人を移送車両へ連れていくために入ってきた。黒木は抵抗しなかった。側衛に挟まれ、一度も振り返らずに、確かな足取りで歩いていった。
廊下の外に出て、壁にもたれかかり、黒木の背中が廊下の奥へ消えていくのを見送った。
俺の友人が去っていくのを見た。かつて俺の光だった男、そして後に俺の影になった男を。しかしこの別れの悲しみの中でも、一つの確信が胸の中に根を張った。
あいつは行く。しかし俺たちが本当に共有した記憶、正義の理想を抱いて共に駆けたあの日々は、永遠に俺と共にあり続ける。
未来へ向かう準備が、整った。
* * *
愛車の無骨なエンジンが唸りを上げ、都市の奥深くで渋滞を縫い抜けていたが、本当の騒音は頭の中にあった。
黒木とのあの会話が、まだ胸の中でぐるぐると渦を巻いていた。戦友への悲しみと、ダミラへの抑え込んだ痛みを消化する一息がようやく取れるかと思った矢先、車の公式インターカムがしつこくピッピッと鳴り始めた。
直属の上司だった。声がひりついていた。荒削りで、反論の余地を一切与えない口調だ。
「マーカス!今すぐ中央基地に報告しろ!お前の机に緊急案件が待っている!すぐに動け!」
質問はしなかった。思い切りアクセルを踏み込み、アスファルトにタイヤを鳴らした。
基地に着くと、大股で上司の執務室に直行した。彼はタクティカルスクリーンから顔をほとんど上げずに報告書を投げてきた。
「今すぐ、アカデミーへの攻撃案件を担当することになった」
ぶっきらぼうに言い放った。
「具体的には、関与した少年だ。龍牙・ドラゴンズベインという奴を」
「了解だ!!」
机の上の書類を確認しながら叫んだ。
「状況は把握してるぞ!アカデミー襲撃事件に絡んでいたガキだろう!詳しい戦術情報をくれたら即刻動く!」
「待て、マーカス!」
手を挙げて制した。
「俺にはこれ以上の詳細はない。この任務からは、指揮系統で俺よりはるか上の人間と組んでもらうことになる。直接総司令官と話しに行け」
一瞬、足が止まった。
ハンター総司令官!!つまりアイリス・ワイルドソウル、ハンターの絶対最高権威と面談するということだ!彼女が個人的に関与しているなら、これは通常の捜査じゃない、れっきとした一大危機だ!!
踵を返し、本部最上階へと向かった。巨大な強化マホガニーの扉の前に立ち、力強く二度ノックした。彼女の荒削りだが響きのある声での許可を受け、扉を押して入った。
そこに彼女がいた。
アイリス・ワイルドソウル。以前の戦闘の後遺症として、彼女のトレードマークになっているあの高機能車椅子に座っていた。機密書類の山を確認していたが、俺が敷居を越えた瞬間、すぐに書類を机の上に置き、強烈な気迫を宿した視線を向けてきた。
「すぐに来てくれて嬉しいよ、マーカスさん」
アイリスが指を組みながら言った。
「この一連の裏切り者捜査における、君のゴツゴツした努力を称えたいと思ってたんだよねぇ。本当に完璧な仕事だった」
「この上ない御評価、誠にありがとうございます、司令官!」
気を付けの姿勢になり、敬礼した。
「任務を全うしたまでです!」
アイリスはほんの少し溜息をつき、耳の後ろに髪をかけた。
「大変だったのはわかってる。でも恐れながら、攻撃に関する次の案件に今すぐ取り掛かってもらわないといけないんだよねぇ。龍牙・ドラゴンズベインの件を解決することが急務なんだよ」
「あの少年の状況は把握してます、司令官!」
いつもの騒がしいトーンで報告した。
「アカデミー襲撃事件に関与してたことは知ってますぞ!」
アイリスは少し微笑んで、頷いた。
「いつも一歩先を行くんだねぇ、マーカスさん。でも……これまでの全ての任務とはまったく異なる方法でやってもらわないといけないことがあるんだよ」
すぐに真剣な顔になった。背筋に不安の一刺しが走った。
「具体的にはどういう意味ですか、司令官?捕獲プロトコルに変更でも?」
「龍牙・ドラゴンズベインが全ての関与度について自白したとはいえ、あの「グレイン」という名の攻撃者の外見と手口を実際に知っているのは彼一人なんだよねぇ」
アイリスが、俺の血を凍らせるような戦術的な冷静さで説明した。
「だから……龍牙さんを作戦のパラメータの中に組み込むことが必要になってくるんだよ」
目を見開き、その言葉を吸収した。
くそっ!!言わんとすることはすぐにわかった!!
「その少年をグレインを引き付ける囮に使うつもりですか!?」
拳を手のひらに打ちつけながら怒鳴った。
「司令官、あらゆる敬意を持ちながらも、その方法は承認できませんぞ!!ハンターの歴史上、容疑者を捜査の内部に置いて、犯人への生け贄にするなんて、これまで一度もなかった!極めて危険です!」
アイリスは俺の叫びに動じなかった。ただ静かに視線を落とし、一瞬だけ最高権威者の仮面が滑り落ち、深い重たさが覗いた。
「マーカスさん……あれをするか、それともあの少年が七賢人の世論対策のスケープゴートになるか、その二択だったんだよ」
本当の痛みが滲み出た声で告白した。
「ハンターの最高司令官でも、政治的な限界はあるんだよ。胸が痛いのは本当なんだよねぇ。無慈悲なモンスターだからやるわけじゃない。数学的に、全体の状況を救うための他の選択肢が、本当にないんだよ、マーカスさん」
その顔のあらゆる皺を分析した。悪意も、野心も、政治的な計算も、そこにはなかった。純粋な、剥き出しの真実だけがあった!!状況に追い詰められていた、俺自身が何度もそうだったように。
「龍牙さんに近づいて、ここに詳細が書かれている計画を実行する必要があるよ」
アイリスは続けて、黒い分厚いフォルダーを机の上で滑らせた。
「グレインを俺たちの土俵に引き込んで龍牙さんを完璧な囮として機能させるために、私が自ら細かく準備した戦略が全部入ってる。でも、はっきりさせておく。グレインを引き付ける最終目的は、彼を捕まえることだけじゃない……レオ・アシュフォードの正確な居場所を暴露させることだよ」
完全に緊張した。
「レオ……」
「そう。現在、レオは単純な一般犯罪者や裏切り者の魔術師から、魔術師社会全体の構造にとって危険なカテゴリの脅威へと格上げされたんだよ」
アイリスが、厳しい水晶のような灰色の目で俺を見据えながら言い切った。
「それが何を意味するか、ちゃんとわかってるよね?」
もちろんわかる!!その行いを人間社会の通常ルールに照らし合わせれば、レオ・アシュフォードは高水準の国際テロリストと完全に等価だ!!これ以降の行動において、細心の注意と三倍の慎重さが必要になる。単純に恨みを持った情報漏洩者を追っているのとは、もう次元が違う。追っているのは、圧倒的な才能と完璧に近い冷静さで目的を遂行する、天才的な狂気の縁に立つ魔術師だ。
「もしグレインを捕まえることができたら、龍牙はどうなりますか?」
腕を組んで尋ねた。
「確実なことは言えないよ」
アイリスは視線を外し、少しの間、机の一点を見つめた。
「今の公式上の立場は叛逆容疑者なんだけど、混乱のせいで七賢人から確定した判決も刑も、まだ下されていないんだよ。だから司令官として、その判決の空白を巧みに活用したんだよねぇ。龍牙君がこの作戦中に魔術師たちへの支持を示して、グレイン確保に協力してくれたなら、七賢人に圧力をかけて、私の監督のもとでの執行猶予付きの釈放を認めさせることができると思う」
そう言いながらアイリスは、静かに車椅子を動かして机から離れ、立っている俺の方へと近づいてきた。
「マーカスさん……」
声が際立って柔らかくなり、軍の硬直した堅さが全部消えた。
「少しだけ付き合って。勤務のことは五分間忘れて」
事務室の一番奥まった角に設置されている革のソファセットを頭で示した。
「了解しました、司令官!」
硬い姿勢を解き、招待を受けた。腰を下ろすと、彼女はちょうど俺の正面に車椅子を止め、距離を縮めた。
「君が何をできるか、私はよく知ってる、マーカスさん」
俺の目を強烈な集中力で見据えながら言った。何だか少し変な感じがした。あまりにも、まっすぐ視線が刺さり過ぎていた。
「あの理由で、現場最高のハンターと見なされているんだからねぇ。複雑な案件や高リスクの捜査を何十件も完遂してきた……ワイルドソウル一族の現代史全体で、あなたのようなハンターはいなかった。本当に……傑出した男だと思う」
すごい職業的な賞賛に、頬が少し熱くなった。急いで首を横に振り、首の後ろをばつが悪そうに掻いた。
「過分なお言葉、ありがとうございます、アイリス司令官!でも自分にはそれほどの大それた功績は……守るべきだった魔術師を、間接的に死なせてしまったこともあります。あまりにも多くの間違いを犯してきた」
ダミラの姿が、あの冷たい床に倒れた血まみれの彼女の姿が、鮮明に脳裏を殴った。執務室の床に視線を落とした。
アイリスはすぐに首を振り、車椅子ごと前のめりになった。
「それは当たり前のことだよ、マーカスさん。完璧で無謬な存在だと思って褒めてるわけじゃないよ」
彼女の声は突然奇妙なほど温かくなり、軍人的な硬さを全部失っていた。
「褒めてるのはね、君が、議会の自動機械たちとは違って、真のハンターであることの重荷の全てを、完璧に量れるからだよ。最も暗い誤りから最も痛烈な喪失まで……君はその全ての渦を制御できる。人間のままで、胸を張って前進し続ける。それは……戦士として非常に魅力的な特質だよ」
くそっ、それを聞いて胸に猛烈な誇りの一刺しが走った!!有能なリーダーだ、危機の後で部下たちの士気を取り戻す、まさに正確な言葉を知っている!アイリスは今、最高のサポートをしてくれている。現役ハンターとしての俺の精神に補給を入れてくれているんだ!
アイリスはどこか苦くて、少し懐かしそうな笑みを浮かべながら、車椅子のアームレストをそっと撫でていた。そして俺をかなり長い間、見つめていた。何か、特別な集中力を感じる目で。
「私はこの車椅子で終わることになったよ、過去のある戦術ミスのせいでねぇ」
低い声で言い、頭を少し傾けながら、非常に長い間俺を見続けた。
「その詳細は多分もう知ってるよね……本部では多くの先輩がそれを悲劇として語ってるし」
「はい、司令官!」
すぐに力強く頷いた。
「ベテランたちの話から、その経緯はよく知っています!身体的なハンデがあるにも関わらず、こうしてハンター最高権威として最前線に立ち続けるアイリス司令官は、俺たち全員にとって軍紀の規範ですぞ!!」
アイリスは小さく笑った。だが作ったような笑いではなかった。柔らかく、ほとんど諦めに似た溜息のような音だった。車椅子を少し前に動かした。かなり近い距離まで。その制服から漂う、ほんのりとした花の香りを感じた。
ゆっくりと手を伸ばし、俺が肘掛けに置いていた手の上に、直接置いた。その肌は驚くほど柔らかかったが、確かで温かな圧力をかけていた。
「君のことを信じてるよ、マーカスさん……」
囁くような声で、まっすぐ俺の目を見た。一瞬、視線が俺の口元に落ち、そしてまた目に戻った。
「最高のハンターとしてだけじゃなく……君という男そのものを。この全部を抱えることが重いのはわかってるよ。でも……これからは、一人でその重さを全部抱えなくていいと思えたらいいなって思ってる。もし義務の外で……何か必要な空間があったら……ここにいるから。何でも、マーカスさん。文字通り、何でも」
まばたきを数回して、少し混乱しながらあいつを見た。
なるほど!!アイリス司令官はエリート士官の精神的健康と後方支援を本当に真剣に考えているんだ!ワイルドソウル一族のメンバーとして、こんなに危険な任務に向かう俺が疎外感を覚えないよう、お互いの連帯の絆を強化しているんだ!俺の手の上に乗せた彼女の手は、明らかに最高レベルの戦友精神の表れだ――俺が見捨てられた戦士みたいに感じないよう!なんていい上官なんだ、くそっ!!この人の共感力の高さには完全に脱帽だ!
力強く、手をぎゅっと握り返した。戦友精神の身振りに、全精力を込めて返した。
「俺の心配はしないでください、アイリス司令官!後方支援と自信の言葉が、必要だった全ての力を取り戻させてくれましたぞ!!」
思い切り勢いよく立ち上がり、ソファが少し引きずられた。
「この戦争では一人じゃないとわかります!あなたが戦術後方のオペレーションを率いてくれている限り!!司令官には絶対に失望させません、ハンター団のためにも!」
アイリスは完全に固まって俺を見つめ続けた。車椅子の上でぴくりとも動かない。その手が一秒間空中に浮かんだまま、ゆっくりと引き戻された。彼女の笑顔が妙な引きつり方をした。まるで疲れたような、苦しいような。そしてため息をつき、まるでひどい頭痛でも発症したように、指先で額をこすった。
きっとペーパーワークのやり過ぎで疲弊しているんだろう!!議会の官僚たちはいつだって俺たちの司令官をいびり倒す!
「そうだね……戦術後方支援ね、マーカスさん……」
なぜか完全に力の抜けた声でぽつりと言った。
「任務に行きなさい」
「はっ、司令官!」
机の上から重い黒いフォルダーを掴み、上着を直して、完璧な敬礼をした。
「今すぐ下の独房に向かいます!龍牙・ドラゴンズベインを尋問して、ゲームのルールを提示しに行く!お先に失礼します!」
踵を返し、大股で執務室を後にした。扉が後ろでバン!!と閉まった。
エレベーターで尋問室に向かいながら、フォルダーを開いて囮の詳細を確認した。胸は燃えていた。頭は完全に集中していた。
龍牙と向き合い、レオ・アシュフォードの糸が俺たちをどこへ導くのかを突き止める時が来た。
正義は待ってくれない!!
――強くなりたい。
その願いの奥には、
いったい何があるのか。
愛なのか。
執着なのか。
それとも、
失ったものを取り戻したいだけなのか。
次回――
訓練
龍牙は、
自分の力と向き合う。




