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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第47話 便利な台ほど先に埋まる

 王宮の術台管理局は、廊下から入るだけで熱がある。


 建物に入る前から、微かに焦げた樹脂の匂いがした。熱を食う術が長く走ったときの匂いだ。通路を抜けると、壁沿いに大きな割付板が立っていた。縦軸に術台の名、横軸に時刻。その格子の中に、包札が貼りついている。板の中央あたり、大器台と書かれた列だけが、包札で埋め尽くされていた。


「……なるほど」


 私がぼそりと言うと、横の役人が疲れた顔でうなずいた。


「ひどいでしょう」


「ひどい、というかきれいに偏っていますね」


「今朝も定時術の一部が載せ待ちになりまして。現場からは『台があるのに、なぜ置けない』と言われております」


 前を歩くルドーが低く言う。


「台はあっても、使える台ではない」


「はい……それをどう説明すればよいか」


「説明の前に、状態を見ます」


———

 割付板の前に立った。


 術台は十二ある。名前は、大器台(一号・二号)、火術台、水術台、静音台、長持続台、精密台、冷却台、細器台(三基)、そして特務台。


 現在の割付は、こうなっていた。


 大器台一号:包札が八枚、重なるように貼ってある。

 大器台二号:包札が六枚。

 特務台:包札が四枚。

 火術台:一枚。

 残りの台:空きか、一枚だけ。


 細器台は三基とも空いていた。


「細器台が全部空いています」


「軽い術包には向いているのですが……配台術が、細器台を後回しにするので」


「なぜ後回しに」


「配台の規則が、『条件が多く揃っている台を優先する』となっておりまして。細器台は受けられる術が限られているので……どうしても後ろに回ります」


「それで大器台へ全部飛ぶ」


「はい」


 私は包札の一枚を剥がして裏を見た。必要器量の欄が空白だった。


「この術包の必要器量は」


「把握しておりません」


「全部そうですか」


「……多くが空白です」


 ルドーが短く言う。


「はかりがなければ積み方は分からぬ」


———

 特務台の前へ移った。


 四枚の包札が貼ってある。一枚を手に取ると、灯り術補助という書き込みがあった。どこから見ても、緊急でも特務でもない。


「これは」


「昨日の夕刻から走っています。特務台が空いていたので……」


「空いているから、は理由になりません」


 はっきり言った。


「特務台は、空いていることが正しい状態です」


「そうは言っても、他の台がいっぱいで……」


「では、他の台がいっぱいなのが問題です。特務台で解決するのは問題を隠しているだけです」


 役人が黙った。否定はしなかった。分かっているのだろう。分かっていてもやってしまう、という顔だ。珍しくない顔だった。


———

 配台術の担当者に話を聞いた。若い職員で、帳簿を抱えたまま肩をすくめている。


「配台術の規則を教えてください」


「はい。術包が来たとき、その術包が載せられる台の中から、一番条件が揃っている台を選びます。次に、その台の中で今一番余裕のある台を選びます」


「条件が多く揃っている台、から探す」


「はい」


「そうすると、条件が広い台、つまり大器台が常に上位候補になる」


「…………そうですね」


「大器台に軽い術包まで集まる。軽い術包が苦労して細器台まで行かなくていいから」


 職員が少し頷く。


「いっそ細器台の条件が広ければよいのですが」


「細器台の条件が広ければ、細器台も埋まります」


「それは……そうですね」


 問題は条件の広さではなく、規則の優先順序だった。


———

 廊下に張り出された別の板を見た。


 载せ待ちの術包一覧らしい。ただし、板は空白に近い。术包名だけが五つほど書いてあって、理由も待ち時間も何も記されていない。


「这个,待っている理由が書いてないですね」


「運用でそこまで定めておらず……」


「現場からは『なぜ待っているか分からない』と言われていませんか」


「言われております」


「置けないなら、なぜ置けないかを出してください。候補台がゼロだから待っているのか、台はあるが器量が足りないから待っているのか。理由で対処が変わります」


 ルドーが板を眺めて言う。


「見えない待ちは、ただの遅さだ」


———

 長机に空き札を広げて、問題を整理した。


問題一 万能台への寄せすぎ


「配台規則が、条件の多い台を優先するため、大器台へ常に集まる。細器台で十分な軽い術包まで大器台へ流れる」


問題二 特務台の保護がない


「特務台に忌避印がなく、空いていれば通常術も載せる。緊急術が差し込めない」


問題三 同系統の偏り


「熱術や長持続術が特定の台に集まりやすく、局所に負荷がかかる」


問題四 必要器量が不明


「術包の必要器量が記録されていない。『だいたい軽いだろ』で置いているため、台の余力管理がずれる」


問題五 载せ待ちの理由が不可視


「置けないとき、なぜ置けないかが分からない。現場には『遅い』としか見えない」


———

解決の順を決めた。


「まず特務台に忌避印をつけます。今日のうちに」


 包札を特務台から剥がして、台に大きく書いた。


忌避印 特務術のみ可


「これで通常術は候補に入れない。どうしても置けない場合は担当者の裁可が要る、とします」


「分かりました」


「次に、配台規則を変えます」


 新しい札に書き始めた。


配台術 改定


一、特務台は忌避印。裁可なしでは通常術を載せない。


二、術包の必要器量を記すことを必須とする。記載なき術包は載せ待ちに入れる。


三、軽い術包(必要器量が一定以下)は細器台を先に候補とする。


四、同系統の術包が一台に集中する場合、次候補へ回す。


五、载せ待ちの術包は、理由を添えて一覧に出す。


六、万能台は、候補台が細器台のみとなった場合に初めて選ぶ。


 役人が読みながら眉を動かした。


「万能台を最後にするのは……少し心もとないですが」


「万能台は逃げ場です。最初に使うものではない」


「ですが、万能台が空いているのに使わないのは……」


「万能台が空いているのは良い状態です。詰まったとき、初めて本領を発揮する」


 役人がしばらく考えてから、深く息を吐いた。


「……分かりました」


———

 実際に並べ直してみた。


 軽雑務の術包は、細器台三基へ分散した。

 熱大の術包は、火術台と大器台一号へ一つずつ。

 長持続の術包は、長持続台へ。

 特務台は空けた。


 大器台二号には、他に置き場のない術包が一つだけ乗った。


「載せ待ちに入っていた术包はどれですか」


 担当職員が一覧を持ってきた。


「これが、条件不一致で待っているもの。これが、器量不明で止まっていたもの」


「器量不明は、必要器量を確認してから再度配台を試みます」


 条件不一致の術包は一つあった。静音要と書いてあるが、静音台がすでに埋まっていた。


「静音台の中を見せてください」


 確認すると、静音要でない術包が一枚乗っていた。


「これは静音でなくてもよい術包です。他の台へ移します」


 精密台へ移すと、静音台に空きができた。待っていた术包が入った。


 担当職員が板を更新した。載せ待ちの一覧から、一つ消えた。


「……動きましたね」


「当然ながら」


———

 特務台を開けてしばらくすると、別室から早足の声が来た。


「封印補修術の術包を今すぐ走らせなければなりません!」


 廊下から術務係が走ってくる。急ぎの顔だ。


 配台担当者が割付板を確認して、すぐ答えた。


「特務台、空いております」


「では今すぐ」


 包札が特務台へ貼られた。問題なく動き始めた。


 役人が少し複雑な顔をして言った。


「……今朝なら、特務台は埋まっていました」


「そうです」


「封印補修術が待ったということですね」


「そうです」


 私は特務台を見たまま言った。


「特務台が空いていることは、余裕ではなく準備です」


———

 帰り道、ルドーが言った。


「きれいに壊れていたな」


「壊れ方が正直でした」


「どういうことだ」


「一応動いていた。でも、動き続けるつもりのない置き方でした。一台が熱を持ち、特務台が埋まり、载せ待ちが増えていくのは、全部同じ原因から来ていた」


「原因は」


「便利な台ほど雑に使う、ということです」


 ルドーが前を見たまま言う。


「一台の便利は、全体の怠けを呼ぶ」


「そうです」


「特務台が埋まっていたのも、同じ怠けだ」


「はい。空いているから、という理由で使ってしまった。空いていることが役目の台だと理解していなかった」


 ルドーが少し間を置いた。


「余っていることと、使えることを混ぜるな」


「それが今日の一番の話でしたね」


———

 夜、リゼの家に戻ると、台所で小麦の粥をかき混ぜていた。


「おかえり。王城でしょう」


「王城だよ」


「また配台の話?」


「配台の話」


 椅子に座ると、今日一日分の疲れが足に落ちる。


「万能台が熱を持っていた。特務台も平時術で埋まっていた。細器台は全部空いていた。各台の必要器量も記録なし」


 リゼが粥を椀に入れながら言う。


「全部埋まってるのと、全部空いてるのが同時にあったのね」


「そう」


「便利な台ほど先に埋まるのか」


「そう。配台の規則が『条件が多く揃う台を優先』だったので、大器台が常に上位候補になる。軽い術包まで全部大器台へ飛んでいった」


 リゼが椀を置いた。


「便利な台って、便利だからこそ何でも押し込まれて、いざ本当に必要なときの置き場がなくなるのね」


「そう」


「じゃあ、便利な台をあえて最後にする、と」


「万能台は逃げ場として温存する。まず向いた専用台を使う。万能台は、どこにも入らないときの最後の候補」


 リゼがゆっくりうなずく。


「台が余ってるのに置けないんじゃなくて、置き方が雑だから、使える余り方をしていなかったのね」


「きれいにまとめたね」


「まとめるのは得意だもの」


「家賃代わり」


「そうよ」


 粥は少し薄かったが、腹は温まった。


 術台は、一台ずつに名前がある。火術台、静音台、特務台。名前があるということは、役目がある。役目があるということは、その役目に向いていないものを押し込んでよい理由はない。


 空いている台に置けばよい、は単純で、だから雑になる。


 役目に向いた台へ置く。特務台は空けておく。同じものを一カ所に偏らせない。必要器量を先に見積もる。待つなら待っていることを出す。それだけのことだが、その「だけのこと」を怠けると、一台だけ熱を持ち、緊急術が詰まり、現場は「なぜ台があるのに置けない」と苛立つ。


 非常用の余地は、平時の規律がなければ守れない。


 そして、その規律は見栄えがよくない。空いているのに使わない。便利なのに後回し。一見すると損に見える判断を積み重ねることで、はじめて非常時に余地が残っている。


 外は静かだった。王宮の術台群が、今夜は少し均等に動いているといいが、確認する術はない。


 まあ、明日また壊れていたら、また行くだけだ。

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