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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第41話 聞こえるのに、違っていた

 王城の伝令術務室は、廊下に入る前からざわついていた。


 扉の外で待たされている伝令役が二人、腕の中に声写し盤を抱えたまま落ち着かない顔で立っている。中からは、机を引く音と、押し殺した言い争いが断続的に聞こえてきた。怒鳴ってはいない。だが、怒鳴る寸前の声というのは独特の張りがある。音を扱う日の現場としては、ずいぶん皮肉な話だった。


「ひどそうだな」


 私が言うと、横を歩く王城職員が疲れた顔でうなずいた。


「はい。伝令側は『声は十分聞こえる』と申しておりますし、受けた側は『意味が変わっている』と……」


「両方ほんとなんでしょうね」


「おそらくは」


 前を行くルドーが短く言う。


「だから揉める」


「嫌な正しさですね」


 私が返すと、ルドーは振り向きもせずに歩き続けた。


「現場の揉め事は、だいたいそうだ」


 通された部屋には、長机が三つ並び、その上に声写し盤、控え札、書き起こし札が雑然と積まれていた。伝令の送り手らしい職員と、受け手の局の職員が、机を挟んで顔をしかめ合っている。机の中央には、問題になっているらしい小型の声写し盤が三台。


 入ってきた私たちに気づくと、中年の係官がすぐ立ち上がった。


「お待ちしておりました。今朝から、似た聞き違いが四件続いております」


「地名と数でしたね」


「はい。ほかにも、『北庫』と『木庫』、『積み替え』と『積み控え』の取り違えが一件ずつ」


「なるほど、嫌なラインをきれいに踏み抜いてるな……」


 声の大意は分かる。だが、要点だけが崩れる。いちばん面倒な壊れ方だった。


 ルドーが室内を見回して言う。


「まず聞け」


「そうですね」


 机上の小箱を引き寄せた。


———

 一件目の問題は、南倉の荷束数だった。


 送り手側の書き起こし札には、こうある。


南倉三番へ、百八十束、先送り分あり


 受け手側が聞き取った札には、


南倉二番へ、百七十束、先送り分あり


 とあった。


「ずいぶん都合よく悪いほうへ転ぶな」


 私がぼそりと言うと、受け手側の若い職員が肩をすくめる。


「そう聞こえたのです。本当に」


「責めてるわけじゃない。まず流します」


 問題の盤を再生する。


 声は確かに届いていた。文の流れも分かる。だが、「三番」と「二番」、「百八十」と「百七十」のところだけ、輪郭が妙に甘い。子音の立ち上がりと、高めの擦れが少し丸まっていて、聞く側の頭が勝手にありそうな音へ寄せたくなる。


『みなみくら……さんばんへ、ひゃく……はちじっそく、さきおくりぶんあり』


 室内の何人かが黙る。


「……聞こえなくはない」


「ですが、確かに曖昧ですな」


 係官が低い声で言う。


 講堂から持ってきた透明板を並べた。


「設定を確認します。刻み、段数、続き見、高音落とし。全部強めたんでしたね」


「はい。工房からは『通常の話し声なら十分に聞こえる』と説明を受けました」


「通常の話し声なら、ですね」


 うなずいた。


「でも今ほしいのは、通常の雑談じゃない。地名、数、庫番、命令です」


 送り手側の職員が少し不満そうに言う。


「しかし、盤の重さはかなり減りました。今まで一通に一枚半かかっていたものが、一枚に収まるようになったのです」


「それ自体はいいことです」


 あっさり認めた。


「問題は、何を軽くしてよくて、何を軽くしちゃいけないかを分けなかった ことです」


 ルドーが一言添える。


「削ってよい音と、削ると困る意味を混ぜたな」


 室内が少し静かになる。みんな薄々それを感じていたのだろう。


———

 同じ文を、持参した試験盤で四通りに録り直した。


 一つは細かい刻み取りと高い段数を保ったもの。

 一つは刻みだけ荒くしたもの。

 一つは続き見を強めたもの。

 一つは細かい高音を薄くしたもの。


「順に聞いてください。何がどこを曖昧にするか、切り分けます」


 最初の盤は、ほぼ問題ない。


『南倉三番へ、百八十束、先送り分あり』


 二つ目。刻みを荒くしたもの。全体が少しぎくしゃくし、特に速い音のつながりが崩れる。


『南倉……三番へ、百八十……束』


「これは立ち上がりが崩れるな」

「でもまだ分かる」


 三つ目。続き見を強めたもの。滑らかではあるが、急な変化が丸まり、子音の輪郭が鈍る。


『南倉ざんばんへ、ひゃくはちじゅっそく……』


 受け手側の若い職員が顔をしかめた。


「ここ、たしかに聞き流すと別の数字に寄りそうです」


「そう」


 うなずく。


「続き見は、なだらかな流れには強い。でも急に立つ音、細かく擦れる音には弱い」


 四つ目。高音を薄くしたもの。大意は聞こえるが、細かい識別に要る擦れがやや落ちる。


『南倉……三番へ、ひゃく……はちじっそく』


 係官が腕を組む。


「高音落としも効いていますな」


「効いてます。『聞こえる』には十分。でも『誤れない』には足りない」


 送り手側の職員が言う。


「では、どれが悪いのです? 刻みか、段数か、続き見か、高音落としか」


「全部少しずつ悪いです」


 容赦なく言った。


「一つだけなら、まだ他が支えたでしょう。でも今回は全部を同時に削った。だから、似た音を見分けるための手掛かりがまとめて痩せた」


 人類、軽くしたいときに「一つずつ様子を見る」という知恵をなぜ毎回忘れるのか。本当に不思議だが、いまさら驚きはしない。


———

 二件目は、命令文だった。


 送り手側の控え札には、


北庫の湿り箱、まだ動かすな。検め役を待て


 とある。


 受け手側の聞き取りは、


北庫の湿り箱、まだ動かす。検め役を待て


 だった。


「うわ」


 思わず口から出た。


 死人が出る種類ではない。だが、現場にとってはかなり嫌な種類の事故である。「する」と「するな」の違いは、一文字のくせに現場を平気でひっくり返す。


 盤を流す。


『きたぐらのしめりばこ、まだうごかす……けんめやくをまて』


 確かに、「な」のあたりが痩せている。前後の音に飲まれて、耳が勝手に流れのいいほうへ寄せると落ちる。


「これ、文の流れだけ追うと危ないですね……」


 若い職員が青い顔で言った。


「そう。普通の会話なら埋められる。でも命令文では、その一音が本体です」


 リゼが講堂で言った言葉が頭をよぎる。話の流れは耳が埋める。だが、埋めたら困る語もある。


 机の上に指で整理を書き出した。


危険になりやすい語

・地名

・人名

・数

・庫番・札番

・否定語

・命令の向きが変わる語

・似た響きの固有語


「この辺を、普通の会話と同じつもりで軽くするから事故るんです」


 係官がため息をついた。


「では、生写しに戻すべきですか」


「全部を戻す必要はありません」


 首を振る。


「重すぎる問題は本物なんでしょう」


「はい。再送も保管も滞り始めております」


「だったら、軽くするのは続ける。ただし、用途別に分ける」


 室内の視線が集まった。


———

 空き札を取り、運用を三つに分けて書いた。


一 普通伝令

・流れの説明

・経過報告


長い口頭報告

→ 中くらいの軽量化まで可


二 要注意伝令

・地名・人名・数・庫番を含む

・命令文

・否定語を含む

→ 刻みと高音落としを弱める


三 確定要点

・数

・固有名

・否定語


行き先

・数量

・時刻

→ 別札で文字を添える


 送り手側の職員が眉を上げる。


「別札?」


「はい。音声本体は流れを伝える。要点は札で縛る」


 はっきり言った。


「流れは耳でいい。でも、聞き違えたら終わる語は、最初から耳任せにしない」


 ルドーがうなずく。


「よい」


 受け手側の若い職員が口を開く。


「つまり、『南倉三番、百八十束』みたいなところだけ、別に文字札を添えるのですか」


「そう。声伝令札の角に短い要点札を挟む。再生前にまずそっちを見る」


「それなら、声の調子や補足は聞けて、要点だけは固い」


「その通り」


 係官が少し考え込む。


「しかし、それでは手間が増えます」


「増えます」


「軽くした意味が減りませんか」


「減ります」


 淡々と答える。


「でも、今は軽いのに間違える 状態です。そっちのほうが高い」


 室内の誰も反論しなかった。現場の人間ほど、その種の高くつく失敗を嫌というほど知っている。


———

 さらに、伝令の言い回し自体にも手を入れた。


「もう一つ。危険語は、普段の言い方のまま読まない」


「どういうことです?」


「通信用の言い換えを決めます」


 新しい札に書く。


通信用読み

・南倉三番 → 南倉・番三

・百八十束 → 百・八十・束

・動かすな → 動かす・否

・北庫 → 北の庫

・木庫 → 木の庫


「区切れるものは区切る。否定は後ろに飲ませない。似た語は、普段より長くても取り違えにくい形へ崩す」


 送り手側の職員が感心したように言う。


「普段の言葉より、少し不格好ですね」


「不格好でいいんです。聞き間違えにくいほうが偉い」


 ルドーが短く挟む。


「美しくなくてよい。崩れぬほうがよい」


 受け手側の職員が、問題の命令文を見ながら試しに言い直す。


「北の庫、湿り箱、動かす・否。検め役を待て」


「それなら、かなり落ちにくいですね」


 うなずく。


「普通の話し方としては変です。でも伝令作法としては優秀です」


 さらにもう一枚。


受信側作法

・要点札を先に見る

・数と固有名は復唱する

・否定語を含む命令は、復唱一致まで未執行

・不明瞭なら「聞こえたから」で流さない


 係官がその札を読み、深く息を吐いた。


「……結局、耳だけでは足りない、ということですな」


「足りません」


 即答した。


「耳は流れを拾うのに向いてる。でも、似た音を絶対に取り違えないほど頑丈じゃない」


「だから、耳以外でも縛る」


「そういうことです」


———

 対策を決めたあと、念のため、その場で新しい作法を試した。


 送り手側の職員に、先ほどの問題文を新方式で読ませる。


「南倉・番三。百・八十・束。先送り分あり」


 横に小さな要点札。


南倉 番三 / 180束 / 先送りあり


 軽量化は中程度に戻し、高音落としも少し弱める。再生すると、さっきより盤はやや重い。だが、要点は明らかに分かりやすい。


『みなみくら・ばんさん。ひゃく・はちじゅう・たば。さきおくりぶんあり』


 受け手側の職員が、今度は迷わず復唱した。


「南倉・番三、百八十束、先送りあり」


「よし」


 次に命令文。


「北の庫、湿り箱、動かす・否。検め役を待て」


 要点札。


北の庫 / 湿り箱 / 動かす否 / 検め役待ち


 再生後、受け手はすぐに言い直す。


「北の庫、湿り箱、動かす否。検め役を待つ」


 係官が目に見えて肩の力を抜いた。


「……これならいけそうですな」


「いけそうじゃなくて、札にしてください」


 言う。


「人は口で納得したことを、明日には半分忘れるので」


「耳が痛い」


「現場全体の耳が痛いやつです」


 ルドーが静かに言う。


「言葉は流れる。札は残る」


「ほんとそれなんですよね」


———

 片づけが落ち着いたころには、夕方の光が窓の格子を長く床へ落としていた。


 係官は、新しく書いた運用札を机の中央に置いて言う。


「これを今夜のうちに伝令術務へ回します。工房にも設定変更を戻させましょう」


「全部戻さなくていいですよ」


 念を押す。


「軽量化そのものは必要です。雑に一律でやらないこと。用途で分けること。危険語は別札にすること。そこです」


「承知しました」


 若い職員が、少しほっとした顔で言った。


「声が届いているのに、意味が違うなんて、最初は受け手の耳が悪いのかと思いました」


「そう見えますよね」


 肩をすくめる。


「でも今回悪かったのは、耳じゃなくて設計です。人の耳が埋められるところと、埋めさせちゃいけないところを分けなかった」


 係官が深くうなずく。


「聞こえることと、誤れないことは別……ですな」


「はい」


 ルドーが一言だけ添えた。


「よいまとめだ」


 珍しく素直に褒めた気がして、係官は少しだけ驚いた顔になっていた。まあ分かる。ルドーの褒め言葉は乾いた気候の雨みたいなものだ。たまに降る。


———

 夜、リゼの家に戻ると、食卓には豆の煮込みと焼いた薄肉が並んでいた。


「おかえり」


「ただいま」


 椅子に腰を下ろすと、体から力が抜ける。授業のあとに王城の伝令術務で実演と運用札書きまでやったのだから、疲れて当然だった。


 リゼが向かいに座る。


「で、やっぱり壊れてたのね」


「見事にな」


「何をやらかしたの」


「軽くしたい一心で、刻み、段数、続き見、高音落としを全部盛りした」


 リゼが顔をしかめる。


「欲張りセットじゃない」


「しかも、普通の会話と、地名とか数とか命令文を同じつもりで扱った」


「それはだめそう」


「だめだった」


 豆をひと口食べてから続ける。


「声は届いてる。文の流れも分かる。でも『三番』と『二番』とか、『動かす』と『動かすな』みたいなところだけ曖昧になる」


「嫌な壊れ方ね……」


「最悪ではないけど本気で困る、っていうこの学校と王城が大好きなやつだな」


 リゼが苦笑する。


「で、どう直したの」


「用途で分けた。普通の報告は中くらいまで軽くする。地名、数、否定語、命令は軽くしすぎない。さらに、そこだけは別札で文字を添える」


「つまり、話の流れは耳で聞かせて、聞き違えたら困る要点は文字で縛るのね」


「そう」


 うなずく。


「あと、危ない語は言い換える。『南倉三番』じゃなくて『南倉・番三』とか、『動かすな』じゃなくて『動かす・否』とか」


 リゼが吹き出した。


「ちょっと変な言い方ね」


「変でいいんだよ。普段の会話みたいに綺麗でも、取り違えたら終わりだから」


「なるほど」


 リゼは少し考えてから言った。


「結局、技術で全部解決したわけじゃないのね」


「してない」


「耳が埋めちゃうところと、埋めたら困るところを分けて、あとは運用で柵を立てた」


「そういうこと」


 リゼは満足そうにうなずく。


「いいじゃない。負け方としては賢いわ」


 少しだけ笑った。


「負け方って言うなよ」


「でもそうでしょ。『聞こえるようにする』だけじゃ足りないから、言い換えと別札と復唱で守ったんだもの」


「まあ、そうだな」


「技術の敗北というより、人間が最初から不完全なのを認めた設計って感じ」


 その言い方に、少し感心した。


「……おまえ、たまにまとめ方がうますぎるんだよな」


「たまに?」


「かなりの頻度で」


「家賃代わりね」


「その理屈、ほんと便利だな」


 リゼは肩をすくめただけだった。


 豆の煮込みから立ちのぼる湯気の向こうで、今日書いた運用札の文言が頭に浮かぶ。


 流れは耳でよい。

 要点は札で縛れ。


 声は軽くできる。耳もある程度はだませる。

 だが、意味まで同じつもりで削ると壊れる。


 たぶん仕組みというのは、完璧に強いものより、どこで間違えるかを先に認めているもの のほうが、現場では長持ちする。


 人は聞き違える。忘れる。流れで補ってしまう。

 だったら、その前提で柵を立てるしかない。


 あまり格好よくはないが、かなり役に立つ。


 文明というのは、だいたいそういう不格好さの上に乗っている。

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