第57話 試し札だけ速い台を信じるな
王宮の採用試験室は、廊下の突き当たりにあった。
扉を開けると、中央に大きな試験台が一つ。机の端には、今日の試し仕事札が束になって積まれている。すでに二つの工房の台が試験を終えて、結果が壁の板に貼り出されていた。
担当の役人が迎える。
「助かります。問題の台は今日が最後の試験でして」
「問題とは」
「いえ、問題というわけでは……ただ、現場の職員がどうも腑に落ちないと申しておりまして」
ルドーが板の結果を見ながら短く言う。
「数字は一位だな」
「はい。初動、捌き量、総合点、全項目で一位です」
———
問題の工房の術台を確認した。
見た目は普通だ。他の台と特に変わらない。
「現場の職員は何と言っていますか」
「使うと、なんとなく鈍い、と。試験の数字がなぜこれほど良いのか不思議だと」
「なんとなく、ですか」
「具体的には言えないようで……だから数字で反論もできず」
公式試験の仕事札を一束手に取った。
順番がある。最初は軽い問い合わせ十件。次に中程度の集計一件。最後に軽い問い合わせ十件。
「この試験は、いつもこの順番ですか」
「公式ですので……はい、毎回同じです」
———
試験の結果の数字を順番に見た。
問題の台は、最初の十件で圧倒的に速い。次の集計も速い。最後の十件も速い。
他の台は、最初の十件で普通。集計で安定。最後の十件で少し遅くなる。
「最初の十件だけ比べると、差が大きい」
「そうですね」
「最後の十件では差が縮まっています」
担当者が板をよく見た。
「……確かに」
「最初の問い合わせだけ、異様に速い。集計が終わった後は、差が小さくなる」
———
ルドーが腕を組んで言う。
「最初だけ速い台、か」
「試してみます」
担当者に言った。
「試験仕事札を、順番を変えて流してよいですか」
「それは……公式の手順と違いますが」
「参考として見るだけです。採用決定に使うのは公式のみで構いません」
担当者が少し迷ってから、うなずいた。
———
まず、仕事札の順番を逆にした。
最初に集計。次に軽い問い合わせ十件。
流した。
問題の台の結果が出た。
集計はやや遅い。軽い問い合わせ十件は速い。
公式順番では最初に来ていた問い合わせが、今回は後に来た。その速さは変わらなかった。
ただし、集計の時間が公式試験より長くなっていた。
「順番が変わると、集計が遅くなりましたね」
担当者が数字を見比べた。
「……本当に」
———
次に、実務寄りの仕事札を作った。
王宮で実際に走る仕事に近い混在だ。問い合わせと集計が順不同で混ざっている。合間に連絡術の仕事も入れた。割り込みもある。
「これを流します」
問題の台を流した。
中盤以降で詰まりが見えた。割り込みへの対応が遅れた。集計の途中で問い合わせが来たとき、どちらも遅くなった。
別の工房の台、総合点では二位だった台を流した。
問い合わせと集計を安定して捌いた。割り込みにも丁寧に応じた。速さでは劣るが、崩れなかった。
———
「混在した仕事では、二位の台の方が安定しています」
担当者が少し黙った。
「順番を変えた試験と、混在の試験だけで言えば……一位の台の方が弱いのですか」
「一位の台は、公式試験の順番と内容には強い。それ以外では、二位の台の方が現場向きです」
「どういうことですか」
ルドーが言う。
「試験の形が固定されれば、試される側はそこへ寄る」
———
「試し札だけ速い、ということですか」
担当者が信じかねる顔をする。
「工房が、試験に合わせて……」
「意図があったかどうかは問いません」
言いながら、別の仕事札を取り出した。
「大事なのは、測り方です。公式試験が毎回同じ順番、同じ内容なら、そこへ寄った台が有利になります。それが本当の現場の強さとは限らない」
「では公式試験が……」
「間違っているとは言いません。ただ、公式試験が測っているのは公式試験の結果です。現場の仕事ではない」
ルドーが続けた。
「見せ点は、現場を救わぬ」
———
その日の午後、担当の役人と王宮側の責任者が集まった。
ルドーが状況を整理した。私が補足した。
「今の公式試験は、一つの順番の一種類の仕事しか測っていません。初動の速さと捌き量だけ、単純に流したときの数字です。混在した仕事、順番が変わった仕事、長時間の持続、割り込み対応。これらは測っていない」
「ではどう改めれば」
「いくつかに分けます」
板書した。
測るべき項目
一、初動の速さ(単発の問い合わせ)
二、捌き量(軽仕事の反復大量)
三、重仕事持久(長い集計の継続)
四、混在耐性(順不同の混在仕事)
五、長時間安定(長く走らせたときの崩れなさ)
試験の設計
一、試験仕事の順番は事前に明かさない
二、実務に近い混在仕事を必ず入れる
三、一回だけでなく、複数回流して平均を取る
四、用途ごとに、どれを重く見るかを先に決める
———
「王宮がその術台で何の仕事をさせるのかによって、良い台は変わります」
責任者が少し考えてから言った。
「記録術には、継続が強い台がよい」
「そうです」
「連絡術には、初動が速い台がよい」
「そうです」
「一台で全部を賄おうとするから、一つの総合点で選ぼうとするのか」
「その通りです」
ルドーが言う。
「一つの試し札を、真実と思うな」
———
結果として、王宮は方針を変えた。
「総合点一位の台を一台入れる」から、「用途ごとに台を選ぶ。試験は複数の指標と実務寄りの混在試験を組み合わせる」へ。
公式試験で圧勝していた工房の台は、記録術向けの採用でも連絡術向けの採用でも、一位ではなくなった。
———
帰り際にルドーが言った。
「測られると知れば、人は測り方に寄る」
「そうです」
「働き試しは台を試す。だが同時に、試し方も試されている」
廊下を歩きながら、その言葉を少し反芻した。
———
夜、リゼの家に戻ると、台所で豆の煮込みが待っていた。
「おかえり。どうだったの」
「試し札だけ速い台があった」
椅子に座る。
「やっぱり」
「速くなかったのではなく、試験の順番と内容に強く合わせてあった。それ以外では普通か、それ以下」
リゼがしばらく考えてから言う。
「学校の小テストだけ満点で、本番の実技になると急に怪しくなる人みたいなものね」
「そう」
「試されてると分かってるとき用の何かがある、ということか」
「かもしれないし、たまたまそうなっているだけかもしれない。どちらでも、結果は同じ」
「測り方に寄った速さは、現場では剥がれる」
「そう」
———
「どうやって剥がしたの」
「試験の順番を変えた。実務寄りの混在仕事を流した。それだけ」
「それだけで分かるの」
「測り方を変えれば、見え方が変わる。一つの試し方を信じていた間は、見えなかったものが出てくる」
リゼがゆっくりうなずく。
「良い測定には、良い問いが要るってことね」
「そう」
「そして、問いが固定されれば、答えだけが最適化される」
「試験は台を測る。だが試験そのものも、測り直す必要がある」
———
豆は少し塩気が強かったが、温かかった。
数字は便利だ。一つの点数に並べれば、一瞬で順位が出る。そのわかりやすさには価値がある。
ただし、数字は何かを測った結果だ。何を測ったか、どう測ったか。それを忘れれば、数字は測ったものではなく、測り方の産物を示すだけになる。
公式試験で一位だった台は、公式試験に向いていた台だった。現場の仕事に向いていた台ではなかった。
測りたいのは、札の上の器用さではなく、現場での働きだ。
何を測るかが先だ。どう測るかもまた、設計である。




