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地獄へ落ちろ、親友よ

人は、過去を変えることはできない。


どれほど悔やんでも、

どれほど涙を流しても、

失われた時間は戻らない。


だからこそ残された者は、

過去を裁くためではなく、

未来を守るために歩き続ける。

ベッドが硬かった。


別に驚くことじゃない……半崩壊した屋敷で、親友の壊れた夢の墓場みたいな場所に、まともなベッドなんか期待する方がどうかしてる。錆びついたスプリングと、クラッカーみたいに薄いマットレスが全身に訴えかけてくる。「ここにいるぞ、忘れるなよ」って。全身がそれに従うのを拒否していた。


ゆっくり目を開けて、何度か瞬きした。湿気で黒ずんだ木の天井が、俺の混乱をそのまま映し返してきた。


……まだここにいる。まだ蓮次郎の屋敷にいる。


その亀裂から視線を離せなかった。身体はピクとも動かなかった。頭の奥で低く鈍く鳴り響く金属的な拍動――発電機のあのハム音が、こめかみの裏にしっかり刻まれて離れない。海の合唱のような声は、記憶としてじゃなく、生々しい傷跡として頭の中でまだ響いていた。ぐっと身体を起こすと、自分でも意識してなかったうめき声が漏れた。大げさにしたいわけじゃない。ただ……正直に出た声だ。痛みは一定のパルスで脈打っていた。


部屋は狭かった。ベッドと、小さなテーブルと、腐った板で塞がれた窓。それからーー沈黙。何もない沈黙じゃない。重い沈黙だ。過去の言い争いのエコーと、流れなかった涙と、誰も声に出そうとしなかった真実が、ぎっしり詰まった沈黙。


蓮次郎はここで眠っていたんだ、と思った。磨り減ったテーブルの縁を指先でなぞりながら。ここで全部計画して……魔術師たちを救う夢を見て……それとも、呪う夢を。もう何を信じていいかわからない。


いつものように肩をすくめようとした。やっぱり俺は「天才は理解しにくいものだ」と言って蓮次郎の突飛な行動を正当化し続けた男だ。でも、その言い訳の鎧はもう合わなかった。完全に壊れてた。証拠は物理的で、具体的で、鉛みたいに重かった。噂でも黒木のプロパガンダでもない。同じ机、コーヒーを一緒に飲んだあの机で設計された、ミリ単位の精度で作られた皮下コネクタ。蓮次郎の鋭い筆跡で書かれたあのノート。いつも整理されたワークショップのように、各部品がきっちりはまっていた俺の頭が、今では歯車がバラバラに散乱して、ワイヤーが切れ切れになったカオスと化していた。気絶する前に読んだ文書が、焼き付くような鮮明さで記憶に刻まれていた。


海。モルガナ。プロジェクト・ハートクライ。地球に魔力を注入するための機械。地下に埋まったあの巨大な鉄の躯体。全部本当のことだった。全部現実だった。


……俺には見えなかった。ずっと見えなかった。


そして、あの屋敷に足を踏み入れてから初めて、ずっと避けてきたことを考えた。蓮次郎の死の知らせを受けてから、ずっと。


蓮次郎は被害者じゃなかった。死刑執行人だった。狂ってたんじゃない。迷子になってたんだ。そして俺は……アイツの友人として……何もしなかった。連れ戻そうともしなかった。


方程式に隠れた変数なんてない。修正できる計算ミスなんてない。設計の根本が……あの腐った設計の根本が最初から腐ってたんだ……と思うと、喉の奥で冷たい結び目が締め付けてきた。


吐き気の波に押され、ベッドの端に座り込んで、顔を両手に埋めた。指が震えていた。地下室でと同じように。認知の不調和が物理的な痛みに変わっていた。胸に圧がかかって、息が入ってこない。この屋敷廃墟に来るまで俺がやってきたこと全てが、一つの前提の上に成り立ってた。「蓮次郎は無実だ。裏切られたんだ。唯一の友人である俺が、アイツの名前を汚名から救う」って。マーカスを引きずり込んで、浪漫的で馬鹿げた「誤解された理想主義者」というお伽話を抱いて、命を危険にさらした。


「……なんて馬鹿だったんだ」


歯の間から押し出すと、乾いた苦い笑いが胸から漏れた。


「とんだ間抜けだ……」


劇的な考えじゃなかった。音楽もない啓示でもなかった。ただのつぶやきだ。現実の欠片が俺の無関心の亀裂に忍び込んで、胸のどこかに居座った。冷たく重く、石みたいに。


どうして聞かなかったんだ。牛乳を買うのをやめて命を数え始めたとき、どうして聞かなかったんだ。あの料理のレシピを最後に作ったのはいつかと、どうして聞かなかった。破壊の設計図と交換する前に。


蓮次郎を守ろうとしてたんじゃない……俺は自分の過去を守ろうとしてたんだ。蓮次郎が怪物なら、俺は何なんだ。何年も隣で図面を共有して、野望を共有して、それでも隣にいた男が実の妹の魂を燃料として使うつもりだったことに、どうして気づかなかったのか。


深く息を吸った。空気は埃と敗北の匂いがした。


「……蓮次郎、お前は一体誰だったんだ。ずっと話してた相手は誰だ。『俺の一番の友達』と呼んでた相手は……誰だった?」


答えを知りたくなかったからだ。聞かない限り、同じままだと思い込めた。机の下に隠れてたあいつのまま。頬にインクの染みをつけてたあいつのまま。……いや、そんなやつは最初から存在しなかったのかもしれない。


あのノートの記述が、油圧ピストンの力で頭に叩きつけてきた。蓮次郎は絶望からミスを犯したんじゃない。ピストンを調整するような冷淡さで、妹の犠牲を計画していた。海のまばたきする死骸を見て、泣くんじゃなく、完璧なエネルギー変換器を見た。あの呪われた傲慢さのための触媒を。


無気力が完全に蒸発して、それまで感じたことのない破壊的な怒りが取って代わった。火山のような激情。


――ガタン!


ベッドの横の木の椅子を蹴り飛ばすと、壁にぶつかって木端微塵になった。


「このっ……! 蓮次郎、地獄に落ちろ! 地獄に落ちろ!!」


声は割れていた。机を拳で叩いた。一回、二回、三回。指の関節から血が滲んで、物理的な痛みが精神的な責め苦を少しだけ和らげるまで。


「名前なんて、もう何もない! 救う名前もない! お前は怪物だ! 病んだ呪われた怪物だっ!!」


机に身を預けて、ゼェゼェと息をついた。冷たい木に額をくっつけて、新鮮な血が古びた書類を染めていくのを感じた。熱く怒りを帯びた涙が視界をぼやかせた。


崩壊は完全だった。現実を受け入れるということは、アカデミーで知っていた蓮次郎を埋葬することを意味した。食堂の飯に文句を言いながら、回路の設計に夜を徹していた、あの輝かしい少年を。その蓮次郎は死んでいた。いや……もしかしたら最初から存在しなかったのかもしれない。本物の蓮次郎は、プロジェクト・ハートクライの設計者だ。実の血を使って惑星の神経系を侵害するための鉄の巨体を、地下に建設した男だ。


マーカスの言う通りだった。マーカスが俺に叩きつけた言葉のひとつひとつが、数学的で反駁不可能な真実だった。蓮次郎は骨の髄まで腐敗していた。動機は問題にならない。残虐さの規模が、共感しようとするどんな試みも無効にした。緑色の水槽と海の永遠の苦しみを正当化できる文脈なんて、世界のどこを探してもない。喪失の痛みも、遺伝的な欠陥も。


ゆっくりと身を起こして、震える手の甲で口を拭った。自分の血の滲んだ指の関節を見た。海のテレパシーによる眩暈は消えていた。冷たく、灰色で、墓のような明晰さに取って代わられていた。


友人の名前を救うための旅は終わった。もう救うべき名前などない。ただ止めなければならない巨大な罪悪だけが残っている。


扉の方に視線を向けた。マーカスは外にいるはずだ。臆病なエンジニアが苦い現実を飲み込み終わるのを待ちながら。


長い息をついた。自分の若さと、人への信頼の最後の欠片を引きずるような音だった。


「やれやれ……自己欺瞞はここまでだ、ヴィクター」


自分自身にそう言い聞かせた。断罪書に署名したばかりのような、降り落ちる平坦な声で。


ドアがノックされている。


顔を上げた。


マーカスは許可を待たずに入ってきた。バンと扉を閉めると、壁が振動した。腕を組んで扉枠に身を預けた。どう読んでいいかわからない表情をしていた。怒りじゃない。疲労でもない。もっと……抑えた何かだ。素手で圧力鍋を押さえているような。その威圧的な佇まいは、いつも通り真っ直ぐで隙がなかった。足元に散らばった木端と、俺の明らかに打ちひしがれた姿勢と、際立ったコントラストを作っていた。


マーカスの眼差しには批判もなかった。「言っただろ」という言葉を武器にして使うような気配もなかった。マーカスの目には判断がなかった。揺るぎない思いやりがあった。この屋敷の墓地のような冷気に逆らうような、人間的な温もりの炎が。


マーカスは机に近づいた。何も言わずに拳銃を取り出して、治癒の呪文を詠唱した。


「……どのくらい意識を失ってた?」


俺は首の後ろをさすりながら聞いた。


「二、三時間ってとこだ。大したことは起きてねぇ。世界は相変わらずクソみたいだぜ」


「……情報提供、どうもぉ〜」


マーカスは笑わなかった。笑うとは思ってなかった。


「もういい、ヴィクター」


マーカスの声は優しいつぶやきじゃなかった。しっかりと、澄んでいて、どんな心の乱れにも秩序をもたらせるような、深く響く声だった。


「その指の関節を痛めるな。死人の罪のために自分を罰するんじゃなく、お前の道具を握るために使う必要があるんだぞ」


その手を見つめた。静止したまま、傷が癒えていくのを眺めた。実存的な疲労が、また無気力の穴に引きずり込もうとしていた。


「マーカス……」


引きずるように言って、首を横に振った。声は消えていた。


「俺は馬鹿だった。ずっと……理想主義者だと思ってた。嘘っぱちのために俺たちの命を危険にさらした。お前の言う通りだ。アイツは実の妹を使いやがった。設計の根本は最初から腐ってた。救えるものは何もない。俺は人が読めない……ただの盲目なエンジニアだ」


マーカスは引かなかった。代わりに、重い手を俺の肩に置いた。その掴み方は堅固だった。俺の感情の地震の中で、揺るぎない支柱のように。


「友人を信じたことで、お前が馬鹿なわけじゃない、ヴィクター」


マーカスはまっすぐ目を見て言った。正義の太陽を思わせるような激しさで。


「よく聞け。愛した人間に希望を持つことは弱さじゃない、お前の人間性の中で最も純粋な部分だ。蓮次郎はお前を欺いた、そうだ。怪物を作り出した、そうだ。だが、その凶悪さの責任はアイツにだけあるんだ。お前の記憶の高潔さにじゃない」


視線をそらして、歯を食いしばった。


「高潔さ……か?」


苦い笑いを吐き出した。


「ここまで来たのは純粋な利己心だ、マーカス。自分の現実が壊れたことを受け入れられなかっただけだ。今は真実を知った、そして知りたくなかったと思ってる。このラボのことを頭から消せたなら……と思う。この魔法の世界を掘り続けたら、俺も壊れちまう気がする。あの下にあるものを……どうしたらいいか、わからない」


「なら俺を見て、俺の歩みに並べ!!」


マーカスの声が屋敷に轟いた。不屈の確信に満ちて、俺は思わず顔を上げた。


「今感じている痛みは、お前の道徳的な羅針盤がまだ壊れてない証拠だ。腐った人間はあの人間電池を見て、引き出せる力を考える。壊れた人間は背を向けて逃げ出す。だがお前は怒りで泣いている、何が正義で何が異常かを知っているから。それがお前を誇りある男にするんだ、ヴィクター!!」


マーカスは少し身を傾けた。距離を詰めて、俺が必死に必要としていた錨になった。


「痛みを消せとは言ってない、蓮次郎を許せとも言ってない」


マーカスは続けた。横から見た傾いた笑みには、鼓舞する火があった。


「お前が知っていた蓮次郎は、お前の心に存在した。誰もその記憶を奪えない。だがこの地下室を作ったあの男は決断を下して、後に散らかしたものを残していった。今は俺たち生きている者が応える番だ。海はあの下で閉じ込められたまま、頼んでもいないこだまの中にいる。過去は変えられない、ヴィクター、だが現在で何をするかは決められる!!」


胸の締め付けが緩んだ。マーカスの言葉は傷を消さなかった、裏切りの傷を癒しはしなかった、だが完璧な止血帯として機能した。構造を与えた。呼吸を続ける論理的で真っ直ぐな理由を。カオスな混乱が、相棒の真っ直ぐさの前で整列し始めた。


「お前はエンジニアだ、ヴィクター」


マーカスは最後に肩をもう一度強く叩きながら締めくくった。


「蓮次郎の機械は複雑で、突拍子もなく、危険だ。俺は素手で金属をへし折ることはできる、だが大惨事を引き起こさずに神秘的な核を無効化する方法はわからない。お前に正気でいてほしい。お前に目覚めていてほしい。悪人の名前を清めるためじゃない、実の家族の中で最後に残った人間性を救うために。蓮次郎の闇にお前自身の光を消させるつもりか?」


長い息をついた。もう完全な敗北のため息じゃなかった。重いが必要な荷を受け入れた人間の、残り空気みたいなものだった。


手を見た。拳を作った。目に薄い焦点のついた光が戻ってきた。無気力はまだそこにあった。でも今は技術的で正義的な目的を持っていた。


「やれやれ……本当に面倒なやつだ、お前が演説し始めると、マーカス」


ぐったりした口元に小さく疲れた線を作りながら言った。いつものけだるい口調に戻って。


「でも……まあ、誰かがそのバカのエラーを消してかないといけないな」


「じゃあ、彼女の話をする時だ」


頷いた。その会話を避ける方法はなかった。


マーカスが口を開いた。いつもより低い声だった。まるで一言一言を出す前に量っているような。


「俺は接続を切りたい。残酷にそう言ってるんじゃない、ヴィクター。アイツはもう人じゃない、と思うから。実験だ。……残骸だ。蓮次郎が機械に変えたんだ。機械は役目を果たさなくなったときに電源を切る」


「でも彼女は喋った。死にたくないって言った」


「自分が誰かわからないと言った。それは同じことじゃない。」


黙った。マーカスが半分正しいのはわかっていた。でもアイツの答えは受け入れられなかった。論理のためじゃなく、もっと古い、もっと内側にあるもののために。


……海を消したら、蓮次郎が残したエラーを修正する最後のチャンスも消える。蓮次郎の名前を清めることは不可能だ。でも蓮次郎のエラーを清めることは……別の話だ。


今は蓮次郎の全てのエラーを、アイツが起こした全ての害を、修復したいという気持ちが俺の中にあった。


マーカスが手を上げる前に声を出そうとした。その表情が変わった。肩の緊張が戦闘態勢になった。


「外に誰かいる。魔力の気配を感じる。強い」


「ちょっと待って!? お前、気配を感知できるのか!?」


「シッ……」


マーカスはハンターとして鍛えられていた。俺は求めてもいなかった戦争に引きずり込まれた、ただのエンジニアだ。痛む頭を無視して杖を取り出した。マーカスはもう扉の前にいた。拳銃を手に、辛うじて抑えた緊張の線のような体で。


「後ろにいろ」


マーカスが命令した。


「もし事が荒れたら……そのネックレスを使え」


それ以上言葉はいらなかった。二人で静かに階段を下りた。夕暮れの光が割れた窓から差し込んで、自分で動いているような長い影を落としていた。


玄関ホールに、男が一人立っていた。


壊れた家具と瓦礫の真ん中で。背が低かった。かなり低かった。百六十センチにも届かなかったのに、そのくせ、説明できない方法でその空間を満たしていた。鮮烈な赤いスーツに、揃いの赤いシルクハット。丸いサングラスが目を隠していた。唇には笑みが浮かんでいた。親切でも敵意があるわけでもない笑みだ。ただ……奇妙な笑みだった。誰も知らない宴会に来ているような。


マーカスが前に出て、拳銃を向けた。


「誰だ!? 名を名乗れ!!」


男は何も言わなかった。ただ踵を返して、マーカスと正面に向き合った。その顔を見た途端、マーカスは一瞬で硬直した。誰なのかわかったのだ。瞬時に。


「レオ・アシュフォード。七つの一族への反逆罪と謀反の共謀で逮捕する」


低い男は眉一つ動かさなかった。笑みがほんのわずか、広がった。俺の背筋を走る悪寒にはそれで十分だった。


「ジャハハ……!! ジャハハハハ!!」


レオの笑い声は静寂の中に鞭のように響いた。


「ほうほう! 今日の公演に観客がいるとは思わなかった。そして何と……多彩な観客だろうかねぇ!!」


「冗談はやめて膝をつけ」


「膝を……ですか?」


レオは短く乾いた笑いを吐き出した。


「私のスタイルじゃないですねぇ」


レオは大げさにお辞儀をして、一瞬シルクハットを外した。


「私は諸君の卑しい使用人、レオ・アシュフォード……一族の革命家。まあ、そう呼ばれることを望んでいるわけでしてねぇ」


「お前が呼ばれる唯一の名前は裏切り者だ。黒木ワイルドソウルの同盟者め」


「いいえ、いいえ。あの人、黒木は……ただ『遊んで』いるだけですよぉ。駒を楽しそうに動かしながら。でも俺は遊びに来たわけじゃない、筋骨隆々の君。俺はご馳走の残り物を回収しに来たわけで……ねぇ」


前触れもなく、レオが杖を動かすと赤い魔力の爆風がマーカスに向かって炸裂した。マーカスはエネルギーの盾で防いだが、その衝撃で数メートル後退させられた。遠くからそれを見て、心臓が喉元まで上がってきた。この男は口だけの詐欺師じゃない。戦闘においても怪物だ。


「本当に残念ですよ、本当に!!」


マーカスの反撃をほぼ人間離れした敏捷さで躱しながら、まるでダンスのように動きながらレオが叫んだ。


「私はここに愛しき同僚が残したものを回収しに来たわけですがねぇ……黒木が過小評価しているものを。あの馬鹿め!! 蓮次郎クンを殺したのは、まったく見当違いな計算ミスだ。全ての最初の計画を台無しにしてくれましたよぉ!!」


「黒木が蓮次郎を殺したのか?」


思わず一歩前に出た。レオがロボットのように頭を俺に向けた。丸いレンズが死にかけた光の下で光った。


「ほほぅ、もしかして気づいてなかったですかぁ、ちっちゃな魔術師くん?」


レオはさらに笑った。


「駒が独立的になりすぎると……そうするでしょう、私なら。黒木は自分がコントロールしていると思ってる、でも自分で操れないカオスを作り出しているだけですよぉ。私だけが、あの馬鹿げたゲームを止められる。私だけが、真の最終幕への鍵を持っている。一族を進化させるんだ。好むと好まざるとに関わらずね!!」


マーカスが再び突撃した。魔力の衝突が屋敷の梁を震わせた。レオは攻撃を受け流し、残酷な優雅さで反撃しながら、でもその表情が変わり始めた。笑みが苛立ちの顔に変わっていった。


「だがこれは!!」


マーカスの一撃を受け止めて後退し、瓦礫の山の上に着地しながらレオが叫んだ。


「まったく頭が痛い!! 本当に腹が立つ!! 今日のために完璧な計画があったんですよ。愛しき同僚の研究の核を回収するための、完璧な脚本が。そしたらお前たちが!! 名前もない二人の部外者が、メインシーンをぶち壊した!!」


レオが杖で床を叩くと、声が劇的な叱責のトーンで高まった。


「世界規模の陰謀を調整するのがどれほど大変か、お前たちはわかるか? お前たちみたいな変数が舞台に飛び込んでくると!? 全てをめちゃくちゃにしやがった!! また計画が遅れる!! これは耐えられない、これは……この謀略の芸術に対する無礼だ!!」


レオがシルクハットを直した。赤いオーラが周囲で沸騰した。俺とマーカスを、まるで絹のスーツの染みを見るような絶対的な軽蔑で眺めた。


「お前たちが誰かなど、興味もない」


レオは一瞬だけ劇的な落ち着きを取り戻しながら囁いた。


「だが私のおもちゃを壊した以上、新しい幕を即興で演じなければならない。そして保証しますよ……この舞台の幕は、蓮次郎がかつて想像したものよりずっと血塗られたものになるでしょうねぇ」


レオはマーカスの拳を止めた。赤い輝くオーラに包まれた掌で。その顔が、一瞬、喜びを失って冷たくなった。


「私だけが、あの男を止められる。俺だけが、真の最終幕への鍵を持っている」


レオはマーカスを放して一飛びで後退し、両腕を広げて辺りを見回した。本物の欲求不満が笑みを歪めた。


「蓮次郎の遺産なしでも前に進む。お前たちは俺を止めない」


レオが振り向いて俺を見た。視線がぶつかった。そして……怖気が走るほどゾッとする笑みが、アイツの顔に浮かぶのを見た。


――ズガァン!!


レオが杖で地面を叩くと赤い煙の爆発がマーカスと俺の視界を奪った。熱が息苦しく、硫黄とインクの匂いがした。前触れなく魔法の槍が腹の横をかすめた。


鋭く刺すような痛みで絶叫した。


「退かせていただきます、皆さん。今日は回収するものが何もなかった」


マーカスが怒りの目でレオが風魔法の呪文で宙高く飛び去るのを見ていた。でも予想通り、マーカスはレオを追わなかった。俺のところに走ってきた。


俺の中で何かが砕けた。怒りでも悲しみでもなかった。冷たい確信だ。ダムの亀裂から水が滲み出るような。


蓮次郎はアイツに自分のビジョンを託した。俺にじゃない。あの男に。


マーカスが治癒魔術を使いながら何か言っていたが、俺の耳にはほとんど届かなかった。頭の中は別のところにあった。レオのことを考えていた。アイツの言葉を。アイツの確信を。蓮次郎のことを、墓まで持ち去った秘密のことを。海のことを、自分でも何を待っているのかわからないまま待ち続けているあいつのことを。


……今止まるわけにはいかない。これだけ知ってしまった後で。


そして再び、全てが暗闇になった。


* * *


またベッドにいた。傷は痛んだが、もう血は出ていなかった。マーカスが基本的な治癒の呪文をかけて、動くなと命令した。


「下に行く」


言った。夜がすっかり落ちたとき。


「傷を負ってるぞ」


「歩ける」


マーカスが長い間俺を見た。それから溜息をついて、起き上がるのを手伝ってくれた。


二人でラボに下りた。カプセルの緑色の光が幽霊のような輝きで部屋を照らしていた。機械のハム音は前より大きく感じた。まるで何かが変わろうとしていることを知っているかのように。


カプセルに近づいた。海はそこにいた。液体の中に漂いながら、目を閉じて、顔は穏やかだった。おとぎ話のお姫様みたいだった。失敗した実験なんかじゃなく。


でも両方なんだ、と思った。そして多分、それが一番悲しいことだ。


「海」


と、小さく声をかけた。


「聞こえるか?」


声は数秒後に届いた。頭の中に直接。柔らかく、いつも通り戸惑いを含んで。


「聞こえます……でも、あなたたちは誰ですか……?」


俺とマーカスは自己紹介した。それぞれが蓮次郎とどういう関係にあるかも伝えた。


「……ヴィクター。そう言えば……蓮次郎お兄ちゃんが何かいくつか話してくれてたような気がします」


「何を話してたんだ?」


間があった。緑の光が瞬いた。


「お兄ちゃんは……あなたのことを、唯一自分のことを理解してくれた人だって言ってました。唯一、同じように物事を見てくれた人。唯一……止めてくれたかもしれなかった人、って」


「止めてくれたかもしれなかった」


その言葉が胸に刃のように刺さった。


「……なんで止めなかったんだ」


と囁いた。自分自身にほとんど聞かせる気もなく。


「わからないです。たぶん……止めたくなかったから。たぶん怖かったから。たぶん……たぶん、お兄ちゃんが正しいと、心のどこかで信じてたから」


首を横に振った。


「違う。俺は……そんなことは……」


「嘘をついてます」


その言葉は鞭のように打った。目を閉じた。


「蓮次郎お兄ちゃんは全部話してくれてました。夢のことも、恐れのことも、執着のことも。二人とも、魔術師の世界を変えたいと夢見ていたって。二人とも、技術が魔術師たちを救えると信じていたって。二人とも……二人とも、隠れることに疲れていたって」


「高みを目指すことと、実の妹を電池代わりにすることは違う」


と言った。声が割れた。


「そうですか? 本当にそうですか?」


返せなかった。どう返せばいいかわからなかった。


「蓮次郎お兄ちゃんは俺……私たちを傷つけたくなかった。みんなを救いたかった。魔術師たちも、人間たちも、地球も。そして私は……受け入れました。お兄ちゃんが頼んだから。お兄ちゃんを助ける方法が、それしかなかったから」


「……それを言っているのは海なのか、それともモルガナなのか?」


と聞いた。足場を探しながら。


「あなたと融合した純粋精霊。それはモルガナがそう信じていることで、海本人がそう思っているわけじゃないんじゃないか?」


「わからないです。自分が私だと思うときがある。自分がただのこだまだと思うときがある。自分が……かつて誰かだったかどうかさえわからないときがある」


黙って見つめた。海は変わらず液体の中に漂っていた。前と同じように。でも今、見るとき、実験装置が見えなかった。被害者が見えた。妹が見えた。愛した人のためにすべてを与えて、その過程で自分自身を失った人が見えた。


「ここから出してやる」


と言った。自分でも持っているとは思わなかった決意で。


「方法を見つける。奪われたものを取り戻す方法を。約束する」


「……なぜ、そんなことを私のためにするんですか?」


「蓮次郎にできなかったから。俺自身にもできなかったから。……せめてこの悪夢のひとつくらい、ハッピーエンドで終わってほしいから」


海は答えなかった。でも緑のカプセルの光が二、三回瞬いた。まるで「ありがとう」と言っているかのように。


入口から静かに見ていたマーカスが近づいてきた。


「レオのことを報告する」


と言った。


「でも……海のことは今のところ伏せる」


驚いて見た。


「なぜ?」


「……俺もせめてひとつくらい、この悪夢にハッピーエンドを見せたいからだ」


それ以上言葉はなかった。二人でラボにいた。カプセルを眺めながら。自分自身の罪悪感の重さを感じながら、それでも何かよいことをまだできるかもしれないという、かすかな希望を抱えながら。


* * *


翌日、家に戻った。傷は痛んだが、もう動けなくなるほどではなかった。机の前に座った。プロジェクト・ハートクライについてとり始めたメモの山の前で。長い息をついた。


長い仕事になるだろう。難しくなるだろう。痛くなるだろう。


でも初めて、数ヶ月ぶりに、明確な目的があった。海を救うこと。蓮次郎が残した害を修復すること。そして……平和を見つけること。


スマートフォンが震えた。リディア・ナイトシェイドからのメッセージだった。二回読んだ。


「ナイトシェイド邸で緊急会議。黒木への次の動きについて。来なさい」


電話をテーブルに置いた。窓の外を見た。外では雪が降り始めていた。世界を白く覆いながら。


もうすぐ年が明ける……と思った。そして新しいフェーズが始まる。準備ができていればいいが。


立ち上がってコートを取り、外に出た。


戦争は終わっていなかった。でも今は少なくとも、自分が何のために戦っているかがわかっていた。

――勝利は、準備した者だけに微笑むとは限らない。


完璧に見える作戦にも、

見えない綻びは潜んでいる。


信じる者。


疑う者。


そして、

誰にも知られていない最後の切り札。


次回――


決戦前夜


すべての駒が動き出す時、

運命の歯車は静かに回り始める。

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