第46話 置ける台と、置いてよい台は違う
学舎へ向かう道で、宿の帳場の前を通った。
荷車を引いた一行が、帳場係と何か揉めている。怒鳴ってはいない。でも、困った声と困らせた顔、という構図が廊下の外まで出ていた。通りすがりに少し耳を向けると、「空きはある。だが、火を使う商いの荷を積んだ一行は、そちらの棟へは入れられない」という話だった。
空きはある。でも入れられない。
宿の部屋と、客の条件が合わない。それだけのことだ。見ている分には少し理不尽な気がするし、やっている分には当然のことでもある。帳場係はただ規則を守っているだけだが、客は「空きがあるのに」という顔をしている。
条件の話と空きの話を混ぜると、こういうことになる。
当たり前のことほど、明文化しないと崩れやすい。
———
講堂に入ると、前の机に小さな札が二種類、山のように積まれていた。
一方は縁が青い。もう一方は縁が白い。
青い札は台札だ。それぞれに短い書き込みがある。火可、冷却つき、静音、大器、特務専、長持続向き。そういった語が一行か二行。
白い札は包札だ。こちらも書き込みがある。熱大、冷却要、静音要、長持続、軽雑務、特務可のみ。
学生たちがざわついている。
「今日は何の話だ」
「台と……包?」
「包って、術包か。術を実行するまとまりのことだよな」
「台は術台か。それで何をするんだろう」
リゼは台札を一枚手に取って眺め、そっと戻した。要領をつかみかけている顔だった。
ルドーが前に立つ。
「問いを立てる」
講堂が静まった。
「術台が十ある。術包が七つある。どの台へ載せる」
———
前列から手が上がった。
「空いている台から順に」
「空きは条件の一つにすぎない」
別の声。
「大きな台から先に使う」
「大器だからといって何でも向くわけではない」
三人目。
「一つの大きな台にまとめる」
「その台が先に潰れる」
四人目。
「とにかく動かせればよい」
「動く置き方と、保つ置き方は別だ」
四つ潰したところで、ルドーが私を見た。
「ユウ」
「はい」
「はいは一回だ」
講堂が少し和む。恒例になっていた。
台札と包札を手前に引き寄せた。
「順に説明します」
———
「まず、置ける台を絞ります」
白い包札を一枚取り出した。
熱大
「これは熱を大きく食う術包です。火可の台でなければ動かない。冷却なしの台では過ぎる。ならば、候補になる台はこれとこれだけです」
青い台札から二枚を選んで並べた。火可と書いてある台が一枚、火可かつ冷却つきの台が一枚。
「最初から絞る。条件を満たさない台は候補に入れない。これを載せ先条件と呼びます」
板書した。
載せ先条件(相性札)
「次の術包に移ります」
別の包札を取る。
静音要
「これは静音の術台でないと乱れる術包です。そうでない台には候補すら入れない」
台札の中から静音の台を一枚だけ選んで置いた。
「候補が一枚しかない場合、そこへ載せるしかない。候補がゼロなら、その術包はすぐには置けません」
「置けない場合はどうするのですか」
学生の質問に答えた。
「載せ待ちに入ります。無理に押し込まない」
板書した。
載せ待ち
「置き場がなければ待たせる。待っていることを見えるようにする。それだけです。無理に詰めて全体を崩すより、正直に待たせる方がよい」
———
「次に、偏りを見ます」
包札を何枚か並べた。
熱大 熱大 長持続 長持続 軽雑務 軽雑務 軽雑務
「七つの術包があります。全部を一番大きな台に載せたらどうなるか」
大器と書いてある台札の上に、全員の包札を重ねてみせた。
「動きます。最初は。でも一台に重さが偏る。他の台は空く。熱が一台に集まる。余力がなくなると、次の術包が差し込めなくなる」
学生が言う。
「でも、空いている他の台に载せればよいのでは」
「そのためには、最初から分散させておく方がいいです。詰まってから動かすのは面倒なうえ、詰まったまま気づかないことの方が多い」
包札を台札に分けて置き直した。熱大二枚は火可の台へ。長持続は長持続向きの台へ。軽雑務は小さい台に分けて。
「このとき、干渉しやすい術包が近くに集まらないことも確認します」
板書した。
偏りと干渉を見る
「近くの台で互いに影響する術包がある場合、隣接させない。これも載せ先を選ぶ理由の一つです」
———
「次が重要です」
台札から一枚を取り出した。赤い縁で、特務専と大きく書いてある。
「この台があります。特務台です」
講堂が少し静かになった。
「王宮では、緊急の術、修繕術、封印補修術など、いざという時にだけ走らせる術包がある。そういう術包のためだけに確保している台です。普段は空けておく」
「空けておく?」
「空けておきます。だから、普通の術包は、空いていても載せない」
学生が怪訝な顔をした。
「もったいなくないですか」
「もったいなくないです」
はっきり言った。
「緊急のときに特務台が平常術で埋まっていると、緊急術が置けない。緊急術が置けないなら、特務台が存在しないのと同じです」
「それでも普段は空いているなら……」
「普段空いているのが正しい状態です。その台の役目は、緊急時に開いていることそのものだから」
板書した。
忌避印(特務台保護)
「特務台には、通常術は載せないという印をつける。これを忌避印と呼びます。忌避印がついた台へ、普通の術包は候補すら入れない。緊急用の術包だけ、例外的に載せられる」
ルドーが口を挟んだ。
「非常の器を、平時の楽で埋めるな」
「そうです」
———
「最後に」
包札を台札の上に全部並べた状態を見せた。
「一応全部、どこかの台に載っています。でも、見てください」
大器の台に、包札が五枚重なっている。他の台には一枚か二枚。
「一台だけ厚い。他は薄い。これで一日は回る。でも二日目、三日目と続くと、厚い台の余力がなくなる。余力がなくなると、新しい術包が差し込めない。載せ待ちが増える。他の台は空いているのに」
「それは……配台を直せばいいのでは」
「直せます。でも、配台を直す前に止まるかもしれない」
板書した。
動く置き方と、保つ置き方は別
「動けばよい、は最低条件にすぎない。余裕がある置き方でないと、後で全体が崩れる」
———
板書をまとめた。
配台の原則
一、まず置ける台を絞る(載せ先条件)
二、偏りと干渉を見て分散させる
三、特務台は常用で埋めるな(忌避印)
四、置けなければ、載せ待ちで待たせる
五、動く置き方でなく、保つ置き方を狙う
リゼが腕を組んで言った。
「つまり、空いてる台に置くんじゃなくて、その術包に向いていて、しかも全体として偏りにくい場所を選ぶのね」
「そうです」
「置ける台と、置いてよい台は別ってことか」
「そこです」
ルドーが一言言った。
「台は空きでなく相性で見ろ」
———
講義が終わったころ、廊下から足音が来た。
早い。でも急使の足音ではなく、少し疲れた感じの足音だ。
扉を開けたのは、王城の術台管理局から来たらしい中年の役人だった。
「ルドー殿、ユウ殿。お時間があれば、明日にでもお越し願いたいのですが……」
「何事ですか」
「王宮の術台群が、少し……その、配台の具合が悪くて」
「具合が悪い、というのは」
「一部の台だけ忙しく、他の台が遊んでいる。術包の载せ待ちも出始めております。特務台の方も、なぜか定時術がいくつか……」
私は台札の束を手の中でまとめながら言った。
「明日の朝、伺います」
役人が深く頭を下げた。
「助かります」
特務台に定時術。聞かなくても、だいたい分かった。




