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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
特任講師編

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第30話 反応しない道具は壊れる

 特任講師になった翌朝、私は少しだけ嫌な予感を抱えながら教室に向かった。


 理由は簡単だ。

 昨日のうちに肩書きだけ立派になったせいで、今日から何かが変わる気しかしない。


 たいてい、こういう予感は当たる。

 人類は制度変更の翌日にろくでもないことを始める。


 教室の扉を開けると、案の定、空気が少し違った。


 視線が集まる。

 しかも、今までの「なんか王城で働いてる変な生徒」への視線ではない。

 もっとこう、扱いに困るものを見る目だ。


「……見られてるな」


 隣のリゼが小さく笑う。


「先生だもんね」


「やめろ」


「まだ始まってもないのに?」


「始まる前が一番やめてほしい」


 席につこうとすると、前の方にいた生徒が少し緊張した声で言った。


「お、おはようございます、ユウ先生」


 私は足を止めた。


「やめろって言ってるだろ」


「でも特任講師って……」


「肩書きだ」


「肩書きは大事では?」


 正論で殴るな。朝から疲れる。


 リゼが横で面白そうに言う。


「ユウ先生、人気だね」


「お前あとで覚えてろ」


「先生が脅した」


「脅してない」


 そこへ、ルドーが入ってきた。


 教室が静まる。

 相変わらず目つきが悪い。だが今日は、机の上に妙なものを二つ置いていた。


 木箱だ。


 一つは、押し板のついた小箱。

 もう一つも見た目は似ているが、押し板のまわりに薄い光の縁取りがある。


 嫌な予感しかしない。


「座れ」


 全員が座る。


 ルドーは黒板に、大きく書いた。


『反応しない道具は壊れる』


 教室が少し静かになる。


 前列の生徒が首を傾げた。


「壊れる、って……物理的にですか?」


「そうだ」


 ルドーは即答した。


「物理的にも壊れる。

 運用も壊れる。

 使う人間の頭も壊れる」


 最後の一つは日常的に見ている気がする。言わないけど。


 ルドーは二つの木箱を指した。


「今日は、使う側の話をする。

 術が賢いかどうかではない。

 使う人間が、迷わず正しく扱えるかの話だ」


 これは、だいぶ珍しい切り口だった。

 今までの授業は、だいたい“どう動かすか”か“どう壊れるか”だった。

 今日は、“どう見えるか”のさらに先、“どう使われるか”らしい。


———

 ルドーは最初の木箱を持ち上げた。


「これを押せ」


 前の方の生徒が呼ばれ、押し板を押す。


 かち、と小さな音がして、箱の上に緑の光が一瞬灯った。


「次」


 今度はもう一つの箱。

 別の生徒が押す。


 何も起きない。


 生徒は一瞬だけ手を止めた。

 教室の空気も、少しだけ止まる。


「……あの、押せてませんか?」


 誰も答えない。


 ルドーは腕を組んだまま、生徒を見ているだけだった。

 最悪だ。


 押した生徒は少し不安そうな顔になって、もう一度押した。


 まだ何も起きない。


 後ろの方から声が飛ぶ。


「壊れてるんじゃないか?」

「押し方が浅いとか?」

「もう一回やってみろよ」


 はい、始まった。

 人類の良くないところが一瞬で集まる。


 生徒は三度目を押した。


 その瞬間、箱の中から急に紙片が三枚吐き出された。


 教室がざわつく。


「えっ」

「三回分出た」

「さっきの全部通ってたのか」


 ルドーが黒板を指で叩く。


「質問だ。

 人はなぜ、同じ操作を何度もする」


 教室が静まる。


 これはたしかに、良い問いだった。


 何人かが答える。


「失敗したと思うから」

「押せてない気がするから」

「反応がないから」


 ルドーがこちらを見た。


「ユウ」


 来た。


「前へ」


「はい」


「はいは一回だ」


「今のは一回です」


 私は前に出た。

 後ろでリゼが小さく笑っている。後で覚えてろ。


 ルドーが言う。


「答えろ」


 私は二つの箱を見た。


「一つ目の箱は、“押した”ことが分かります」


 緑の光の出る箱を指す。


「音が鳴る。光る。

 だから、使った人間は“今の操作は通った”と理解できる」


 次に、無反応の箱を見る。


「でも二つ目は何も返さない。

 押せたのか、壊れてるのか、待てばいいのか分からない。

 だから人は、同じことをまたやる」


 リゼが小さく手を挙げた。


「つまり、“返事がないと不安になる”ってこと?」


「そう」


 私は頷いた。


「道具が無言だと、人は勝手に補う。

 たいてい間違った方向で」


 ルドーが、珍しくすぐに口を挟まなかった。

 たぶん今日はここを私に喋らせる気だ。


———

 私は箱の前に立ったまま続けた。


「大事なのは四つです」


 黒板に書く。


 ・押せる

 ・押した

 ・処理中

 ・終わった


 教室が少し前のめりになる。


「“押せる”と分からない道具は、まず使われません。

 “押した”と分からない道具は、何度も押されます。

 “処理中”と見えない道具は、壊れたと思われます。

 “終わった”と示さない道具は、成功したか失敗したか区別されません」


 前列の生徒が言う。


「そんなに全部必要なんですか」


「必要です」


 私は即答した。


「人は思ってるより待てないし、思ってるより不安になります」


 リゼがぼそっと言う。


「ユウもそう?」


「私もそう」


「そこは“俺”じゃないんだ」


「授業中だからな」


 教室の何人かが少しだけ笑う。

 やめろ。そういうとこだけ拾うな。


 ルドーが黒板の端に新しく書いた。


『道具は、使う人間の頭の中で完成する』


 嫌なほど筋が通っている。

 腹立つ。


———

 後半の実演は、さらに分かりやすかった。


 ルドーは箱をもう一つ出した。

 今度は押し板が三つ並んでいる。


 一つは大きく、縁が光っている。

 一つは小さい。

 一つは押せそうに見えるのに、実は押せない。


「使え」


 呼ばれた生徒が恐る恐る触る。


 最初に、小さい方を押そうとして外す。

 次に、押せそうに見える偽物を押す。反応しない。

 ようやく大きく光っている板を押す。


 教室がざわつく。


「分かりにくい」

「押せそうなやつが押せないの嫌だ」

「騙された感じする」


 ルドーが言う。


「そうだ。

 押せるものは、押せるように見えろ。

 押せないものは、押せないように見えろ」


 私はその言い方に少しだけ感心した。

 分かりやすい。悔しい。


 そこで私は、机の上の棒状の入力具に目を留めた。

 先端を光点にして盤面上を指し示すタイプのやつだ。


「それも同じです」


 私はそれを持ち上げた。


「遠くへ一気に動かしたい時と、細かく選びたい時で、同じ速度だと扱いづらい」


 ルドーがこちらを見る。

 続きを言えという顔だ。腹立つが分かる。


「細かい選択をしたい時は、ゆっくり動いてくれた方がいい。

 でも盤面の端まで一気に行きたい時は、速く進んでほしい」


 前列の生徒が首を傾げる。


「そんな都合のいいことできます?」


「できます」


 私は答えた。


「ゆっくり動かした時は細かく、速く動かした時は大きく進むようにすればいい」


 リゼが言う。


「つまり、“急いでる時だけいっぱい進む”ってこと?」


「そう」


「なんか、人間に合わせてくれてる感じだね」


「……道具の側が、人間の癖に寄るんです」


 ルドーは何も言わなかった。

 たぶんギリギリ通したな。助かった。


———

 授業の最後に、ルドーは黒板を全部消して、一行だけ残した。


『人は無反応に耐えられない』


 そして教室を見回す。


「覚えておけ。

 速い道具より、分かる道具の方が強いことがある」


 前の方の生徒が聞く。


「でも、遅いなら結局困りません?」


「困る」


 ルドーは頷く。


「だから速くしろ。

 だが、速くできないならせめて返事をしろ」


 私はそこで補足した。


「処理に時間がかかること自体は、仕方ない時があります。

 でも、“今やってる”“通った”“まだ終わってない”を見せれば、事故はかなり減る」


 リゼが小さくまとめる。


「人間を落ち着かせろってことだ」


「そう」


 私は頷いた。


「だいたいそれです」


 ルドーが黒板に宿題を書いた。


『宿題:使う人が迷わない表示を考えろ』


 その下に、一拍置いて私を見た。


「ユウ」


 来た。


「前へ」


「もう前にいますけど」


「ではそのまま聞け」


 横着するな。


 ルドーが言う。


「お前の宿題は現場だ。

 明日、校内の申請端末群が切り替わる」


「申請端末?」


 事務系の生徒が少しざわつく。

 嫌な予感が共有されたらしい。良いことだ。


 ルドーは続ける。


「選択授業の履修申請。

 来月分の申請を、端末で受けるようにするらしい」


 私は一瞬だけ黙った。


 嫌な予感が、だいぶ具体化した。


「それ、ちゃんと動くんですか」


「知らん」


 ルドーは即答した。


「だから見てこい」


 最悪だ。


「処理は重い。

 使うのは慣れていない生徒だ。

 術務室は“端末は動いている”と言い張っている」


「止めなかったんですか」


 私が聞くと、ルドーは面倒そうに答えた。


「言った。

 だが術務室は、工房の術師が“問題ない”と言ったの一点張りだ」


 リゼが顔をしかめる。


「それ、壊れる前の言い方として最悪だね」


「うん」


 私は頷いた。


「最悪だな」


 ルドーは構わず続けた。


「事前試験はした。

 予定通り切り替える。

 処理は通る。

 だから問題ない、だと」


 私は小さく息を吐いた。


「“使う人間がどう感じるか”は誰も見てないわけですね」


「そうだ」


 ルドーは頷く。


「だからお前が見ろ」


 最悪だが、話は通っている。


———

 リゼが小さく言う。


「押したのに返事がないやつ、絶対起きる」


「起きるな」


「起きるね」


「うん」


 起きる前提で話すの、どうかと思うが、たぶん正しい。


 ルドーは最後に言った。


「明日の現場では、術が正しいかではなく、

 使う人間が何を信じるかを見ろ」


 嫌なほど筋が通っている。


 授業が終わって、教室を出る。


 廊下を歩きながら、リゼが言った。


「今日の授業、ちょっと怖いね」


「どこが」


「道具が無言だと、人が勝手に間違えるところ」


「まあ、そうだな」


「人間、賢くないね」


「道具も、たまに人間を賢い前提で作られてるからな」


「それもひどい」


 たしかに。


 校舎の窓の外は、少しだけ曇っていた。

 明日の申請日、たぶん玄関ホールか術務室の前は地獄になる。


 世界は本当に最悪だ。


 でも、何が壊れるかはだいたい見えている。

 それだけでも少しはマシだ。

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