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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第79話 雑な照会文は、雑な悪戯にも負ける

 申請状況照会盤の前は、人だかりになっていた。

 市民がざわつき、役人が列を止め、奥では警備の兵が一人の若い男を押さえている。

 床には札が散らばっていた。

 焦げた匂いはない。

 だが、空気は焦げている。


 困惑と怒り。

 今回は、少し恥ずかしさも混じっていた。


「こいつが変な札文を入れたそうです」


 兵が若い男を示した。

 男は青い顔でうつむいている。


「遊びで……みんなが面白がると思って」


 賢い黒幕の顔ではなかった。

 しょうもない悪戯をして、思ったより大事になった人間の顔だ。


———

 担当官が早口で説明した。


「名前欄に妙な札文を入れた直後、本来見えないはずの他人の申請状況が一部見えました。その後、後ろの台帳が不安定になり、一部の台帳が使えなくなっています」


「照会盤は止めましたか」


「いま止めています」


「よかった」


 まず入口を閉じる。

 火が出ている時に、風を入れ続けてはいけない。


 私は男の札文を見せてもらった。

 聞きかじりの悪戯文だった。

 命じ文の切れ目を乱し、後ろに余計な指図をつなぐ。

 雑。

 かなり雑。


 そして、通ってしまった。


 最悪だ。


———

 上役は怒っていた。


「こんな馬鹿げた悪戯で台帳が乱れるとは。市民への罰を重くせねば」


「罰は必要です」


 私は言った。


「ただし、本題はそこではありません」


 部屋が静かになる。


「犯人は浅い悪戯者です。ですが、それでも刺さる作りのほうがもっとまずい」


 上役の顔が険しくなった。


「市民が悪くないと?」


「悪いです。ですが、市民の悪戯を責める前に、この照会盤の継ぎ方を恥じてください」


 言った。

 少し強かったかもしれない。

 だが、ここで濁すと同じことが起きる。


———

 照会盤の術式を見た。

 名前欄に書かれた値札を、そのまま照会文へ継ぎ足している。

 番号欄も同じだ。

 命じ文の型が固定されていない。

 値札と命じ文が、同じ継ぎ目で混ざっている。


「命じ文へ値札を直に継いでいたのが原因です」


 担当術士が肩を落とした。


「便利だったのです。欄ごとに文を継ぎ足せば、早く作れた」


「便利さのための直書きが、今や危険の入口になっています」


 表示盤に書く。


名前欄

番号欄

照会文へ直継ぎ


「名前や番号のはずのものが、命じ文として読まれています」


 ルドーが横で言った。


「値札から命令を呼ぶな」


———

 問題はもう一つあった。


 照会盤なのに、後ろの台帳操作まで一続きで流せる。

 本来は見るだけのはずだ。

 だが、悪戯文の後ろに続いた余計な指図が、台帳を乱す側まで届いている。


「照会だけで終わる作りではありません」


 私は術式の継ぎ目を指した。


「後ろの台帳へ、続けて命じられるようになっている」


 担当官が顔色を変えた。


「それは、危険すぎる」


「危険です」


 照会盤で書き換えまで届く。

 これでは、名前欄が裏口になっているようなものだ。


———

 まず被害範囲を確認した。

 照会盤は閉じたまま。

 同じ継ぎ方の入口も一時的に止める。

 担当者が市民へ事情を説明し、列を別窓口へ誘導する。


「台帳は戻るのですね?」


 担当官が聞いた。


「差分記しが残っていれば戻せます」


 台帳室へ向かった。

 奥の棚には、変更の流れを後書きした差分記しが並んでいる。

 いつ、どの札が、どの欄を変えたか。

 淡々と記されている。


 地味だ。

 だが、地味な記録が世界を救うことは多い。


———

 差分記しをたどった。


 悪戯札文が入った刻。

 照会文の意味が崩れた刻。

 本来見えない情報が出た刻。

 余計な指図が台帳へ届いた刻。

 一部の台帳が乱れた刻。


 順に印を付ける。


「ここから戻します」


 担当術士たちが並ぶ。


 まず、照会だけで見えた情報の記録を隔離する。

 次に、壊れた台帳を直前の状態へ戻す。

 そこから、正しい差分だけをもう一度流す。

 悪戯由来の差分は流さない。


 棚の札が一つずつ整っていく。

 崩れた台帳が、少しずつ形を取り戻す。


 担当官が息を吐いた。


「戻っている」


「差分記しが残っていたので」


 残しておいてよかった。

 記録は地味だ。

 失った時だけ、全員が泣く。


———

 復旧が終わる頃、悪戯をした男は別室で取り調べを受けていた。

 黒幕ではない。

 どこかで聞いた札文を試しただけ。

 本人も、ここまで壊れるとは思っていなかったらしい。


 だから許されるわけではない。

 だが、持ち上げる必要もない。


「そんな雑な悪戯でも通るのか」


 担当官が小さく言った。


「通る作りでした」


 私は答えた。


「犯人は愚かです。作りも相当です」


 担当官は反論しなかった。


———

 恒久対策の話をした。


 表示盤に書く。


直書き照会をやめる

命じ文の型を固定する

値札は別で渡す

台帳結びの仲立ちを入れる


「命じ文を毎回素手で綴るのをやめるべきです」


 担当術士が頷く。


「台帳結びの仲立ちを挟めば、値札を命じ文へ混ぜずに済みます」


 私は小皿を二つ置いた。

 片方は命じ文の型。

 もう片方は値札。


「術者は『この台帳の、この欄を、この値で探す』と仲立ちへ渡す。仲立ちが安全な照会文を組む」


 上役が言った。


「危険な複数命令継ぎも」


「許しません。照会盤は照会だけにします」


———

 上役は少し黙った。


「直書きをやめる、か」


「はい」


「手間は増える」


「最初は増えます」


「だが、同じことを繰り返すよりはましだな」


「そうです」


 ルドーが短く言った。


「雑な継ぎ目は、雑な悪戯にも負ける」


 上役が頷いた。


「市民向け台帳盤は、今後、仲立ち経由で結ぶ方針にします。申請状況照会盤を最初に改めましょう」


 正式に決まった。


 復旧で終わらない。

 次から刺さりにくくする。


———

 夕方、照会盤は制限付きで戻った。

 名前欄と番号欄は一時的に厳しく見られる。

 直書きの継ぎ目は閉じた。

 台帳も戻った。


 市民の列は短くはない。

 だが、少しずつ進んでいる。


 悪戯をした男は連れていかれた。

 去り際に、こちらを見た。

 何か言いたそうだったが、何も言わなかった。


 言うことがないなら、それでいい。

 悪いことをした。

 そして、それでも刺さる作りは直す。

 両方だ。


———

 夜、リゼの家に帰ると、台所から焼いた芋の匂いがした。

 窓の外では、雨上がりの道を馬車が通っている。

 車輪の音が濡れた石に鈍く響いた。


「今日は何が壊れたの」


「台帳」


「また」


「また」


 リゼは皿を置いた。


「そんなの、変な市民がいたのが悪いって言いたくなるけど、名前欄から命令が入る作りのほうがもっと変よね」


「そう。市民は悪い。でも、名前欄は名前だけ受けるべきだ」


「毎回『変なことを書くな』って祈るより、書かれても命令にならないようにしたほうが早いのか」


「そういうことだ」


 リゼは焼き芋を割った。

 湯気が上がる。


「皿は皿、鍋は鍋。名前は名前」


「命令は命令」


「混ぜると台所も台帳も荒れる」


「本当にそう」


———

 その夜、灯りを落としたあとも、差分記しの列が頭に残っていた。

 壊れた場所をたどり、悪い差分を除き、正しい流れを戻す。

 記録が残っていたから、台帳は戻った。


 だが、戻せることに甘えてはいけない。


 命令と値は混ぜてはならない。

 差し込みは、賢い敵だけでなく、雑な悪戯者からも入る。

 刺さったときに恥ずべきは、刺さる作りの方だ。


 直書きをやめる。

 値札は値札として渡す。

 命じ文は型を固定する。

 仲立ちで境目を守る。


 復旧は大事だ。

 でも、もっと大事なのは、同じ傷を二度繰り返さないことだった。

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