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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第90話 道を選びたければ、道について約束せよ

 朝、リゼの家の台所には、焼いた根菜の匂いが残っていた。

 窓の外では、荷車と通行人の声が交じっている。

 王都の道は、朝からもう混んでいる。


「今日は何」


「道を借りる話と、自分で道を持つ話」


「家の前の道?」


「魔法網の道」


 リゼは水差しを置いた。


「今までは大きな道の持ち主に運んでもらってたけど、これからは自分も一つの道の主として振る舞う、みたいなこと?」


「かなり近い」


「自由に行ける代わりに、道案内を間違えたら周りにも迷惑がかかる」


「そう」


 朝の時点で、ほぼ授業が終わりかけている。

 最近、リゼは概念の背骨を掴むのが早い。

 助かる。

 少し怖い。


「道を選びたいなら、周りと約束しないと駄目なのね」


「今日の題だ」


———

 講堂には、紐と札で作った小さな魔法網を広げた。

 小村網。

 王都網。

 上流卸。

 隣国網。

 海向こう網。


 学生たちは机の間に張られた紐を見て、少し楽しそうな顔をしている。

 楽しそうで何よりだ。

 これから責任の話をする。


 ルドーが前に立った。


「問う」


 講堂が静かになった。


「広い魔法網へつながっているだけでは足りず、自分たちで道筋を選びたくなる時がある。それはどういう時だ」


 学生の一人が手を上げた。


「帯域が足りない時です」


「一部」


 二人目。


「卸が高い時です」


「薄い」


 三人目。


「もっと速くしたい時です」


「近い」


 四人目。


「偉くなりたい時」


「違う」


 五人目。


「たくさん使うようになった時」


「足りぬ」


 ルドーがこちらを見た。


「ユウ」


「はい」


「はいは一回だ」


「……はい」


 いつも通りである。

 最悪ではない。


———

 私は王都網の札を、上流卸の下へ置いた。

 紐は一本。

 王都から外へ出る道は、卸を通る。


「卸の下につながるだけなら楽です」


 表示盤に書く。


上流との交渉を任せられる

帯域を契約で買える

利用者に専念できる


「自分たちは細かい外との交渉をしなくていい。道筋の面倒も、かなり卸が見ます」


 学生の何人かが頷いた。

 楽さは分かりやすい。

 人間は楽な話には素直だ。


「借りるだけで済むうちは、それでよい」


 ルドーが言った。


 その通りだ。

 何でも独立すればよいわけではない。

 小さいうちは、借りたほうが早い。


———

 私は、王都網から隣国網へ向かう札を動かした。

 だが、道は上流卸を通る。

 王都が直接選べる道は少ない。


「ただし、借りた線では、道まで選べません」


 表示盤に書く。


どの道筋を優先するか

どこと直接つながるか

障害時にどう回すか

どこまで広い帯域を持つか


「これらを、自分で決めにくい」


 学生の一人が言った。


「卸に頼めばよいのでは」


「頼めます。ただ、卸には卸の都合があります」


 王都網の札の隣に、別の大口利用者の札を置いた。


「王都の都合が、常に最優先とは限りません」


 講堂の空気が少し変わった。

 便利な借り物には、借り物の限界がある。


———

 次に、王都網の札を大きくした。

 学校。

 役所。

 商会。

 市民向け術務。

 術務室。


 小さな札を王都網の下へ並べる。


「大きな系になると、他人任せでは守りきれない通信が出ます」


 表示盤に書く。


王都規模

多数利用者

重要通信

将来の増加


「大きくなった系は、いつまでも客のままではいられません」


 そこで、王都網を上流卸の下から少し離した。

 隣国網と直接紐を結ぶ。

 別の上流とも紐を結ぶ。


自律魔法系


「自分たちが一つの通信主体として立つ。これを自律魔法系と呼びます」


 学生たちが書き写す。


「偉くなる話ではありません。周辺系と交渉し、責任を負う話です」


———

 私は、隣国網役の学生と向かい合った。


「道筋をやりとりするには、約束が必要です」


 表示盤に書く。


交渉規約

道筋触れ

対等接続


「交渉規約に従い、自分たちが担う道筋を外へ触れます。必要なら、上流接続だけでなく、隣の系と対等接続も結ぶ」


 王都網から隣国網へ、道筋触れの札を渡す。

 隣国網からも札が返る。


「道を選びたければ、道について約束しなければなりません」


 リゼが後ろから言った。


「自由に道を選べるようになる代わりに、ちゃんと周りと約束して、嘘もつかずに付き合えってことか」


 講堂の何人かが頷いた。

 また台所の言葉が強い。


「自由な経路には、自由な責が要ります」


 私は表示盤へ大きく書いた。


———

 ただし、責任は重い。

 私は王都網役の学生に、わざと変な道筋触れを出させた。


 海向こう網へ行く道を、実際には持っていないのに持っていると触れる。

 周辺系がそれを信じる。

 札が王都網へ集まる。

 王都網は受けきれない。


 机の上の札が乱れた。

 学生たちが少し慌てる。


「嘘の道筋を触れると、周りも巻き込みます」


 表示盤に書く。


嘘の道筋を触れない

迷惑な触れ出しをしない

障害時に自分で面倒を見る

外との交渉を行う


「自律魔法系になると、『客だから知らない』が通じません」


 ルドーが短く言った。


「道の嘘もつくな」


 厳しい。

 だが、それが自由の代金だ。


———

 授業の終わり際、王城の技術者が講堂へ来た。

 使いではなく、技術者本人だった。

 顔が硬い。

 これはもう、授業の延長ではなく現場である。


「王都魔法網について相談があります」


 技術者は表示札を広げた。


 学校の離れ講義。

 役所の市民向け術務。

 商会の取引連絡。

 術務室の重要通信。

 全部、伸びている。


「このままでは、近いうちに輻輳が見えています。もっと帯域が必要です。しかも、王都の事情に合わせた道筋の自由度も要ります」


 ルドーが聞いた。


「卸は」


「帯域増強にも、道筋の自由にも渋いです」


 講堂が静かになった。


 さっきの紐の模型が、急に本物の王都に見えた。


「見に行きます」


 私は言った。


 上流に守られているうちは楽だ。

 だが、その楽さの中では守れない規模がある。


———

 王都魔法網の術務室は、低い振動音に満ちていた。

 壁一面に道筋の表示札が並び、青い光が走っている。

 ところどころ、赤に近い橙の線があった。


「繁忙刻には、ここが詰まり始めます」


 技術者が指した。


「今はまだ致命的ではありません。ですが、市民向け術務と学校の通信が増えれば、重要通信まで巻き込む可能性があります」


 重役たちは難しい顔をしていた。


「帯域を買い足せばよいのでは」


 一人が言った。


 技術者は首を振った。


「卸が渋っています。それに、太い線だけでは足りません。王都の都合で道を選ぶ自由が必要です」


 私は、講堂の紐を思い出した。


「帯域だけの話ではありません」


 部屋の視線がこちらへ向いた。


「王都が、王都の道をどう守るかの話です」


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