第54話 異なり人数は、痕跡で見積もれ
講堂の前列に、今日はリゼが座っていた。
いつもは別の課題があって来ない日もあるが、今日は「面白そうだったから」と早めに来て席を取っていた。机の端に顎を乗せて、ルドーが教卓に立つのを待っている。
私も正面に立った。今日は模型は使わない。
「問いを立てる」
ルドーが言う。
「ある城門を通った旅人の数を知りたい。ただし、延べ人数ではなく、異なり人数を出せ。何度も来た旅人は一人として数える。どうする」
———
少し間があった。
前列から声が上がる。
「全旅人の名簿を作ります。入国した全員を記録して、重複を取り除けばいい」
「名簿の大きさはどうなりますか」
「……来た人数に比例します」
「来た人数が大きくなれば」
「名簿が大きくなります」
「照合は」
「……重くなります」
別の声。
「各門に照合帳を置いて、以前来た者かどうかを確かめます。再来なら印を押す」
「各門が全旅人の来歴を知っている必要があります。どこに持ちますか」
「中央に……」
「すべての門がその都度、中央へ問い合わせるのですか」
「……重いですね」
三人目。
「旅人に再来札を持たせます。初来の者は新しい札を受け取り、再来の者は持っている札を見せる」
「旅人が正直に申告しない場合は」
「……確かめようがないですね」
「初来札を発行するには」
「どこかで一覧を保管する必要があります」
四人目。
「全旅券番号を中央へ集めます。そこで重複を消せます」
「人数が増えれば、集まる量も増えます。消す作業も増えます」
「……」
ルドーが私を見た。
「ユウ」
「はい」
「はいは一回だ」
講堂が少し笑う。リゼも笑っていた。
———
黒板の前に立った。
「延べ人数と異なり人数は、違う問いです」
板書した。
延べ人数と異なり人数
一、延べ人数 : 通過した回数を全部足す
二、異なり人数: 同じ人物を一人として数える
「延べ人数は簡単です。通るたびに一を加える。それだけです」
学生がうなずく。
「異なり人数は、同じ人物の重複を抜く必要があります。だから、誰が来たかを覚えておかなければいけない気がします」
「気がする」
「気がします。exact にやろうとすれば、全員を覚える方向へ進む。誰を見たか、何度来たか、別の門でも来たか。そこから重複を消して、初めて数が出る」
「それが重い」
「来る人数に比例して、覚える量が増えます。照合も増えます。人が多くなれば多くなるほど、全件覚える方向は苦しくなります」
———
「では、全員を覚えないとしたら」
学生が少し首をひねる。
「全員を覚えなければ、誰が来たか分からないのでは」
「誰が来たかは分からなくなります」
はっきり言った。
「でも、何人くらい違う人が来たかは、見積もれる場合があります」
しばらく黙った後、別の学生が言う。
「……全員を覚えないのに、人数が見積もれる。なんか気持ち悪いですね」
「気持ち悪いのは正しいです。ただ、動きます」
———
板書した。
見積もりの考え方
一、来訪者から、散らし印を取る
二、散らし印の中に、珍しい並びが現れるかを見る
三、珍しい並びはめったに出ない
四、珍しい並びが出たということは、多くの人が通った可能性が高い
「散らし印とは何ですか」
「一人一人の旅人から、名前や旅券番号を使って、均一に散らした印を作ります。特定の人物が偏って印を受け取らないよう、広く均等に広がるように作る印です」
「なぜ散らすのですか」
「偏りを消すためです。後で説明する見積もりが、偏りに弱いからです」
———
次を板書した。
珍しい並びと人数の関係
一、散らし印の中には、先が空白になっている並びがある
二、空白が一つ先まで続く並びは、おおよそ二人に一人が出す
三、空白が二つ先まで続く並びは、おおよそ四人に一人が出す
四、空白が三つ先まで続く並びは、おおよそ八人に一人が出す
五、前空きが深いほど、それが出るのは稀になる
学生が言う。
「つまり、深い空白の並びが出た、ということは、多くの人が通ったはずだ、ということですか」
「そういうことです」
「逆に言えば、少ない人数では、深い空白はなかなか出ない」
「その通りです。少ない人数では、そんなに珍しい印は現れにくい。珍しい印は、多さの匂いを残します」
———
「一つの印だけでは揺れがある」
ルドーが静かに言う。
「一人の旅人がたまたま深い空白を出すことがある。それだけで大人数と勘違いする」
「そうです」
板書した。
見張り札による安定
一、見張り札を複数用意する
二、各散らし印を、決まった割り振りで見張り札へ飛ばす
三、各見張り札が、そこに来た印の中で最も深い空白を覚える
四、全部の見張り札の値を合わせて、全体の傾向を読む
「複数の見張り札に分ければ、一箇所の偶然に引きずられにくくなります。たまたま深い印を引いた見張り札があっても、他の見張り札と合わせて見れば、全体として落ち着いた見積もりになります」
———
リゼが手を上げた。
「一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「全員の顔を覚えるんじゃなくて、人が多いときだけ残る足跡の濃さを見る感じか」
短い沈黙。
「そういうことです」
ルドーが口を開く。
「全員を覚えるな。足りる問いなら、全体を量れ」
———
最後に板書した。
ただし
一、この手は近似である
二、ぴったりの人数ではない
三、だいたい何人くらい、という見積もりである
四、exact が要る問いには向かない
「近似ですか」
「近似です」
「それでは使えないのでは」
「問いによります」
はっきり言った。
「だいたい何人くらいか分かればいい問いと、ぴったりの人数が要る問いは、別の問いです。近似でいい問いに exact を使えば重い。exact が要る問いに近似を使えばまずい。使いどころを分けることです」
———
講堂の後、王城の使いが来た。
観光局からだという。国王が「延べ人数ではなく、異なり人数を出せ」と命じたが、観光局が困り果てているとのことだった。各門の入国札を全部中央へ集めて、旅人名を全件照合しようとして、職員が音を上げているという。
私はルドーを見た。ルドーは使いを見ていた。
「分かった。明日行く」
———
夜、リゼの家に戻った。台所から根菜を煮る匂いがした。
「今日の講義、面白かったよ」
「来てたね」
「全員の顔を覚えない、ってのが肝なのよね」
椅子に座ると、今日の疲れが少し出る。
「全員を覚えようとするから重くなる。覚えなくても、多さの痕跡は残せる」
「散らし印を取って、珍しい並びが出るかどうかを見る」
「そういうこと」
リゼが鍋の蓋を持ち上げながら言う。
「でも、ぴったりの人数は出ないのよね」
「出ない」
「それでいい問いと、ぴったりが要る問いが別にある」
「そう」
「観光局の話、明日あるんでしょ」
「ある」
「大変ね」
「大変だね」
———
根菜は少し固かったが、温かかった。
延べ人数と異なり人数は、違う問いだ。延べ人数なら、通るたびに一を足すだけでいい。異なり人数は、同じ人の重複を消さなければいけない。exact にやろうとすれば、全員を覚える方向へ進む。人数が増えれば増えるほど、その重さも増す。
全員を覚えなくても、何人くらい違う人が来たかは見積もれることがある。来訪者から散らし印を取り、珍しい並びが出るかどうかを見る。珍しい並びは、少ない人数ではなかなか現れない。深い空白が出ているなら、多くの人が通ったはずだと考えられる。
ただし、ぴったりの人数は出ない。
それでいい問いと、ぴったりが要る問いを分けることが、明日の仕事だった。




