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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第61話 器量偽りの石を売るな

 翌朝、ルドーの部屋に三人が待っていた。


 若い学生、商会の小僧、王宮の記録係。それぞれ顔が違う。共通しているのは、困り果てた表情だった。


「順番に話してください」


———


 最初は学生だった。


「旅の記録をつけていまして。北の街から南の港まで、二十日かけて歩いた旅で。旅日記を書いていたのです、毎日欠かさず」


「石に記録していた」


「はい。石に書いていました。帰ってから読み返したら……最初の七日分が、消えていて」


「残りは」


「後半は残っていました。でも最初の七日はどこにも出てきません。書けていたはずなのに」


「自分の書き方が悪かったと思っていたか」


「……はい。どこかで消してしまったか、書き方を間違えたか。自分のせいだと。でも同じ市で石を買った友人も同じことがあったと聞いて」


———


 二人目、商会の小僧が話した。


「帳簿の記録です。毎月の取引を石に書いて保管していました。先月、古い月の帳簿を確認しようとしたら、三ヶ月前から五ヶ月前の分が丸ごと消えていました」


「他の月は残っているか」


「直近の二ヶ月は残っています。それより前が来ません」


「石を買ったのはいつだ」


「半年ほど前です。値が手ごろだったので、いくつかまとめて買いました」


「同じ商人から」


「はい。同じ市です」


———


 三人目、記録係が言った。


「王宮の文書保管室です。写しの石が複数あるのですが、先週確認したところ、ある時期以前の記録が書き換わっていました」


「書き換わった」


「正確には、古い記録が消えて、新しいものが上書きされている状態です。誰かが意図して変えたとは思えません。保管室の鍵は私が持っていますし、最後に書いたのは私です。ただ」


「古い記録が消えていた」


「はい。上の者に報告したところ、私の管理が悪いと言われ……でも私はちゃんと書けていたはずで」


———


 三人の話を聞き終えた。


 ルドーが静かに言う。


「同じか」


「同じです」


 三人を見た。


「三人とも、近い時期に近い市で石を買っていますか」


 顔を見合わせてから、それぞれがうなずいた。


———


「問題は同じです。石の実収まりが、名乗り量より小さい。名乗り量いっぱいまで書くと、古い記録が踏み潰されます」


「…………」


「自分のせいではありません。道具が偽物でした」


 学生がゆっくり口を開いた。


「偽物、ですか」


「偽物です。悪い石ではなく、器量を偽っている石です」


———


 整理した。


「三人が買った石は、同じ市の同じ商人のものと思われます。今日その商人を呼べますか」


 記録係が言った。


「王宮として呼びつけることはできます。ただ、証拠が必要です。私が呼べば、また管理が悪かったと言い逃れされる可能性があります」


「見せましょう。皆の前で」


———


 午後、王宮の一室に人が集まった。


 三人の被害者。王宮の監査担当官が二名。ルドー。そして商人。


 商人は中年の男だった。落ち着いた顔をしている。呼びつけられることに慣れているように見えた。


「この度は」


「座ってください」


———


「あなたの石を買った三人が、同じ問題を起こしています」


 商人が軽く眉を上げた。


「問題、とは」


「記録が消えました。古い記録から、順に」


「それは……保存した術者の腕が悪いのでは」


 予想通りの言葉だった。


「三人とも腕が悪かったと」


「石の扱いは難しいですから。きちんと書けていないことはよくあります。私どもの石に問題があったという証拠がなければ」


———


「では、皆の前で満たして戻しましょう」


 商人が少し黙った。


「…………何をするおつもりですか」


「全域書き試しです。昨日の授業で学生たちに見せたものと同じことをします。あなたの石に、名乗り量いっぱいまで書く。書き終えたら最初から読み返す。記録が全部残っていれば本物です。消えていれば、実収まりが足りない石です」


「……私の石は確かな品です」


「ならば確かめて問題はありません」


———


 商人の石を三つ取り出した。いずれも「二十巻入る」と記されている。


 一巻目から順番に記録札を書き込んだ。


 一巻目、二巻目、三巻目。


 学生たちも来ていた。昨日の授業の後で関心を持っていたらしく、廊下で聞きつけて入ってきた。


———


 十巻目まで書いたところで読み返した。


 全部残っている。


「十巻まで、問題なし」


 十五巻目まで書いた。


 読み返した。


 全部残っている。


「十五巻まで、問題なし」


———


 十七巻目を書いた。


 読み返した。


 最初から順に。一巻目……


 来なかった。


 二巻目も来なかった。


 三巻目から少しずつ出てきた。後の方の記録が押しのけていた。


———


 もう一度、静かに読み返した。


一巻目:消えている

二巻目:消えている

三巻目:消えている

四巻目:残っている

五巻目:残っている

……

十七巻目:残っている


「一巻目から三巻目が消えました。名乗り量は二十巻です。実収まりは十四巻か十五巻かそのあたりです」


———


 部屋が静かになった。


 監査担当官が商人を見た。


 商人は口を閉じていた。


「二つ目の石も試します」


 同じ手順で書き込んだ。今度は十六巻を超えたあたりから古い記録が消え始めた。


「十五巻ほどで実収まりが尽きています。名乗り量は二十巻」


「三つ目も」


 三つ目は十四巻で尽きた。


———


「これは粗悪ではありません」


 はっきり言った。


「粗悪な石なら、最初から書きにくいはずです。この石は、始めはちゃんと書けます。丁寧に作られています。ただし、実収まりが意図的に小さく抑えられている。名乗り量より少ない容量で、多くの量が入ると偽って売っています。器量偽りです」


 商人がやっと口を開いた。


「…………」


「数巻書けたことは証明になりません。名乗り量いっぱいまで満たして、最初から最後まで読めて初めて本物です」


———


 監査担当官が言った。


「これは意図してやっていたことですか」


「それはあなた方が決めることです。ただし、石の実収まりが名乗り量を大幅に下回っていることは今示しました。石三つとも、同じ傾向です。偶然とは言いにくい」


「…………」


「保存できたように見せること自体が、最も悪質です。書けるから信じる。信じるから疑わない。問題に気づいたとき、まず自分のせいだと思う。道具が偽物だとは気づかない。この石は、そのように作られています」


———


 ルドーが短く言った。


「書けるふりをする石を、記憶石と呼ぶな」


———


 商人は連行された。


 三人の被害者が廊下で待っていた。


「決着がついたか」


 三人がうなずいた。


「石のせいだったのですね」


「そうです」


「自分のせいではなかった」


「そうです」


 学生が少し肩を落とした。


「旅の最初の七日が、もう二度と戻らない」


「戻りません」


 言い訳はしなかった。


「石が偽物でした。それは確かです。記録は戻らない。申し訳ないです」


———


 監査担当官が確認した。


「今後の対策をどうすれば」


「王都の市で記憶石を大量に売る場合は、全域書き試しを義務づけることを勧めます。一部を試すだけでなく、名乗り量いっぱいまで書いて、最初から最後まで読み返した確認記録を添えることです」


「全ての石に」


「大量購入の前と、重要な記録に使う前には最低でも。自分で確かめるのが一番確実です」


「分かりました」


———


 廊下に出ると、学生の一人が待っていた。


「ユウさん」


 授業で何度か話したことのある学生だった。


「あの商人は、分かっていてやっていたのでしょうか」


「分からない」


「分からない?」


「分かっていてやっていたとしたら、悪意のある詐欺です。知らずにやっていたとしたら、怠慢が積み重なった結果です。どちらも被害は同じです」


「どちらだと思いますか」


「あの落ち着いた顔を見ると、知っていたように見えます。ただ、それを私が決めるのではありません」


———


 夕方、ルドーと少し話した。


「三人とも、最初は自分のせいだと思っていました」


「道具が正しく動くと思えば、そうなる」


「保存できたように見えるから、信じる。信じるから、失ったとき自分を疑う」


「だから性質が悪い」


「そうです」


 廊下を歩きながら言葉を続けた。


「壊れた道具なら気づきます。最初から動かなければ、道具のせいだと分かる。しかしこの石は動きます。ある量まではちゃんと動く。問題が出るのは限界を超えてから。しかも、その限界を道具が教えてくれない」


「静かに消える」


「静かに消えます」


———


 夜、リゼの家に戻った。台所から蒸し野菜の匂いがした。


「おかえり。うまくいった?」


「いった」


「商人どうなったの」


「連行された」


 リゼが目を丸くした。


「それって……珍しいね」


「珍しい」


 椅子に座りながら話した。


「三人の被害者の石を全部試した。どれも名乗り量より実収まりが小さかった。皆の前で見せた。商人に言い逃れできなかった」


———


 リゼが野菜を皿に並べながら言う。


「箱の大きさを偽って売ってるのと同じじゃない。詐欺でしょ」


「詐欺です」


「でも、箱なら開けたらすぐ分かる。石は分からない」


「そこが違うところだ。箱は目に見える。石の容量は、全部入れて読み返すまで分からない。入れたように見えるから、足りないとは思わない」


「それで何年も黙って売れていたわけか」


「売れていた」


———


「三人のうち旅日記の学生が、最初の七日が戻らないと言っていた」


「そうか」


「戻らない、とはっきり言った。言い訳をしても仕方ないから」


 リゼが手を止めた。


「でも商人を止めた。同じことが今後は減る」


「少しは減ると思う」


「全域書き試しが市で義務になったんでしょう」


「大量購入の前には義務になる」


「それで防げるね」


「証拠が出てからが遅かったけど」


———


「旅日記の学生は、書き直せないの」


「記憶は残っている。石に残らないだけだ」


「書き直したらいいじゃない」


「記憶で書いたものは、その日書いたものとは違う」


「……そうか」


「でも、残る。石が消しても、書き直したものは残る。書いたことが無駄になるわけじゃない」


———


 リゼがゆっくりうなずいた。


「記録は、残って初めて記録だって、ルドーが言ってたっけ」


「昨日の授業で」


「今日も残ったね。別の意味で」


「別の意味で」


———


 蒸し野菜に薬味塩が添えてあった。温かく、少し辛かった。


 道具は信じるために使う。信じることが前提になれば、疑わなくなる。疑わなければ、問題が見えない。問題が見えなければ、被害が広がる。


 技術を使った偽りは、道具への信頼を利用する。道具が動いているように見えるから、止まっているとは思わない。入れたように見えるから、消えているとは思わない。


 全域書き試しは手間だ。名乗り量いっぱいまで書いて、最初から最後まで読み返す。それだけの話だが、誰もやっていなかった。やらなくてよいと思っていたから。


 確かめるとは、大丈夫だと思っているところまで押し込んで、初めて成り立つ。


 今日、石が正直になった。それで十分だった。

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