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魔法世界は運用で回る  作者: 月の位相
はじまり

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第24話 影がないと嘘になる

 王城の展示室は、夜会の前だというのに、すでに疲れていた。


 疲れているのに、部屋だけは妙に派手だ。

 壁に布。柱に飾り。床に磨いた石。

 その中央に、問題の投影装置が置かれている。


 宝物の幻灯展示。

 東方使節団に王国の豊かさと技術力を見せつけるための、実に分かりやすい見栄だ。


 私は入口で立ち止まって、その光景を見た。


「……嫌な予感しかしない」


 隣のリゼが、すぐに答える。


「でも昨日よりは、ちょっと綺麗」


「綺麗なのが一番危ないんだよ」


 綺麗なものは、壊れたときに目立つ。

 人類の大半の不幸は、たぶんそこから来ている。


 ルドーが後ろから歩いてくる。


「入れ」


「先生、励ましって概念ないんですか」


「現場に励ましはない」


「夢もない」


「それは昨日言った」


 最悪だ。


 私はため息をついて、中へ入った。


———

 展示室の中央では、王国の魔導技師たちが慌ただしく動いていた。


 投影台の上には、宝物の立体像が浮かんでいる。

 王冠。杯。古い剣。宝石箱。


 形は悪くない。

 距離札のおかげで、少なくとも“奥のものが手前に飛び出す”事故は減っている。

 昨日の授業は、ちゃんと生きている。


 だが。


 私は立体の王冠を見て、すぐに分かった。


「……安っぽい」


 担当の魔導技師が、悲しそうな顔でこちらを見た。


「そうなんです!」


 分かりやすすぎる反応だな。


「形は出るんです。重なりも昨日より安定しました。

 でも……何かが違う」


 何か。

 そういう言い方をされる時、だいたい原因は山ほどある。


 私は投影された杯を横から見た。


 輪郭は出ている。

 高さもある。

 だが、全部同じ明るさで光っている。


 金属なのに、金属っぽくない。

 影がない。

 奥まったところも明るすぎる。

 床に落ちるはずの暗がりもない。


 つまり、形はあるのに、光が嘘だ。


 リゼが小声で言った。


「うん。なんか、おもちゃっぽい」


「そう。まさにそれ」


 ルドーが横で言う。


「近いものは残せた。

 次は“どう見えるか”だ」


「先生、予告通りすぎて腹立ちますね」


「教師だからな」


 最悪だ。


———

 展示室の責任者らしい男が、こちらへ早足でやってきた。

 顔色は悪いが、まだ怒鳴る元気は残っている。


「ユウ・サカモト殿! 助けてください!

 形は出るんです! でも、全然“本物らしく”ならない!」


 この世界の偉い人たちは、“本物らしさ”という最悪に曖昧な要求を平然と出す。

 現場が死ぬわけだ。


「どういう注文が来てます?」


 責任者は指を折り始めた。


「豪華に見せろ。

 安っぽくするな。

 東方に舐められるな。

 あと、できれば“感動させろ”と」


「地獄ですね」


「地獄です!」


 よかった。認識は一致している。


 私は投影台の前に立った。

 王冠の立体像が、空中に浮かんでいる。


 綺麗ではある。

 だが、本物っぽくはない。


 なぜか。


 答えは単純だ。


「形だけ描いてますね」


 責任者が瞬きをする。


「……はい?」


「光を描いてない」


 責任者が、さらに困った顔になる。


「光ってますよ!? ほら、明るいです!」


「それが問題です」


 私は王冠を指した。


「全部同じ明るさで見えてる。

 奥まったところも、表面も、裏側も、ほぼ同じ」


 リゼが横から覗く。


「つまり?」


「目に届く光が、どこから来たかを考えてない」


 そこまで言ったところで、技師の一人がはっとした顔をした。


「……影」


「そう」


 私は頷いた。


「影がない。

 反射もない。

 だから、形だけの嘘っぽいものになる」


 ルドーが珍しく、すぐには口を挟まなかった。

 たぶん、今日はここまでは私に喋らせる気だ。


———

 私は部屋の明かりを見上げた。


 展示室の天井には、魔導灯が三つ。

 その光が実際の柱や机に影を落としている。


 でも、投影された宝物には、その影が反映されていない。


「これ、今はどう描いてるんです?」


 技師が答える。


「形を出して、見えるところを残して、それで終わりです」


「ですよね」


 つまり昨日の延長だ。

 近いものを残す。

 だが“どんな光が届いているか”は考えていない。


 私は投影台の前に立って、ゆっくり言った。


「形を描くだけじゃ足りません。

 目に届く光が、どこから来たかを逆にたどる必要がある」


 責任者が眉をひそめる。


「逆に?」


「はい。

 こっちから見たとき、この表面は明るいか。

 その明るさは、どの灯りから来たのか。

 途中で柱に遮られてないか。

 金属なら、周りの光をどう返すか」


 責任者の顔に「難しいこと言い始めた」が浮かぶ。

 分かる。私も少しそう思っている。


 リゼが、小声で要約してくれた。


「つまり……

 “そこに光が届くなら明るくする、届かないなら暗くする”?」


「うん。まずはそれ」


「じゃあ分かる」


 リゼは偉い。

 現場で一番必要なのは、たぶんこういう通訳だ。


 ルドーが後ろで言った。


「言い換えは大事だ。

 難しい顔で喋ると現場は壊れる」


「先生にだけは言われたくないです」


 技師が小さく笑いを堪えた。

 少し空気が軽くなる。よし。


———

 私は、まず簡単なところから始めることにした。


「全部を本物みたいにする必要はないです」


 責任者がすぐに頷く。


「そうです! 全部は無理です!」


 よかった。そこは現実的だ。


「だからまず、影だけ入れましょう」


「影だけ?」


「はい。

 今の投影は、どこも同じ明るさです。

 だから“浮いてるだけ”に見える。

 まず、光が届かないところを暗くする」


 私は王冠の幻灯を指した。


「裏側は少し暗く。

 溝はもっと暗く。

 床には落ち影をつける」


 技師たちが少しずつ頷き始める。

 影なら分かる。そこまでなら追える。


「あと、金属っぽく見せたいなら、強い光が当たるところだけ少しきつく返す」


 技師の一人が顔を上げた。


「反射ですね」


「そう」


 私は言った。


「でも今は欲張らない。

 影を入れて、強いところを少し光らせる。

 それだけで“おもちゃ”からは離れます」


 責任者が、祈るような顔で言う。


「それで……東方に舐められませんか」


「そこは知りません」


 正直に答えた。


「でも、今よりは確実にマシです」


 現場で最も信頼できる言葉は、たぶんこれだ。


———

 作業はすぐ始まった。


 私は技師たちを三組に分けた。


 一組は、主光源の位置を決める。

 一組は、影の落ちる方向を見る。

 一組は、床と壁への落ち影だけを担当する。


「全部を完璧にやろうとしないでください」


 私は念を押す。


「まず、影をつける。

 次に、強い反射。

 それ以上は時間があれば」


 技師の一人が言う。


「つまり、光の道をたどる……」


「はい。でも全部はたどらない。

 今日は“見抜ける嘘”を減らすだけで十分です」


 責任者が深く頷く。


「現場向きだ……」


 褒められてるのかは分からないが、たぶんそうだろう。


 リゼは横で、実際の灯りの位置を見ながら、床に紐を置いて影の向きを示していた。

 こういう時のリゼは強い。抽象を物理に落としてくれる。


「ユウ、こっちの灯りだと、この箱の影、少し右に伸びるよ」


「うん。助かる」


「あと、王冠の内側、明るすぎる」


「そこ暗くして」


 技師が頷く。

 仕事が回る。良い。


———

 一回目の修正が終わった時点で、かなり違った。


 王冠の内側に暗がりができた。

 杯の縁に、きつい光の返りが入った。

 宝石箱の蓋の下に、ちゃんと影が落ちた。


 たったそれだけで、急に“物”に見える。


 リゼが、少し驚いた声を出す。


「……ほんとだ。前よりずっと本物っぽい」


「うん」


 私は答えた。


「形は同じなのにね」


 ルドーが後ろで言った。


「影がないと、嘘になる」


「先生、今日も締め台詞みたいですね」


「気に入っている」


 最悪だが、今日は本当にその通りだ。


 責任者も、投影された杯を見て息を呑んだ。


「すごい……!

 何が違うのか説明できないのに、前より明らかに良い!」


「説明できますよ」


 私は言った。


「光です」


 責任者が真顔になった。


「短く言えばそうなりますか」


「短く言えば」


 長く言うと現場が死ぬからな。


———

 夜会の時間が来た。


 東方使節団が入ってくる。

 昨日の共同実演にいた顔もある。カガリもいる。


 宰相が、またしてもよく通る声で挨拶を始めた。

 仕事だなあ、という感じの声だ。感情は薄いが、こういう時には強い。


 私は展示室の端で、投影台を見守った。

 王冠が回る。

 影が床に落ちる。

 杯の縁に光が走る。

 宝石箱の蓋の裏が少し暗く沈む。


 東方使節団の年配の男が、前で立ち止まった。


「ほう」


 短い。重い。

 この人、気に入ると毎回それだな。


 カガリも、小さく目を細めて言った。


「昨日より、ずっと“在る”ように見えます」


 その言い方は、嬉しかった。


 宰相が得意げな顔をした。

 お前は本当に何もしてないな。でもまあ、それも仕事か。


 責任者が私の横で、小さく震える声で言った。


「……助かった……」


「何よりです」


「本当に、影だけでこうなるんですね」


「影だけじゃないです。

 でも影がないと、だいたい嘘になります」


 責任者が深く頷いた。

 もう二度と忘れない顔だ。いいことだ。


———

 夜会が終わって、人が散り始める。


 展示室の明かりが少し落とされて、投影された宝物たちも静かに光っている。


 リゼが私の袖を掴んだ。


「ユウ」


「うん」


「今日のは、かなり好き」


「どこが」


「見た目が変わったところ」


 正直でよろしい。


「形は昨日とそんなに変わってないんだけどな」


「でも、今日の方が“触れそう”に見えた」


 それは、かなり良い感想だった。

 触れそうに見える。たぶんそれが正しい。


 カガリも、少し遅れてこちらへ来た。


「ユウ殿」


「はい」


「東方にも、幻灯の術はあります。

 ですが、ここまで“光の嘘”を嫌う作り方は、あまり見ません」


「褒めてます?」


「褒めています」


 珍しい。ちゃんと分かる褒め方だ。


 カガリは続けた。


「形ではなく、目に届くものを追う。

 面白い発想です」


「まあ、全部は追えてませんけど」


「全部を追わなくても、嘘が減れば十分です」


 その言い方は、妙にこの作品全体に刺さるな。


 ルドーが後ろで言った。


「覚えておけ。

 近いものを残すだけでは、まだ足りん。

 光まで正しくしないと、人は嘘を見抜く」


「先生、それ授業のまとめとしては満点ですね」


「教師だからな」


 最悪だ。


———

 王城の外へ出ると、夜風が少し冷たかった。


 石畳に、門の灯りが長い影を落としている。

 その影が、今日はやけにきれいに見えた。


 リゼが袖を引く。


「ユウ」


「うん」


「次は何するの」


「……知らない方が幸せだと思う」


「最近そればっかり」


「だって本当だし」


 リゼが笑った。


「じゃあ、今だけ幸せでいよう」


「そうする」


 私は少しだけ笑った。


 王城の窓には、まだ光が残っている。

 たぶん、あの中ではまた誰かが次の面倒を思いついている。


 世界は本当に最悪だ。


 でも、影がちゃんと落ちていると、少しだけ本物に見える。

 たぶん人間も同じなんだろう。

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