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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第72話 余るなら、その時に使え

 朝、リゼの家の窓辺に強い陽が差していた。

 卓の上の皿が白く光り、湯気が細く立っている。

 外では水売りの声が通りを抜け、遠くで荷車の輪が石に当たる音がした。


「今日は暑くなりそうね」


「陽が強い」


「学校まで歩くだけで溶けそう」


「溶けたら困る」


 リゼが匙を置いて、こちらを見た。


「今日の授業は何」


「術勢の波の話」


「波?」


 術勢とは、この世界で術を動かすための流れだ。

 大地から湧き、術場に集められ、術台や灯り台へ配られる。

 水路の水に近い。

 流れてくる量が多い刻もあれば、少ない刻もある。

 使い道が少なければ余り、使い道が重なれば足りなくなる。


「術勢は一日じゅう同じだけ流れているわけじゃない。足りない刻もあれば、余る刻もある」


「家計みたいね。月初は少し余って、月末に足りなくなる」


「かなり近い」


 リゼは少し考えた。


「足りない時に我慢するだけじゃなくて、余ってる時に済ませられる買い物を済ませる、みたいなこと?」


「そういうことだ」


 朝から理解が早い。

 こういう日は講義のハードルが上がる。

 最悪だ。


———

 講堂には、陽の匂いが入っていた。

 石壁はまだ冷たいのに、窓際だけが熱を帯びている。

 学生たちは扇で顔をあおぎながら席についていた。


 ルドーが前に立つ。


「問う」


 講堂が静かになった。


「術勢は一日じゅう同じではない。足りぬ刻もあれば、余る刻もある」


 ルドーが短く間を置いた。


「ならばどう回す」


 学生の一人が手を上げた。


「足りない刻に節術します」


「半分」


 別の学生。


「強い術場を増やします」


「高い」


 三人目。


「常に最大の需要に合わせます」


「無駄」


 四人目。


「余った術勢は、逃がすしかないのでは」


「もったいない」


「逃がすにも費え」


 ルドーがこちらを見る。


「ユウ」


「はい」


「はいは一回だ」


「……はい」


 またやった。

 人間は学習する生き物ではなかったのか。


———

 表示盤に横線を引いた。

 一日の刻を並べる。

 朝、昼、夕、夜。


 その上に青い石を置いた。


術勢の流れ


 朝は少し。

 昼は多い。

 夕に下がる。

 夜はまた別の形になる。


「自然条件には波があります。陽が強い刻、風がある刻、需要が集中する刻。全部を平らにするには大きな費えがかかります」


 次に赤い石を置く。


使いたい仕事


 朝に多い。

 昼は少し空く。

 夕にまた増える。


「こちらは需要です。人が起き、働き、煮炊きし、灯りを使う。これにも波があります」


 学生たちが表示盤を見る。


「波を完全に消そうとすると、最大の刻に合わせた大きな仕組みが必要になります。普段は使わない大きさを抱えることになる」


 表示盤に書く。


最大に合わせる

普段は余る


「高いです」


 ルドーがうなずく。


「高い」


———

「足りない刻に節術するのは、一つの手です」


 赤い石を少し減らす。


「ただし、それだけでは半分しか見ていません」


 昼の青い石を指す。


「余る刻があります。ここを何もせず逃がすなら、せっかくの術勢を捨てていることになる」


 学生が首を傾げた。


「使わない方が節術では」


「足りない刻ならそうです。ですが、余って逃がす費えがかかっている刻なら、動かせる仕事をそこへ寄せる方が全体では楽になります」


 表示盤に書く。


使わない調整

使う調整


「使わないことだけが調整ではありません。使うこともまた調整です」


———

 小さな木札を並べた。


蓄記整理

大量複写

集計

洗浄

鍛造補助

蓄記結晶の充填


「これらは、すべて今すぐでなくてよい重仕事の例です」


 学生の一人が言う。


「急ぎの書簡とは違う、ということですか」


「はい。今この瞬間でなければ困る仕事と、今日中ならよい仕事は違います」


 木札を昼の余る刻へ動かす。


「動かせる仕事を余る刻へ寄せる。すると、足りない刻の混雑も減り、余る刻の逃がし費えも減ります」


 表示盤の赤い石が滑らかに並んだ。


 学生たちが少し前のめりになる。

 こういう瞬間は分かりやすい。

 石を動かすだけで、人間は急に賢くなる。


———

 リゼが後ろの席から言った。


「つまり、天気や陽の動きに逆らって全部同じ刻にやろうとするんじゃなくて、都合のいい刻へ仕事のほうをずらすのね」


「その通り」


「足りない時に我慢するだけじゃなくて、余る時にわざと食べさせるのも、結局は同じ調整なのか」


「かなり重要です」


 表示盤に書いた。


刻ずらし


「後回しにできる仕事を、術勢が余る刻へ意図的に寄せる。これを刻ずらしと呼びます」


 さらに、別の地図札を出した。


「もっと大きく見れば、場所も動かせます。こちらで陽が落ちても、別の土地ではまだ陽がある。急がない務めを陽のある土地へ送る、日向追いという考え方もあります」


 学生たちがざわめいた。


「ただし、今日は深追いしません。まずは王都の中で、刻を動かす話です」


———

 ルドーが腕を組んだ。


「制約は、壊すものか」


 学生の一人が答えた。


「まず読みます。どの刻が余り、どの刻が足りないかを見ます」


「よし」


 ルドーがこちらを見る。


「まとめろ」


「足りない時だけを見るな、です」


 表示盤に書く。


足りない時だけを見るな

余るなら、その時に使え

波を消せぬなら、波に乗れ


「制約を敵でなく、目印として使います。自然の波を消せないなら、仕事の側を動かせばいい」


 ルドーが短く言った。


「仕事を動かせ。自然を叱るな」


 学生たちが書き取った。


———

 講義の終わりに、使いが来た。

 扉のそばで息を整えている。

 顔には困惑があった。

 そして、少しだけ恥ずかしさもあった。


「節術局からです」


「節術局」


 ルドーが眉を上げた。


「何を節する」


「いえ、その」


 使いは紙を差し出した。


 そこには大きく書かれていた。


昼刻は、できれば使ってください。


 講堂が静かになった。

 次に、少し笑いが起きた。


 節術局が、使えと言っている。

 人類は矛盾に見える看板が好きだ。


 私は紙を読んだ。


「最近、昼刻に余り術勢が出るようになった?」


「はい。新しい陽蓄場が動き始めまして。昼の陽が強い刻に大量の術勢が流れます。ただ、その刻の王都の需要がそこまでなく」


「余った分を外へ逃がす費えがかかる」


「その通りです」


———

 節術局は王宮の北側にあった。

 建物の前に、例の看板が立っている。


昼刻は、できれば使ってください。


 通りすがりの人々が見て、首を傾げ、笑い、また見ている。

 看板としては大成功だ。

 制度としては、たぶん困っている。


 中に入ると、役人たちが書類の山に囲まれていた。

 窓の外からは強い陽が入り、部屋の中は妙に明るい。


「来ていただいて助かりました」


 局長らしい男が頭を下げた。


「今まで節術を呼びかけてきた局が、使ってほしいと言っているので、皆が面白がってしまって」


「何をどう使ってほしいかは決めていますか」


 局長が黙った。


 最悪だ。


———

 状況を聞いた。


 新しい陽蓄場が王都の外にできた。

 陽の強い昼刻には、術勢が大量に流れ込む。

 だが昼刻は、朝夕ほど術具が集中しない。

 余った術勢を外へ逃がすには費えがかかる。


「なら、昼に使う仕事を増やせばいいのでは」


 役人の一人が言った。


「それが、皆に浪費しろと言うわけにもいかず」


「浪費ではありません。動かせる仕事を探すんです」


「動かせる仕事」


 局長が繰り返した。


 言葉は分かったが、まだ腹に落ちていない顔だった。


———

 書類を見せてもらった。

 王都の役所仕事の一覧。

 図書庫の大規模複写。

 王宮記録の写し整理。

 学校の蓄記結晶の充填。

 大量集計。

 染め場の洗浄補助。

 倉の目録整理。


 全部、急ぎではない。

 だが、重い。

 そして、なぜか忙しい朝夕に混ざっている。


「この仕事は、なぜ朝に」


「昔からその刻で」


「この集計は、なぜ夕に」


「担当者がその刻に」


「この充填は」


「慣例で」


 慣例。

 便利な言葉だ。

 何も考えていないことを、少し上品に包める。


———

 表示盤を借りた。

 一日の術勢の流れを書く。

 その下に仕事を並べる。


「まず、動かせない仕事と動かせる仕事を分けます」


 局長が頷いた。


「次に、動かせる重仕事を昼刻へ寄せます」


 木札を動かす。

 朝夕の混雑が少し減り、昼の余りが埋まっていく。


「これで、余り術勢の逃がし費えが減ります。さらに朝夕の混雑も減る。先送りされていた仕事も片付く」


 役人たちが表示盤を見た。

 さっきまで笑われていた看板の意味が、少し形になっていく。


「……節術局が、使えと言うのですか?」


「言います」


 私はうなずいた。


「ただし、何でも使えではありません。余る刻に、動かせる仕事を寄せるんです」


———

 帰り際、看板をもう一度見た。


昼刻は、できれば使ってください。


 まだ言葉が足りない。

 でも、間違ってはいない。


 リゼが隣で腕を組んだ。


「節約しろって言う側が、使ってってお願いするの、変な感じね」


「変に見えるだけで、筋は通る」


「今まで『足りない』しか見てなかったのね」


「そう。余る時にどう食わせるかを考えていなかった」


 夕方の風が少し熱を含んでいた。

 明日は、王都の仕事を実際に動かすことになる。


 波は消えない。

 なら、波に合わせて並びを変えるしかない。


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