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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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85/119

第85話 遅さは、流れを追わねば見えぬ

 許可札発行窓口の夕方は、音が多すぎた。

 市民の靴音。

 札束をそろえる音。

 受付官が名前を呼ぶ声。

 奥で確認盤が低く鳴る音。


 その全部が、少しずつ焦っていた。


「うちは止まっていません」


 戸札確認の担当官が言った。


「こちらも返しています」


 納付確認の術士が言った。


「発行札作成も動いております」


 発行係が続けた。


 誰も完全には間違っていない。

 それが一番面倒だ。


「各盤が生きていることと、客一件が速いことは別です」


 私は机の上に、一枚の依頼札を置いた。


「一件ごとの道筋を追わない限り、この遅さは見えません」


———

 まず、受付術で通り印を打った。

 市民一人の依頼札に、小さな番号を入れる。

 その番号を、戸札確認、納付確認、許可台帳更新、発行札作成、通知札送出まで引き継がせる。


 各術系には区間印を残させた。

 入った刻。

 出た刻。

 戻した刻。

 同じ依頼を受け直した回数。


 受付長が顔をしかめた。


「細かすぎませんか」


「細かいです」


 私は答えた。


「ただ、いまは細かく見ないと、全員が『うちは動いている』で終わります」


 受付長は何か言いかけて、列を見た。

 市民が待っている。

 怒っている。

 そして、疲れている。


「分かりました」


 ようやく頷いた。


———

 最初の数件は普通に流れた。

 受付。

 戸札確認。

 納付確認。

 台帳更新。

 発行札作成。

 通知札送出。


 道筋は短い。

 区間印も淡々としている。


「ほら、動いています」


 納付確認の術士が言った。


「平時は、そう見えます」


 私は答えた。


「問題は繁忙刻です」


 夕方の鐘が鳴った。

 仕事帰りの市民が列に加わる。

 窓口前の空気が一段重くなった。

 受付術が次々に依頼札を吐き出す。

 戸札確認も、まだ追いついている。


 だが、納付確認術の前に札が溜まり始めた。


 外部台帳への問いが返らない。

 返る。

 だが遅い。

 止まってはいない。

 だから、担当者は止まっていないと言う。


 その間、客は止まっている。


———

 通り印をたどった。


通り印 二十七

受付 入一刻 出一刻

戸札確認 入二刻 出三刻

納付確認 入三刻 出十四刻

許可台帳更新 入十五刻 出十五刻

発行札作成 入十六刻 出十六刻

通知札送出 入十七刻 出十七刻


 部屋が静かになった。


「ここで止まっていたのか」


 受付長が言った。


「止まってはいません」


 納付確認の術士が反射で言った。


「止まってはいません。ですが、長く待っています」


 私は表示盤に書いた。


生きている

速い

同じではない


「繁忙刻にだけ出る詰まりは、平時の見張りでは隠れます」


 納付確認の術士は唇を結んだ。

 責められた顔ではなく、ようやく自分の足元を見た顔だった。


———

 問題は、それだけではなかった。


 通り印を数えると、同じ市民の依頼が何度も流れている。

 受付側が、返りが遅い依頼を「届いていない」と見なして、もう一度投げていた。

 別の受付でも同じ依頼を受け直している。


 表示盤に並べる。


通り印 二十七

通り印 三十一

通り印 三十六


 市民名、許可種別、戸札番号。

 同じ。


「同じ依頼がこんなに何度も流れていたのか」


 受付長の声が小さくなった。


「納付確認が遅くなる」


 私は札を一枚置く。


「受付が返りを待ちきれず、同じ依頼を再び投げる」


 もう一枚置く。


「納付確認の待ちがさらに増える」


 さらに一枚置く。


「遅さが遅さを増やしています」


 部屋の空気が変わった。

 犯人探しの顔から、構造を見た顔へ。


 この瞬間は大事だ。

 人は、原因に形が出ると、ようやく怒りを手から離せる。


———

 ルドーが短く言った。


「皆、部分では正しい」


 誰もすぐには答えなかった。


「全体は止まる」


 その通りだった。


 戸札確認は動いている。

 納付確認も落ちていない。

 発行札作成も生きている。

 だが、一件の客は納付確認の前で長く待ち、受付のやり直しでさらに増えていた。


「『うちは悪くない』を並べても、客は前へ進みません」


 言葉が少し強くなった。

 だが、ここは濁せない。


 受付長が頷いた。


「では、どこから直せば」


「まず、やり直し条件です」


 表示盤に書く。


同じ依頼を見分ける

返り待ちを短くしすぎない

遅い時は再投げでなく確認する


「返りが遅いだけで、すぐ同じ依頼を投げ直さないでください」


———

 次に、納付確認術を見た。

 外部台帳へ問いを投げる道が、夕方だけ細くなる。

 納付の確認依頼が他部署からも同じ刻に集まるため、返りが遅くなるらしい。


「納付確認の前捌きを作ります」


 担当術士が聞き返した。


「前捌き」


「よく出る納付済みの印を、短い刻だけ手前で確認できるようにします。外部台帳へ毎回深く潜らない」


 表示盤に書く。


繁忙刻だけ道を分ける

納付確認の前捌き

重い問いを減らす


「もちろん、確定が必要なものは本台帳へ確認します。全部を手前で済ませてはいけません」


 便利さには境目が要る。

 境目を忘れた便利は、だいたい次の事故になる。


 納付確認の術士が頷いた。


「繁忙刻だけ、軽い確認を先に通す」


「はい。さらに、重い確認が必要な依頼は、受付へ『待ち』として返してください。消えたものとして再投げさせない」


———

 試しに、設定を変えた。

 同じ依頼を見分ける印を受付に持たせる。

 返り待ちの刻を少し伸ばす。

 納付確認は、軽い前捌きで済む依頼を先に通す。

 重い確認は、通り印を保ったまま待ちに回す。


 列はすぐには消えない。

 魔法ではない。

 人間の列は、原因を直しても、しばらく怒っている。


 だが、道筋は変わった。


通り印 五十二

受付 入一刻 出一刻

戸札確認 入二刻 出二刻

納付確認 入三刻 出五刻

許可台帳更新 入六刻 出六刻

発行札作成 入七刻 出七刻

通知札送出 入八刻 出八刻


 同じ依頼の再投げは出ていない。

 納付確認の待ちも短い。


 受付長が息を吐いた。


「これなら、どこを直せばいいか分かる」


「はい」


「今まで、霧の中で殴り合っていたようなものですね」


「だいたい、そうです」


 言い方は物騒だが、現場感としては正しい。


———

 恒久対策を決めた。


 一、許可札発行窓口では、受付時に通り印を必ず打つ。

 二、各術系は区間印を残す。

 三、戻しとやり直しは、同じ通り印に紐づける。

 四、繁忙刻だけ納付確認の道を分ける。

 五、返りが遅いだけで同じ依頼を再投げしない。


 表示盤に並べると、地味だった。

 だが、地味なものほど現場を救う。


「これを一度限りの調査で終わらせないでください」


 私は言った。


「複雑な市民向けの術務には、道筋追いを常設すべきです」


 上役が腕を組んだ。


「常に見えるようにする、か」


「はい。壊れてから目を作るのでは遅いです」


 ルドーが短く言った。


「追えぬ複雑さを放置するな」


 上役は、今度は反論しなかった。


———

 夜に近づく頃、列は短くなっていた。

 まだ苦情はある。

 説明も必要だ。

 今日待たされた人が、急に機嫌よくなるわけではない。


 それでも、窓口の奥の空気は変わった。

 各部署が互いに「うちは悪くない」と言う代わりに、同じ通り印を見て話している。


「この依頼は、納付確認で長い」


「これは戸札確認へ戻っています」


「これは重い確認だから待ち扱いです」


 会話が責任から道筋へ移った。

 それだけで、ずいぶんましになる。


 リゼが札束をそろえながら言った。


「遅い原因って、どこか一つが悪いというより、流れを通して見ないと分からないのね」


「そう」


「皆が動いてても、客の足は途中で止まってることがある」


「ある」


 私は頷いた。


「だから、客の足取りを見る」


 リゼは少し笑った。


「商店なら当たり前なのに、術になると忘れるのね」


「人類は、難しい道具を持つと、簡単なことを忘れる」


「最悪ね」


「最悪だ」


———

 夜、リゼの家に戻ると、台所は静かだった。

 外の通りでは、遅い荷車が石畳を鳴らしている。

 湯気の立つ器が二つ、机に置かれていた。


「今日は、犯人探しじゃなかったのね」


「犯人はいなかった。少なくとも、一人ではない」


「皆が少しずつ正しくて、全体が詰まってた」


「そう」


 リゼは匙を置いた。


「家でもあるわ。台所も、店先も、帳場もそれぞれ頑張ってるのに、お客さんから見ると遅いこと」


「その時は」


「お客さんがどこで待ったかを見る」


「完全に今日の授業だ」


「家賃代わりよ」


 そう言われると弱い。

 この家では、技術概念まで食卓で徴収される。


———

 灯りを落としたあとも、通り印の列が頭に残っていた。


 一件の依頼が、どこを通ったか。

 どこで待ったか。

 どこで戻ったか。

 どこで同じ依頼がもう一度投げられたか。


 複雑な術は、盤ごとに見ているだけでは足りない。

 各所が生きていても、客は途中で止まる。

 各部署が部分では正しくても、全体は詰まる。


 遅さは突然ではない。

 見えていなかっただけだ。


 直す前に、まず見えるようにする。

 通り印を打ち、区間印を残し、道筋を追う。

 それだけで、霧だったものに形が出る。


 形が出れば、人は責任の押しつけ合いから少し離れられる。

 どこを直すべきかを話せる。


 良い仕組みは、速くする前に、見えるようにする。

 今日の王都は、その入り口に立ったのだと思う。


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