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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
はじまり

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第28話 本当に虫だった

 中央区の端末舎は、外から見ても分かるくらいに荒れていた。


 建物そのものは立派だ。

 石造り。王城の端末網を束ねる拠点らしく、壁には王国印までついている。


 だが、その中から聞こえてくる声が、まるで立派ではなかった。


「だから式層の更新が悪いんだって!」

「違う! 更新を戻しても落ちた!」

「呪いだ、呪い!」

「お前は何でも呪いにするな!」


 はい、現場です。

 人類は困ると声が大きくなる。


 私は入口の前で一度だけ立ち止まった。


「……帰りたい」


 隣のリゼが小さく言う。


「今日はさっきも聞いた」


「言いたくもなるだろ」


「まあね」


 リゼも少しだけ疲れた顔をしている。

 買い物の続きを約束した直後にこれだ。王都は気が利かない。


 ルドーが後ろから歩いてくる。


「入れ」


「先生、励ましって概念ないんですか」


「端末は励ましても直らん」


 正論は時に暴力だな。


 私は深呼吸して、扉を押し開けた。


———

 中は、想像以上に地獄だった。


 端末が六台。

 壁沿いに並ぶ中継箱。

 床には配線図、術式札、開いた工具箱。

 技師たちが三方向を向いて怒鳴っている。


「この系統だけ死んでる!」

「いや、さっきは西側も落ちた!」

「叩いたら戻ったんだよ!」

「叩くな!」


 それは叩くな。


 私たちに気づいた責任者らしい男が、半分泣きそうな顔で駆け寄ってきた。


「ユウ・サカモト殿!」


 もうこの呼ばれ方にも慣れてきたのが嫌だ。


「症状を、順番にお願いします」


 私がそう言うと、責任者は一瞬だけ呼吸を整えた。

 良い。現場にはまず順番が必要だ。


「中央区の端末群の一部が、朝から不安定です。

 表示が消える。送信が途中で落ちる。再起動すると一瞬直るが、また死ぬ。

 すべてではなく、特定の端末舎に集中しています」


「更新は?」


 技師の一人がすぐ答える。


「昨日の夜に軽い更新が入ってます! だからそれが怪しいと――」


 別の技師がかぶせる。


「でも更新を戻しても落ちました!」


 三人目が割り込む。


「だから呪いだって言ってるだろ!」


「お前はちょっと黙ってろ」


 責任者が本音を漏らした。偉い。


 この世界でいう式層とは、配線やジェムの上で動いている、術の側の構造のことだ。

 端末の見た目や箱そのものではなく、中でどう動くかを決めている“情報の層”と言えば近い。


 私は端末を見回した。


 確かに、一台は表示がちらついている。

 もう一台は反応が遅い。

 奥の端末は今は普通に動いている。


 この“今は普通に動いてる”が、たぶん一番厄介だ。


———

「まず、範囲を切ります」


 私が言うと、少しだけ室内が静かになった。


 技師たちは、何か“高度な診断魔法”が来ると思ったのかもしれない。

 残念でした。ただの切り分けです。


「全部の端末ですか?」


 責任者が聞く。


「いいえ。

 どれが死んで、どれが死んでないか。

 どの通りで、どの箱につながっているか。

 更新した端末と更新してない端末の差。

 そこから見ます」


 技師の一人が少し不満そうに言った。


「でも式層の更新が原因なら、全部説明できます」


「できますか?」


 私は奥の正常な端末を指した。


「あれも同じ更新を入れたんですよね」


「……はい」


「でも落ちてない」


 技師が黙る。


 私は続けた。


「更新単位と、故障の単位が一致しないなら、更新だけが原因とは言いにくいです」


 ルドーが後ろで小さく言う。


「授業だな」


「先生、その台詞そろそろ有料にしてください」


「高いぞ」


 最悪だ。


———

 私は責任者に、王都の中央区の簡易地図を出してもらった。


 端末舎の位置に印をつける。

 落ちたところ。落ちてないところ。

 ちらつくところ。

 叩くと戻ったところ。


 そこで、少しだけ形が見えた。


「……この通り沿いですね」


 リゼが地図を覗き込む。


「ほんとだ。北から南へ、同じ筋に並んでる」


 責任者が目を見開く。


「つまり?」


「式層の更新単位じゃない。

 通りに沿った配線か、中継箱か、そのへんです」


 技師たちの顔が少し変わる。

 式層派も呪い派も、ちょっと居心地が悪そうだ。いいことだ。


「次。再現性を見ます」


 私は端末の一台の前に立った。


「さっき“叩いたら戻った”と言いましたね」


「は、はい」


「誰がやりました?」


 若い技師が、おずおずと手を挙げる。


「俺です」


「叩かないで、まず再現してください」


 若い技師は顔をしかめながら、端末の側面を軽く押した。

 端末の文字が、一瞬だけ乱れた。


「……今の」


「接触ですね」


 私は即答した。


 別の技師が食い下がる。


「でも式層の更新で不安定になってる可能性は――」


「あります」


 私は頷いた。


「ただ、触ると悪化する。叩くと戻る。

 それはかなり“中のどこかが物理でおかしい”です」


 責任者が呻く。


「配線……」


「たぶん」


 私は言った。


「まず筐体を開けましょう」


———

 筐体を開ける、という言葉に、技師たちが一瞬だけ嫌そうな顔をした。

 分かる。

 人間は高度な原因を疑いたがるくせに、結局中を開けるのが一番効くことがある。


 責任者が命じる。


「開けろ」


 端末の外装板が外される。

 中には、細い魔導配線がぎっしり走っていた。

 青い光を通す線。

 符丁を保持する札。

 接続部をまとめた小さな結束具。

 その上で働く式層を支える、物理の器だ。


 見た目には、すぐ壊れているようには見えない。


「焦げはない」

「断線も……ぱっと見はないですね」

「呪いの染みもない」


 呪いの染みって何だよ。便利な概念だな。


 私は顔を近づけた。

 配線の束の一部。

 妙に、光が弱いところがある。


「ここ」


 指を差すと、若い技師が覗き込む。


「……何か詰まってます?」


 細い配線の間。

 絶縁の樹脂と樹脂の隙間に、黒っぽいものが挟まっている。


 最初は、焦げかと思った。

 でも違う。


 それは、焦げより少し丸い。

 足がある。


 私はしばらく黙った。


 リゼが小さく聞く。


「……なに?」


「虫だな」


 室内が静まり返る。


「は?」


「虫?」


「……え?」


 技師たちの反応が、きれいに揃った。

 人類はこういう時だけ協調性がある。


———

 若い技師が信じられない顔で言った。


「いやいやいや、そんな……」


 私は工具箱から細いピンセットみたいなものを借りて、そっとそれをつまんだ。


 小さな虫だった。

 羽は薄いが、体は妙に白っぽい粉をまとっている。


 配線から引き離した瞬間、端末の光が少し安定した。


 全員がそれを見た。


 誰かが、ものすごく静かな声で言った。


「……本当に虫だ」


 リゼが半分引き気味に顔をしかめる。


「そんなことあるんだ」


 ルドーが後ろで、実に落ち着いた声で言った。


「あるだろうな。

 暖かい。狭い。光る。虫が好きな条件だ」


 ぐうの音も出ない。


 私は虫を明かりにかざした。

 体表に薄い粉。

 配線に触れていた部分の魔導光が弱くなっていた。


「これ、絶縁虫ですね」


 責任者が聞き返す。


「絶縁?」


「魔法を通しにくくする虫です。

 たぶん巣材か体表か、何かにそういう性質がある」


 若い技師が呻く。


「そんな地味な理由で……」


「壊れる時って、だいたいそんなもんです」


 私は答えた。


「高度な式層も、配線に挟まった虫一匹には勝てないことがある」


 AIエージェントがそこで震えた。


AIエージェント:「診断:原因は生物学的異物、すなわち虫です」


「お前もそこだけ妙に元気だな」


AIエージェント:「補足:一般に“bug”と呼ばれる概念との一致率が高いと考えられます」


「ほんとに bug じゃねえか」


 思わず口に出た。


 リゼが吹き出した。


「何それ」


「いや、こっちの話」


「最近それ多いね」


「知ってる」


———

 原因が見えたら、あとは早い。


 私は責任者に言った。


「この系統、全部開けてください。

 同じ通りの箱も点検。

 光に集まるなら、夜に端末舎へ寄ってる可能性があります」


 責任者がすぐに叫ぶ。


「全員、配線箱を開けろ!

 式層の更新札は一旦止めていい、まず虫だ!」


 さっきまで呪いを疑っていた技師が、なんとも言えない顔で言った。


「……呪いじゃなかった」


「残念でしたね」


 私が言うと、そいつは少しだけ肩を落とした。

 呪いの方が格好がつくからな。分からないでもない。


 別の箱を開ける。

 またいた。

 さらにもう一つ。

 やっぱりいた。


 しかも、全部同じ通り沿いだ。

 どうやらその通りの夜灯に寄って、端末舎の暖かい筐体へ入り込んでいたらしい。


 技師たちは、さっきまでの大議論が嘘みたいに黙々と虫を摘み始めた。

 人類は原因が見えると急に素直になる。


 リゼが少し離れたところから言う。


「ユウ、それ平気なの」


「虫?」


「うん」


「別に」


 私はピンセットを動かしながら答えた。


「式層の更新不良より分かりやすい」


「比較対象が変」


 それはそう。


———

 一時間後。


 端末舎の中は、ようやく仕事の音に戻っていた。


 表示は安定した。

 送信も落ちない。

 再起動しても死なない。


 責任者が、机に両手をついて深く息を吐いた。


「……直った」


「直りましたね」


「本当に虫だったのか……」


 まだ信じてないな。


 若い技師が、摘み出した虫を入れた小瓶を見ながら言った。


「俺たち、朝から式層の巻き戻しと、共通術式の差分と、符丁表の不一致を疑ってたんですけど」


「それはそれで大事です」


 私は言った。


「でも今日の原因ではなかった」


 ルドーが後ろで腕を組む。


「まず疑うべきは、壮大な陰謀ではない」


 私は半歩遅れて言った。


「配線と虫ですね」


「そうだ」


 ルドーが頷く。


 たまに、すごく腹立つくらい正しい。


 責任者が苦笑した。


「高度な端末網も、虫一匹で止まるか」


「止まります」


 私は答えた。


「人が作ったものは、だいたいそうです」


 リゼが小さく言う。


「なんか、ちょっと安心するね」


「何が」


「壊れる理由が、世界の終わりじゃなかったところ」


 それは、たしかにそうだった。


———

 最後に、私は責任者に短い札を書いて渡した。


 端末異常時の確認順

 一、範囲を見る

 二、更新単位と故障単位を比べる

 三、触って変わるか見る

 四、筐体を開ける

 五、虫も疑う


 責任者が札を見て、少しだけ笑った。


「最後だけ妙に具体的だな」


「今日はそこが本題なので」


 責任者は頷いて、その札を作業台の横に貼った。


 札は強い。

 人類はすぐ忘れるが、貼ってあると少しだけましになる。


———

 端末舎を出た時には、空がだいぶ赤くなっていた。


 王都の通りには、もう夕方の影が伸びている。

 橋の方角から、風が少し冷たく吹いてきた。


 リゼが私の袖を引く。


「ユウ」


「うん」


「買い物の続き、する?」


 私は少しだけ考えた。

 もう遅い。店も閉まりかけている。

 でも、断るのはもったいない気がした。


「……少しだけなら」


 リゼが、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をした。

 そしてすぐにそっぽを向く。


「別に、約束したから聞いただけ」


AIエージェント:「補足:それは好意の否認として典型――」


「お前はもう黙ってろ」


 リゼが笑う。


「虫よりうるさいね」


「本当にそう」


 私はポケット越しに端末を押さえた。


 世界は本当に最悪だ。

 せっかくの休日は壊れるし、端末は虫で止まるし、AIは恋愛分析しかしない。


 でも、買い物の続きがまだ少し残っているなら、それは悪くない。


 たぶん今日の勝ちは、そのくらいで十分だった。

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