観測者と被観測者の境界
人は、
同じ景色を見ても、
同じ答えには辿り着けない。
だからこそ、
異なる視点は、
新しい真実を映し出す。
閉ざされていた扉は、
静かに開き始める。
アカデミー・エンディミオンの廊下は、インクとチョークの粉の匂いがした。何十年もの歳月が積み重なった場所だけが持つことのできる、あの独特な香り――まるで時間そのものが石の壁に染み込んで、永遠にそこに留まっているかのような。私はアキラとアリズの少し後ろを歩いていた。自分の足音が古い木の床に吸い込まれていくのを感じながら、いつものように、存在を薄く薄く溶かして。
アキラの後頸部を観察していた。どこかの学生とすれ違うたびに、その肩がわずかに緊張するのかしら……まるでいつでも誰かに立ち向かわれることを覚悟しているみたいに。アリズは彼の隣を歩いていた――必要以上に近く、たまに指先で彼の腕に触れて、それが抑制のような仕草に見えて……おかしなものね、と思った。
……自分たちがどれほど脆く見えているか、気づいていないのかしら?
角を曲がりながら、その考えがゆっくりと広がっていく。森に迷い込んだ二羽の兎みたいね。でも……それがまさに彼らの魅力なのかもしれない。噛みつかれるまで、自分が獲物だとも知らずにいるのだから。
アキラが黒に近い濃い木の扉の前で足を止めた。「職員室」と優雅な文字が刻まれた真鍮のプレートが、静かにそこにあった。
……目を瞬かせた。
この二時間、アカデミー・エンディミオンの廊下をあちこち歩き回って、あの忌々しい先生たちがどこに隠れているのかとずっと考えていたというのに――まさか全員が一か所にまとまって、まるで枝に集まった鳥のように、誰かに見つけてもらうのを待っていたなんて。
胸の中で、苛立ちがちくりと刺さった。
……馬鹿みたい。分かっていなければおかしかったのに。他にどこにいるというの? このアカデミーの外に生活でもあるとでも思っていたのかしら。
アキラが手を上げた――内気で、ほとんど幼稚とも言えるほどの、おずおずとしたその仕草に、室内の誰かが手を挙げて応えた。私は少しアキラの肩越しに身を傾けて――そして見た。
カイト。
お兄様が、奥の机に座っていた。窓から差し込む光を背にした、長身で細い輪郭。髪は無頓着に乱れて、まるで櫛を嫌っているかのようで――そして何か私にはすぐには解読できない理由から、その目はほとんど侮辱的なほどに光を反射するサングラスで隠されていた。
カイトの視線が私のところに届いた瞬間、彼の迎えるような微笑みが――凍りついた。消えた。そして私には読めない表情に取って代わられた。唇が引き締まって、眉がサングラスの縁の上でほんの一ミリほど持ち上がって、まるで一瞬だけ、時間が私たちの間で止まったみたいに。
……サングラス? 屋内で? なんて馬鹿げた……。
他の先生たちは――五人か六人、様々な年齢と体格の人たちが――自分の時間が終わったことを知っている者の余裕で、ゆっくりと荷物を集め始めた。一人ずつ出ていくのを眺めながら、何人かが私に好奇の視線を投げかけたが、見られながらも見られていない者の優雅さで、それを無視した。やがて残ったのは私たちだけ四人で、沈黙が兄妹の間に第三の存在として舞い降りた。
「楓」
カイトの声は、記憶していたよりも低かった。もっとも、最後にきちんと言葉を交わしたのがいつか――家族の夕食で儀礼的な挨拶を交わす以上のことをしたのがいつか、もう何年も経っている。彼は怠惰でありながら同時に制御された動きで席から立ち上がり、こちらへと歩いてきた。その歩幅が私よりずっと広いこと、その動き方に、私が生きてきた時間よりもずっと長く世界にいた者の質があること――そういうことを、私は静かに観察した。
「お兄様」
答えて、形式的なほど愛情のないお辞儀をした。
「ご迷惑でなければ、少しお話ししたいことがあって参りましたのよ」
アキラが驚いていた。無視しようとしたけれど――無視できないほど驚いて、こちらを振り返っていた。
「何かしら、アキラくん?」
「え!? あ、いや……なんでもないです。ただ、楓様がカイト先生を……『お兄様』と呼ぶのが意外で」
「ではなんと呼べばいいのかしら? お兄様はお兄様でしょう?」
アキラを無視して、カイトへと視線を戻した。
「ここに来るとは思わなかったよ」
と彼は言った。声の中に、戸惑ったときに使うトーンが滲んでいた――サングラスで目は見えなくても、それは分かる。
「エンバーストロム一族の跡継ぎが、エンディミオンの廊下をうろついているなんて。お館に籠もって、継承の準備をしていなくていいのかな?」
唇の端がわずかに持ち上がった。コンパスで描いたように正確な、微笑みと言えるかもしれないもの。
「跡継ぎというものは、統べる世界を知らなければなりませんでしょう? いつも私たちに教えていただいていた教訓ではなくて?」
カイトが少し体を傾けた。目は見えなくても、彼が私をあの独特の鋭さで観察しているのが分かった。
「最後に確認したときは、その教訓は『明示的な許可なく屋敷から出てはならない』だったと思うけど……まあ、お気に入りには規則も変わるというものかな」
小さくて鋭い、針のような言葉だった。胸の奥のどこかにそれが刺さるのを感じた。でも微笑みにひびは入れなかった。
「規則が変わるのは、すべてを守ったうえで、なおも動く余地を見つけられる者に、でしてよ」
アキラが固唾を飲んでいた――縁から縁へと視線を行き来させながら、不意に自分が家族の諍いを見物する羽目になった者の居心地の悪さで。彼が拳に口を押し当てて、ごほんと咳をした。
沈黙だけが続いた。私はアキラを眺めて、かすかな苛立ちを覚えた。邪魔しているわね。
「お兄様、ある石のことでご相談があってよ」
「石?」
「ええ。アキラくん、出してちょうだいな」
アキラが動揺した。カイトと私を交互に見ながら。無理もない――この石の話を自分の先生から秘密にしていたというのに、私がこうして暴いてしまった。可哀想な子。当然怯えるわよね。
カイトの頭がアキラへと向いた。目は隠れていたけれど、その動きは突然すぎて、アキラが一歩後ずさった。
「石? どんな石のことを言っているんだい、アキラ?」
アキラが目に見えて青ざめていた。鞄の縁に指を食い込ませて、まるで中身を守ろうとするかのように。その反応があまりにも透明で、ほとんど哀れになるくらいだった。
……可哀想な子。嘘がつけないのね。隠し事ができない。暗号文だらけの図書館に、ひらいた本一冊。
「青く光る石で……」
アキラが言い始めた。
「まさか、陰陽師たちが盗んだと言われているあの石じゃないよね?」
アキラが目をそらしたけれど、頷いた。
「でも、ぼくたちが盗んだわけじゃないんです。エレノアの計画に従っただけで……!」
「ちょっと待ってくれ。ゆっくり話してくれないか。エレノアって……エレノア? エレノア・ウィンターフォール?」
「はい、彼女がこの石を盗む計画を立てたんです」
カイトが思案するように静止した。アキラが話し始めた――エレノアと一緒に石を盗んだ経緯、アキラの祖父がアリズのためにそれを使おうとしていたこと、石についていくつかの奇妙な事実を発見したこと。すべてを打ち明けていた。
続いた沈黙は、廊下のどこかから時計の音が聞こえるほど濃密だった。カイトは動かなかった。話さなかった。何のジェスチャーも見せなかった。でもお兄様のことは、サングラスで目が隠れていても分かる――沈黙は彼の最大の武器で、相手が不快さの中で身もだえする間、情報を処理するための、彼の好みのやり方なのだから。
カイトの顔がアリズの方へと向いた。それまで黙ったまま、地面から消えてしまいたいかのように暗い大きな目を床に向けていた彼女が、先生の目に見えない視線のもとで縮こまった。
……あの子とどんな関係があれば、サングラスで隠れた視線一つであんな反応が引き出せるのかしら。
「まあ」
とカイトが言った。声は今や意図的にゆっくりだった。
「ここはあまり適切な場所じゃないね。ついておいで」
答えを待たなかった。ただ踵を返して、出口へと歩いていった。その足音が、従ってもらえることを知っている者の確信で、木の床に響いた。
胸の中に、苛立ちがちくりと刺さった。あんなに権威的。みんなが従うと確信して。いつだってそうなんだから。
でも従った。他に選択肢がなかったから。カイトが受け取った情報でどう動くか確かめたかったから。そして……深く調べることを自分に許さない場所のどこかに、お兄様が今どんな人間になっているかを見たいという、かすかな気持ちがあったから。
エンディミオンの屋上は、一度も来たことのない場所だった。午後の風が髪に絡みつき、その朝丁寧に整えてきたスタイルを台無しにした。そこから見た世界は、より小さく、より整然としていた――アカデミーの建物は地図のように広がり、中庭を動く学生たちの小さな人影は、巣穴の中の蟻たちのよう。
まるで神になった気分……。
その考えに、誰とも共有しない微笑みが浮かんだ。すべてを上から眺めて、あらゆる動きに意味があることを知っていて、あらゆる命がより大きな盤上の駒に過ぎないことを。
カイトは欄干にもたれかかっていた。背筋はまっすぐで、顔は西へ傾き始めた太陽が見える地平線の方へ向けられていた。サングラスはまだそのままで、私の中でじりじりとした苛立ちが募っていった。
「……なぜサングラスをかけているのかしら?」
気がついたら、口から出ていた。
「さっきは屋内でもかけていたわよね。何か……理由があるの?」
カイトはこちらを向かなかった。
「太陽が目に入ってね」
と、本当の答えを出したくないときに使う、あいまいなトーンで。
「……曇っているわよ、お兄様。それに、東を向いているわ。太陽は西にある」
「ああ!」
少し間があった。
「目が敏感なんだよ……」
胸の中で何かが捩れるのを感じた――苛立ちと好奇心が混じった、名前のない感覚。
「敏感? いつからそんなことが?」
「質問を止めるべきときを知らない妹が生まれてからかな」
アキラが咳払いをした――私は彼とアリズの存在を、屋上の縁に佇む影のように忘れかけていたくらいで。
「カイト先生、石のことなんですけど……」
「そうだ、もう少しで忘れるところだった」
カイトの声がわずかに硬くなった。
「まず、あなたが何を考えていたのかを知りたい、アキラ。それから」
と頭が私へと向いた、
「君が僕の生徒たちを巻き込んでいる遊びについても」
その見えない視線の重さを感じた。一瞬だけ――ほんの一瞬だけ――自分が幼い頃に戻った気がした。大きすぎる椅子に座らされて、自分の振る舞いがなぜ適切でないかを家庭教師たちに説明される、あの子供が。
頭を振って、その記憶を振り払った。
「……遊び?」
と私は繰り返した。声が意図したよりも冷たく出た。
「今起きていることを遊びと呼ぶのかしら。教えてちょうだい、お兄様、魔術師社会で今何が起きているか、本当に知っているの? 陰陽師たちが最近敗れたことは? レオ・アシュフォードがまだ逃亡中だということは?」
カイトがゆっくりと向き直った。その視線が――見えなくても――針のように私を貫くのを感じた。
「人が死んだことは知っている」
彼は言った。声は低く、制御されていた。
「家族を失った家があることも。そして楓、君が彼らを人間ではなくチェスの駒のように扱っていることも」
「駒なのよ」
言葉が考えより先に出た。
「みんなそう。お兄様も、私も、アキラくんも、アリズさんも。私たちは盤の上の駒なの。唯一の違いは、私がどの盤かを知っていること」
カイトが笑った。でも嬉しい笑いじゃなかった。短くて、苦くて、嵐の中で枝が折れるような音だった。
「楓。君は彼らが望んだとおりの人間に、ちゃんとなっているよ」
「彼らって?」
「父。母。家庭教師たち。『跡継ぎ』であることが人間であることを捨てることだと、君に教えたすべての人たちのことだよ」
顎のあたりで何かが緊張するのを感じた。
「何も捨てていない。必要なことをしているだけ」
「僕の生徒たちを計画に引き込むことが必要なの?」
カイトが一歩踏み出した。たった一歩なのに、まるで私たちの間の空間が消えていくようだった。
「アキラが本当に何をしているかも理解せずに、操ることが?」
「私は誰も操っていない」
私は嘘をついた。舌の上で灰のような味がした。
「機会を提供しているだけ。それをどうするかは彼らの選択よ」
「アリズの選択は?」
カイトが頭をアリズの方へ向けた。彼女がその視線のもとで縮こまった。
「彼女に機会を与えたの? それとも、尋ねもせずに引きずり込んだだけ?」
口を開けたけど、言葉が出てこなかった。アリズを見た。鞄を盾のように胸に抱えて、誰とも目を合わせないようにしている彼女を。
……なぜ気になるの? 私の責任じゃない。私の問題じゃない。
でも、アリズの肩が見えない重みに押しつぶされるように丸まっているのを見ていたら、名前のつけられない不快感が込み上げてきた。
「アリズがこの計画に同意していると理解していたの」
私はようやく言った。声が意図したよりも弱く出た。
「そうでないなら、今言えばいい」
アリズが顔を上げた。その目に、恐怖と、怒りかもしれないものが混じって光っていた。
「聞かれなかった。あんたたちのだれも聞かなかったわよ」
……私は目を瞬かせた。アリズがいつも従っているから、いつもアキラの後ろにいるから、必要なときにはそこにいるから――同意しているものだと。でも今、彼女を見ていたら、アリズが本当のところで何を考えているか、自分が何も知らないと気がついた。
「……では今聞くわ」
私は言った。言葉が意図したよりも荒く出た。
「あなたはこれに同意する?」
アリズは答えなかった。ただ唇を引き結んで、そっぽを向いた。何かが胸の中で捩れた。
「楓」
カイトの声が、今度は少し柔らかく、疲れたように聞こえた。
「人を道具のように使ってはいけないよ。彼女たちはリソースじゃない」
「なぜそうじゃいけないの?」
私は聞いた。本当に、純粋に、分からなくて。
「それが皆のやることでしょう。一族は構成員を使う。先生は生徒を使う。親は子を使う。なぜ私だけ違わなければいけないの?」
カイトが少し間を置いた。それから、私にはほとんど聞こえないほど低い声で言った。
「君が彼らと同じなら、君は彼らと同じということだから。でも楓、君は違いたかったはずだよ。知ってる。見ていたから」
その言葉が冷たい雨のように降り注いだ。答えようとして、口を開けて――言葉が来なかった。アリズを見た。彼女の手が胸に引き寄せられていて、何かから身を守ろうとするかのような体勢。アキラが彼女を支えていて、その優しさを私は名前をつけられなかった。
……なぜ気になるの?
でも、アリズの様子が――震えていた、そのやり方が、私自身を思い出させた。震えることを許されなかった、かつての私を。跡継ぎは震えないから。
「……石のことよ」
私はようやく言った。自分の耳にも空洞に聞こえた。
「アキラくん、お兄様に石を見せて」
アキラがためらった。二頭の肉食獣の間に挟まれた獣のように、私とお兄様の間を目が行き来して。でも最終的に、震える手で鞄を開けて、青く光るかけらを取り出した。
石が光にさらされたとき、風が止まったように感じた。眺めながら、あの幻覚の残響が戻ってくるのを感じた。胃が縮んだ。
「これが石?」
カイトが言って、その声から刃が消え、抑えきれない好奇心が滲んだ。アキラに近づいて、指をかけらへと伸ばした。
「待って」
私は言った。声が意図したより鋭く出た。
「私が触れたとき、接触を弾かれたのよ。まるで触れられることを望んでいないみたいに」
カイトの手が止まった。中空に止まったまま。
「弾かれた? どんなふうに?」
「……自分の意志があるみたいに」
私は言い、その言葉が舌の上で奇妙な感触がした。
「私を押し返すエネルギーがあって。それから……見たの」
「見た?」
「幻視」
その言葉を出すのに、少し力がいった。
「ある街。ピラミッド。そして……何かが、誰かが、私を見た。私が誰かを知っているかのように」
続いた沈黙は、耳の中で圧力を感じるほどに重かった。カイトは何も言わなかった。でも空中に止まっていた手が、ゆっくりと石へと動いた。
……期待と恐怖が混じった気持ちがあった。カイトがどう反応するかを見たかった。できれば少しだけ――苦しんでほしかった。自分だけじゃないと感じるために。それは卑しい考えだと分かっていた。でも抑えられなかった。
カイトの指が石の表面に触れた。
そして……。
目を瞬かせた。
カイトはかけらを手の中に持ち上げて、まるで職人が石を調べるような専門的な好奇心で眺めていた。閃光もなかった。弾かれることもなかった。何もなかった。石は彼の指の中で、ただの岩と変わりなく、死んでいた。
「……何も起きなかったの?」
私は言って、自分の声に失望が滲んでいるのが嫌だった。
「何かが起きるべきだったかな?」
カイトが聞いて、声に微笑みの気配があった。
「悲鳴でも上げてほしかった? 震えてほしかった?」
「……何か起きるはずだと思っていた」
カイトを見た。顔に熱が上がってくるのを感じた。
「私が触れたとき、強い反応があったのよ」
カイトが私を見た。目が見えなくても、彼が私を観察していることが分かった。
「その石は、誰に影響を与えるかを選ぶと思う?」
……答えなかった。思考が矢のように走りながら、説明を探していた。なぜ石が私には反応してカイトには反応しなかったの? 血統の問題じゃない――二人ともエンバーストロムで、同じ血筋を持つ。年齢の問題? 魔力の問題? それとも、見えていない何か他のものがあるの?
「たぶんね」
カイトが言った。そのトーンは今や意図的に挑発的だった。
「石が君を十分面白いと思っていないだけじゃないかな」
その皮肉は直撃だった。我慢がみるみる崩れていくのを感じた。
「面白い? 私が石にとって十分『面白くない』とおっしゃっているの?!」
「言ってはいないよ。示唆しているだけ」
カイトが石を空中に軽く揺らして、耳に当てた――まるで中から何かが聞こえるかどうかを試すように。
「あるいは単に石の趣味が悪いだけかもしれない。誰にも分からないよ」
「……不可能だわ」
私は言った。声が意図したより子供っぽく出た。
「真剣に扱ってほしくてお願いしているのに、こんなことを言うなんて」
「これが僕の得意技だからね」
「――カイト先生、楓様……」
アキラが一歩前に出た。
「えっと……石のことに集中できませんか?」
カイトが溜息をついた。私はその瞬間にかすかな満足を感じた――この一局は私の勝ちと認めた、と。
「そうだね。すまない、アキラ」
カイトが石を手の中で持ち直した。
「この石がある人には反応すると言っていたね。具体的には誰に?」
アキラがアリズを見て、その躊躇いだけで、次に言う言葉が分かった。
「……アリズにも反応するんです」
アキラがようやく言った。
新しい考えが私の中で形を作り始めた。アリズへと向いた。彼女は自分の名前が呼ばれると、青ざめていた。
「そうかしら?」
私は言い、声を今度はより柔らかく、探るように。
「石があなたに反応するのは本当?」
アリズは答えなかった。目を床に向けたまま、鞄の端を白くなるほど握りしめていた。
「アリズ」
カイトが彼女に言った。前よりも優しい声で。
「アキラ君の言っていることを確認してくれるかな?」
「……したくない」
アリズが囁いた。
「あの石……あれが怖い。触れたとき……」
声が割れた。
「消えてほしいだけ」
苛立ちがちくりと刺さった。アリズの恐怖は障害だった。必要な情報を得るための壁。何とかしなければならなかった。
「こちらに来て」
私は言った。前に彼女には使っていない命令の響きを持たせて。
「ここへ」
アリズが顔を上げた。その目に、恐怖と不信が混じっていた。
「……なぜ?」
「必要だから」
私は手を差し伸べた。
「手を出して」
アリズがためらった。アキラを見て、彼がゆっくりと頷いた。その目も、不確かさで満ちていた。ようやくアリズが一歩近寄って、手を差し出した。
取った。
アリズの手は冷たかった。体全体を貫く震えが、私の指先まで伝わってきた。本当に怖かったのだ――本物の恐怖で。その瞬間、何か名前のつかないものを感じた。止まりかけた。疑いかけた。問いかけかけた、自分の中で。
でも効率が制御を取り戻した。
素早い動きで、アリズの手をカイトが持っていた石へと引き寄せた。
アリズの声が短く、ほとんど詰まるように上がった。彼女の手が石に触れると、青い光が爆発した――眩しく、強く、私たちの間の空間を目を細めるほどの輝きで満たした。
――それだけだった。
アリズが激しく震えていた。脚が紙のように折れ曲がり、目はきつく閉じられて、歯を食いしばって、呼吸が乱れて。でも幻視はなかった。幻覚もなかった。石の輝きとある少女の恐怖だけが、そこにあった。
カイトが石をアリズの手から引いた。彼女が床に崩れた。震えながら。アキラが隣に跪いて、その腕で彼女を包み、聞こえないくらい小さな声で何かを囁いていた。
「何を考えていたんだ!?」
カイトが言った。声が今度は押さえ込まれた咆哮だった。
「君はどういう人間なんだ?」
その場面を眺めた。アリズはまだ震えていた。目をきつく閉じたまま。アキラが無限の忍耐で彼女を抱きしめて、髪を撫でていた。
「知る必要があったから」
私は言った。自分の耳にも冷たく聞こえた。
「この機会を逃せなかった」
「機会?」
カイトが一歩踏み出した。今度は怒りが肌で感じられるほど確かだった。
「すでに十分なほど恐怖の中にいる女の子を怖がらせることを、機会と呼ぶの?」
「怖がらせたわけじゃない。恐怖と向き合わせただけよ」
「今のがそれに見えた?」
カイトがアリズを指した。
「震えているよ。怖がっている。全部、君の『知りたい』という欲求のために」
……アリズを見た。震えていた。目を閉じたまま、両手を胸に押し当てて、何かから身を守ろうとするように。哀れで、さらには滑稽でさえあるべき光景だった。
でも、そうは感じなかった。
ただの普通の女の子ね。怖がっている女の子。それだけ。
でもその言葉は、自分の中でさえ、本当に聞こえなかった。アリズの震え方の何かが――肩が丸まっている様子が――私自身を思い出させた。震えてはいけなかった頃の、幼い私を。
「……石は何もしなかった」
私は言い、声はほとんど囁きになっていた。
「ただ光っただけ。それが分かれば、落ち着けるはずよ」
「恐怖というのはそういうものじゃない、楓」
カイトがアリズの隣に跪いて、大きくて確かな手がゆっくりと彼女の肩に置かれた。
「恐怖は合理的じゃない。危険がないと言われても、消えるものじゃないんだよ」
……分かってる。分かってはいる。でも。
カイトのお小言の重さを感じた。答えようとして、自分を守ろうとして――言葉が来なかった。代わりに、胸の中で何かが捩れた。名前のつけられない不快感。
分からない。なぜ分かってもらえないの。知りたかっただけ。
カイトが顔を上げて、私を見た。サングラスで目は隠れていても、その鋭さを感じた。
「やっぱり彼らと同じになりたいんだね」
彼はほとんど囁くように言った。
「君を育てたすべての人と」
その言葉が冷たい雨のように降り注いだ。足の下で地面が揺れた気がした。風が肺から空気を持ち去った気がした。
「同じじゃない」
私は言い、最後の言葉が震えた。
「誰とも同じじゃない。私は唯一無二よ!」
「なら、違う誰かとして動いてみせて」
カイトが立ち上がって、見えない視線を私に向けた。
「人を実験として扱うのをやめて。彼女たちを存在させてあげて」
……答えられなかった。言葉が喉に絡まって、解けないまま。アリズを見た。少し落ち着いてきた彼女を。アキラを見た。優しさで彼女を支えている彼を。その優しさに、私は名前をつけられなかった。
でもアリズの目が、あの震え方が、何かを叫んでいた。ずっと昔から知っていた叫びだった。
「……石のことだけど」
気がつけば声が出ていた。自分でも驚くくらい、静かな声だった。
「あれが何なのか、分かった気がするの」
カイトの眉が動いたような気がした。サングラスの奥の顔が、わずかに変わった。
「ほう? 聞かせてよ」
冬の風を、肺の中に深く吸い込んだ。
「器よ」
言葉はゆっくり出てきた。急ぐ必要はなかった。
「あの青い光は石そのものじゃない。中に何かが入っている。それが溢れているだけ」
沈黙が降りた。自分の心音が聞こえるくらいの、重い沈黙。
「……器か」
カイトがゆっくり繰り返した。
「何の?」
「力よ」
不思議だった。言葉にしながら、自分の中でも形が作られていく感覚があった。
「魔力に似ているけど、違う何か。ある人には反応して、別の人には反応しない。それが光として目に見えるくらいには、強いもの」
「その『何か』って何なの?」
石の青い輝きを見つめた。まだ脈打っていた。鼓動みたいに。
「……分からない」
認めるのは、思ったより重くなかった。
「でも確かなのは、ただの石じゃないということ。鍵か、器か……あるいは――」
「あるいは?」
カイトと目が合った。合ったような気がした。その一瞬だけ、仮面が少しひびを入れたような感覚があった。
「……牢獄かもしれない」
囁くように言った。
カイトはしばらく何も言わなかった。それからゆっくりと石を持ち上げて、かすかに揺らした。耳を澄ませるみたいに。
「面白い説だね」
ようやく口を開いた声は、いつもより静かだった。
「でも証拠がないと受け取れない」
「どんな証拠が欲しいの?」
「正しいと示せるもの」
石を目の前に掲げて、カイトがじっと見つめた。その眼差しには、今まで見たことのない種類の好奇心があった。
「今は仮説に過ぎない。可能性だ。そして可能性だけでは人は動かない」
―――可能性だけでは、人は動かない。
その言葉が頭の中で響いた。真実だと分かった。どれだけ知識があっても、どれだけ計算されていても、それだけでは足りない。必要なのは行動で、結果だった。
「では、お兄様はこれからどうするの?」
声に刃を戻した。それが自然な形だったから。
「ご自分で調べる? それともこれを無視する?」
「エレノア・ウィンターフォールと話す。彼女がこれに関わっているなら、話を聞きたい」
「アキラくんのことは信じないの?」
「アキラのことは信じてる」
カイトがアキラを見た。その眼差しの中身が、読めなかった。
「でも、ちゃんと分かってる大人の話を聞きたい」
アキラの肩が少し落ちた。安堵、だった。あれが安堵。
―――あの子は信じることができる。力を抜ける。全部知らなくてもいい、そう思える。
胸にちくりとしたものが走った。羨ましい、と思った。それがまた、腹立たしかった。
カイトが石をアキラへ投げた。アキラの手がそれを一つの動作で掴んだ。
……反射神経は悪くないのね。
「その石はよく保管して、アキラ。守護者として君に預ける」
アキラが素直に頷くのを見た。
「エレノア様への信頼が、正しいものであればいいですね」
口から出た言葉は、自分でも冷たいと思った。でも嘘ではなかった。カイトが扉の方へ歩き出した。その背中を見ながら、何も足さなかった。
扉が閉まった。
アキラの肩から、また力が抜けた。
「……よかった」か何か言いそうな顔をしていたから、先に口を開いた。
「お咎めはなかったわね。今のところ」
アキラがため息をついた。それはもうため息というより、うめき声に近かった。
「意味が分からない……どうして罰しなかったんだ」
「エレノア様の方が、君より上手く説明できると思っているから」
肩をすくめた。
「そしてそれは、正しい判断よ」
アキラは口を開きかけて、何も言わなかった。代わりにアリズの隣に跪いて、立ち上がるのを手伝った。
……その二人を、見ていた。
―――もう行くべきよ。やるべきことはやった。
でも、足が動かなかった。指先がそっと空中で閉じた。何かを掴もうとするみたいに。見えないものを。
「アキラくん」
気づいたら声が出ていた。自分の声が、少し遠く聞こえた。
「一つ忠告させて。お兄様の言うことは聞かなくていい」
アキラがこちらを見た。疲れた目をしていた。でもちゃんと聞いていた。
「あの石は危険よ。隠すんじゃなくて、信頼できる人たちに見せなさい。明かすの。それが正しい扱い方だから」
アキラは何も言わなかった。ただ見ていた。その目に全部見えているような、あの目で。
―――早く行かないと。余計なことを言う前に。
杖を取り出して、空中に円を描いた。魔術が体を包んだ。一瞬、世界の輪郭がぼやけた。
そして、エンバーストロム邸の自室に戻っていた。
静寂が、肌に重くのしかかった。いつも知っている静寂なのに、今日は違う重さがあった。
ベッドに倒れ込んだ。スプリングが鳴いた。天井を見上げた。
―――何をしたのかしら。何を動かしてしまったのかしら。
アリズが床に蹲っている姿が、目の裏に焼きついていた。消えなかった。あの姿を、前にも見たことがあった。失敗した生徒の目に。失敗した使用人の顔に。鏡の中の、自分自身の表情に。
「私は違う」
声に出してみた。
「あの人たちとは違う」
でも、言葉が嘘くさかった。自分の口から出たのに、空虚に響いた。
カイトはあの場で見抜いた。見抜いて、そのまま言葉にした。失望と、かすかな期待が混ざったあの表情で。
羨ましかった、と気づいた。
お兄様には……自由があった。
一族を抜け出して、自分のやり方で歩いていた。あの人だけじゃない。上の兄たちも、それぞれ自分の道を選んでいた。なぜ彼らにはできて、私にはできないの。
―――後継者だから。留まるのが私の役割だから。
その答えは、ずっと知っていた。だから驚きもしなかった。でも、慣れた痛みでも、痛みは痛みだった。
カイトのあの言葉が、頭の中でまだ響いていた。お父様やお母様と同じ、と言った声。あの声の中にあったのは、怒りじゃなかった。悲しみだった。それが一番、堪えた。
そうなのかしら。本当に、そうなのかしら。
目を閉じた。
―――明日考えれば、いい。
でも暗闇の中で、像は消えなかった。蹲るアリズの姿。それを支えるアキラの手。お兄様がこちらを見ていたあの瞬間。
……冷たくなりたくない。計算だけの人間になりたくない。空虚になりたくない。
ただそれだけが、ずっと本当のことだった。
――答えを探す者は、
時に自分自身と向き合うことになる。
信じてきた価値観。
積み重ねてきた常識。
そのすべてが、
少しずつ揺らぎ始める。
次回――
「心という未知」
理解できないものほど、
人の心を大きく動かしていく。




