手を伸ばす者たち
人は、
自分では気づかない才能を持っていることがある。
それは誰かに認められて初めて、
「力」と呼ばれるのかもしれない。
偶然だと思っていた出来事も、
何気なく選んだ道も、
いつしか未来を変える一歩になっていく。
ベアトリクスが倒れた後に訪れた静寂は、あまりにも重く、あまりにも濃密だった。
救助に動き始めた魔術師たちのブーツが砕けたガラスを踏みしめるたびに立てる音が、耳の奥まで届いてくるほど。リリウムを胸に抱きしめながら、磁器の冷たさと、まだ乾ききっていない涙の温かさが頬の上で混ざり合っていくのを感じていた。あと一歩で戦場の縁に踏み出そうとしたその瞬間――声が、私を止めた。
張り上げる必要も、急ぐ必要もない、それでいて逃れることのできない重さを持った低い声。
「エレノア・ウィンターフォール。まだ行かれるな。聞きたいことがある」
数メートル先に立っていたのは、大魔導師のストロンだった。長い白衣の上で腕を組み、白いひげは混乱の続く戦場の光の中でほのかに輝いているようにさえ見えた。小さく鋭い目は、私ではなく――リリウムから離れない。
「……大魔導師のストロン」
できるだけ落ち着いた声を出そうとしたのに、それは自分でも驚くほど震えて出てきた。
「今はやることがたくさんありますわ。負傷者、亡くなった方々……ベアトリクスはまだそこに倒れているのよ。今はその時では――」
「もう動いておる」
大魔導師のストロンは私の言葉を遮った。どんな怒号よりも恐ろしかった。
「ワイルドソウルのハンターたちがベアトリクス・クロスを運んでいった。負傷者には医師が当たっておる。そなたが必要な場はそちらではない。だが、ここでは必要じゃ――わしの隣にな」
行きたかった。アキラとアリズを探したかった。誰もこんな目で見ない場所に、隠れてしまいたかった。でも気づけば、私たちに向けられる視線は少しずつ増えていて――私の腕の中でまだ植物魔術の残滓を宿して微かに震えているリリウムへと、その視線は注がれていた。
周囲を見渡す。本当に、そうだった。リリウムを抱きしめていた間に、あの混乱は整然とした救助の流れへと変わっていた。白衣の魔術師たちに囲まれて担架で運ばれていくベアトリクスの、青白く静止した顔。手当てを受ける負傷者たち。白い布で覆われていく亡骸たち。
……言い訳は、もうなかった。
「周囲はまだ混乱していますわ」
最後の一言を試みた。
「瓦礫と、走り回る人たちの中では、話ができる状況には――」
「では、わしの執務室に移ろう」
大魔導師のストロンの口調には、交渉の余地がなかった。足元が沈んでいくような感覚がした。思いつく言い訳の一つ一つに、彼はすでに答えを持っていた。まるで何年もこの瞬間を待ち続けていたかのように。私が自分の影から逃げられないことを、最初から知っていたかのように。
「……アカデミーの東側にしてほしいのよ」
ようやく、視線を落とした。
「破壊が及ばなかった場所。木があるわ。そこの方が……落ち着いて話せる気がするから」
大魔導師のストロンは長い間、私を見ていた。それからほとんど目立たないほど小さく、頷いた。
「よかろう。先に行きなさい。わしが後に続く」
先に行けという意味は、わかっていた。礼儀などではない。逃げられないようにするためだ。ゆっくりとした足取りで歩き始めながら、老魔導師の視線が首の後ろに物理的な重さとして乗ってくるのを感じていた。ずっと黙っていたリリウムが、小さな磁器の手で、そっと私の頬に触れた。
アカデミーの東側は、小さな森だった。建設当時の設計者たちが手を付けなかった樹齢を重ねた木々が、静かに空を支えている場所。木の枝の合間から差し込む日の光が、落ち葉の積もる地面に光と影の絨毯を織り成していた。
小さな空き地の中央で足を止め、振り返った。大魔導師のストロンは少し離れた場所で、杖を手にして、ただそこに立っていた。何も言わない。言う必要がない。
深呼吸をした。胸の中で圧力が積み重なっていく感覚がした。ずっと求めてもいなかった名声の重さ、何年も追いかけてきた肩書きの重さ、それが今この瞬間、もう耐えきれないほどに感じられた。
言わなければ。この嘘がこれ以上続く前に、本当のことを話さなければ。
「大魔導師のストロン」
自分の声が、他の誰かのもののように聞こえた。
「お伝えしなければならないことがあるのよ。もしかしたら……あなたの私を見る目が変わってしまうかもしれないけれど」
大魔導師のストロンが静かに頭を傾ける。
「私は……天才なんかじゃないわ」
堰が崩れるように言葉が出てきた。
「リリウムが言葉を話すようになった理由がわからない。魔術を習得した理由もわからない。優れた精霊魔術師でもない。ただ……ただ直感に従っているだけ。感じるままに動いているだけ。それがたまたまうまくいくことがある。でも、与えられた肩書きには値しないわ。『命の魔術師』と呼ばれるに値しない。私は偽物なのよ、大魔導師のストロン。ずっとそうだったわ」
目を閉じた。裁きを待ちながら。彼が頷いて、最初からわかっていたと言うのを待ちながら。ずっとみんなを欺いてきた詐欺師に過ぎないと言うのを。
胸の奥から、奇妙な軽さが広がり始めた。……言えた。ようやく本当のことを話せた。これで……これで解放してもらえる。
沈黙が伸びていった。目を開けると、大魔導師のストロンはまったく同じ、無表情な顔で私を見ていた。
それから、ゆっくりと、彼は片方の眉を上げた。
「……たわごとは終わったかの?」
瞬きをした。
「……えっ?」
「くだらないことを言い終えたか、と聞いておる」
大魔導師のストロンは繰り返した。疲労と、かすかな苛立ちが混じった声で。
「劣等感を披露されて時間を無駄にされるとは思わなかったわい。他に話さねばならない大事なことがあるというのに」
「でも……信じてくださらないの?」
「天才ではないと?」
大魔導師のストロンは、笑いをこらえているようにも聞こえる小さな息を吐いた。
「エレノア・ウィンターフォール。そなたは三世代ぶりにウィンターフォールの一族が生み出した、最も優れた精霊魔術師じゃ。言葉を話すだけでなく、魔術まで放てる人形を生み出した。それが『たまたま』だなどという話を、わしが飲み込めると思っておるのか」
「でも……本当にたまたまだったのよ」
言わずにはいられなかった。歯がゆさが胸の中で沸騰していく。
「何か特別なことをしたわけじゃない。ただ……娘のように接しただけで」
「そうじゃ」
大魔導師のストロンの声が、初めて柔らかくなった。
「それがそなたにはわからないのじゃろう? 世界に存在する魔法の中で、心から生まれるものほど強いものはない。そなたには式も複雑な陣も必要ない。直感こそが、そなたの才じゃ。そしてその才こそが、そなたを天才たらしめておる――認めたくとも、そうなのじゃ」
口を開きかけた。だが大魔導師のストロンが手を上げた。
「もうよい。自己認識の話をする場ではない。今日ここへ来たのは、この子のことを話すためじゃ」
リリウムを指さした。
紫の瞳でずっと会話を見守っていたリリウムが、私の腕の中でかすかに強張った。
「リリウム」
大魔導師のストロンは、直接彼女に語りかけた。
「どうやって魔術を使うことを覚えたか、話してくれるか?」
リリウムは答えなかった。助けを求めるように、私を見た。
「人見知りなのよ」
私は急いで言葉を挟んだ。
「慣れない方とは、心が開くまで話せないの」
「では、そなたが代わりに聞いてみなさい」
大魔導師のストロンは辛抱強く言った。
深呼吸をして、リリウムに向き直った。
「リリウム、大魔導師のストロンに、どうやって魔術を覚えたか教えてあげられる?」
リリウムはしばらく黙っていた。自分の中にある言葉を整理しているようなその沈黙の後、透き通った声で話し始めた。
「はっきりとはわからないわ。エレノアが残してくれた本を読んでいたのよ。魔術理論の本を。知識は私の記憶に刻み込まれた。式も、陣も、パターンも理解できる。でも、なぜそれを実際に使えるのかはわからない。まるで理論を知っていて、初めて実践しようとした瞬間に、それが完璧にできてしまうような感じなのよ。理由は……わからないけれど」
大魔導師のストロンは考え込んだ。年老いた長く節くれ立った指が、杖の上でゆっくりと動いた。
「……それは」
彼はほとんど独り言のように呟いた。
「不可能なはずじゃ」
魔力を使えるのはマジクスだけだ。どれだけ才能のある人間でも例外はない。生物学的な問題で、魔法の脈管の有無がそれを決める。だがリリウムには――脈管はない。磁器でできているのだから。
「わかっているわ」
リリウムは言った。誇りではなく、静かな事実確認としてその言葉を口にした。
「でも、できるの」
大魔導師のストロンは長い間、彼女を見た。それから、何かを決めたように頷いた。
「調べさせてもらう必要がある。だが、わしの目で見たことを否定するわけにもいかん。リリウム、そなたは異例の存在じゃ――魔術と魔法についてわしたちが知っていることを変えてしまうかもしれないほどの異例な。だからこそ、エレノア・ウィンターフォール、この子をさらに詳しく調べさせてほしい。非侵襲的な方法でじゃ。観察と――」
「いや!!」
気づいたときには声が出ていた。リリウムをぐっと胸に引き寄せた。
「娘は実験道具ではないわ」
大魔導師のストロンは両手を上げた。なだめるような穏やかな仕草で。
「すまない。言葉が適切ではなかった。標本のように扱うつもりはない。必ず守ると約束しよう。その証として、高位の魔法を一つ、この子に施させてほしい。護符の術じゃ。いかなる外力もこの子を傷つけることができぬよう、わし自身の力でそれを強化する」
迷った。でもリリウムが、私の腕の中で頷いた。
「いいわ」
リリウムが言った。
「してもらいなさいな」
大魔導師のストロンが杖を伸ばし、空中に円を描いた。溢れ出したのは、普通の呪文の光ではなかった。より純粋で、より密度の高い輝き。その魔力がリリウムを包んでいくのを感じた。温かく、守るような第二の皮膚として。
――これが本物の魔法だった。私のような人間には、本来であれば感じることさえできないはずのものを、こんなにも間近で目の当たりにしている。
「終わった」
大魔導師のストロンは杖を下げた。
「その結界が有効である間、誰もこの子を傷つけることはできん。満月ごとに更新しに来ることを、わしの誓いとしよう」
立ち去ろうとして――最初の一歩を踏み出す前に、足を止めた。
「特別な魔法使いたちを呼ぶことにしよう」
振り返らないまま言った。
「案ずるな。実験ではない。……診察じゃ。時が来たら連絡する」
そして本当に去っていった。残されたのは、安堵と、新たな不安の波が混ざり合った、奇妙な感覚だった。
――魔法使い。
本物の魔法使い。エリートの魔術師でさえ、目を合わせることをためらう存在たちが、リリウムを見にやってくる。
足早に、ほとんど走るような勢いで、アカデミーを後にした。アキラとアリズを探さなければ。二人が無事でいることを確かめなければ。それに――アキラは石の欠片を持っている。でも、どこを探せばいいのかわからなかった。二人がアシュフォードの研究室に残っているはずがないと考えていた。連絡を取る手段もない。
「エレノア」
リリウムが腕の中から言った。
「アキラとアリズを探しているの?」
「そうよ」
思っていたことを読まれたような驚きがあった。
「どこにいるかわかる?」
「別れる前に、二人が言っていたわ。ウィンターフォールの屋敷に戻るって。石がアリズに反応したから、安全な場所で調べたいって話していたのよ」
胸が跳ねるような感覚がした。
ウィンターフォールの屋敷。もちろん。他にどこがある?
時間が尽きていくことを知りながら急ぐ者のような速さで、自分の家へ向かった。使用人たちに尋ねると、二人が私の部屋にいると教えてくれた。階段を急いで上り、ノックもせずにドアを開けると――二人は床に座っていた。その間に置かれた石の欠片が、あの催眠的な青い光を放ちながら輝いていた。
「生きていた!!」
思わずその場に膝をついた。
「本当によかった……どれだけ心配していたか、わかってもらえないわ」
「死んでる扱いしないでってば……」
アリズが不満そうに言った。
「エレノアさん」
アキラが疲れたような微笑みとともに言った。
「運がよかったです。陰陽師は追ってこなかったし、一族の魔術師たちにも気づかれなかった。風の魔術のおかげで逃げることができましたね」
「石は?」
欠片を指差しながら聞いた。
「何かわかったの?」
アリズが首を振った。
「何なのかわからないわよ。光っているのはわかる。割れたのもわかる。あとは……時々、呼ばれているような気がするってこと」
「呼ばれている?」
「変なのよ」
アリズは認めた。
「じっと見ていると、何かを言いたがっているような気がする。でも何を言いたいのかは、わからない」
しばらく三人で石を見つめたまま、黙り込んだ。青い光がまるで何かを探しているかのように、動き、うねっていた。
「これって普通の石よね? なんで割れてしまったのかしら」
とつぶやきながら、手に取って振ってみた。
アキラとアリズは顔を見合わせたまま、答えを出せないでいた。
手の中で石の感触を確かめた。重さも、ざらついた質感も、確かに石だ。でも説明がつかないのは、割れた時のあの容易さ。さらに欠片を取ろうと指で試みたが――石は硬かった。びくともしなかった。
「おかしいわ……さらに割ろうとしても、割れないのね」
「もう少し慎重にしてほしいんだけど……」
アリズが眉をひそめながら言った。それでも石の表面を指の爪で引っかき続けている私を見て、心配そうな顔で続けた。
「でさ、この青い光は何だと思う?」
アキラが、床に戻した石から目を離さないまま言った。
「いい質問ね、アキラ。ザイルが言っていたでしょう。この青い光は魔力に似ているって」
「じゃあ、エネルギーだということ?」
「……たぶん」
誰も何も言わなかった。大きなことをやり遂げた気がしていたのに、今は巨大な壁の前で立ち往生している。その壁の上り方が誰にもわからないまま、ただそこに立っているような感覚だった。
リリウムがするりと腕から降り、石に近づいた。紫の瞳でじっと見つめた後、小さな磁器の手を近づけると――青い光が、チリンと鳴くように揺れた。
リリウムに反応した。
何かを言う前に、リリウムが口を開いた。
「エレノア、精霊魔術をこの石に使ってみてくれないかしら?」
「どうして?」
「アリズに反応した。私にも反応した。でも、あなたにもアキラにも反応しなかったの。この青い光は何かを探しているわ。もしかしたら……意識があるのかもしれない。本能的な何かが。精霊魔術を使えば、命を宿しているかどうかわかるかもしれないのよ」
迷った。精霊魔術は、気軽に使っていいものではない。知らない方がよかったことを明らかにしてしまうことがある。でも――リリウムの言う通りだった。あの青い光は、最初から普通ではなかった。いや、普通ではなかったどころではないのかもしれない。
「わかったわ」
杖を取った。
「やってみる」
空中に円を描き、いかなる精霊的存在をも反応させる呪文の言葉を囁いて、待った。
青い光が揺れた。かすかな明滅などではなかった。まるで何かが深い眠りから目を覚ますかのような、けいれんするような震え。石の欠片から溢れ出したエネルギーが部屋を満たして、杖が私の手の中で振動した。生きているものに触れているような感触が、手のひらを伝わった。
「これは……精霊ね」
思わず声が漏れた。驚きを隠すことができなかった。
「もしくは魂。どちらかはわからないけれど。でも、これはただのエネルギーじゃない。これには、意識があるのよ」
四人は黙り込んで、まだ揺れ続ける光を見つめた。何かを伝えようとしているかのように、光は輝き続けていた。
「石の問題ではないのよ」
ようやく声が出た。細い糸のような声だった。
「石は入れ物に過ぎない。本当に大事なのは……これ」
青い光を指差した。まるで物理を超えた何かで輝き続けているかのような光を。頭の中で、バラバラだったものが繋がり始めた。陰陽師たちの符。彼らが符を使う時に光る、あの青い輝き。源次が欠片を持って逃げた時の、その重要そうな扱い方。そして今、精霊魔術への青い光の反応。
「陰陽師たちも」
ぽつりと呟いた。
「あのエネルギーを使っているわ。符が発動する時、青く光るの。魔力ではない。これと……同じ光よ」
「じゃあ、陰陽師たちが石と関係あるってこと?」
アリズが目を見開いた。
「わからないわ。でも偶然にしては大きすぎる。陰陽師たちが石を欲しがるなら、それは彼らがこの光について何か知っているからよ。私たちが知らない何かを。この戦争の均衡を変えてしまうかもしれない何かを」
アキラは突然声を上げた。
「エレノアさん」
決意を宿した声だった。
「石はアリズと僕に任せてください。ここにいることを知る者はいない。欠片を持っていることも。完璧な保管者になれると思います」
長い間、彼を見つめた。断りたかった。彼らを守りたかった。まだ全体像が見えていない危険から、遠ざけておきたかった。でも直感が――今まで一度も私を裏切ったことのない直感が、アキラの言っていることは正しいと告げていた。
「わかった」
立ち上がった。
「でも気をつけて。誰にも見せないこと。誰にも、よ。わかった?」
アキラとアリズが頷き、部屋を出て行った。世界の重みがまだ肩の上に乗ったままだという感覚とともに、私はそこに残った。
* * *
翌朝、目が覚めたのはいつもより遅い時間だった。身体は眠りを求めていたのに、頭の中はもう昨日の出来事を整理し始めていた。ベッドの中で起き上がり、目をこすった瞬間――地面が揺れた。
やわらかな揺れではなかった。暴力的な衝撃、続いて窓ガラスを震わせる爆発音。リリウムがベッドに飛び乗ってきた。磁器の顔が張り詰めていた。
「エレノア、攻撃よ。陰陽師たちだわ」
時間を無駄にしなかった。ナイトドレスの上に大きなコートを羽織り、杖を掴んで走り出した。廊下では魔術師たちが走り回り、ある者は呪文を放ち、ある者は避難場所を探していた。庭では、すでに戦いが始まっていた。陰陽師たちは光り輝く符を手に前進し、式神が容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
隅に陣を取って、氷と風の魔術で仲間を守ろうとした。でも、このまま持ちこたえることはできないとわかっていた。
そして――見た。
敵の隊列の中に、将のように際立って立つ人物を。その目がゆっくりと戦場を見渡し、私のところで止まった。
源次だった。
ゆっくりと、まるで周囲の混乱など存在しないかのように、こちらへ歩いてくる。その笑みが、ゆったりと顔に広がった。
「エレノア・ウィンターフォール」
静かな声だった。
「石の残りをお渡し願いたい。貴殿を傷つけたくはないのでな」
「持っていないわ」
杖を向けた。
「嘘をつかれているな」
「嘘じゃないわ。信じても信じなくても、それが真実よ」
源次は長い間私を見た。笑みが消え、それに代わる冷たさが血を凍らせた。
「であれば、手加減する理由もなくなりましたな」
符を放った。それが炎の蛇を生み出した。
私は氷の盾の魔術で防いだが、炎の密度が高く、防壁は長くは保たない。杖を流れるように振った。
「『ウェントゥス・グラキエス』!!」
暴風と、短剣のように鋭い氷の破片が、源次に向かって炸裂した。広範囲を覆う大技だった。だが源次は一歩も退かなかった。指貫の上で一枚の符をすべらせた。
「『玄武の盾』!!」
金色のエネルギーの結界が現れ、氷を軽々と受け流した。そして間を置かず、残りの二枚を空中に投げた。
「『雷牙』!!」
二筋の黄色い電撃が符から走り出て、地を這いながらこちらへ向かってくる。反射で杖の先端を地面に叩きつけた。
「『旋風の盾』!!」
地から固い氷の塊が生まれて電撃を受けた。爆発が氷の破片を四方に飛ばして、腕で顔を覆った。ガードを下げた時、源次はすでに新たな炎の符を構えていた。
消耗戦になった。風の魔術で飛んでくる攻撃を逸らし、氷の槍で反撃する。一発一発が魔力を削っていった。だが源次は符を次々と放ちながら、苛立たしいほど落ち着いた動きで動いていた。右手の指貫がひとたび発動するたびに、瞬時にエネルギーが補充されていく。
「どうされましたかな、魔術師よ? もう力が尽きましたかな?」
源次が私の必死の氷の槍をかわしながら言った。
「その魔術、磨かれた技巧である、真の才の証と申せましょう。されど、異例の者も息が絶えれば同じこと。石は、どこにあるのでございましょうか?」
「持って……いないって言ってるわ!!」
息が荒くなっていた。膝が一瞬、くずれそうになった。これほど短時間に連続して魔術を使ったことで、身体が燃えるように疲弊していた。大吹雪を呼び起こそうとした。ウィンターフォールの一族が持つ特別な攻撃を。だが杖を掲げた瞬間、出てきたのは形にならないまま消えていく弱い光だけだった。視界がぼやけた。コートの裏側を、冷たい汗が流れていくのが、周囲の空気とは対照的にひどく生温かく感じられた。
源次がゆっくりと歩いてきた。新しい符の束を抜き出しながら。
「残念なことでございます。本当に石をお持ちでないなら、貴殿にはもはや価値がない」
答えようとした。だが出たのは、くぐもったうめき声だけだった。
くそ……まだ魔力が戻りきっていない……動けない……。
コートのポケットから飛び出したリリウムが地面に降り立って、源次の前に立ちはだかった。
「あなたは私たちのことを何も知らないのよ」
リリウムの声は揺れなかった。
「知りもしないで断じている。魔術師、確かにそうよ。でも人間でもあるわ。苦しんで、泣いて、誰にも知られない世界の中で生き残るために戦ってきた。なのに、あなたの目には化け物しか映っていない」
リリウムが危険に立ち向かう姿は、ある意味で信じられないほどだった。
「武器を下ろしなさい。力の誇示は、あなたの信念の脆さを証明しているだけよ」
源次の動きが止まった。一瞬、驚きが冷徹な仮面を割った。そして深い嫌悪が、その顔を歪めた。
「プラスチックと塗料で作られた異常が、人間の言葉を真似ている」
と源次は言い、その声に、初めて粘りつくような敵意が滲んだ。
「これこそが私が申し上げていることでございます。貴殿のような存在があることそれ自体が、世界の自然な秩序への冒涜なり。魔術師どもは闇に這いつくばり、創造の理を歪め、貴殿のような奇形を生み出す。この地を、そのような不純から清めることが私の使命でございます」
地面に崩れ落ちたまま、その言葉を聞いていた。背筋を流れるものは、寒さとは無関係だった。
リリウムは小さな腕を胸の前で組み、わずかに頭を傾けた。最高の貴族に勝るとも劣らない、計算された侮蔑の仕草で。
「均衡、とは、実に便利な言葉ですわね――あなたの本当の心を覆い隠すのに」
リリウムの声は切っ先のように鋭かった。
「あなたが清めと呼ぶものは、あなた自身の恐怖の産物に過ぎないのよ。陰陽師たちが魔術師を恐れるのは、彼らを人間から外れた力として、制御も理解もできない変数として見ているからでしょう。あなたたちの規律は正義の規律ではない。恐怖を保存するための規律よ」
「黙れ!!」
源次の鋭い一声が風を裂いた。手の中の符がわずかに震えた。弱さからではない――それを分析する者に分析されることへの憤りから。
「動かぬ物体に陰陽の理を問う資格などないなり。我ら陰陽師は人間世界を、貴殿らがもたらす歪みから守護しているのでございます」
「それこそがあなたの盲点ですわ」
リリウムは一歩踏み出した。脅しを無視して。
「少しでも教義の外を見ようとすれば、わかることがあるはずよ。魔術師たちが命がけで守っているもの――黄金の鉄則――それは何かご存知? 自分たちの存在を世間に隠すことよ。誇りからではない。人間を、魔術の争いの危険から守るためなのよ。双方が同じ世界を守ろうとしている。ただあなたたちは、違いを受け入れられない無能さから、抹殺を選んでいるだけ」
水中に沈んでいるような感覚の中で、リリウムの言葉を一言ずつ聞いていた。その論理は圧倒的だった。生きている人間が感情で曇らせてしまうものを、リリウムは持っていない。仲間の肩を持つわけでも、一族の行いを聖人のように語るわけでもない。ただ、伝わらないまま続いてきた戦争の裸の真実を、言葉にしているだけだった。
源次は歯を食いしばった。右手の指貫が激しい光を放った。リリウムの雄弁さは、なだめるどころか、彼の内側にある神聖な怒りに油を注いだ。この戦争を戦い続けてきた人間たちよりも、リリウムの方がこの戦争の構造を理解しているという事実が、耐えがたい屈辱だった。
「清める者と、清められるものとの間に、理解など成り立たぬなり」
と源次は断じた。手を上げた。
「この世から消えることで魔術師どもが世界を守れるというなら、そう願い出るがよかろう。見世物小屋の怪物の弁論には、これ以上の価値はない」
リリウムは長い息を吐いた。驚くほど人間的な、深い知的憐憫を宿したため息だった。
「残念ですわね。人間とは、どれほど洗練されていても、誇りという同じ石につまずき続けるようね」
と結んだ。そして私の前に、しっかりと立った。
「あなたに味方になれとは言わないわ、陰陽師。賢明であることを提案していただけよ。でも力による蛮行をお望みなら――このリリウム、砕けまいと決めた磁器がどれほど硬いか、見せて差し上げるわ」
源次は答えなかった。符を放った。巨大な、恐ろしい影の虎が生まれた。
リリウムを守ろうと身を起こしかけた。だがそれよりも早く、さらに大きな影が虎に割り込んだ。
――人狼じんろうだった。
野性の獣ではなかった。二本の足で立つ、威圧的な体躯。灰と深い黒が混じった毛並み。そして鋭い知性を宿した眼。大きく開いた口から、凝縮されたエネルギーの光線が放たれ、虎を煙の塊に変えた。
源次が後退した。驚愕が顔に浮かんだ。
「何……!?」
応える時間はなかった。最初の人狼の後ろから、次々と仲間が現れた。暴走した獣ではなかった。軍事的な連携を持って動き、魔術師たちを守り、陰陽師たちへ計算された猛攻を仕掛けていた。
そして――見上げた空に、三つの人影が太陽を背に切り取られていた。
すぐにわかった。
同盟の魔術師たち。レイナ・アシュフォード、アイリ・ウィンターフォール、リディア・ナイトシェイド。三人が空中に魔術陣を描いた。戦場全体を覆い尽くすほど大きな、一つの陣を。
「撤退!!」
源次が叫んだ。だがすでに遅かった。
魔術陣が起動し、陰陽師たちを囲むエネルギーの檻が形を作り始めた。
「わたくしどもの罠に落ちてくださいましたわね」
リディアの声が降ってきた。囁きと叫びが同時に存在するような声だった。
「あなた方はもう、わたくしどもの捕虜ですわ」
だが檻が閉じるより早く、別の魔術陣が陰陽師たちの足元に現れた。同盟の魔術師たちのものではなかった。より深く、より濃密な闇を宿したそれの中心から、一人の人物が現れた。
報告書の中で見た顔だった。
黒木・ワイルドソウル。
「駒を一度に失うわけにはいきませんね」
彼は言った。まるで指示を下すように、杖を持ち上げた。
陰陽師たちが一人ずつ消えていった。転移されていく。最後に残った源次が、消える直前、私を見た。
その目に宿っていたのは、純粋な憎悪だった。
「これで終わりではないな、魔術師よ。石は必ず取り戻す。貴殿らも一緒に」
消えた。
戦いが、始まった時と同じように唐突に終わった。残された魔術師たちが、今まで陰陽師たちがいた空白の空間を眺めて、言葉を失っていた。
仰向けに倒れた。アドレナリンが引いていき、その後ろから深い疲弊が押し寄せてきた。
人狼が近づいてくる気配がした。その体が変身し始めた。毛が引っ込み、骨が整い直し、数秒の後に獣の代わりに人間が立っていた。
ヴィクター・グリムストーンだった。
遠くから見かけたことはあった。いつも疲れた空気と無関心を纏っていた。でも今、汗ばんだ顔と新しい強さで輝く目を持つ彼は、別人のようだった。
手を差し伸べてきた。
その手を取った。
接触は短かった。でも短い中に、名前のつけられない何かがあった。恋愛でも、欲求でもない。二つの魂が、奈落を見て、落ちないと決めた者どうしの、認め合いのような感覚。
「ありがとう」
立ち上がりながら言った。
ヴィクターが頷いた。まだ手を放していなかった。
「……どうってことない。俺たちは……人狼は、守るためにいる」
唇に笑みが浮かんだ。幸せからではなかった。安堵からだった。危機は去った。少なくとも今は。リリウムは無事だ。アキラもアリズも。石の欠片は二人のもとにある。そして、天才でなど全くない私は、また一度、生き延びた。
ヴィクターを見た。彼はまだそこにいた。
これが別れではないと、わかっていた。始まりだと。
ウィンターフォールの屋敷の上に太陽が昇り続けていた。そしてそれとともに、新しい章が。
――過去は、消えることはない。
友情も。
後悔も。
裏切りも。
胸に残り続けるからこそ、
人は前へ進もうとする。
次回――
失われた友情の記憶。
真実を探す旅は、
一人の青年の過去へと繋がっていく。




