第48話 一つの台を、一つの術にしか使えないと思うな
学舎の中庭に、大きな木台が一つ置いてある。
昔から、何かの式典のときに看板や供物を載せるための台らしい。普段は中庭の隅で雨ざらしになっている。今日は珍しく動かされて、講堂の入り口近くに鎮座していた。
横を通りかかったリゼが、その上の透明な囲いを見て首をひねる。
「また何か始まるの?」
「さあ」
「あなた仕掛け人でしょう」
「だいたいそうですね」
講堂の中では、台と透明な仕切りの話をするはずだった。大きな台の上に小さな区画を切る、という話。
———
講堂に入ると、ルドーが前に立っていた。
今日は余分なものがない。台札も包札も机に並んでいない。あるのは、机の端に小さな模型が一つ。大きな木の土台の上に、透明な仕切りが三枚立っている。仕切りで区切られた区画が三つできていた。
学生たちが首をひねりながら眺めている。
「問いを立てる」
ルドーが言う。
「強い術台が一つある。軽中量の術を三つ走らせたい。どうする」
———
少し間があった。
前列から答えが来る。
「一術一台で使う。強い台なら余裕があるでしょう」
「一台を独占するのは無駄だ」
別の声。
「順番に走らせる。時間を割って、交互に使う」
「術が止まる時間ができる」
三人目。
「小さい台を二つ追加で用意する」
「台を増やすのは費用がかかる」
四人目。
「強い台の力を三つに分けて配る」
「どう分けるか。それ自体が別の問題だ」
四つ潰したところで、ルドーが私を見た。
「ユウ」
「はい」
「はいは一回だ」
恒例になっている。講堂が少し和む。
模型の前へ立った。
———
「これが実台です」
大きな木台を手で示した。
「本物の術台。床がある。器量がある。魔力流が通っている。実在する台です」
学生たちがうなずく。
「この上に、仮台を切ります」
透明な仕切りを三枚立てた。台の上が三つの区画に分かれる。
「仮台Aは記録術を走らせます。仮台Bは温調術を走らせます。仮台Cは連絡術を走らせます。それぞれ別の術が、同じ実台の上で動いています」
学生が言う。
「つまり、一つの台を三つに分けるということですか」
「厳密には違います」
はっきり答えた。
「一つの実台はそのままです。その上に、仮の台を切るだけです」
「どう違うのですか」
「後で説明します」
———
仮台の動きを見せた。
「仮台Aの中から見れば、自分専用の台があるように見えます。仮台Bも、仮台Cも、それぞれ自分の台があるように見える。仮台同士は普通は中身が混ざらない。使っている側は、自分だけの台だと思って扱えます」
「では実質、三台に分けたのと同じでは?」
学生の声に、ルドーが静かに言う。
「同じではない」
私が続けた。
「ここです」
実台の脚を軽く揺らした。透明な仕切りが三枚とも、同じように揺れる。
「実台が揺れれば、仮台ごと揺れます。実台が傾けば、全部傾く」
学生たちが少し沈黙する。
「実台の器量は、三つの仮台が合わせて使います。一つの仮台が大きく使えば、他の仮台の取り分が減ります。実台の熱も、魔力流の流れも、全部で共有しています。実台が故障すれば、三つ全部に影響します」
「……でも、それでは分けていないのでは」
「床は一枚です」
はっきり言った。
「見かけの独立と、床の独立は別です。仮台は見かけ上は独立していますが、床は一枚のままです」
———
板書した。
仮台の構造
一、実台の上に、複数の仮台を切れる
二、各仮台の中では、別の術を走らせられる
三、仮台の使い手からは、専用台のように見える
四、だが、実台の器量・熱・魔力流は全仮台で共有される
五、実台が倒れれば、仮台ごと止まる
学生たちが書き写す。
「台守りという術式が、この仕組みを支えています。実台の上に仮台を切り、それぞれへ器量を割り当て、中の術が混ざらないよう管理する。台守りのおかげで、使う側は専用台のように扱えます」
「台守りがいれば、仮台は独立していると言えるのですか」
「見かけ上は、そう言えます」
「見かけ上は」
「見かけ上は」
繰り返した。
「土台は共有しているということを、忘れてはいけません」
———
「では、仮台の利点は何ですか」
別の学生が聞いた。
「高価な実台を有効に使えます。一術一台では、強い台のほとんどが余ることになる。仮台を切れば、複数の術を同じ実台に載せられます」
「ということは、一台で多くの術をまかなえる」
「できます。異なる種類の術を同じ実台で走らせることもできます。試しに走らせたい術、一時的な仕事、小さな雑務。そういうものを、わざわざ専用の実台を用意せずに載せられます」
「便利ですね」
「便利です」
間を置いた。
「だから過信する」
学生たちが少し静かになる。
「仮台は独立して見えます。専用台のように扱えます。だから、土台を共有していることを忘れる。一つの実台に仮台を詰めすぎる。一つの仮台が重くなっても、他に影響しないと思い込む」
「それが問題になる」
「なります」
———
模型に戻った。
「もう一度見てください」
仮台Aの区画の中に、重い小道具を置いた。
「仮台Aで重い術が走り始めました。実台全体の器量を大きく使い始めます」
実台の縁に置いた小さな目盛りが、下がっていく様子を手で示す。
「実台の残り器量が減ります。仮台Bと仮台Cが使える器量も、つられて縮みます。仮台Aが食いすぎれば、仮台Bの術が遅くなる。熱が増せば、仮台C側にも影響が出る」
「仮台Bには関係ないはずなのに?」
「床は一枚です」
ルドーが静かに言う。
「見かけの独立は、都合のよい幻だ。土台の独立とは別の話だ」
———
もう一つ見せた。
実台の土台を手で押して、軽く傾ける真似をした。
「実台が不調になりました」
三枚の仕切りが全部、一緒に傾く。
「三つの仮台が全部、影響を受けます。仮台Aだけ不調なのではない。仮台B、仮台Cも連動します。実台が倒れれば、三つ全部が止まります」
「それは……一つの台に三術を載せるのと、リスクは同じでは」
「同じです」
はっきり答えた。
「ただし、平常時の利便性は高い。実台が安定している間は、三つの術を独立して扱えます。問題は、安定していない時です」
「どういう時が特に危ない」
「実台の不調。大きな器量の争い。そして、土台を共有していることを忘れた設計です」
———
板書した。
仮台の怖さ
一、独立して見えるせいで、床の共有を忘れやすい
二、一つの実台に仮台を詰めすぎると、全体が重くなる
三、実台が倒れれば、仮台ごと全部止まる
四、見かけの独立を、土台の独立と勘違いするな
リゼが腕を組んで言った。
「つまり、一つの大きな台を、見かけ上は何台かに分けて使うのね」
「そうです」
「中で働く術から見れば、自分専用の台のように見える。だけど床板は同じってこと」
「そこです」
ルドーが一言言う。
「仮台は便利だ。だが、床は一枚だ」
———
帰り際、廊下で王城の使いが待っていた。
いつもの急報ではない。どこか困り顔の、少し年配の役人だ。
「ルドー殿、申し上げにくいのですが……王宮の古い実台の一つが、最近どうも魔力流が安定せず」
「それだけですか」
「はあ……その実台の上には、いくつか仮台が載っておりまして。記録術、温調術、王宮内連絡術、その他いくつか。どれも今すぐは止めたくないと言っておりまして」
「実台を修繕するには、止めねばならない」
「はい。ただ、長く止めると王宮の業務に支障が……」
私はルドーを見た。ルドーは役人を見ていた。
「分かった」
役人が頭を下げる。
「ありがとうございます。では、明日の朝にでも」
廊下を先に歩き出したルドーの背中を追いながら、状況を整理した。
実台が不安定。仮台は長く止めたくない。
修繕するには実台を止めなければならない。
長く止めないために、どうするか。
———
夜、リゼの家に戻ると、台所で芋の炊き込みが匂っていた。
「おかえり。今日は仮台の話だったのね」
「よく分かったね」
「夕方に使いが来たとき、顔に書いてあった」
椅子に座ると、今日の疲れが少し出る。
「仮台は便利だよ。一つの強い実台の上に、見かけ上独立した複数の台を切れる。それぞれ別の術を走らせられる」
「でも床は一枚」
「でも床は一枚」
リゼが椀を置きながら言う。
「床が一枚なのに、それぞれ別の台だと思って設計すると、いざというとき全部道連れになるのね」
「そう」
「大家が一人で複数の部屋を貸してるけど、土台は同じ建物の話か。大家がこけたら全員困る」
「そういうこと」
リゼはしばらく考えてから言う。
「で、王宮の実台が不安定なのを止めないで直す話が明日あるんでしょ」
「ある」
「大変ね」
「大変だね」
芋は少し固かったが、温かかった。
仮台は確かに便利だ。一台を一術に縛り付けるより、ずっと効率よく使える。高価な実台を複数の用途に使える。試し運用もできる。軽い術も気軽に載せられる。
だが、その便利さは、実台の安定を前提にしている。実台が揺れれば、仮台ごと揺れる。実台が倒れれば、仮台ごと止まる。台守りがどれだけ精巧でも、床の話は床の話だ。
見かけの独立は作れる。だが、土台の共有は消えない。その二つを混ぜると、止まってはいけないはずのものが、一緒に止まる。
明日はその話の続きを、王宮で直接やることになりそうだった。




