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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第75話 絵描き盤が、王都を救う日

 来訪対応局の朝は、紙の音で満ちていた。

 札をめくる音。

 紋章を並べる音。

 誰かが眠そうに茶碗を置く音。


 窓の外では交易会の飾り布が張られ始めている。

 王都は準備で浮いている。

 その下で、担当者たちは沈んでいた。


 困惑と諦め。

 大量照合の現場は、だいたいこういう顔になる。


———

 机の上に、算術盤と描画術盤を並べた。

 算術盤は王宮のもの。

 描画術盤は幻灯工房から借りたものだ。


 幻灯工房の職人が、少し不安そうに盤を撫でている。


「本当に、これで役所仕事をするんですか」


「します」


「絵を出す盤ですけど」


「今日は絵ではなく、模様を見ます」


 担当官が札束を差し出した。


「商会紋、通行札の図柄、来客印札、紋章札。これを照合します」


 私は頷いた。


「一件ずつは難しくありません。問題は数です」


———

 まず、今までのやり方を見せてもらった。

 算術盤に商会紋を一枚入れる。

 照合先の紋章札と比べる。

 合っているか、違うかを返す。


 一枚。

 二枚。

 三枚。


 正しい。

 だが、待ち時間が積もる。

 山はまったく低くならない。


 担当者の一人が乾いた声で言った。


「夜通しでも、半分に届きませんでした」


「何でも盤で耐えるしかないと思っていました」


 分かる。

 何でもできる盤は安心する。

 安心するが、安心と速さは別だ。


———

「向く部分だけ描画術盤へ流しましょう」


 私は札を分けた。


図柄の面の並び

印の位置

色の濃淡

紋章の外形


「これは描画術盤へ」


 次に別の札。


来客ごとの例外

商会ごとの特別許可

紛失札の扱い

最終承認


「これは算術盤と担当者が見ます」


 担当官が眉を上げた。


「全部を描画術盤へ入れないのですか」


「入れません。向かない仕事まで押し込むと遅くなります」


 ルドーが横で言った。


「何でも盤に何でも押し込むな」


 それは描画術盤にも言える。

 ただ、言葉としては強い。


———

 描画術盤の上に、商会紋を写した札を並べる。

 面の形。

 線の曲がり。

 印の位置。


 同じ型にそろえる。

 ここが大事だ。

 ばらばらのままでは、描画術盤も力を出せない。


「まず、図柄を同じ形の札へ写します」


 担当者が作業する。


「次に、比べる場所を決めます」


 私は表示盤に枠を出した。


「最後に、同じ比べを大量に流します」


 描画術盤が光った。

 銀線が、一斉に走る。


 商会紋の山の一部に、同じ印が浮いた。

 違うものには別の印がつく。


 部屋が静かになった。


「……速い」


 誰かが言った。


———

 次の束を流した。

 通行札の図柄。

 来客印札。

 紋章札。


 描画術盤は、同じ型の比べを一斉に片付けていく。

 算術盤は、その横で例外と最終整理を受け持つ。

 人間は、怪しいものだけを見る。


 全員が、それぞれ向く仕事だけをしている。

 急に現場の空気が変わった。


 紙の山が低くなる。

 担当者の背中が少し伸びる。

 茶碗を置く音が、さっきより軽い。


「その手があったか」


 担当官が呆然と言った。


「絵描きの盤だと思っていたのに」


「道具の名で決めないでください。中身の仕事で決めるべきです」


 私は札の山を指した。


「これは絵を描く仕事ではありません。でも、面の並びを大量に比べる仕事です」


———

 問題も出た。


 古い商会紋の一部で、線が擦れている。

 描画術盤は似ているものをまとめて拾ったが、本当に同じかどうかは判断しきれない。


 担当者が不安そうに言った。


「これは、全部描画術盤に任せてよいのでしょうか」


「いいえ」


 即答した。


「描画術盤は候補を絞ります。最後は算術盤と担当者が確認します」


 ルドーがうなずいた。


「盤は役で分けろ」


 職人も頷いた。


「絵でも、最後の線は人が見ることがあります」


「同じです」


 万能兵器にしない。

 向く場所に置く。

 それだけで、十分強い。


———

 昼過ぎには、山の半分以上が片付いた。

 夕方には、残りは例外確認だけになった。


 来訪対応局の部屋に、久しぶりの空白ができた。

 机の木目が見える。

 それだけで、人間は少し救われる。


 担当官が帳面を見て、深く息を吐いた。


「間に合います」


 誰かが椅子にもたれた。

 別の誰かが笑った。

 眠そうな笑いだったが、笑いは笑いだ。


 最悪から、少しましになった。


———

 幻灯工房の職人は、自分の描画術盤を見つめていた。


「これ、役所でも使うんですね」


「使います」


「商会も欲しがりますか」


「たぶん」


 その言葉を聞いた瞬間、職人の顔が変わった。

 喜びと恐怖が半分ずつ。

 受注が増える職人の顔だ。


「……工房に戻って、親方に話します」


「急に増えますよ」


「でしょうね」


 職人は少し笑った。


「絵描きの盤だと思っていました」


「向く仕事を見つければ、脇役も主役になります」


———

 夕方、ルドーが来訪対応局の部屋を見回した。

 山だった札が、束に整えられている。

 算術盤は静かに光り、描画術盤は少し熱を持っていた。


「盤は名でなく役で見ろ」


 担当者たちが頷いた。


「何でも盤に何でも押し込むな」


 私も頷いた。


「算術盤は便利です。でも、向かない仕事もあります。専用の盤は狭く見えますが、仕事が合えば圧倒的に強い」


 ルドーが短く言う。


「脇役も主役」


「はい」


「はいは一回だ」


「……はい」


 もう反射である。


———

 夜、リゼの家に帰ると、部屋は少し涼しかった。

 窓が開いていて、外から祭り準備の遠い音が聞こえる。

 木槌の音。

 布を張る声。

 誰かが笑う声。


 リゼは茶を置いて、向かいに座った。


「間に合ったのね」


「間に合った」


「絵描きのための盤だと思ってたのに、こういう役所仕事まで片付けるのね」


「名前だけ見るとそうなる。でも、実際には同じ模様を大量に比べる仕事だった」


「向いてる仕事を見つけてもらえた道具って、ちょっと嬉しそうね」


「道具は嬉しがらない」


「そういうことにしておいてあげる」


 リゼは少し笑った。


 私は茶を飲んだ。

 温かい。

 疲れた頭にしみる。


———

 その夜、灯りを落としてから、描画術盤の銀線を思い出していた。

 一斉に光り、一斉に比べ、一斉に片付ける。


 何でもできることと、何でも速いことは違う。

 専用の道具は、仕事が合えば驚くほど強い。

 そして、道具の本質は、最初についた名前より深いところにある。


 絵描きの盤は、絵だけのものではなかった。

 同じ型の仕事が山ほどあるなら、並べ計算が効く。


 技術の進歩は、ときどきこういう形で来る。

 脇役の道具が、ある日突然、主役として呼ばれる。

 その瞬間を見るのは、少し悪くなかった。


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