第50話 入っていればよいのではない
学舎の講堂は、いつもより少し人が多かった。
ルドーが台の前に立っている。台の上には何もない。問いを立てるときのルドーは、余計なものを置かない。今日も例に漏れない。
私はいつもの席より少し後ろに座った。今日は私が後半を担当する。前半はルドーだ。
リゼが私の隣に座っている。朝の家事要員ではなく、今日は学生として来ている。
「問いを立てる」
ルドーが言う。
「倉庫の割当術がある。箱の数を人数で割り、余りを出す。さて、そこへ倉庫名や役職札が混ざったらどうなる」
———
しばらく間があった。
「混ざらないように気をつければいいでしょう」
前列の学生が言う。
「気をつけたら混ざらないか」
「……気をつけます」
「気をつけた人間が何人、現場で混ぜてきたか。数えたことがあるか」
沈黙。
「変なものが入ったら、その場で止めればいい」
別の声。
「その場で止める、とはどういうことだ」
「おかしいと気づいたら……術を手で止める、とか」
「気づく前に術が走ったらどうする」
「……」
「見れば分かります」
三人目。
「見る人間は誰だ。術の中は見えるか。受け札の中身は、外から見えるか」
「使う人間がちゃんと書けばいい」
四人目が言う。ルドーが短く返す。
「ちゃんと書いた人間が、何人現場で崩してきたか。先の問いと同じだ」
四つ全部落とした。講堂が静かになる。
———
「ユウ」
ルドーが私を見た。
「はい」
「はいは一回だ」
恒例だ。場が少し和む。私は台の前へ出た。
———
今日の荷物を机の上に広げた。
値札が六枚。
四十二
七
王城
北門
真
偽
種札が三枚。
数の種
名の種
是非の種
手札が四枚。
足す
割る
比べる
開け閉じ判定
「まずここから始めます」
値札を前に並べた。
「値には種があります」
リゼが首をかしげた気配がした。確認するように言う。
「たね、ではありません。しゅ、です。数の種、名の種、是非の種。何が入る場所なのか、その筋を先に決めるための呼び方です」
値札を手に取った。
「四十二。これは数の種です」
数の種札の隣に置く。
「七。同じく数の種です」
並べる。
「王城。これは名の種です。場所の名前、人の名前、部署の名前、そういった文字で表したものです」
名の種札の隣に置く。
「北門。同じく名の種です」
「真。是非の種です。真か偽か、開くか閉じるか、あるかないか。そういう値です」
「偽。同じく是非の種です」
六枚が三列に分かれて並んでいる。
———
「値には種がある。それだけなら、ただの分類です。問題はここからです」
手札を持ち上げた。
「術の中には、受け札があります。値が入る器です。ただ、受け札は何でも入れてよい器ではない」
板書した。
受け札の種
一、数を受ける受け札
二、名を受ける受け札
三、是非を受ける受け札
「入っていればよいのではない。何が入る場所かが大事です」
学生の一人が言う。
「でも受け札は、中身があれば動くのでは?」
「動きます」
はっきり答えた。
「問題は、動いた先で何が起きるかです」
———
手札を並べた。
「術の各手にも、受ける種が決まっています」
足す、の札を取る。
「足す手は、数の種を二つ受けて、数を返します。数と数を合わせる手です」
「割る手も同じです。数の種を二つ受けます」
「比べる手は、同じ種同士を受けます。数同士、または名同士。是非同士でもできます」
「開け閉じ判定は、是非の種を受けます。真か偽かで次を分けます」
板書した。
術の手と受ける種
足す → 数の種を二つ受け、数を返す
割る → 数の種を二つ受け、数を返す
比べる → 同じ種同士を受ける
開け閉じ→ 是非の種を受けて分ける
「各手には、受ける種の定めがあります。これが揃っていないと、意味のない手が起きます」
———
「実演します」
値札を二枚取った。
「四十二、七。どちらも数の種です。割ります」
手札の「割る」の隣に並べた。
「四十二を七で割る。六、余り零。種が揃っているので、この手は意味があります」
次に、別の二枚を取った。
「四十二、王城。片方は数の種、もう片方は名の種です。割ります」
並べた途端、術台の端に設けてあった試し台が、じりと熱を持った。小さな火花が一つ散る。
「数を名で割る。意味のない手です」
講堂が静まる。火花は消えたが、焦げ臭い匂いが一瞬だけ漂った。
「術座が壊れたのではありません。意味のない手を押し通したのです」
———
続けた。
「真、七。是非の種と数の種です。足します」
試し台がまた、軽く熱を持った。
「是非を数に足す。種違い(しゅちがい)です」
「北門。名の種を、開け閉じ判定に入れます」
試し台が少しだけ震えた。
「是非でないものを是非判定に入れる。術座はどちらへ分ければいいか分かりません。だから止まる、熱を持つ、または見当違いの方へ進みます」
「……種違いをそのまま走らせると、こうなるのですね」
学生が確認するように言った。
「そうです。術が馬鹿なのではない。意味のない手を、止めないで流したのです」
———
ルドーが一言言う。
「術が壊れたのではない。意味のない手を押し通したのだ」
学生たちが板書する音がした。
私は続けた。
「だから、術を走らせる前に、種合わせ(しゅあわせ)をします」
板書した。
種合わせ
術を起こす前に、全体の種の筋が通っているかを見る。
一、各受け札に入る種が揃っているか
二、各手に渡す種が合っているか
三、種違いがあれば、術座へ載せる前に落とす
「走ってから燃えるな。起こす前に見ろ」
ルドーがまとめた。
———
リゼが手を上げた。
「つまり、札に中身が入ってるだけじゃだめで、その札が何を入れる札なのかまで決まってないと危ない、ということ?」
「そこです」
「倉庫に例えるなら……。箱って書いてある棚に何でも入れるんじゃなくて、米の棚、塩の棚みたいに最初から分けておく感じね」
「そのほうが近いね。棚の名前だけ書いてあって何でも入れていると、後で勘定が合わなくなる」
「棚の名前と棚の種類は別のことか」
「そう」
———
板書をまとめた。
値と種
一、値には種がある
数の種、名の種、是非の種
二、受け札にも、入る種が決まっている
入っていればよいのではない
三、術の各手にも、受ける種が決まっている
種違いが来ると意味のない手になる
四、だから術を起こす前に種合わせをする
走ってから燃えるな。起こす前に見ろ
学生が一人、手を上げた。
「種合わせはどうやってやるのですか」
「受け札一つ一つに、入る種を明記します。術の各手に、受ける種と返す種を書きます。そして術を起こす前に、全体の筋が通っているか確かめます。種違いがあれば、そこで止めます」
「術を起こす前に全部見るのは、大変ではないですか」
「大変です」
はっきり答えた。
「走ってから燃えるより、ずっと楽です」
———
授業の終わりに、廊下へ出ようとしたところで使いが来た。
王宮の配分係からだという。顔が少し青い。
「申し訳ございません。本日の午前から、王宮の物資配分術が途中で止まっておりまして。計算が半分だけ出て、残りが出ない状態です。術座が少し焦げており、どこが原因か……」
ルドーが私を見た。
「行くか」
私はうなずいた。
「行きます」
使いが安堵した顔をする。まだ安堵するのは早い、と思いながら後ろへついた。
———
夜、リゼの家に戻ると、台所から豆の炊いた匂いがした。
「おかえり。王宮の配分術、どうだったの」
「明日ちゃんと見る。今日は受け取っただけ」
「なんで途中で止まってたの」
「まだ全部は分かってないけど」
椅子に腰を下ろした。
「おそらく数を入れるべき受け札に、別の種の値が入った。それで術の途中で種違いが起きた」
「名前とか地名が混ざったってこと?」
「たぶんそう」
リゼがゆっくりうなずく。
「今日の授業の話と、そのままつながってるのね」
「たいていそういう順番で来る」
「授業の後で現場に呼ばれる……計画してるの?」
「してない。現場が勝手に壊れるだけ」
リゼが少し笑った。
「人間は混ぜるから」
「そう」
椀を受け取りながら考えた。
授業ではきれいに見せた。値には種がある。受け札にも種がある。術の各手にも受ける種がある。揃っていれば手は動く。揃っていなければ意味のない手が起きる。だから種合わせをする。
実際の現場は、もう少しだけ泥くさい。
種合わせなどせずに走らせた。途中まで動いた。どこかで燃えた。現場は術座が壊れたと思っている。でも壊れたのではない。筋の通らない値を押し込んだのだ。
明日、それを見に行く。
豆は柔らかく煮えていた。




