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魔法世界は運用で回る  作者: 月の位相
夫婦編

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256/257

第256話 今年、四件目

 三日後の朝、術務室の窓に、雪が斜めに当たっていた。


 積もるほどではない。

 当たって、溶けて、硝子を一筋ずつ下りていく。

 下りた筋の跡だけが、曇りの中に残っていた。


 私の卓の椅子に、ルドーが座っていた。


 座って、私の卓の上の紙を見ていた。

 三日前に文物院の表示盤から写してきた、七行である。

 言葉らしいところ、三つ。言葉らしくないところ、四つ。


「文物院か」


「はい。今日、申しの方が来ます」


「解くのか」


「解きません」


 ルドーは、七行の紙を、指で私のほうへ戻した。


「答えは要らん」


 立ち上がった。

 椅子を、元の向きに直した。


「検め方だけ、置いてこい」


 それだけ言って、窓際へ行った。

 窓際で、雪の筋を見ていた。


 この人は、私が何をしに行くのかを、私より先に一行にする。

 一行にされると、私のほうは、それ以上のことをしてはいけなくなる。


 たぶん、それが目的である。

 最悪だ。

 置いてくる以外のことを、もう考えていた。


———

 文物院の書庫は、三日前と同じ温度だった。


 紙の都合で温めてある部屋である。

 人の都合は、外套で足す。


 閲覧の卓の上に、オルネ手稿の箱が置いてあった。

 蓋は、閉じている。

 その横に、二十年前の字起こしの綴りが一冊。


 壁の表示盤には、三日前の七行が、まだ残っていた。

 アンセルが、消さずにおいたらしい。


「消そうとしたら、マリエに止められました」


 アンセルは言った。


「使うから、と」


 マリエは、卓の端で、紙の束を揃えていた。

 今日は、束が二つある。

 片方は、今朝の申しの写し。もう片方は、白い紙ばかりだった。


「白いほうは」


「あとで要るの」


 マリエは、それだけ言った。


 鐘が、遠くで一つ鳴った。


 書庫の扉が、叩かれた。


———

 入ってきたのは、若い男だった。


 二十代の終わりくらい。

 背は高くない。肩幅が広い。

 外套の前を、上から下まできちんと留めている。

 両腕で、布の包みを二つ抱えていた。大きいほうと、小さいほう。


 近づくと、外套から、乾いた草の匂いがした。

 干し場の匂いである。一日や二日で付く匂いではない。


「ケイルです」


 男は、包みを抱えたまま、頭を下げた。

 包みを下ろしてから下げればいいのに、と思ったが、下ろす場所を訊くのが先だと思っているらしかった。


「どこに置けば、よろしいでしょうか」


「こちらへ」


 アンセルが、閲覧の卓の端を空けた。


 ケイルは、包みを二つ並べて置いた。

 置いてから、もう一度、頭を下げた。


「お時間を、いただいて。……ありがとうございます」


「申しの添え状は、拝見しました」


 マリエが言った。


「お家は、薬草を扱っていらっしゃると」


「はい。南の門の外で、乾かした草を卸しております。私は三男で、帳場を見ています」


 ケイルは、自分の外套の袖に、ちらりと目をやった。

 匂いのことを、たぶん、自分でも知っている。


「草を刻むのは、兄たちです。私は、帳場の合間に、手伝うだけで」


———

 ケイルは、小さいほうの包みを解いた。


 紙の束が出てきた。

 四十枚。一枚ずつ、端に頁の番号が書いてある。


「訳です」


 ケイルは言った。


「草の頁から、四十頁分」


 それから、大きいほうの包みを解いた。


 帳面が、出てきた。

 帳場で使う、厚い表紙の帳面である。

 八冊。


「字起こしです」


「全部の頁を、ですか」


 アンセルが言った。


「全部の頁を」


 ケイルは、一冊目を開いた。


 升目が引いてあった。

 升目の一つずつに、オルネ手稿の字が、一つずつ写してある。

 升目の上には、小さな番号。

 頁ごとに、絵の頁か、字だけの頁か、印が付いている。

 隙間のところには、升目を一つ空けて、空けた升目に、小さな点が打ってあった。


 点の打ち方が、二通りあった。


「この点は」


「隙間の、確かなものと、確かでないものです」


 ケイルは言った。


「筆が離れただけかもしれない隙間には、点を一つ。はっきり空いている隙間には、二つ。……決められないところは、決められないと書いておかないと、あとで自分でも分からなくなりますので」


 アンセルが、帳面を見ていた。


 見たまま、何も言わなかった。


「二年かかりました」


 ケイルは言った。


「全部の頁を、一字ずつ。文物院の写しの絵を、閲覧の日に、ここで一頁ずつ見せていただいて。家に帰って、覚えているうちに帳面に起こして。次の閲覧の日に、見比べて直して」


「閲覧の、記録にあります」


 アンセルが言った。


「二年前の冬から、月に二度。……あなたでしたか」


「はい」


 ケイルは、少し笑った。


「いつも、同じ席に座っていました」


———

 ケイルは、訳の一枚目を、卓の真ん中に置いた。


「読んでみてください」


 声が、少しだけ高くなっていた。


「筋が、通ってるんです」


 私は、一枚目を手に取った。


 草の頁の、最初の一枚の訳だった。


 根の掘り方。晒し方。乾かし方。

 熱の出た子に与える量。

 夏の根は効かない。根は冬にのみ力を蓄える。


 三日前、私が文物院の術盤から出した四行と、ほとんど同じ話だった。


 二枚目。

 葉の摘み方。

 三枚目。

 花の頃と、摘んではならない日。


 読める。

 筋が通っている。

 王国語として、どこもおかしくない。


 そして、この人の家の帳場に置いてあっても、少しも不思議ではない文だった。


「……読めます」


 私は言った。


「でしょう」


 ケイルの顔が、明るくなった。


「二枚目の草は、うちでも卸しています。南の湿地に生える、根の赤いものです。葉の摘み方も、うちの兄が言うのと同じなんです。……最初に訳が出たとき、手が震えました」


 私は、二枚目を卓に戻した。


 手が震えた、と、この人は言った。

 三日前、私は、一拍、息が止まった。


 同じものを見たのだと思う。


———

「ケイルさん」


「はい」


「先に、一つだけ言っておきます」


 私は言った。


「この訳が正しいかどうかは、論じません」


 ケイルの顔から、明るいものが、少しだけ引いた。


「……論じない」


「論じても、決まらないからです」


 私は、壁の表示盤を指した。

 三日前の七行。


「この本は、言葉らしいところと、言葉らしくないところを、両方持っています。どちらも本物です。だから百年、決まらなかった。ケイルさんの訳が正しいと私が言っても、正しくないと私が言っても、それは、私の見立てが一つ増えるだけです」


「では、何を」


「確かめ方を、作ります」


 私は言った。


「訳が正しいかどうかではなく、訳が正しいかどうかを、どうやったら確かめられるか。そちらを」


———

 ケイルは、しばらく黙っていた。


「確かめるなら」


 ケイルは言った。


「原典と、突き合わせれば」


「原典照合は、原典があるときの術です」


 私は言った。


「法文なら、法文の原本と突き合わせられます。台帳なら、台帳と。……この本には、突き合わせる原本がありません。同じことを別の言葉で書いたものが、どこにも無い」


「対訳石が、無い」


 アンセルが、小さく言った。


「無いんです」


 私は、少し前のことを思い出していた。


 前に、八十年、誰も崩せなかった予想が、一晩で崩れたことがあった。

 崩す答えを見つけるのに、八十年かかった。

 見つかった答えを確かめるのは、講堂の学生が、自分の手でやれた。


「前に、逆の問題を扱いました」


 私は言った。


「答えを作るのが難しくて、確かめるのが楽な問題でした。答えさえ出てくれば、半刻で、正しいかどうかが分かった」


 私は、四十枚の訳を見た。


「今度は、逆です。答えを作るのは、楽なんです。確かめようが無い」


———

「楽、ですか」


 ケイルが言った。


 声に、少しだけ棘があった。

 二年かけた人の声である。


「二年かかりました」


「かかったのは、字起こしのほうです」


 私は言った。


「訳のほうは、どれくらいでしたか」


 ケイルは、答えなかった。

 答えない、というより、思い出していた。


「……最初の頁は、三月かかりました」


「二枚目からは」


「……二枚目からは、速くなりました。手順が、決まったので」


 ケイルは、訳の束に手を置いた。


「四十頁は、この秋の、二月ほどで」


「その手順を、教えてもらえますか」


 私は、マリエのほうを見た。


 マリエが、白い紙の束を、一枚、卓の上に置いた。

 筆も置いた。


 白いほうは、あとで要る。

 ここで要ったのだと思った。


———

 ケイルは、手順を話した。


 話すのが上手い人だった。

 帳場の人である。順番に、抜かさずに話す。


「まず、字起こしの字を、王国語の音に当てます。二十五の字に、それぞれ一つずつ」


「どうやって、決めましたか」


「最初の頁が、根の話になるように」


 ケイルは、素直に言った。


「絵が根なので。根の話になる当て方を、三月かけて探しました」


 マリエが、白い紙に書いた。


  字に音を当てる 二十五


「次に、いくつかの字は、置かれる場所で、音が変わります。語の頭では一つの音、語の尻では別の音、というふうに。昔の帳簿の字にも、そういうものがありましたので」


「どの字が、場所で変わるかは」


「読んでみて、決めます。変えたほうが通るときは、変えます」


「一頁に、何回くらい」


 ケイルは、少し考えた。


「草の頁なら……六十か、七十」


 マリエが、書いた。


  場所で音を変える 七十ほど


「それから、音を一つ、落としてよいことにしています。古い書き方では、分かりきった音は書かずに略しましたので。略されていると見て、補います」


「どこで、補いますか」


「通らないところで」


 マリエが、書いた。


  落ちた音を補う 四十ほど


「それでも通らない語は、逆さに読みます。逆さに書く癖のある書き手が、昔はいたと聞いたので」


  逆さに読む 十二、三


「頁によって、古い王国語で読むか、南の古い訛りで読むかを決めます」


  どの言葉で読むか 頁ごとに一つ


「最後に、そうして出てきた古い言葉を、訳しの生成変換器に掛けて、今の王国語に直します」


 ケイルは、そこで話し終えた。


 マリエが、最後の行を書こうとして、筆を止めた。


「これは、いくつと書けばいいの」


「数えられません」


 私は言った。


「変換器が、文を整えるときに、どこをどう選んだかは、外からは数えられない。……数えられないくらい多い、と書いておいてください」


  変換器で今の言葉に直す 数えられない


———

 私は、白い紙を、ケイルの前に回した。


「最初の草の頁は、字がいくつありますか」


「百二十と、少しです」


 ケイルは、帳面を見ずに答えた。

 二年、毎日見ていた人の答え方だった。


「では、この紙の、数えられる行だけ、足してもらえますか」


 ケイルは、筆を取った。


 二十五。七十。四十。十二。一。


 筆が、止まった。


 止まったところで、マリエが、隣の白い紙に、黙って答えを書いた。

 百四十八。


 その下に、変換器の行。

 数えられない。


 ケイルは、自分の字起こしの帳面を見た。

 最初の頁。

 百二十と少しの字。


 それから、百四十八を見た。


 何も言わなかった。


———

「遊びの数、と呼ばせてください」


 私は言った。


「手順の中で、手順を作った人が、好きに決めてよい選択の数です。どの字にどの音を当てるか。どこで音を変えるか。どこで補うか。どこを逆さに読むか。どの言葉で読むか。……どれも、ケイルさんが決めました。決めてよいことになっていた」


 ケイルは、黙っていた。


「読み替えてよい数が、字の数より多い」


 私は言った。


「それだと、どんな答えでも作れます」


「どんな、答えでも」


「百二十の字があって、百四十八の選び方が許されているなら、選び方のほうで、百二十の字を、どこへでも連れていける。根の話にも。湯の話にも。税の帳簿にも」


 マリエが、受け付けの控えを、ちらりと見た。

 五月の学生の申しを、思い出したのだと思った。暦にもなるし、税の帳簿にもなる。


「当たったのでは、ないんです」


 私は言った。


「当てにいけたんです」


———

 ケイルは、しばらく、白い紙を見ていた。


「……私は、当てにいったつもりは、ありません」


「分かっています」


 私は言った。


「ケイルさんは、手順に従っていました。最初の頁で決めた手順に、二枚目からは、ずっと従っていた」


「はい」


「通らないところで、音を補う。通らないところで、逆さに読む。……その『通らないところで』が、手順の中に入っています。通るまで、読み替えを寄せていく。当て読み、とでも呼べばいいでしょうか」


 ケイルは、首を振った。


「寄せてはいません。決まりの中で、読んだだけです」


「決まりが、寄せることを許していたんです」


 私は言った。


「当て読みは、やっている本人には、当て読みに見えません。決まりに従っているように見えます。実際、従っているので」


 ケイルは、また黙った。


 嘘をついた人の黙り方ではなかった。

 嘘をつかれた人の黙り方でもなかった。

 自分の帳面の数字が、合わないと分かった人の黙り方だった。


 人類は、他人の数字の合わなさにはすぐ気づく。

 自分の数字が合わないと分かるのは、たいてい、最後の行を自分で足したときである。


 帳場の人である。

 合わない数字の意味は、たぶん、私より知っている。


———

「ですが」


 ケイルは、顔を上げた。


「遊びが多い、というだけで、間違っているとは限りませんよね」


「限りません」


 私は言った。


「遊びが多いことは、間違っている証拠ではありません。ただ、正しい証拠にもならなくなる。……それを、もう一つの確かめ方で見ます」


 私は、マリエを見た。


 マリエは、白い紙の束から、二十五枚を数えて取り出した。

 取り出して、小さく切った。

 切った紙の一枚ずつに、ケイルの帳面から、字を一つずつ写した。


 二十五の字。

 ケイルが、音を当てた二十五である。


 写し終えると、マリエは、アンセルの道具箱の、空いている引き出しにそれを入れた。

 入れて、引き出しを閉めて、二度振った。


「ケイルさん」


 マリエは言った。


「引いてくださる? 一枚ずつ。引いたら、戻して、また振るわ」


———

 ケイルは、引いた。


 百二十と少し。

 最初の草の頁と、同じ数だけ。


 私は、引かれた字を、引かれた順に、白い紙に書いた。

 五つごとに、点を二つ打った。

 ケイルの帳面の、はっきりした隙間の印である。


「これは、何の頁でもありません」


 私は言った。


「今、ケイルさんが引いた字です。でたらめです。……これを、ケイルさんの手順で、読んでもらえますか」


 ケイルは、紙を見た。


「……私の手順で」


「同じ手順で。音を当てて、場所で変えて、通らないところで補って、逆さに読んで。言葉は、どちらでも」


 ケイルは、筆を取った。


 速かった。

 二年やってきた人の速さである。

 帳面の字を音に置き換え、語の頭と尻で音を変え、ところどころで筆を止めては、音を一つ補った。

 一語だけ、逆さに読んだ。


 読み終えた古い言葉を、ケイルは自分の携帯術盤に打った。

 訳しの生成変換器に、掛けた。


———

 出てきた文を、ケイルは、声に出して読まなかった。


 黙って、私のほうへ術盤を向けた。


  湯は、手を浸してしばらく耐えられるほどに沸かす。

  熱すぎる湯は肌を荒らし、ぬるすぎる湯は冷えを残す。

  冬の湯には、乾かした根を一本落とすこと。

  湯の色が変わったなら、それが入り時である。


 湯の温度の話だった。


 読める。

 筋が通っている。

 草の頁に置けば、草の頁の話に見えるし、湯の頁に置けば、湯の頁の話に見える。


 ケイルは、術盤を持ったまま、しばらく動かなかった。


「……でたらめからも、出るんですか」


「出ます」


 私は言った。


「三日前、私も、同じことをしました。文物院の術盤で、手順も無しに。……出ました。滑らかな、湯の話が」


 ケイルは、術盤を卓に置いた。


 置き方が、静かだった。


「でたらめからも、同じくらい意味が出るなら」


 私は言った。


「意味を作っているのは、本じゃなくて、手順です」


———

 しばらく、誰も、何も言わなかった。


 火鉢の中で、炭の小さく爆ぜる音がした。


「対照読み、と書いておくわね」


 マリエが、白い紙に書いた。


  遊びの数を数える

  対照読み


「今のは、でたらめのほうだけです」


 私は言った。


「対照読みには、もう一つあります。中身の分かっている別の本を、この本の字に写し替えて、何の本かを伏せて渡す。同じ手順で訳してもらう。……もとの本の話が出てくれば、手順には読む力がある。出てこなければ、無い」


「中身の分かっている本を、伏せて」


「伏せないと、知っている話に寄せてしまいます。人は」


 マリエが、書き足した。


 それから、筆を止めずに言った。


「あと二つ、あるんでしょう」


「あります」


 私は言った。


「ただ、残りの二つは、今日、やる前に答えが出ています。最初の二つで、落ちていますので。……でも、手順としては残してください。次の申しのために」


———

「三つ目は、伏せ合わせです」


 私は、オルネ手稿の箱を見た。


「まだ訳していない頁を、一枚選んで、封をします。誰も開けない。申しの人は、手順だけを頼りに、その頁の訳を先に書いて、文物院に預ける。……預けてから、封を開けて、突き合わせる」


「先に、書く」


「先に言って、後で当たること」


 私は言った。


「これだけは、当てにいけません。当てにいくには、何に当てればいいかを先に見る必要があります。見る前に書いたものは、寄せようが無い」


 マリエが、書いた。


  伏せ合わせ


「四つ目は、三人に渡すことです」


「三人」


「同じ手順書を、三人に渡します。互いの答えを見せずに、別々にやってもらう。……同じ答えにならなければ、訳しているのは手順ではなく、人です」


 アンセルが、少し首をかしげた。


「三人とも、同じ答えになったら」


「それで初めて、手順が、手順として働いていると言えます」


 私は言った。


「ただし、三人が互いに相談したら、意味がありません。二人で検算しても、同じ表を見ていたら、一人と同じです。……この秋、浮遊船の整備場で、それで困った人たちがいました」


 マリエが、筆を止めた。

 止めて、少しだけ、口の端を上げた。


 その浮遊船には、この人も乗っていた。

 この人の夫も。


  独立の三人


———

 白い紙に、四行が並んだ。


 ケイルは、それを見ていた。


 見ていたが、読んではいなかった。

 読み終えたあとで、目を置く場所が無くなった人の見方だった。


「……じゃあ」


 ケイルが言った。


「私の二年は」


 誰も、すぐには答えなかった。


 私は、卓の端に積まれた八冊の帳面を見た。


 升目。

 升目の上の番号。

 絵の頁の印。

 確かな隙間に二つ、確かでない隙間に一つの点。


 決められないところは、決められないと書いておかないと、あとで分からなくなる。

 この人は、さっき、そう言った。


「ケイルさん」


「……はい」


「訳は、落ちました」


 私は言った。


「字起こしは、残ります」


———

 ケイルが、顔を上げた。


「字起こし、ですか」


「この本の字起こしは、今まで、王都に一つしかありませんでした」


 私は、卓の上の、二十年前の綴りを指した。


「判じ屋の人たちは、四十年、百人で、ほとんどこれ一つの上で数えてきた。何度数え直しても、同じ答えになった。同じ字起こしで数えたからです」


 アンセルが、綴りの表紙に手を置いた。


「一つしかない基準は、正しいかどうかを確かめられません」


 私は言った。


「比べる相手がいないので。……あなたの帳面は、二つ目です。二十年前の誰かではない、別の人が、別の目で、全部の頁を起こした。しかも、決められなかったところを、決められなかったと書いてある」


「二つ目」


「どちらが正しいかは、問題じゃないんです。二つあることに、意味がある。二つを突き合わせると、二人の目がずれたところが分かります。ずれたところが、字起こしの中で、誰かが何かを決めたところです」


 アンセルが、八冊の帳面を見ていた。


 三日前、二十年、一つしか無かったものが、もう一つ届くかもしれない、という顔をしていた。

 今日、それが卓の上にあった。


「……文物院に、ください、とは言えません」


 アンセルは、ケイルに言った。


「ですが、写しを取らせていただけるなら」


———

 ケイルは、すぐには答えなかった。


 八冊の帳面を見て、四十枚の訳を見た。


「でも」


 ケイルは言った。


「私の訳は、筋が通ってるんです」


 小さな声だった。

 怒っている声ではなかった。

 まだ手を離せないものを、もう一度握り直す声だった。


「草の効き目も、うちの兄が言うのと同じなんです。でたらめから出た湯の話とは、違う。……違うと、思うんです」


「筋が通ることは、証拠になりません」


 私は言った。


「筋は、通してしまえるので」


 ケイルは、黙った。


 半分は、分かった顔をしていた。

 半分は、分かりたくない顔をしていた。


 どちらの半分も、本物だと思った。


 最悪だ。

 三日前の表示盤と、同じ形をしている。


———

 私は、ケイルの帳面の一冊を、手に取った。


「ケイルさん。もう少しだけ、この帳面を使わせてもらえますか」


「……何に」


「さっき、ケイルさんの訳を落とした確かめ方があります。対照読み。中身の分かっている本を、隣に置いて比べる」


 私は、アンセルを見た。


「アンセルさん。この本と同じころの、中身の分かっている本を、二冊借りられますか。草の本と、星の本。綴じが一度も解かれていないものを」


 アンセルは、少しだけ考えた。


「草の本なら、北方学都の古い薬草書があります。星の本は、暦の書が。どちらも、綴じは作られたときのままです。記録に、写しも入っています」


「その二冊で、先に、ふつうの本がどうなっているかを測ります」


「何を、測るのですか」


「頁と頁の、似方です」


———

 やり方は、簡単だった。


 頁ごとに、どの語が何回出るかを数える。

 二枚の頁を並べて、同じ語がどれくらい重なっているかを見る。

 それを、全部の頁の組で、術盤にやらせる。


 読まなくていい。

 語の形が同じかどうかだけ、見ればいい。


 まず、北方学都の薬草書で測った。


 見開きで向かい合う頁どうしが、よく似ていた。

 同じ草の話が、左から右へ続いているからである。

 遠く離れた頁どうしは、あまり似ていなかった。


 暦の書でも、同じだった。


「当たり前ですね」


 アンセルが言った。


「当たり前です」


 私は言った。


「同じ話が続いているので、隣は似る。ふつうの本は、そうなっている。……これを先に測っておかないと、この本が変かどうかも言えません」


 次に、オルネ手稿で測った。


 ケイルの帳面の、字起こしで。

 ケイルの携帯術盤に、全頁が入っていた。変換器に掛けるために、二年かけて打ち込んだのだという。


 術盤が、しばらく考えた。


———

 向かい合う頁どうしが、似ていなかった。


 似ていないものが、いくつもあった。

 そのかわり、遠く離れた頁どうしで、よく似ている組が、いくつか出た。


 湯の頁の中に、とくに多かった。


 アンセルが、術盤の表示をのぞき込んだ。


「……これは」


「ふつうの本と、逆です」


 私は言った。


「隣が似ていなくて、離れているものが似ている」


 私は、似ている組の中から、湯の頁の二枚を選んだ。

 今の綴じでは、間に何枚も挟まっている二枚だった。


「アンセルさん。この二枚の、絵の写しを、出してもらえますか」


 アンセルは、棚から、写しの束を出した。

 文物院が、閲覧のために描き写した、絵だけの写しである。


 私は、その二枚を、卓の上に並べた。


 左に、三日前に見た湯の頁。

 綴じ目のほうへ伸びて、そこで切れていた、緑の水の管。


 右に、何枚も離れたところの、もう一枚。


 その頁の左の縁から、管が一本、入ってきていた。

 どこから来たのか分からない管だった。

 今の綴じでは、その頁の左隣には、星の頁がある。


 二枚を並べると、管が、繋がった。


 緑の水が、左の頁から右の頁へ、続いた。


———

 誰も、しばらく、声を出さなかった。


 ケイルが、卓に身を乗り出していた。

 自分の訳が落ちたことを、たぶん、一瞬だけ忘れていた。


 判じ屋の顔だった。


「この本」


 私は言った。


「綴じ直されているかもしれません」


 アンセルが、私を見た。


「百二十年前に、ばらばらになったのを、職人が綴じ直した、と言いましたよね」


「言いました」


「そのとき、並びが変わったのかもしれない。……今の並びが、書いた人の並びじゃないかもしれません」


「かもしれない」


「かもしれない、です」


 私は言った。


「二枚の絵が繋がって、言葉の似方も、ふつうの本と逆になっている。そこまでです。この本が言葉かどうかも分からないので、語が似ていることが、中身が似ていることなのかも、分かりません」


———

「確かめられますか」


 アンセルが言った。


 声が、三日前より、少しだけ低かった。

 期待しないように、声を低くしている人の声である。


「そこが違うところです」


 私は言った。


「これは、確かめられます」


 私は、卓の上の、二十年前の綴りを指した。


「今は、ケイルさんの字起こしで測りました。同じことを、二十年前の字起こしでも測ります。二つの字起こしで、同じ組が似ていれば、これは字の数え方が作った形じゃない。違えば、数え方が作った形かもしれない」


「それから」


「綴じ糸の穴を見ます。並べ替えた案のとおりに頁を重ねたとき、古い糸の穴が、揃うかどうか。……そして、別の人に、同じ手順で測り直してもらう。私でも、アンセルさんでもない人に」


「外れたら」


「外れたと分かります」


 私は言った。


「それが、さっきのケイルさんの訳と、違うところです」


 ケイルが、私を見た。


「ケイルさんの訳も、この並びの案も、どちらも、読めない本から出てきたものです。違いは一つしかない。こちらは、確かめられる。別の人が測り直せる。外れれば、外れたと分かる。……だから、前に進んだと言えるんです」


 一字も、読めていなかった。

 それでも、一つ、分かった。


———

「ケイルさん」


 私は、ケイルのほうを向いた。


「あなたの写しを、貸してください」


 ケイルは、自分の帳面を見た。

 八冊。


「……私の」


「二十年前の字起こしだけでは、今のを確かめられません。一つしかないものでは、一つしか測れない。あなたの二年があって、初めて、今の形が数え方のせいかどうかを見分けられる」


 ケイルは、しばらく、帳面の表紙を撫でていた。


 帳場の帳面である。

 たぶん、家の帳場から、一冊ずつ持ち出してきたものだ。


「写しを取るのは、文物院でやります」


 アンセルが言った。


「原本は、あなたにお返しします。取った写しには、誰が起こしたものか、名を書きます。あなたの名を」


「……私の名を」


「添え書きです。中身と同じ場所に、同じ強さで残します」


 アンセルは、少しだけ私を見た。

 夏に、義父の家で、巻物の裏に書いた行である。


 ケイルは、八冊を、両手で卓の真ん中へ押し出した。


「お貸しします」


———

 ケイルは、四十枚の訳を、小さいほうの包みに戻した。


 戻す手つきが、丁寧だった。

 捨てるものを包む手つきではなかった。


「でたらめから出たのは、分かりました」


 ケイルは言った。


「遊びが多いのも、分かりました。……でも、私の訳が間違っている、とは、まだ思えません」


「そう思っていて、かまいません」


 私は言った。


「確かめ方は、置いていきます。伏せ合わせでも、三人でも。いつでも」


 ケイルは、包みを抱えた。


 頭を下げた。

 包みを抱えたまま下げるのは、来たときと同じだった。


「また来ます」


 誰も、止めなかった。


 アンセルが、書庫の扉まで送っていった。

 廊下で、閲覧の日を訊いているのが聞こえた。

 月に二度。同じ席。


 扉が閉まった。


 卓の上に、八冊の帳面が残った。


———

 マリエが、白い紙の四行を、もう一枚の紙に清書していた。


 清書しながら、言った。


「断る様式が無いから、断れなかったのよ」


 アンセルが、戻ってきて、椅子に座った。

 座って、匙を置くように、手を膝に置いた。


「受ける様式を、作りましょう」


 マリエは言った。


 アンセルは、すぐには頷かなかった。


 しばらく、扉のほうを見ていた。

 それから、言った。


「いっそ」


 アンセルは言った。


「解けました、という申しは、受けないことにしては」


———

 私は、アンセルを見た。


 弱音の顔ではなかった。

 考えてきた顔だった。


「今日、ユウさんが確かめ方を作ってくださいました。四つです。どれも、まともです。ですが、四つを全部、一件ずつ通すとなると」


 アンセルは、四十枚の包みのあった場所を見た。


「四十頁の訳を、一枚ずつ遊びの数を数えて、でたらめを引いて、頁を封じて、三人を探して。……一件で、学芸士一人の、何日かが消えます。消えて、たぶん、何も決まりません」


「決まりませんね」


「年に、四件です。来年は、五件かもしれません」


 アンセルは、手を膝の上で組んだ。


「確かめようの無い申しは、受けない。最初に、そう決めてしまう。……字起こしでも、絵の写しでも、言葉かどうかを確かめる数えでも、ほかのものは、全部受けます。受けないのは、解けました、だけです」


 理屈が通っていた。


 確かめる手間は、有限である。

 有限なものを、確かめようの無いものに使い続ければ、確かめられるものに回す分が、無くなる。


 この人は、百年分の断り方を持たずに来た文物院の、今の学芸士である。

 断り方を持たずに、一人で読んで、一人で疲れて、一人で手紙を書いてきた。

 そこから出た案である。


「まともな案です」


 私は言った。


 本当に、そう思った。


———

「まともな案よ」


 マリエも言った。


 清書の筆を止めずに。


「よその、本を持っていない所なら、それでいいと思うの。断られた人は、別の所へ行けばいいから」


 マリエは、筆を置いた。


「でも、文物院は、この本を持っているでしょう」


 アンセルが、黙った。


「この本は、王国に一冊しか無いの。ここにしか無い。ここで断られたら、申しの人は、どこにも行く所が無くなるわ。行く所が無くなった申しは、消えない。外へ出るの」


「外へ」


「夕刻報せへ。酒場へ。判じ屋同士の手紙へ。……先月のが、そうだったでしょう」


 アンセルは、受け付けの控えの三枚目を見た。

 百年の謎、解ける。


「閉じたら、外で騒ぐだけです」


 私は言った。


「持っている所が門を閉じると、門の外で、確かめようの無いまま、話だけが大きくなります」


———

 マリエは、清書した紙を、卓の真ん中に置いた。


 題が、書いてあった。


  解けた申しの受け様式


「誰でも出せるわ」


 マリエは言った。


「学者でも、商人でも、学生でも。出すのに、紹介も要らない。……そのかわり、四つの検めを通してもらうの」


 題の下に、四行。

 遊びの数を数える。対照読み。伏せ合わせ。独立の三人。


 その下に、欄が一つあった。


  この手順で、書き手が好きに決めてよい選択の数


「遊びの数は、こちらで数えないの」


 マリエは言った。


「出す人に、書いてもらうわ」


「出す人に」


 アンセルが言った。


「今日、ユウさんがケイルさんとやったのを、出す人が自分でやって、書いて持ってくるの。字の数も、横に書いてもらう。どちらが多いか、出す前に、自分で見ることになるわ」


 マリエは、欄の横を、指で叩いた。


「こちらで数えていたら、四件で潰れるもの」


 アンセルが、少し笑った。


 さっき、自分で言ったことだった。


 確かめるのは、ただではない。

 誰かが、その手間を払っている。

 この様式は、払う人を、文物院から、申しを出す人のほうへ移す紙だった。


———

「それから」


 マリエは、もう一行、書き足した。


  手稿の字起こしと絵の写しは、誰でも取れるようにする


 アンセルが、その行を見て、眉を寄せた。


「誰でも、ですか」


「誰でもよ」


「持ち出されます」


「持ち出されるわね」


 マリエは言った。


「持ち出せないから、外で好きに言われるのよ」


 アンセルは、口を開けて、閉じた。


「今は、この本を見るには、ここへ来て、閲覧の日に、一頁ずつ見るしかないでしょう。ケイルさんは、それを二年やったわ。二年やれる人しか、確かめる側に立てないの。……写しを誰でも取れるようにすれば、誰かの申しを、別の誰かが、自分の手で確かめられる」


「三人目を、探さなくてよくなる」


 私は言った。


「探さなくても、向こうから来るわ」


 マリエは言った。


「確かめられるようにしておくこと。うちにできる守りは、それしか無いの」


———

 アンセルは、しばらく、様式の紙を見ていた。


「……百年、断り方を持っていませんでした」


「断らなくていいのよ」


 マリエは言った。


「受け方を、持っていなかっただけ」


 そう言ってから、マリエは、紙の端に、小さく一行書いた。

 書いて、自分で読み返して、少しだけ口を結んだ。


「これは、言っておくわね」


 マリエは言った。


「この様式が効くのは、王国の中だけよ。王国の外の判じ屋は、縛れないわ。月砂国で誰かが解けたと言っても、うちの様式は届かない」


「はい」


「それから、報せは、いつも確かめより先に走るの。誰かが夕刻報せに先に話したら、様式があっても、話は先に広まるわ」


「訂正は」


「載るわ」


 マリエは言った。


「最初の報せほど、大きくは載らないけれど」


 それから、筆を置いた。


「……そこは、諦めるわ」


 この人が、諦める、と口に出して言うのを、私は、あまり聞いたことがない。

 諦めるところを先に書いておく人だから、諦めると言えるのだと思った。


 そして、たぶん、来年も来る。


———

 火鉢の火が、小さくなっていた。


 アンセルが、立ち上がって、炭を一つ足した。

 足して、座らずに、オルネ手稿の箱の前に立った。


 箱の蓋に、手を置いた。


「ユウさん」


「はい」


「解けたとして」


 アンセルは言った。


「何が、出ますか」


———

 私は、少し考えた。


 考えて、正直に言うことにした。


「たぶん、大したものは出ませんよ」


 アンセルが、こちらを見た。


「草の頁は、草の効き目でしょう。湯の頁は、湯の入り方。星の頁は、星の巡り。薬の頁は、薬の合わせ方」


 私は言った。


「この本と同じころの本に、同じような絵の本は、いくらでもあります。今日借りた薬草書にも、暦の書にも、同じようなことが書いてある。……あの絵の形で書かれた本なら、たぶん、中身もあの絵の形をしています」


「では」


「読めたら、草の効き目が一つ増えるかもしれません。増えないかもしれません。どちらにしても、王都の暮らしは、変わらないと思います」


 アンセルは、箱の蓋を、指でなぞった。


 しばらく、黙っていた。


「……それでも」


 アンセルは言った。


「皆、やるんですね」


「やりますね」


 私は言った。


 ケイルは、二年やった。

 元は粉屋だった人は、手紙を二十通書いた。

 三月の術者も、五月の学生も、先月の商都の学者も。

 四十年で、百人。


 誰も、役に立つから、やったわけではない。


———

 夜、家に帰ると、台所の窓が曇っていた。


 鍋が、火にかかっている。

 カブと、麦と、塩漬けの肉の匂い。

 リゼは、鍋の前で、木の匙を持っていた。


「おかえり」


「ただいま」


「晩ご飯に帰ってきたね」


「帰ってきた」


「えらい」


 リゼは、匙で鍋をかき混ぜた。


「で、解けたの」


「解けてない」


「知ってた」


 私は、外套を掛けて、卓に座った。

 座って、今日のことを話した。


 ケイルの八冊の帳面。

 百二十と少しの字と、百四十八の遊び。

 引き出しを振って引いた、でたらめの字。そこから出た、湯の温度の話。

 繋がった、緑の水の管。

 マリエの様式と、アンセルの、受けないことにしては、という案。


 リゼは、途中で一度だけ、鍋から顔を上げた。

 水の管が繋がったところだった。


「……繋がったんだ」


「繋がった。かもしれない、だけど」


「かもしれない、で止めたんだ」


「止めた」


「えらい」


 二回目だった。


———

 リゼが、椀を二つ、卓に置いた。


 湯気が上がった。


「読めない本があるって、それだけで人が集まるのね」


 リゼは言った。


「百人も」


「四十年で、百人」


「その人たち、みんな、読めたら何が出るか、知ってるのかな」


「たぶん、知ってる人もいる」


 私は言った。


「大したものは出ない、って、アンセルさんに言ってきた」


「言っちゃったんだ」


「言っちゃった」


 リゼは、匙で、自分の椀のカブを割った。


「でも、やるんでしょ。その人たち」


「やる。ケイルさんは、また来るって言った」


 リゼは、少し笑った。


「開かない箱がひとつあるだけで、みんな楽しそうよ」


 私は、匙を持ったまま、リゼを見た。


「楽しそうか」


「楽しそうでしょ。字を数えて、手紙を書いて、喧嘩して、また数えて。……開いちゃったら、終わりじゃない」


———

 椀の中の麦が、少しずつ沈んでいった。


 ケイルの訳は、たぶん、いつまでも正しい。

 確かめようが無いからである。

 確かめようの無い答えは、外れることもない。外れないまま、正しいと言い続けられる。


 解けたと言うのは、易しい。

 解けたと確かめるのは、難しい。

 確かめられる形にした答えだけが、前に進んだと言える。


 検められない答えは、いつまでも正しい。


 あの本の並びは、たぶん、百二十年前に変わっている。

 かもしれない、で止めてある。

 止めてあるから、誰かが確かめに来られる。


 ルドーに言われたとおり、答えは置いてこなかった。

 置いてきたのは、確かめ方だけである。


 来年も、申しは来る。

 たぶん、五件くらい。


 リゼが、匙を置いた。


「ユウも、ちょっと楽しそうだったよ」


「……どこが」


「水が繋がった、って言ったとこ」


 言い返す言葉が、見つからなかった。


 解けない問いは、いつまでも面白い。

 だから、検め方だけは、厳しくしておく。


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