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魔法世界は運用で回る  作者: 月の位相
夫婦編

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251/257

第251話 今日もやりますよね?

 冬の朝の台所は、竈に火が入るまでが寒い。


 起きていくと、火はもう入っていた。

 鍋も、もう湯気を立てていた。

 リゼは卓に肘をついて、携帯術盤を叩いていた。


 目は、半分しか開いていない。

 髪も、半分しかまとまっていない。

 指だけが、きちんと起きている。


「……日継ぎが、切れる」


 寝言のような声だった。


「何が切れるって」


「日継ぎ。……ちょっと待って。あと少し」


 とん、とん、と、窓が鳴った。


 見ると、窓枠の外に、緑の小鳥が一羽とまっていた。

 小指の先ほどの、小さな鳥である。

 足に、もっと小さな葉を一枚つかんでいる。

 その葉を離さないまま、嘴で硝子を叩いていた。


 とん、とん。


「うるさいのよ、ヒヨが」


 リゼは顔も上げずに言った。


「名前で呼んでるんだ」


「名前があるんだから、呼ぶでしょ」


 それはそうだった。

 ただ、うるさいものを名前で呼ぶ人間は、そう多くない。

 少なくとも、竈の煤や隣の家の犬を、リゼが名前で呼んでいるのは聞いたことがない。


 術盤が、ちりちりと短く鳴った。

 リゼが、ふう、と息を吐いた。


 窓の外の小鳥が、つかんでいた葉を、ぱっと離した。

 それから一声だけ鳴いて、飛んでいった。

 葉は、窓枠の雪の上に落ちて残った。


「いつも葉っぱを落としていくのよ、あの子。掃除が大変」


「それで、日継ぎっていうのは」


「これ」


 リゼが、術盤をこちらへ向けた。


 札面の上のほうに、緑の小鳥の絵がある。

 その下に、大きく数が出ている。


 百八十五。


「『日々の双言』。双言社っていうところが、術式庫で配ってる言葉の稽古の小術。ただなの」


「ただ」


「ただ。ポンテラも入ってる。リリアちゃんのあと、こっちにしたの」


 夜の卓で、ポンテラの挨拶を一つ覚えてきたリゼを思い出した。

 あれの続きが、毎朝ここで続いていたらしい。

 知らなかった。

 夫というのは、だいたいこういうものを知らない。

 最悪だ。


「毎日やると、一つ増えるの。一日でも空けると、零に戻る」


「百八十五日、毎日」


「毎日。半年ちょっと」


 リゼは、少し得意そうにした。

 それから、同じ顔のまま付け足した。


「リリアちゃんより、あの鳥のほうがしつこい」


 私は、術盤の数を見ていた。

 それから、リゼの手元を見た。


「今の、もう終わったのか」


「終わった。三分」


「三分」


「三分で終わるのを選んでるから」


 何か言いかけた私の顔を見て、リゼは先に言った。


「短いのを選んでるんじゃなくて、朝は時間がないの」


 言っていることは、同じだった。

 私は粥の椀を受け取って、それ以上は言わなかった。


 三分。

 早い、と思った。

 その早さに、小さな引っかかりが一つ残った。


AIエージェント:「観測:本日の稽古は、王都の並の学び手の、三分ぶんに相当します」


「黙れ」


———

 学校へ向かう道は、凍った轍で歩きにくかった。


 乗合馬車の停まり場に、人が並んでいる。

 白い息が、列の上で一つの雲になっていた。


 並んでいる人の、半分くらいが、携帯術盤を見ていた。

 残りの半分も、ときどき見ていた。

 そして、何人かは、指を同じ速さで動かしていた。


 停まり場の柱に、貼り紙がある。


 寝台で眠っている男の絵。

 その枕元に、緑の小鳥が一羽。

 小鳥の吹き出しに、太い字。


 今日もやりますよね?


 隣に、もう一枚。

 湯屋の湯船に浸かっている男の、頭の上に、同じ小鳥。


 今日もやりますよね?


 その隣にも、一枚。

 嫁入りの行列の、花嫁の肩に、同じ小鳥。


 今日もやりますよね?


 並んでいた若い男が、貼り紙を見て、連れに言った。


「お前、昨日やったのか」


「やった。夜中に」


「夜中に」


「夜中に。……今日もやりますよね?」


 口真似だった。

 連れが笑った。

 前に並んでいた年配の女も、少し笑った。


 人類は、自分を追い立てるものを、笑えるうちは愛せるらしい。


 王都が、緑の鳥に追い立てられている。

 追い立てられて、喜んでいる。

 そういう朝だった。


———

 講堂も、寒かった。


 窓の霜の花の下で、学生たちが外套の襟を立てている。

 石段の途中に、リゼの顔もあった。

 朝の三分のことなど何もなかったような顔で、筆を構えている。


 ルドーが講壇に立った。


「人と、術式を、どう見分ける」


 短い。

 前列の学生が、すぐに答えた。


「顔を見ます」


「術盤の向こうだ」


「……返事の速さで」


「術式も、待てる」


「合言葉を、決めておけば」


「それは、誰かを確かめる問いだ。人かどうかではない」


「字の、癖とか」


「うむ。……その問いには、術式も答えられる」


 答えた学生は、黙った。

 術式は、字の癖も真似る。

 この講堂の学生は、それをもう知っている。


「ユウ」


「はい」


「はいは一回だ」


「はい」


 冬でも夏でも、これは変わらない。


———

 私は、表示盤の前に立った。


「人にしか答えられない問いを、出します」


 表示盤に書く。


   人証し札


「魔文の窓口や術式庫の入口で、名前を一つ取らせる前に、一枚出す札です。術式が一刻に千の名前を取っていかないように」


 表示盤に、崩した字を二つ描いた。

 私の字は崩さなくても崩れているので、描くのは楽だった。


「たとえば、崩した字を読ませる。あるいは、絵を九枚並べて、橋が写っているものを全部選ばせる」


「見分け術が、いくら賢くなっても、崩し字はまだ、人のほうが読めます。少なくとも、この札ができた頃は、そうでした」


 前列の学生が言った。


「面倒です」


「面倒です」


 私は頷いた。


「人に、一手間かけさせています。一人ぶんは、ほんの数拍です。ただし」


 私は、表示盤の二つの崩し字の、片方に丸をつけた。


「王都じゅうで、日に何万回も、その数拍が払われている。払われて、捨てられている」


「この札を作った術師は、そこに気づきました。どうせ人に一手間かけさせるなら、その一手間を捨てないほうがいい」


 丸をつけていないほうの字を、指で叩いた。


「二つの字のうち、片方は、答えの分かっている字です。もう片方は、誰にも読めていない字です。大図書館の、虫食いで読めなくなった写本から切り出してある」


「分かっている字を正しく読めた人は、人です。その人が、もう片方を何と読んだかを、取っておく。同じ読みが十人、二十人と重なったら、それを、その字の読みにする」


 講堂が、少し静かになった。


「一人ぶんは、無に等しい手間です。万を超えると、写本が一冊、読めます。大図書館では、読めずに積まれていた写本が、実際に何冊か、これで読まれています」


 表示盤に、一行足す。


   ついで仕事


 ルドーが、表示盤を見ていた。


「読めぬ字を、万人に読ませたか」


 少し間があった。


「……安い」


 この人が、何かを手放しで褒めるのは珍しい。

 安い、は、この人の口から出る中では、かなり上のほうの褒め言葉である。


「ただし」


 私は、人証し札、の行に戻った。


「この札は、今はもう、あまり効きません」


 表示盤に、三つ並べて書く。


   手間賃で解かせる

   よその客に解かせる

   術式が解く


「一つ目。札を破りたい側は、人を雇います。一枚いくらの手間賃で、遠い土地の人に、朝から晩まで崩し字を読ませる。答えているのは本物の人なので、札は通します」


「二つ目。自分の見世物小屋の入口に、よその窓口の札を、そのまま写して掲げる。客は、自分の小屋に入るつもりで読んでいる。読んだ答えは、よその窓口へ流れていく」


 後ろの列で、誰かが、うわ、と言った。


「ついで仕事と、同じ形です。一手間を捨てない、という考えは、守る側だけのものではありません」


「三つ目。いまは、見分け術のほうが、崩し字を人より速く、正しく読みます。絵の中から橋を選ぶのも、術式のほうが外さない」


 前列の学生が、眉を寄せた。


「じゃあ、人かどうかは」


「どんどん、確かめにくくなっています」


 私は、表示盤の三行を見た。


「人にしか答えられない問いは、出したそばから、人でないものに解かれていきます。人かどうかを確かめる札が、いちばん術式に解かれている。……この札は、ずっと、その追いかけっこの中にあります」


 ルドーは、何も言わなかった。

 安い、と言ったときと、同じ顔をしていた。

 安いものは、たいてい、すぐに真似される。


———

 そのとき、石段のどこかで、ちりちり、と短い音がした。


 一人の学生が、慌てて外套の内を押さえた。

 後ろの列で、誰かが小声で言った。


「今日もやりますよね?」


 講堂が、どっと笑った。

 押さえた学生が、耳まで赤くなった。


 ルドーは、笑わなかった。

 ただ、音のしたほうを一度見てから、こちらへ戻した。


「その鳥の作り手が、その札の作り手だ」


 私は、手を止めた。


「同じ人ですか」


「同じ術師だ。南の、王都から遠い土地の出だと聞く。人証し札で名を上げて、次に、言葉の稽古をただで配りはじめた」


 ルドーは、教卓に手を置いた。


「その土地では、言葉を覚えられるのは、師を雇える家の子だけだったそうだ。言葉の数だけ、出られる門の数が違う」


「金のある家の子だけが言葉を覚える。それを厭うたのだな」


 講堂の何人かが、外套の内に手をやった。

 術盤を、なんとなく確かめるような手つきだった。


 ルドーは、赤くなった学生のほうを見た。


「日継ぎか」


「……はい。すみません。まだ、今日の分を」


「後でやれ」


 それから、表示盤の、ついで仕事の行の下に目をやった。


「数えると、数が育つ。人ではなくな」


 それだけ言って、ルドーは次の題へ移った。

 学生たちは、なぜか少し居心地の悪い顔をしていた。

 私も、たぶん同じ顔をしていた。


———

 昼過ぎ、王都術務室に戻った。


 卓の上の未着手の列は、白霜商会の件の後始末で、まだ少し長い。

 私は書付を一枚ずつ片づけていた。


 刻塔の鐘が、昼を告げた。


 その鐘が鳴り終わらないうちに、部屋のあちこちで、術盤が震えた。


 ちりちり。

 ちりちり。

 ちりちり。


 一つではない。

 窓際の卓でも、写しの棚の前でも、奥の打ち合わせ卓でも鳴っている。


 顔を上げると、部屋じゅうの手が、一斉に止まっていた。


 筆を置く。

 術盤を出す。

 三分ほど、誰も口をきかない。

 指だけが動く。


 それから、一人、また一人と術盤をしまい、筆を取り直した。

 部屋に、羊皮紙をめくる音が戻ってきた。


 誰も、何も言わなかった。

 誰にとっても、当たり前のことらしかった。


 支援班の卓のほうを見ると、リゼだけが、筆を止めていなかった。

 朝のうちに済ませた者の術盤は、鳴らないらしい。

 リゼがちらりとこちらを見て、少しだけ顎を上げた。


 誇らしげだった。


「ユウさん」


 声のほうを見ると、フィンが立っていた。

 術盤を、まだ手に持っている。


「さっきの、見てました?」


「見ていました。皆さん、同じ刻に鳴るんですね」


「昼の鐘で鳴らすのが、いちばん切らさないんです。朝だと寝ぼけてて、夜だと忘れるので」


 フィンは、術盤の札面をこちらへ向けた。

 緑の小鳥と、数。


 九十六。


「ポンテラですか」


「ポンテラです」


 フィンは、少しばつの悪そうな顔をした。


「リリア、面白かったですけど、続かなくて」


 あの記憶石を、私の卓に置いていったのは、この男である。

 ただの美少女遊戯じゃないんですよ、と言って。


「面白いのと、続くのとは、違うんですね」


「違いました。リリアは、続きが気になるうちは毎晩やるんです。気にならなくなったら、そこで終わりで。……こっちは、気になっていなくても、鳥が来るので」


 フィンは、自分の言ったことに、自分で少し笑った。


「王都だけで、もう二万人を超えたそうです。ポンテラを、ですよ。術師と学者のあいだでしか流行ってなかったのに」


 前に、この言葉がなぜ広まらないかを、講堂で話したことがある。

 学びやすいことと、学ばれることは、別。

 あれは本当だった。

 そして、どうやら、今は少し本当でなくなっている。


「よくできてます」


 私は言った。


「……前に見たものより、ずっと」


「リリアには、悪いですけどね」


「リリアは、あれでよかったんです。始めさせるところまでは」


 フィンは頷いて、自分の卓へ戻っていった。


 私は書付に目を戻した。


 部屋は、いつもどおりだった。

 誰も困っていない。

 誰も、走っていない。


 それなのに、さっき、部屋じゅうの手が、同じ刻に止まった。

 その光景が、目の奥に残っていた。


 朝のリゼの三分。

 窓を叩く緑の鳥。

 同じ刻に止まる、部屋じゅうの手。


 三つ目だった。

 三つ並ぶと、形のようなものが見えかける。

 見えかけるだけで、まだ見えない。


———

 夕方の帰り道、中央の広場を抜けた。


 刻塔の鐘が、夕方を告げはじめた。


 広場じゅうで、人が懐に手を入れた。

 荷を下ろした担ぎ屋も、屋台の売り子も、子どもの手を引いた母親も、同じ仕草で術盤を出した。

 鐘の音の下で、何十という指が、同じように動いた。


 広場の隅に、小さな人だかりがあった。


 寸劇だった。

 木の台の上で、寝ぼけた男の人形が、布団にもぐっている。

 そこへ、棒の先につけた緑の鳥の人形が、ひょこひょこと近づいていく。


「今日もやりますよね?」


 演じ手が鳥の声を作ると、人だかりがどっと沸いた。


 男の人形が、布団から逃げる。

 湯屋に逃げる。

 鳥が、湯気の中から顔を出す。


「今日もやりますよね?」


 男の人形が、嫁入りの行列に紛れる。

 鳥が、花嫁の肩にとまっている。


「今日もやりますよね?」


 見物の子どもが、一緒になって叫んでいた。

 大人も、叫んでいた。


 広場の向かいの酒場の戸口から、酔った声が聞こえた。


「今日もやりますよね? 俺はもうやったぞ!」


 拍手が起きた。


 台の脇に、双言社の印の入った小旗が立っていた。

 この寸劇は、社が自分で金を出して打たせているものらしい。


 自分の鳥を、自分で笑い物にしている。

 しかも、笑い物にされた鳥のほうが、ずっと好かれている。


 うまい、と思った。

 何がうまいのかは、まだ言葉にならなかった。


———

 夜。


 皿を拭き終えて卓につくと、リゼが術盤を出していた。


「朝、やったんじゃないのか」


「やった。今のは、明日の朝のを、どれにするか見てるだけ」


「見せてくれ」


 リゼは、少し迷ってから、術盤を卓の真ん中に置いた。


 課が、縦に並んでいる。

 上のほうは、長い。

 下へ行くほど、短い。


 リゼの指は、迷わずいちばん下へ行った。


「明日はこれ。いつもの」


「やってみせてくれるか」


「今やったら、明日のぶんにならないわよ」


「数えないところだけでいい」


 リゼは、変な顔をした。

 それでも、指を動かしてくれた。


 短い言葉が出る。

 下に、札が三枚出る。

 リゼが選ぶ。

 当たる。


 わたし。

 あなた。

 ありがとう。

 どこ。

 ここ。


 どこかで見た並びだった。

 私が、あの記憶石で最初の夜に覚えた単語と、ほとんど同じである。


 リゼは、一度も間違えなかった。

 一往復が、すぐに終わった。


 間違えないので、言い直しも来ない。

 覚え具合を見て前の問いを出し直す手応えの輪も、出し直す先が無くて、空で回っているように見えた。


AIエージェント:「補足:過去三十日のうち、二十二日は最短の課が選ばれています」


「黙って」


 リゼが、術盤ではなく、私の懐のほうを睨んだ。


「……知ってる単語の課が、いちばん気持ちいいのよ。悪い?」


「悪いとは言ってない」


「顔が言ってる」


 言っていたかもしれない。


 私は、黙って術盤の数を見た。

 百八十五。


 百八十五日、触れていた。

 その百八十五日のうち、新しいことを覚えたのが何日だったのかは、この数には出ていない。

 出ていない、というだけである。

 悪い、とは、たしかに言えない。


 ただ、この形には見覚えがあった。


 最近どこかで、まったく同じ形のものを見た気がする。

 測られているものが伸びていて、伸ばしたかったものがどうなっているのかは、誰にも分からない。

 そういう形だった。


 どこで見たのかは、すぐには出てこなかった。

 最悪だ。

 こういうものは、だいたい、出てこない夜に限って眠れなくなる。


「ユウ」


「なんだ」


「その顔、明日の講義でやらないでね」


「どの顔だ」


「何か言いたいのに、言うことがまだ決まってない顔」


 この人は、こちらのことをよく分かっている。


———

 翌日の昼、学校の廊下は、珍しく賑やかだった。


 窓際に、学生が五、六人集まっている。

 真ん中で、背の高い学生が、術盤を掲げていた。


「四百二十日です」


 トマ、という名だったと思う。

 講堂ではいつも後ろの列にいて、当てられると、答えの前に一度だけ頭を掻く学生である。


「切らしたこと、一度もありません」


「四百二十」


「一年と、二月くらいか」


「熱を出した日も?」


「熱を出した日も。寝台の上で、三分」


 周りが、おお、と声を上げた。

 札面の上で、緑の小鳥の絵が、胸を張っているように見えた。


 私は、足を止めていた。


「すごいですね」


 学生たちが、こちらを見た。


「ユウさん」


「四百二十日、毎日ですか」


「毎日です」


 トマは、照れたように頭を掻いた。


 本当にすごい、と思った。

 四百二十日、一日も空けずに何かを続けた人間を、私はそう多く知らない。

 私自身は、その中に入っていない。


「ポンテラですか」


「ポンテラです」


「では」


 私は、少し身を乗り出した。

 他意は無かった。

 四百二十日ぶんのポンテラが、どんな音をしているのか、聞いてみたかっただけである。


「ポンテラで、一言、話してみてください。何でもいいです」


 トマが、口を開いた。


 何も出てこなかった。


 口を閉じた。

 もう一度、開いた。


「……あれ」


 廊下が、静かになった。


 トマは、術盤の札面を見た。

 四百二十。

 数は、そこに出ている。


 口からは、出てこない。


「ちょっと、待ってください。……あれ」


 周りの学生が、誰も、何も言わなかった。


 誰も、笑わなかった。


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