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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第91話 輻輳の前に、王都は立つ

 王都魔法網の術務室は、朝から熱を持っていた。

 表示札の光が壁を流れ、床下の術線が低く唸っている。

 茶の匂いより、焦りの匂いのほうが濃い。


「このまま増えると、次の大きな催しで危ないです」


 若い技術者が言った。


 表示盤には、学校、商会、役所、市民向け術務、術務室の重要通信が並んでいる。

 どれも伸びていた。

 伸びること自体は悪くない。

 だが、道が細いままなら、成長は詰まりに変わる。


「魔法網卸との交渉は」


 重役が聞いた。


「帯域増強は段階的に、との返答です。道筋の自由度については、ほぼ渡せないと」


 部屋の空気が重くなった。


———

 魔法網卸の担当者も呼ばれていた。

 態度は丁寧だ。

 だが、丁寧な拒否は拒否である。


「王都様が大きな利用者であることは承知しております」


 担当者は言った。


「しかし、広域の道筋は全体調整が必要です。一利用者へ過度な自由度を渡すことは難しい」


「重要通信が詰まる恐れがあります」


 王都の技術者が言った。


「できる限り配慮します」


 できる限り。

 人類の交渉で最も便利な、そして最も頼りない言葉の一つだ。

 最悪だ。


 卸にも事情はある。

 他の大口客もいる。

 全体の道筋もある。

 だからこそ、王都の都合が常に最優先にはならない。


———

 重役は腕を組んだ。


「そこまで大きな話になるのか」


「なります」


 私は答えた。


「帯域を借りるだけでは、もう足りません」


 表示盤に書く。


太い線

道筋の自由

障害時の回し方

周辺系との交渉


「王都が欲しいのは、ただ太い線ではありません。王都の規模で、王都の都合に合わせて道を選ぶ責です」


 別の重役が眉を寄せた。


「自由が欲しい、という話ではないのか」


「自由だけなら、危険です」


 私は言った。


「これは権威の話ではありません。責任の話です」


 技術者たちの顔が少し変わった。

 言葉の置き場所が決まった顔だった。


———

 王都側の技術者が、輻輳予測を出した。

 次の交易会。

 学校の離れ講義の拡大。

 市民向け許可札発行窓口の常時接続化。

 商会の取引連絡。

 緊急時の術務室連絡。


 線が一本ずつ太くなり、最後に橙色へ変わる。


「平時は持ちます」


 技術者が言った。


「ですが、繁忙刻と催しが重なると、重要通信の退避先が足りません」


 重役が息を吐いた。


「上流に任せておける段階ではない、か」


「客のままでは守れない通信があります」


 私は答えた。


「王都の規模なら、王都の道は王都で守る責があります」


 部屋の隅で、リゼが静かに表示盤を見ていた。

 その表情は、店の混雑表を見る時に少し似ている。


———

 私は方針を並べた。


自律魔法系になる

交渉規約に従う

道筋触れを自分で出す

対等接続と上流接続を見直す

障害時の責を負う


「自律魔法系になるとは、ただ独立を宣言することではありません」


 重役たちを見る。


「周辺系と交渉規約に従って道筋をやりとりし、嘘の道筋を触れず、障害時に自分で面倒を見ることです」


 卸の担当者は黙っていた。

 反対はしていない。

 ただ、王都が客から隣人に変わる可能性を計算している顔だった。


「自由な経路を求めるなら、周りと約束して、その責も負わなければなりません」


 ルドーが短く言った。


「責も取れ」


 短い。

 逃げ道も短くなる。


———

 議論は長くなった。


 費用。

 交渉役。

 周辺系との窓口。

 道筋触れの検め。

 障害時の責任分界。

 卸との関係をどう残すか。


 重い。

 かなり重い。


「楽な立場を続けることと、王都の通信を守ることが両立しなくなってきています」


 私は言った。


「これは贅沢ではありません。王都の規模で、王都の都合で道を選ぶ責を持つ、ということです」


 重役の一人が目を閉じた。


「重い決断だな」


「はい」


「だが、詰まってからでは遅い」


 その言葉に、技術者たちが静かに頷いた。

 派手な勝利ではない。

 だが、腹を括る音がした。


———

 決定は、短い文にまとめられた。


 一、王都魔法網は自律魔法系となる準備を始める。

 二、周辺系との接続交渉を開始する。

 三、交渉規約に従う責務を引き受ける。

 四、必要な対等接続と上流接続を見直す。

 五、道筋触れの検め体制を作る。

 六、重要通信を守るための障害時運用を王都側で持つ。


 重役が署名した。

 技術者たちは拍手しなかった。

 代わりに、深く息を吐いた。


 分かる。

 これは祝祭ではない。

 責任の開始だ。


 ルドーが言った。


「輻輳の前に立て」


 今日は、それが締めだった。


———

 夕方、術務室を出ると、王都の空は淡い金色だった。

 街路には人が多い。

 商人、学生、役人、荷運び。

 みな、何かの道を使っている。


 リゼが隣を歩きながら言った。


「大きい街って、ただ人が多いだけじゃ駄目なのね。道を借りるだけじゃなくて、自分で道の主にもならなきゃいけないのか」


「そう」


「楽な立場を降りるかわりに、王都の都合を王都で守れるようになる」


「その代わり、嘘も失敗も自分の責になる」


「重いわね」


「重い」


 だが、大きくなるとは、たぶんそういうことだ。

 大きくなった分だけ、誰かの背に乗り続けるわけにはいかなくなる。


———

 夜、リゼの家に戻ると、台所はいつも通り静かだった。

 鍋の湯気が白く上がり、外の通りの音が遠くなる。


「今日は、王都が大人になる話だったのね」


「言い方は少し甘いが、近い」


「親の荷車に乗っていた子が、自分で荷車を持つ」


「そして、車輪の手入れも自分でする」


「荷崩れしたら自分で謝る」


「そこまで含む」


 リゼは器を置いた。


「自由って、面倒ね」


「面倒だ」


「でも、必要な時はある」


「ある」


 台所の会話は、いつも講堂より短い。

 そして、たいてい本質に近い。


———

 灯りを落としたあと、王都魔法網の表示札が頭に浮かんだ。


 上流の下にいるのは楽だ。

 交渉を任せられる。

 道筋を任せられる。

 自分は利用者に専念できる。


 だが、王都は大きくなりすぎた。

 学校も、役所も、商会も、市民向け術務も、重要通信も、もう同じ細い裁量では守りきれない。


 大きくなった系は、いつまでも客のままではいられない。


 自律魔法系として立つ。

 周辺系と交渉規約を結ぶ。

 道筋触れを出す。

 対等接続も上流接続も、自分たちの責で選ぶ。

 嘘をつかず、迷惑をかけず、障害時にも逃げない。


 自由は、責任と一緒にしか持てない。

 王都は今日、その重さを引き受けると決めた。


 輻輳のあとではなく、輻輳の前に。

 その判断は、地味だが、たぶん正しい。


———

 数か月後、王都魔法網の術務室には、前より少しだけ静かな空気があった。


 部分的な自律魔法系への移行は、予定より少し遅れたが、達成された。

 周辺二系との交渉規約は結ばれ、重要な道筋触れの一部は王都側で出せるようになった。

 すべてではない。

 だが、学校、役所、商会、治癒院の通信のうち、少なくとも混ませてはいけないものを、王都自身の判断で別の道へ逃がせるようになった。


 魔法網卸との上流接続も、一本だけ太くなった。

 広場の表示札に出ていた赤い線は、完全には消えていない。

 夜の市民向け術務が重なる刻には、まだ黄色が残る。


 それでも、予測表の輻輳の刻は、数か月ぶん先へずれた。

 完全解決ではない。

 猶予が生まれただけだ。


 だが、その猶予は、王都が客でいるだけの場所から一歩出た証でもあった。

 道を選びたければ、道について約束せよ。

 王都はようやく、その約束を自分の名で結び始めた。


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