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魔法世界は運用で回る  作者: 月の位相
特任講師編

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第63話 借りた術場を、返し忘れるな

 会計局の廊下に、薄い顔色の担当者が立っていた。


「ユウさん、お時間を」


 折り畳んだ紙を持っている。


「どうしました」


「原生林社から、今月の請求が届きまして」


「金額は」


「……先月の十二倍です」


———


 会計局の一室に集まった。


 各部署の担当者が七名。会計局長。ルドー。そして私。


 机の上に、原生林社からの帳が広げてある。


「これが今月の刻み課金です」


 会計局長が数字を指した。確かに大きな金額だった。


「各部署は何と」


「それぞれ言っています。うちはそんなに使っていない、と」


「でも合計するとこうなる」


「はい」


———


 各部署の担当者に順番に聞いた。


「観光局。今月、一時術台を何基起こしましたか」


「三基ほどです」


「今も起きていますか」


「……確認していませんでした」


「術務室は」


「実験のたびに起こしていました。多い日は五基ほど。終わったら閉じていたと思いますが」


「思いますが、とは」


「……確認していませんでした」


「図書札係は」


「複写用の借り保管庫を四つ作りました。今は一つしか使っていないはずです」


「はずです、とは」


「……」


———


 板書した。


今起きていること


一、各部署が一時術台と借り保管庫を自由に増やした

二、誰が何を起こしたか、記録がない

三、使い終わっても閉じた確認がない

四、今も起きているものがあるが、誰も把握していない

五、原生林社の請求は正当である


「問題は原生林社ではありません。返し方を決めなかったことです」


———


 実際に調べることにした。


 原生林社から提供された見張り術を使って、王都の各部署が今現在起こしている一時術台と借り保管庫の一覧を出した。


 並べると、二十三基の一時術台が動いている。


 借り保管庫は十四個。


「担当者に確認します。一基ずつ」


———


 最初の一時術台。


「これは観光局が先月起こした来訪者集計用です」


「集計は終わりましたか」


「終わりました。先週」


「なぜ閉じなかった」


「……忘れていました」


 次の一時術台。


「術務室のものです。実験が終わったら閉じるつもりでした」


「実験はいつ終わりましたか」


「十日ほど前です」


「十日間、起こしっぱなしです」


「……気づきませんでした。遠くにあるので、目に入らなくて」


———


 三基目、四基目。


 それぞれに担当者を探した。


 六基目になったところで、どの部署のものか分からない一時術台が出てきた。


「これは誰が起こしましたか」


 誰も手を上げない。


「起こした記録がありますか」


「……ありません」


「起こした理由は分かりますか」


「分かりません」


———


 孤児術台だった。


 誰が起こしたか分からない。何のためか分からない。いつ起こしたかも分からない。それが今も動いていて、借り料を積み上げている。


「これが一番の問題です」


 板書した。


孤児術台


一、誰が起こしたか分からない

二、何のためか分からない

三、いつから動いているか分からない

四、なのに課金している


「この状態にすると、閉じることも誰もできません。自分の起こしたものではないから」


———


 借り保管庫も順番に確認した。


 十四個のうち、今も使っているものは三個だった。


 残り十一個は、空か、古いままの記録が入っているだけで誰も触れていない。


「この十一個、借り料は積み上がっていますか」


「積み上がっています。場所を確保しているので」


「いつから」


「最初に作ったときから。最古のもので、試験導入の初日から」


———


 会計局長が額に手を当てた。


「つまり、試験のつもりで作ったものが、そのまま課金し続けていたと」


「そうです」


「誰も返していなかった」


「確認する仕組みがなかったので」


「……それは原生林社に問題があるのですか」


「ありません。利用した分の請求です。正当です」


———


 ルドーが短く言った。


「起こす術より、返す作法を先に決めろ」


———


 整理した。


「今必要なのは五つです」


 板書した。


立て直しの五つ


一、借りたものに必ず札をつける

 ・誰が起こしたか

 ・何のためか

 ・どの部署の勘定か

 ・いつまで使う予定か


二、期限札をつける

 ・一時術台には自動失効時刻

 ・借り保管庫には見直し期限

 ・期限を越えたら警告を出す


三、勘定見張りを作る

 ・部署別、用途別に借り料を見えるようにする

 ・週に一度、各部署が確認する


四、借りる前の確認項目を作る

 ・本当に今借りるべきか

 ・終わったら返す手順は決まっているか

 ・長く使うなら自前のほうが安くないか


五、一時向きと常設向きを分ける

 ・一時の急増には服務的魔術

 ・長く使うものは自前術場

 ・「便利だから全部借りる」をやめる


———


「今日、二十三基の一時術台を全部確認します。担当者がいるものは担当者に閉じてもらいます。孤児術台は今日中に閉じます。借り保管庫は使っていないものを全部返します」


「分かりました」


「来月からは、起こす前に確認札、起こした後に登録、閉じたら記録、週次で一覧確認という流れにします」


———


 一基ずつ進めた。


 担当者がいるものは担当者に連絡して閉じてもらった。


 担当者が不明のものは、内容を確認してから閉じた。


 孤児術台の中には、何が動いているか分からないものが二基あった。中の術を止めて、構造を確認してから、問題がないと判断して閉じた。


「閉じました。これが孤児術台の最後です」


「お疲れ様です」


———


 一覧が更新されていく。


 二十三基が、十二基になり、七基になり、三基になった。


 三基は今も使っている正当な一時術台だった。


「残り三基は、札がついています。誰が、何のために、いつまで使うか、分かります」


「さっきまでと全然違うね」


 観光局の担当者が言った。


「さっきまでは、何がどこにあるかすら分からなかった」


———


 借り保管庫も、十四個から三個になった。


「この三個は今も使っています。中身と期限を確認しました」


「返した十一個は」


「今この瞬間から課金が止まりました」


 会計局長が小さく息を吐いた。


———


 その夜、リゼに話した。


 台所でリゼが汁物を作っている。


「今日、王都の借り術台と借り保管庫を全部洗い出した」


「どうだった」


「孤児術台が七基。誰のものか分からない保管庫が十一個。全部返した」


「それで請求は」


「来月から減る。今月分はどうにもならない」


「そうか」


———


「でも原生林社が悪いわけじゃないのよね」


「そうだ。使った分の正当な請求だ」


「なのに皆は怒ってたんでしょ」


「最初はそうだった。でも洗い出してみたら、皆なんとなく自分のもので課金されてるのが分かって、怒れなくなった」


「自分のせいだったから」


「そう」


———


 リゼが鍋をかき混ぜながら言う。


「水を出す蛇口が軽すぎて、流しっぱなしのまま皆が別の部屋へ行っちゃってる感じか」


「正確だ」


「蛇口が悪いんじゃなくて、流しっぱなしにした人が悪い」


「正確だ」


「でも流しっぱなしになりやすい蛇口があるのも確かよね」


「そうだ。だから返し方を先に決める必要がある。蛇口が軽いなら、閉め方の作法を先に決めておかないと」


———


「管理を作らなかったのが問題だった、ということね」


「そう。服務的魔術そのものは便利で強い。問題はそれを使う側が、借りる仕組みだけ作って、返す仕組みを作らなかったことだ」


「借りるのは簡単。返すのは誰かがやるだろう。でも誰もやらない」


「典型的な話だ」


———


 ルドーが今日言った言葉を思い出した。


「便利さを責めるな。制約を作らぬほうを責めろ、とルドーが言った」


「するどいね」


「いつも一言で終わらせる」


 リゼが笑った。


———


 汁物は根菜が多く入っていて、温かく、少し甘かった。


 服務的魔術は本当に便利だ。遠くの巨大術場を必要なときだけ借りられる。自前で抱えなくてよい。急増にも耐えられる。これは本物の技術だ。


 だが、借りるのが簡単なものは、返すのを忘れやすい。簡単に増やせるから、増やす判断が軽くなる。遠くにあるから、目に入らない。目に入らなければ、忘れる。忘れれば、課金が積み上がる。


 雲の向こうに置いたからといって、勘定まで見えなくしてはいけない。


 借りたものには、持ち主、用途、期限、勘定が必要だ。これを最初に決めること。借りる前に決めること。簡単に借りられるから、決める前に借りてしまう。その順番を逆にしないといけない。


 問題は技術ではなかった。制約の欠如だった。それだけの話だ。

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