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10/15

遅すぎた正義、正義という名の嘘

どれほど綿密に準備を重ねても、

運命は時に、最も残酷な形で牙を剥く。


追い続けた真実。

ようやく辿り着いた答え。


しかし、その場所で待っているのは、

誰も望まなかった結末かもしれない。


それでも前へ進むしかない。


真実を知るということは、

そのすべてを受け入れることでもあるのだから。

廊下は、眠れる獣の喉のように俺の前に伸びていた。


色褪せた壁紙が、汚れた窓ガラスを通して滲み込んでくる薄い光を吸い込んでいる。歩くたびに足の裏から伝わる感覚が重い。いや、重さは足じゃない。このクソッタレな場所に踏み込んだ瞬間から、肩に積もり続けてきた何かのせいだ。右手の銃は勝手に弧を描いて、影という影、角という角、脅威を隠しかねない木材の亀裂という亀裂に向いている。だが――静寂だけが答える。どんな轟音よりも重い沈黙だ。


古びた絨毯の上で立てる自分の足音が、不法侵入みたいに聞こえた。生者が足を踏み入れるべきではない空間を、汚している感覚。扉枠の隅々には蜘蛛が巣を張り、家具の上には、誰も払おうとしなかった埃が二枚目の皮膚のように積もっている。この屋敷は、放棄を呼吸している。


それなのに――屋敷の奥深くのどこかで、蓮次郎の機械の心臓は、今もまだ脈打っている。


見る前に感じた。床を伝う、かろうじて知覚できるほどの振動。壁の間を囁くように侵り込む電気的な唸り音。


立ち止まる。


左手側で、曇ったガラスの飾り棚の中で、何かが動いた。影じゃない。小さくて素早い形。薄暗がりの中で二つの熾火のように光る目。


銃を向け、息を止める。


その生き物は引き金を引く前に跳躍した――ガラスを砕き、破片を爆発させながら。顔を守ろうと上げた両腕に、無数の欠片が食い込む。金属と魔力で出来た狐が、甲高い叫び声と共に足元に落ちてくる。音じゃない、それは鼓膜を貫く振動だった。


「くそッ!!」


三発撃つ。一発目は金属の背中で跳弾し、くすぶる凹みを残した。二発目は脇腹の亀裂に直撃して、青い光の奔流が噴き出す亀裂を走らせた。三発目は、獣が喉元へ飛び掛かってきた瞬間に至近距離から撃ち込み、空中で塵に変えた。


発光する粒子が灰のように降り注いでくる中、俺は息を吐いた。安堵じゃない。消耗だ。


「くそ……魔術の罠を踏んだのか……気づかなかった」


幸い、低位クラスの一体だけだ。狐に似た魔法の獣もどき。俺には対処できる相手だ。


でも、反応が鈍かった。引き金を引く前に、一瞬躊躇した。その躊躇、その心が別の場所へ漂った刹那―― 彼女のことを考えてた。彼女の顔を。彼女が無事かという問いを。


血を見るた。


利き手じゃない方の手を頬に当てると、浅い切り傷の熱と粘り気を感じた。


「集中しろ」


と声に出して言ったが、声は虚ろに響いた。音節が自分の耳に届く前に、壁が飲み込んでしまったかのように。


数歩進んだところで、見つけた。小さな紙の札が、ちょうど足を踏み出す場所の床に貼り付けてある。


見えた、でも、体の方が先に動いた。


飛び退いた瞬間、気圧の変化だけで札が起動した。廊下の中央に亀裂が走り、そこから形を持つ何かがひしめき合いながら湧き出してくる。


兎だ。


一匹じゃない、二匹でもない。一度に十二以上。赤い目をした、眩しいほど白い兎たちが、金属の小さな鰭を背中の棘のように生やして、群れをなして動いている。猛烈に飛びかかってくる――その見た目の儚さが嘘みたいな凶暴さで。


「――!?なんで今度は兎なんだ!?」


一斉射撃で最初の三匹を仕留めるが、残りは全員が俺に群がってくる。噛みついて、引っ掻いて、金属の小さな顎がズボンに、袖に、むき出しの肌に閉じていく。もみ合い、床を転がり、一匹を肘で壁に叩きつけ、別の一匹を銃床で潰した。部屋が青い火花と捻じ曲がった金属の破片、それから俺の血で満たされていく。


最後の一匹が手の中で砕け散った時、俺は魔法の塵の溜まりの中で膝をついて、喘ぎながら呼吸していた。制服は十数か所破れ、額では血が汗と混ざり合っている。


「低位……でも多すぎる」と呟きながら、なんとか立ち上がる。


脚が震えている。戦闘のせいだけじゃない。もっと内側から来るものだ。


その時、感じた。


空虚が。


これは比喩じゃない。物理的で、触知できる感覚だ――まるで誰かが体の中で蛇口を開けっぱなしにして、何時間も水が垂れ流しになっているみたいに。魔力が尽きかけてる。撃ちすぎた、術を使いすぎた、この数時間で自分自身を使いすぎた。もとから無尽蔵じゃなかった魔力は、疲弊の兆候を見せ始めていた。四肢が鉛のように重く、灰色の霞が視界の端を侵食し始めている。


「まだ……できる……」


遠くの轟音が、その言葉を断ち切った。


罠じゃない。魔法の獣でもない。これは爆発だ、はっきりと。下の階のどこかから聞こえてくる。廊下の奥にある閉じた扉の隙間から、赤みがかった光が滲み込んでいる。


――ドン!!


心臓が収縮するのを感じた。目的を見つけた喜びじゃない。恐怖だ。


ダミラがあの下にいるのか?


可能性が頭の中でドミノ倒しみたいに連鎖した。蓮次郎かもしれない。ダミラかもしれない。ずっと待っていた、でも決して来なかった増援かもしれない。あるいは、ダミラが蓮次郎と出くわして、独りで戦ってるかもしれない。俺もいない、誰もカバーしてくれない状況で。


違う……また誰かを失うのか……もう誰かを失えない……


黒木の記憶が、錆びた剣みたいに胸に刺さった。あいつの笑顔。あいつの裏切り。床に広がった血。救えなかった人質たち。防げなかった死体たち。そして今、あのリストに新しい名前が加わる可能性。また別の失敗、俺の正義が何の役にも立たないという、また別の証明。


遅れたら?もし既に……?


でも、そこに別の考えが割り込んできた。より弱く、より小さく、でもより粘り強い声で。


もし、まだ何かできるなら?もし、あいつが俺を待ってるなら?もし、今回こそ失敗しなかったら?


目を閉じる。一瞬だけ。深く息を吸う。


目を開けた時、霞が少しだけ後退していた。


立ち上がった。


残ってる力の全てを使って歩き始めた。


下に続く階段は上質な木材で作られているのに、今にも崩れそうにきしみながら、俺の足元で唸る。銃を上げたまま降りていく。銃口は自分の脈拍に合わせて微かに揺れている。踏み出すたびに足音が階段の吹き抜けに反響して、増幅されて、歪んだ形で返ってくる。まるで言葉みたいに。


早く。早く。早く。


ダミラを助けに行かなきゃ……蓮次郎を止めなきゃ……動け、脚……動け、俺の体……


二段ずつ飛ばして、もっと速く降りるよう自分に強いる。音なんかどうでもいい。罠もどうでもいい。たどり着くこと以外、何もどうでもよくない。


早く!!


周りの壁がぼやけていく。壁にかかった絵画が――腐った果物の静物画、見知らぬ先祖の肖像画が――見分けのつかない色の染みに変わっていく。


――!!もっと早く!!


踊り場にたどり着いた。


そこから、玄関ホールが広がっていた。高い天井と白い大理石の床、年月と何か別のものとで汚れている。


すぐにわかった。


灰だ。魔力の塵だ。高位の術が壁に叩きつけられた残滓で、漆喰を剥ぎ取り、内部の腐食した木材をむき出しにしていた。ホール一面の壁が完全に崩れ落ち、前庭に面した外が丸見えになっていた。朝の陽光がそこから差し込んでくる。


それ以上分析する前に――突然、何かが自分の方向へ飛んできた。


大きな衝撃音を立てながら横に滑ってくる。


振り返ると。


蓮次郎だった。


仰向けに倒れていた。両腕は十字に広げられ、ガラス張りの目は天井に固定されていた。実験室のガウンの胸は黒い液体でびしょ濡れで、中央の、心臓があるべき場所に、発煙する穴が開いていた。あの穴が、殺したのがどんな術だったかを物語っている。火と電気の組み合わせ――溶けた金属の臭いがした、青い小さな火花がまだ傷口の周りで飛び回っている。


最後の段の上で、俺は止まった。


安堵は感じなかった。満足も感じなかった。ただ冷たい不信感だけがあって、それはすぐに怒りに変わった。腕の中で血が煮えたぎる怒りに。視界を霞ませる怒りに。喉を絞め上げて息もできなくするような怒りに。


「ダミラ!!」


と叫ぶと、声がホールの壁に反響して増殖し、空っぽの隅々に消えていった。


「どこにいる!!返事しろ!!」


静寂だけが答えた。ホールの奥の梁のきしみ音と、瓦礫の中を転がる金属質な何かの音だけが静寂を破った。


重い足取りで蓮次郎の遺体へ歩いていく。一秒だけしゃがんで、既にわかっていることを確認する。脈なし。呼吸なし。体はまだ温かい。殺されたのは最近だ。


あいつが殺したんだ、と思った。ダミラしかいない。でも……なんでダミラがこんなことを?


「返事してくれダミラ、なんでこんなことしたんだ!?」


誰も答えない。誰も現れない。目の前の光景が理解できなくて、混乱したまま立ち尽くしていた。


その時、ホールの反対側の端にある瓦礫の中から音がした。足音じゃない。何かが滑るような、引きずるような音、できるだけ音を立てずに岩の下から抜け出そうとしているみたいに。


銃を上げて、崩れた壁の穴に向けた。砂埃の雲を通して見えてくる外の光。そしてその霞の中から現れ始める人影に向けた。


その人影はダミラじゃなかった。ダミラより背が高く、もっと細く、肩幅が広い。動き方に見覚えがある。一万人の中でも見分けられるくらいに。


なぜなら、その動き方は俺のものだったから。かつては。全てが壊れる前は。


黒木は瓦礫の中から出てきた。まるでどこかの公園を朝の散歩でもしているかのように。歩き方は遅く、意図的で、ほとんど儀式的だった。頬に血が飛び散っていた――それが奴の血じゃないとすぐにわかった――そして右手には、まだくすぶっている杖を持っていた。


よく知っている杖だ。


一緒に買ったんだ。エンディミオンの店で、ハンターの階級に昇格した日に。


「…………黒木」


声が、ほとんど囁きになっていた。銃が手の中で震えていた。でも恐怖のせいじゃない。血管の中で沸き立つ怒りのせいだ。視界を霞ませる怒りが、喉を掴んで呼吸を妨げる怒りが。


黒木は数メートル先で止まった。視線は空虚だった。まるで俺が窓ガラスの汚れに過ぎないみたいに。磨くのにも疲れた汚れに。薄く浮かんだ笑みは、目には届いていなかった。目には何もなかった。


「マーカス」


と奴は言った。昔と全く同じ声で。同じ部屋で、笑い合って、正義というものが痛みを正当化するための言葉以上の何かだと信じていた頃と、変わらない声で。


「なんでお前がここにいる」


と訊いた。まだ銃を黒木の胸に向けたまま。


「何が起きてる?」


黒木は首を傾けた。まるで質問が奇妙に思えてしょうがないみたいに。それから一秒の沈黙の後、表情が変わった。戸惑いが消えて、代わりにもっと最悪なものが現れた。無関心が。


「そんな顔するなよマーカス、久しぶりに会えたのに……そんなことしか訊けないのか?…………まあ、いいか」


「何をやった……?」


「何をやった、か?やるべきことをやった。あなたにはできなかったことを」


「蓮次郎を殺したのか?尋問できる可能性を全部潰して?奴のネットワークを解体するチャンスも?」


「蓮次郎はもう用済みだった。奴の機械は完成していて、私には必要なものが手に入った。残りは……燃やすべきゴミに過ぎない」


血が煮えたぎった。手の中で銃が震えていた。恐怖のせいじゃない。怒りのせいだ。


「お前が全部の裏にいたんだな?」


「ふふ……気づいたのか。その通り。蓮次郎の、いや、あの謀略家どもの仲間のふりをしていた。言うなれば、私が蓮次郎の盟友を演じた。これら全ての罠はこの場所に仕掛けたのは俺だ、この全ての事態を引き起こしたのも俺だ――ただあなたをここに呼び込んで、私の本当の正義を見せるために!!」


「それのどこが正義だ!?」


「本物の正義、ですよ。謀略を企てていると思い込んでいる魔術師どもは、自分たちに力があると思っている。でもね、マーカス、正義というものを私ほど理解している者はいない」


「お前は間違ってる、黒木。お前のやってることは正義じゃない。第一、これだけ全部やって何が目的なんだ?」


「もう言いましたよ?耳が聞こえないんですか?記憶が悪いんですか?それとも、理解する頭がないんですか?」


「……ただ説明してくれ。お前のことが全くわからない」


黒木はゆっくりと頷いた。まるで俺の絶望を楽しんでいるかのように。


「魔術師の謀略家のネットワークに潜入した。奴らの一人として振る舞った。蓮次郎が魔力機械を完成させるのを手伝いながら、同時に、あなたがたどり着くための地ならしをした。誰かに奴と対決させる必要があった。奴の注意を引きつける誰かが。私が自分の仕事を終える間」


一息ついて、笑みが広がった。


「うまくいった。全て計算通りだった」


奥歯を噛み締めた。


経って気づいた。ここにいるべき人間が一人足りないことに。ずっとそこにいるべきだった、大切な誰かが。


「ダミラは?ダミラはどこだ?」


その名前が黒木を驚かせたようだった。眉を一本上げた。誰のことか分からないみたいに。それから一秒の間があって、表情が変わった。戸惑いが消えた。その代わりに現れたものはもっと最悪だった。無関心だ。


「彼女?ああ、あなたと一緒にいた女。あの探偵さん」


杖の先で、ホールの奥を指した。薄暗がりが最も濃い隅を。そこでかろうじて形を区別できる場所を。壁にもたれかかった、一つの形を。


今まで見えていなかった形を。


「そこですよ」


黒木は言った。まるで置き場所を間違えた家具を指し示すみたいな無関心さで。


「もう片付けておきました」


心臓が止まったかのように感じた。


視線が黒木の杖の向きを追い、


見えた。


よく知っている形を。


ダミラだった。


瓦礫にもたれ、両腕を体の脇に垂らし、頭は少し横に傾いていた。かつては完璧にまとめられていた髪が、今は乱れて顔にかかっていた。制服は何か所も破れ、胸には、心臓の真上に、ゆっくりと広がる黒い染みがあった。


動いていなかった。


息をしていなかった。


…………。


……………………。


なかった。


脚が鉛になっていた。それでも動いた。本能だけで。一歩ずつが現実との戦いだった。


違う、彼女は強い。彼女はアッシュフォードだ。彼女は……


でも近づくほど、思考が壊れていった。叫びたいのに喉が閉まって、乾いた嗚咽に変わって、それが胸を引き裂いていく。


ついに隣にたどり着いた時、虚無が俺を飲み込んだ。


膝をついた。


手が震えていた。魂から来る、激しい振動。指を伸ばして、頬にそっと触れた。


冷たかった。


生きている者の温度じゃない冷たさが。


「……ダミラ?」


と囁いた。声が糸のように細かった。


「おい……起きろよ。こういう冗談は笑えないぞ。目を開けてくれ、頼む……」


でも、反応しなかった。


かつて誇りと炎で満ちていた目は、死んだ瞼の下で閉じたままだった。


完全に、砕けた。


涙が落ちていた。彼女の服の上に消えていく。


「強いって言ってたじゃないか?一緒にやれるって言ったじゃないか?なんで……ぐっ……」


答えない。動かない。薄く開いた唇から、息一つ漏れてこない。


「ダミラ!!!」


と叫んだ、全力で。


「土曜日の約束はどうした?気晴らしがしたいって、そう言ったじゃないか?」


涙が止まらなかった。激流のように。


「……あのキス」


と呟いた。言葉にならない痛みが判断を塞いでいた。


「あのキスは何だったんだ……」


額を彼女の額に押し当てた。冷たい肌の感触。温もりの不在。


「俺に何を言いたかったんだ、ダミラ?こんなふうに黙ったままでいられない……!行くな……黙ったままでいるな!!」


二人で積み上げてきたもの全て、言えなかった言葉全て、輝き始めていた未来の計画全てが、この動かない体の前で、無に帰した。


もういなかった。もう答えは来ない。


彼女を抱きしめた。


慎重に、自分の中に持っているとは知らなかった優しさで、胸に引き寄せた。温もりを伝えられるかのように。命を。力を。


でも返ってこなかった。もうそこにはいなかった。


終わりのない嗚咽で泣いた。ホールの空虚を満たす慟哭で。


「……すまない、ダミラ。もっとちゃんと話を聞くべきだった。もっと早く探しに行くべきだった。俺が……俺が守るべきだった。俺のせいだ。全部俺のせいだ」


言葉は空気の中に消えていった、それは彼女には聞こえない言葉だった。


正義とは何だ、と問いながら、痛みが俺を食い尽くしていく。

そのために生きてきた。

みんなを守ろうとしてきた。

でも結果がこれだ、冷たくなった体を腕の中に抱えている。

正義がこの失敗に繋がるなら、正義は嘘だ。


ずっと黙っていた黒木が、一歩踏み出した。


「みっともない」


と、ガラスを切るような冷たさで言った。


「それがあなたの正義ですか、マーカス。救えなかった者の亡骸の上で泣く。やれなかったことを悔やむ。避けられなかったことで自分を責める?」


答えなかった。黒木の評価なんてどうでもよかった。軽蔑も、眼差しも、どうでもよかった。外の世界は消えていた。


黒木は、俺の沈黙に苛立ちを見せて、優雅に手を動かした。魔力の流れが攻撃的に、暗く、変わった。


「そんなに大切なら、逝って再会すればいい。『現れろ、奈落の短剣』」


純粋な闇で出来た無数の刃が飛んできた。


逃げなかった。攻撃しなかった。


流れるような、庇うような動きで、ダミラの体を自分の体で包んだ。人間の盾になった。


刃が背中に刺さって、肉を引き裂いて、皮膚を貫いた。肉体的な痛みは激しかったけれど、俺には、心の中の空虚に比べたら何でもなかった。


ただ一つの考えだけがあった。最後の意志として。


何もこれ以上彼女に触れさせない。


守りきれなかったなら、せめて安らかな眠りは守る。


「死者を守るんですか?」


黒木は訊いた。まるで学術的な興味があるかのように。


「何という無駄遣いだ」


次の攻撃の準備をした。


でもその前に、魔術の閃光が奴の顔をかすめた。あまりに近くて頬に切り傷を作っていった。


黒木は驚いて後ずさり、攻撃の出所を目で探した。


俺は、視界を侵食し始めていた赤い霞を通して、新しい人影がホールに乱入してくるのを見た。増援だった。白いユニフォームを着たワイルドソウルのハンターたちが、半円を描いて周囲を囲んだ。


そして一人が、空から降りてきた。静かに、列の間をすり抜けて。その場の緊張を裏切る優雅さで。


銀の髪を低いお団子にまとめ、灰色の鋭い目を持ち、黒いジャケットに品のある青いドレス。手には杖を構えて、黒木に向けていた。


さっき奴を攻撃したのはこの人だ。


ぼやける視界では、はっきり見えなかった。


黒木は躊躇なく、闇の術をホールに放ち、煙幕で数秒間全てを塗りつぶした。


煙が消えた時、奴は消えていた。


ハンターたちがホール中に散った。ある者は黒木を追って。ある者は倒れた者たちの確認に。


でも一人だけ、他と合流しなかった。まっすぐこちらに向かって歩いてきた。混乱の中でも際立つ目的意識で。


青いドレスの女が近づいてきて、ようやく顔が見えた。


春花・ナイトシェイドだった。


なぜここにいるのか、俺の頭には処理できなかった。どうでもよかった。


俺の世界は相変わらずダミラだけだった。


春花は俺の前に跪いて、腕の中のダミラの姿を観察した。表情は何も明かさなかった。でも目に何かがあった、一瞬、必要以上に瞬きした何かが、この喪失の重さを理解していると示唆していた。


「マーカス」


と言った。声は平坦だったが、冷たくはなかった。


「増援が到着した。移動が必要。あなたも、彼女も」


「嫌だ……」


と答えた。声はほとんど囁きだった。


「一人にしない……またひとりにしない……」


春花は主張しなかった。そのまま立って、見守っていた。ただそこにいて、観察して、待っていた。


その間、俺はダミラを抱きしめていた。泣いていた。動かない体の上で、世界がなぜ彼女がいなくても回り続けているのか問い続けながら。


「ダミラ…………」と最後に囁いた。


痛みと喪失と消耗が、俺を暗闇へ引きずり込む前に。


頭が彼女の肩に落ちた。両腕が緩んだ。


意識が消えていく中で、遠く、奥深くから、言葉の残響が聞こえた。


「……すまなかった」

――視点が変われば、見える世界も変わる。


静かに状況を見つめる一人の魔術師。


誰よりも冷静に事実を積み重ね、

誰よりも早く違和感へ辿り着く。


散らばっていた出来事は、

一つの線ではなく、複数の線だった。


次回――


観測者。


知識を求める者の眼差しは、

まだ誰も見ていない真実へと向けられる。

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