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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第60話 入ると言う量を、信じるな

 講堂の机の上に、今日は二つの石が置いてあった。


 どちらも手のひらに収まる大きさで、淡く光っている。記憶石だ。


 学生たちが席に着きながら、それを眺めた。


「また何か試すのね」


 リゼが前列に座って小声で言う。


「そのうち分かります」


 ルドーが教卓の端に立った。


「問いを立てる」


———


「記憶石が『五百巻入る』と名乗っている。本当に五百巻入るか、どう確かめる」


 学生たちがしばらく考えた。


「売り手に信じてもらう。工房の保証があるはずだ」


「違います」


 すぐに返した。


「信じるかどうかではありません。確かめる話をしています」


「では重さを見る。重ければ容量が大きいはずだ」


「重さと容量は関係ありません」


 別の声。


「少し書いてみる。書ければ問題ない」


「少し書けても、五百巻保てるかどうかは分かりません」


「高値の石なら本物のはずだ」


「高値と実際の容量は別の話です」


「工房の印が押してあれば信用できる」


「印は本物でも、石は偽物ということがあります」


 五つ出たところで、ルドーが私を見た。


「ユウ」


「はい」


「はいは一回だ」


 講堂が少し笑った。


———


 前に立った。


 机の上の二つの石を手に取り、学生たちに見せた。


「どちらも『十巻入る』と名乗っています」


 一方の石を右手に、もう一方を左手に持つ。見た目はほぼ同じだ。


「石Aと石Bと呼びます。どちらが本物か、今は分かりません。これから確かめます」


———


 小さな記録札を一枚ずつ用意した。


 赤印、青印、緑印、橙印、白印。さらに黄印、紫印、茶印、灰印、黒印。


 それぞれに順番と色が書いてある。一巻目から十巻目に対応している。


「まず石Aに、一巻目から書いていきます」


 赤印を石Aに押し込んだ。


「一巻目、赤印。書けました」


 次の札。


「二巻目、青印。書けました」


 一枚ずつ、丁寧に続けた。


———


 五枚目、白印を押し込んだところで手を止めた。


「五巻書けました。ここで読み返します」


 石Aから読み出した。


 赤印、青印、緑印、橙印、白印。


「全部残っています」


 石Bを手に取った。同じように一巻目から五巻目まで書き、読み返した。


「石Bも、五巻全部残っています」


 学生たちがうなずく。


「どちらも五巻入りますね」


「今のところはそうです」


———


 残りの五枚を書いた。


 六巻目、黄印。七巻目、紫印。八巻目、茶印。九巻目、灰印。十巻目、黒印。


 石Aに一枚ずつ書き込んだ。石Bにも同じように書き込んだ。


「十巻、全部書けました」


 学生たちが前のめりになった。


———


「では石Aから読み返します。一巻目から」


 石Aを読み出した。


 赤印。


「一巻目、あります」


 青印、緑印、橙印、白印、黄印、紫印、茶印、灰印、黒印。


「十巻目まで、全部残っています」


———


「次に石Bを読み返します。一巻目から」


 石Bを読み出した。


 最初に出てきたのは、茶印だった。


「…………」


 次。灰印。


 次。黒印。


「一巻目と二巻目が出てきません」


 もう一度読んだ。


 三巻目の緑印も、来なかった。


 八巻目から十巻目は来る。それより前が来ない。


———


 板書した。


石A(本物)

 書いた:赤・青・緑・橙・白・黄・紫・茶・灰・黒(十巻)

 残った:赤・青・緑・橙・白・黄・紫・茶・灰・黒(十巻)


石B(偽物)

 書いた:赤・青・緑・橙・白・黄・紫・茶・灰・黒(十巻)

 残った:橙・白・黄・紫・茶・灰・黒(七巻)

 消えた:赤・青・緑(三巻)


「石Bは、実収まりが七巻以下だったようです」


「でも、十巻書けましたよね」


「書けました。ただし、七巻を超えたところから、古い記録が踏み潰されています」


———


 板書を続けた。


名乗り量と実収まり


一、名乗り量:石が「入る」と言っている量

二、実収まり:石が実際に保てる量

三、この二つは別のものである

四、偽物の石は、実収まりが名乗り量より小さい

五、実収まりを超えて書くと、古い記録から消えていく


「五巻しか書かなかったとき、石Bに問題はありましたか」


「なかったです」


「七巻書いたときは」


「…………多分なかったです」


「そうです。七巻かそこらまでは問題なく見えます。問題が現れるのは、実収まりを超えてから。超えたとき、新しく書いた記録が、古い記録を押しのけます」


———


 リゼが手を上げた。


「入ったように見えるのに、前に入れたものが残ってないなら、それは『入る』じゃなくて『押しのけてる』だけじゃない」


「そうです」


 はっきり返した。


「書けたことと、保てることは違います。石Bは書ける。ただし保てない。保存できたように見えるのが、一番危ない」


———


 板書を続けた。


「少し書けた」という証明の限界


一、少しの試しでは実収まりは分からない

二、実収まりを超えるまで、問題は見えない

三、「書けた」と「保てる」は違う

四、保存できたように見えること自体が、最も危ない


「では、どう確かめれば良いのですか」


「全域書き試しです」


———


 板書した。


全域書き試し


一、名乗り量の全量分を、順番をつけて書き込む

二、書き終えたら、最初から順番に読み返す

三、一番目の記録から最後まで、全部残っていれば本物

四、途中で記録が消えていれば、実収まりが足りない偽物


「これが唯一の確かめ方です。一部書いて確かめても、実収まりを超えなければ問題は見えません。全量書いて、全量読み返す。それで初めて分かります」


———


「手間がかかりますね」


「かかります。ただし、手間をかけずに信じた結果、大事な記録が消えるよりはましです」


「全部読み返せなければ確認にならない」


「そうです。書いたことを確かめるのではありません。保てていることを確かめるのです」


 ルドーが腕を組んで言った。


「入ると言う量を、口先だけで信じるな」


———


 授業が終わって、廊下を歩きながらリゼが言った。


「あの石、本当に消えるのね」


「消えた」


「実際に見ると違うね。前の記録が静かに消えていくだけで、書けてるんだもの」


「気づかない方が自然だ」


「旅日記の途中から書き始めた旅人は、最初の数日が消えていても、気づかないで終わるかもしれない」


「気づくとしたら、読み返したときだけだ。読み返さなければ、ずっと分からない」


 リゼが少し顔を暗くした。


「それ、怖いね」


———


 夜、リゼの家に戻った。台所から焼き魚の匂いがした。


「おかえり。夕飯、もう少しかかるよ」


「分かった」


 椅子に座りながら続けた。


「今日の授業の石、市で売っているものに同じようなのがあるかもしれない」


 リゼが手を止めた。


「本当に」


「まだ噂話だけど。旅日記の前半が消えた、帳簿の古い月が抜けた、という話が少しずつ来ている」


「全部偽物の石を使ったから?」


「まだ確かめていない。ただ、実収まりが足りない石を使っていたとすれば、説明はつく」


———


「でも、石を買った人は自分の書き方が悪いと思うんじゃない」


「思う。石のせいだとは考えない。書いたときは書けているから」


「見えない傷ね」


「そう」


 リゼが皿を運んできた。焼き魚に菜の塩漬けが添えてある。


「苦情が来ているなら、調べた方がいいね」


「調べることになると思う」


———


 魚は少し焦げていたが、温かかった。


 記憶石は記録を保つための道具だ。書けば残ると思う。残ると思うから信じる。


 しかし石が名乗る量と、実際に保てる量は別の話だ。少し書けることは証明にならない。名乗り量いっぱいまで書いて、最初から最後まで読み返して初めて、本物かどうかが分かる。


 書けたように見えること。保てていること。この二つが一致していなければ、記録は記録ではない。残って初めて記録だ。


 旅日記の前半が消えた、と言っていた人の顔を思った。どこかにまだ何人かいるはずだった。

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