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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第33話 欲張りな型は事故る

 術務室へ向かう廊下で、私は半分くらい答えの形を予想していた。


 昨日の授業でやったことが、そのまま現場で壊れている。

 こういう時、人類はだいたい想像を超えてこない。

 想像した通りに壊れる。そこだけは妙に律儀だ。


「氏名欄に本文全部入るやつかな」


 隣を歩くリゼが言う。


「たぶん」


「理由欄は空っぽ」


「たぶん」


「欲張りな型」


「たぶん」


 リゼが少し笑った。


「今日のユウ、だいぶ予習済みだね」


「昨日の授業が分かりやすすぎたからな」


「ルドー先生、親切」


「その評価は本人の前でやめろ」


 後ろを歩いていたルドーは、何も言わなかった。

 否定しないんだな。嫌だな。


———

 術務室の前は、昨日より静かで、昨日より悪かった。


 大声で怒鳴っている人が少ない。

 その代わり、窓口の前にいる人たちの顔が、そろって深刻だ。


 人間は、怒鳴っているうちはまだ軽傷だ。

 静かな顔で書類を握っている時の方が面倒が深い。


「名前が違うんです」

「違う、というか、長すぎるんです」

「理由欄が空です」

「空なのに差し戻しになりました」

「これ、今日中に出さないと駄目なんですけど」


 窓口の向こうで術務室の担当が、今にも泣きそうな顔で紙束を捌いている。

 人類の事務処理、だいたい紙束の量に比例して地獄が深くなる。


 こちらに気づいた担当が、ほとんど救助船を見る顔になった。


「ユウ先生……!」


「その呼び方、もう諦めたんですか」


「今日はそこに突っ込まないでください!」


 はいはい。


———

 私は差し戻しになった申請札を一枚受け取った。


 見た目は普通だ。

 学校の申請札。

 氏名、所属、理由、日付。

 欄もちゃんと分かれている。


 問題は、その横に添えられた転記結果の札だった。


氏名: レイ・アルト 所属: 術務室 理由: 実習用具の追加申請

所属:

理由:

判定: 欄不備


 ひどい。


 別の一枚。


氏名: ミナ・セル

所属: 第一講堂補助 / 理由: 破損札の再交付希望

理由:

判定: 欄不備


 さらにもう一枚。


氏名: カル・ドレイ 理由: 南門実習許可の延長申請

所属:

理由:

判定: 欄不備


 綺麗に壊れている。

 綺麗に壊れている時は、たいてい型が悪い。


「自動転記術ですね」


 私が言うと、術務室の担当が力なく頷いた。


「はい……

 申請札から氏名、所属、理由の欄だけを拾って、台帳札へ流し込む術です」


「工房製」


「はい」


「で、術務室が触れるのは」


「拾い型札と運用札です……」


 つまり、予想通りだ。

 本体が暴走しているわけではない。

 現場が触れる設定で現場が事故っている。


 人類の責任範囲として、とても見事だ。


———

 私は転記に使っている読取り板を見せてもらった。


 薄い水晶板の中央に、申請札を一枚ずつ差し込む構造。

 脇には、拾い型札を差す溝が三本。


氏名用


所属用


理由用


 実にわかりやすい。

 わかりやすく壊しやすそうでもある。


「今の拾い型、見せてください」


 担当が三枚の札を差し出した。


 私はまず氏名用を見る。

 なるほど。


「これですか」


 ルドーが横から覗き込む。


「どうだ」


「欲張りですね」


 私は答えた。


「“氏名:” の後ろから、次の条件が出るまで何でも拾う形になってる」


 リゼが言う。


「次の条件?」


「止まる場所」


 私は氏名用の拾い型札を軽く振った。


「始まりは決めてある。

 でも、どこで止まるかが雑すぎる」


 担当がしょんぼりした声で言う。


「最初は動いていたんです……」


「たまたま壊れてなかっただけです」


 私は即答した。


 担当の肩がさらに落ちた。

 痛いだろうが、そこは痛がってもらう。


———

 私は申請札を一枚、水晶板の下に置いた。


氏名: レイ・アルト

所属: 術務室

理由: 実習用具の追加申請


 その上に、今の氏名用の拾い型札をかざす。


 淡い光が、氏名欄の先頭から走った。

 レイ・アルト、で止まるかと思いきや、止まらない。


 光は次の行へ滑り、

 所属: 術務室、

 さらにその下の 理由: 実習用具の追加申請 まで、

 ずるっと一本の薄い筋で飲み込んだ。


 術務室の中が静まる。


「うわ……」

「そこまで行くのか」

「全部食ってる」


 はい、授業の復習です。


「昨日のやつだ」


 リゼがぼそっと言う。


「隣まで食べる虫」


「そう」


 私は頷いた。


「氏名欄の始まりだけ見て、止まる場所をちゃんと決めてない。

 だから次の欄まで飲み込んでる」


 別の担当が、青い顔で言った。


「でも、事前試験はしたんです……」


 私は顔を上げた。


「何で試したんですか」


「工房が持ってきた見本札と、術務室で書いた記入例です。

 氏名、所属、理由を、それぞれ欄どおりに整えて……」


 私は小さく息を吐いた。


「つまり、壊れない書き方しか試してない」


 担当が黙る。


 リゼが首を傾げた。


「それ、駄目なの?」


「駄目です」


 私は即答した。


「記入例どおりの綺麗な札で通るのは当たり前です。

 本番で来るのは、人間が急いで書いた札です。

 欄を少しはみ出す人もいる。同じ行に詰める人もいる。

 本文の中に“理由”や“所属”みたいな語を書く人もいる」


 ルドーが壁際で短く言った。


「現実を試していない」


「そういうことです」


 私は頷いた。


「試験不足というより、試験の相手が甘い。

 壊れるのは、だいたい人間が書いた札の方です」


———

 さらにまずかったのは、所属用だった。


 私は次の申請札を置いた。


氏名: ミナ・セル

所属: 第一講堂補助 / 理由: 破損札の再交付希望

理由: 予備札一枚を希望


「これ、同じ行に“理由:”が混じってますね」


 担当が頷く。


「所属が長い人向けに、一時的に同じ行へ書けるように……」


「それを拾い型は知らない」


 私は所属用の札をかざした。


 今度は、


第一講堂補助 / 理由: 破損札の再交付希望


 までがごっそり光る。


「うわ」


 とリゼが言った。


「今度は“理由:”に釣られてる」


「そう」


「欄の名前が本文に出てきたら死ぬんだ」


「死ぬ」


 簡潔に死ぬ。


 術務室の担当が、小さく呻いた。


「書き手の揺れを、拾い型が考えてない……」


「そうです」


 私は答えた。


「文字があることと、その文字が欄の区切りとして出ていることは違う」


 昨日の授業の通りだ。


———

 私は三枚の拾い型札を並べて、ため息をついた。


「方針は三つです」


 近くの紙に書く。


始まりを決める


止まる場所を決める


区切りをまたがせない


 担当たちが一斉にこちらを見る。


「まず、氏名は行の終わりで止める。

 所属も行の終わりで止める。

 “次の欄らしき文字”なんて曖昧なものを信じない」


「はい」


「次に、欄の始まりは行頭で固定する。

 途中に“理由:”という文字が出ても、それを欄の始まりとは見なさない」


「……はい」


「最後に、欄をまたがせない。

 一つの欄札の中だけで完結しないものは、自動で拾わない」


 担当の一人が、おそるおそる言う。


「でもそれだと、少しでも崩れた申請札は拾えなくなります」


「拾えなくていいです」


 私は答えた。


「雑に拾って壊すより、拾えないから人手確認に回す方がましです」


 そこは、かなり大事だった。


———

 私は新しい拾い型札を書き始めた。


 氏名用。

 所属用。

 理由用。


 昨日の授業と違って、今度は一文字のずれがそのまま窓口の混乱になる。

 こういう時だけ、文字列は急に凶器になる。


 リゼが横から覗き込む。


「昨日は“王都第○区-数字”だったのに、今日は“氏名の終わりはここまで”なんだね」


「やってることは同じだよ」


「同じ?」


「欲しい形を決めて、

 どこで始まって、どこで止まるかを書く」


「ほんとだ」


 リゼが少しだけ感心した顔をした。


「派手な話じゃないけど、地味に怖いね」


「情報処理ってだいたいそう」


 派手に見えるのは、壊れた時だけだ。


———

 術務室の担当が、ばつの悪そうな顔で言った。


「工房は、表示や拾い型は現場で調整してくださいって……」


「でしょうね」


 私は答えた。


「本体術式は工房製でも、

 こういう細かい運用は現場で詰める前提です」


「つまり……」


「つまり、今回の不出来は学校の中にある」


 担当は黙った。

 よろしい。そこは黙って受け止めてくれ。


 ルドーが小さく言う。


「工房のせいにするな」


「ですね」


 私は頷いた。


「工房は、触れるようにはしてあった。

 触るべきところを触ってなかっただけです」


 人類の事故、だいたいそこに落ちる。


———

 新しい拾い型札を差し込んで、再度、同じ申請札を読む。


 今度は、氏名欄にだけ、淡い光が細く走った。


レイ・アルト


 そこで止まる。


 所属用をかざす。


術務室


 だけが光る。


 理由用。


実習用具の追加申請


 だけが光る。


 術務室の中に、小さく安堵の息が広がった。


「止まった……」

「今度は止まった」

「理由欄まで食ってない」


 はい。止まるのは大事です。


 私は次の、少し厄介な申請札も試した。


氏名: ミナ・セル

所属: 第一講堂補助 / 理由: 破損札の再交付希望

理由: 予備札一枚を希望


 今度の拾い型は、所属欄の途中にある“理由:”を欄の始まりと見ない。

 行頭の本物の理由欄だけを理由として扱う。


 結果、所属用の光は途中で止まり、

 理由用の光は二行目の本物の理由欄にだけ灯った。


 リゼが、素直に感心した声を出す。


「おお」


「区切りを見るってこういうこと」


「昨日の授業、ちゃんと現場に出たね」


「出すためにやってるからな」


 そうでなければ、こんな朝から札に線を引いていない。


———

 再処理を始めると、壊れていた台帳札が少しずつまともな形に戻っていった。


 氏名は氏名へ。

 所属は所属へ。

 理由は理由へ。


 差し戻しの山が減る。

 窓口の声も少しずつ落ち着いていく。


 さっきまで泣きそうだった学生が、自分の新しい転記結果を見て、力なく笑った。


「……今度は名前が名前だ」


 その言い方が妙に面白くて、術務室の空気が少しだけ和らいだ。


 担当が深く息を吐く。


「今まで“拾えてる”と思ってたんですけど」


「拾えてたんじゃない」


 私は答えた。


「たまたま壊れてなかっただけです」


 担当が苦い顔で頷く。

 そういう理解は大事だ。痛いが、大事だ。


———

 最後に私は、術務室の机に短い札を置いた。


拾い型を作る時の確認

一、始まりを書く

二、止まる場所を書く

三、欄の境をまたがせない

四、曖昧なら自動で拾わない


 担当がそれを見て、小さく言う。


「普通ですね」


「普通でいいんです」


 私は答えた。


「雑な便利さより、普通に止まる方が強い」


 ルドーが壁際で腕を組んだまま言う。


「今日のまとめだな」


「先生、まとめを先に言わないでください」


「もう終盤だ」


 それはそうだな。


———

 術務室を出るころには、窓口の列もだいぶ短くなっていた。


 朝の地獄に比べれば、かなりましだ。

 もちろん、完全に平和ではない。

 学校とはそういう場所ではない。


 リゼが廊下を歩きながら言った。


「今日の事故って、昨日の“隣まで食う”がそのままだったね」


「うん」


「しかも、名前欄とか理由欄とか、人間が気にするところで壊れるから嫌だ」


「そう」


 私は頷いた。


「どこが壊れたか分かりやすいから、なお悪い」


 書類の中身は、そのまま人間の事情だ。

 そこを雑に読むと、人間の事情ごと雑に壊れる。


———

 帰り際、玄関ホールの窓から白い光が差していた。


 静かな午後だった。

 たぶん、今日もどこかでは別の札が雑に書かれ、別の運用が綱渡りをしているのだろう。


 世界は本当に最悪だ。


 でも、止まる場所をちゃんと決めるだけで、防げる事故もある。


 それは少しだけ救いだった。


 リゼが、隣で小さく言う。


「ねえ」


「うん」


「人間も、雑に読まれたら嫌だね」


 私は少しだけ笑った。


「そうだな」


 かなり嫌だ。

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