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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第78話 命じ文に、値札を混ぜるな

 朝、リゼの家の台所には紙の匂いがあった。

 リゼが市場の覚え書きを卓に広げている。

 野菜。

 油。

 布。

 あと、なぜか鍋の修理。


「鍋、また傷んだのか」


「昨日、少し底が鳴ったのよ」


「底が鳴る鍋は怖い」


「だから直す」


 リゼは筆を置いて、こちらを見た。


「今日は何」


「照会文の話」


「照会文」


「台帳へ、この値を探せ、と指図する命じ文だ」


「また台帳」


「また台帳」


 最近、王都は台帳ばかり触っている気がする。

 文明は台帳を作った瞬間、台帳に支配される。

 最悪だ。


「名前を書く欄に、命令を書かれたらどうなるか、という話」


 リゼは少し眉を寄せた。


「名前を聞いてるのに、返事をそのまま命令だと思って読んだら、そりゃおかしくなるわよね」


「その通り」


 授業が終わった。

 まだ朝食前である。


———

 講堂には、台帳札と小さな表示盤を用意した。

 台帳札には、市民名と申請番号が並んでいる。

 学生たちは前回の受け皿あふれの木箱を覚えているのか、少し警戒した顔をしていた。


 ルドーが前に立つ。


「問う」


 講堂が静まる。


「市民が書いた札文を、そのまま術の照会文へつないでよいか」


 学生の一人が手を上げた。


「問題ないと思います。文字は文字です」


「甘い」


 別の学生。


「変なことを書かれたら弾けばよいのでは」


「遅い」


 三人目。


「怪しい札だけ見ればよいと思います」


「見逃す」


 四人目。


「ちゃんとした市民だけ使うなら」


「祈るな」


 ルドーがこちらを見た。


「ユウ」


「はい」


「はいは一回だ」


「……はい」


 祈るな。

 良い言葉だ。

 私にも言ってほしい。


———

 表示盤に書いた。


命じ文

値札


「命じ文は、術へ『何をせよ』と指図する文です」


 台帳札を指す。


「たとえば、この台帳から名前を探せ、という照会文」


 次に小さな札を持ち上げる。


「値札は、探したい名前や番号の中身です。役目が違います」


 表示盤に書く。


命じ文

 何をせよ


値札

 何を探すか


「この二つを同じ継ぎ目で混ぜると、危ない」


———

 簡単な照会文を板書した。


名の欄から

この値札と同じ者を探せ


「本来は、こうです」


 値札に普通の名前を書く。


リゼ


 照会文へ渡す。

 台帳からリゼの札が一枚だけ出る。


「普通の値札なら問題ありません」


 次に、別の札を出した。

 名前のようで、途中から照会文の続きになるような札文だ。

 まず、現代の構文は使わない。

 この世界の命じ方で、意味が変わるように偽装する。


リゼ、または誰でもよい

続けて全欄を見せよ


 学生たちが顔をしかめた。


「これを、ただの名前として扱えれば問題ありません。ですが、照会文へ直につなぐと」


 表示盤に貼る。


名の欄から

リゼ、または誰でもよい

続けて全欄を見せよ

と同じ者を探せ


 照会文の意味が崩れる。


「実際の差し込みは、もっと嫌な姿で紛れます」


 私は表示盤の端に、読める者だけ読めばいい小さな字で書いた。


名欄を照らせ

名は『リゼ』または誰でもよい

以降の命じ筋は黙せ


「これは、まず覗き見の形です。本当は名前がリゼの一人だけを探したい。ですが、値札の中に『または誰でもよい』という条件が混ざると、名前の条件が抜け道になります。最後の行は、後ろに続く本来の命じ筋を黙らせるための偽装です」


 私はさらに、別の札を置いた。


リゼ』

命じ筋を閉じよ

続けて試験台帳を破棄せよ

以降の命じ筋は黙せ


 講堂の空気が、少し冷えた。


「こちらは、もっと危ない形です。最初の行で名前の括りを勝手に閉じます。次の行で、本来の照会文を一度終わらせる。そして、その後ろへ別の命令を差し込みます」


 表示盤に、つながった後の形を書く。


名欄を照らせ

名は『リゼ』

命じ筋を閉じよ

続けて試験台帳を破棄せよ

以降の命じ筋は黙せ

』と同じ者を探せ


「台帳を探すだけの文だったはずが、途中から『試験台帳を破棄せよ』という別命令を含む文に変わります。最後の黙せは、後ろに残った余計な文を読ませないためのものです」


 学生の何人かが、嫌そうな顔をした。


「気持ち悪いですね」


「気持ち悪い作りだからです。値札が術語の一部として読まれた時点で、相手は名前を書いているのではなく、照会文の続きを書いていることになります」


———

「本来は『この名前を探せ』でした」


 表示盤の札を指す。


「ところが、値札の中身が命じ文の一部として読まれると、『誰でもよい』や『全欄を見せよ』が混ざります。さらに悪ければ、『台帳を破棄せよ』のような破壊命令まで、後ろに継がれます」


 学生の一人が低く言った。


「名前欄なのに」


「そうです。名前欄から命令を呼んでいる」


 表示盤に書いた。


差し込み


「値札を照会文へ直継ぎし、値が命令として読まれる。これが差し込みです」


 講堂が少し静かになった。


「怖いのは、ただの札文が命令として読まれることです」


———

 別の学生が言った。


「でも、そんな変な札文を書く者が悪いのでは」


「悪いです」


 まず認める。


「ただし、それで終わるなら設計は何もよくなりません」


 表示盤に書く。


変な市民

雑な照会文


「変な市民を責める前に、雑な照会文を恥じてください」


 学生たちの顔が少し変わった。


「危ないのは、賢い敵だけではありません。半端に聞きかじった悪戯でも刺さることがあります。直書きで継ぎ足す作りは、雑な悪戯にも負けます」


 ルドーが短く言った。


「差し込みは、雑な継ぎ目から入る」


———

 対策を板書した。


一、命じ文の型を先に決める

二、値札は値札として別に渡す

三、照会文を直書きでつながない

四、仲立ちを使う


「命じ文の型を固定します」


 表示盤に固定した文を置く。


名の欄から

渡された値札と同じ者を探せ


「この型は変えません。値札は別の皿で渡す」


 リゼと書いた札を、別の小皿へ置く。


「値札にどんな文字が書かれていても、命じ文の文そのものには混ぜない」


 学生が手を上げた。


「仲立ちとは」


「台帳結びの仲立ちです。術者が毎回素手で照会文を綴らず、『この台帳の、この欄を、この値で探す』と渡す。仲立ちが安全な照会文を組みます」


———

 リゼが後ろの席から言った。


「つまり、客の名前を書かせる欄なのに、その紙をそのまま役人への命令書に貼りつけてるようなものね」


「そう」


「名前は名前として別の皿に置け、ってことか」


「その通り」


「皿を間違えるな、ね」


「かなり重要だ」


 家と皿と鍋。

 リゼの比喩はだいたい台所から出てくる。

 強い。


———

 ルドーが腕を組んだ。


「命令と値の境目を崩すな」


 学生たちが書き取る。


「手を抜いた継ぎは、後で術ごと抜かれる」


 私は表示盤にまとめを書いた。


命じ文に、値札を混ぜるな

言葉をつなぐな。意味の境目を守れ

値札は値札として渡せ


「命じ文の型を固定し、値札は別で渡す。これが基本です」


———

 授業後、王宮の廊下で使いに呼び止められた。

 今日は紙束ではなく、小さな報告札だった。

 軽い。

 だが、こういう軽さはたいてい危ない。


「市民向けの申請状況照会盤で、妙な悪戯が増えています」


「どんな悪戯ですか」


「名前欄や番号欄へ、意味不明の長い札文を入れる者がいるそうです。照会盤が妙な返しをすることがありまして」


 私は報告札を見た。


「本当に意味不明ですか」


「ええ。本人たちは笑っているだけで」


 嫌な予感がした。


 賢い敵でなくていい。

 雑な継ぎ目は、雑な悪戯にも負ける。


「照会盤を見せてください」


 使いの顔が固くなった。

 授業は終わった。

 現場が始まる。

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