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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
はじまり

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第22話 共通術式は、どこの国でも動く

 王城の実演場は、朝から妙にきれいだった。


 嫌な予感しかしない。


 普段は書記官や伝令が行き交うだけの広間に、今日は余計な飾り布がかかっている。

 王国の紋章。東方の紋。机。椅子。見物用の距離感。

 「友好」を演出したい人間が、徹夜で整えたのだろう。


 そういう場は、だいたい失敗できない。

 失敗できない場ほど、よく燃える。


「……帰りたい」


 私は小さく言った。


 隣のリゼが即答する。


「もう遅い」


 正しい。

 最悪だ。


 広間の奥では、宰相と東方使節団の代表が話している。

 その脇にカガリ。今日も静かだ。

 静かだが、昨日よりずっと研がれて見える。


 ルドーが後ろから来た。


「準備は」


「嫌です」


「感想は聞いてない」


 最悪だ。


 私は手の中の木札を見た。

 薄い木片。その上に刻んだのは、王国語でも東方語でもない、共通術式だ。


 書いてあるのは短い。


 ・点火

 ・維持

 ・暴走防止


 それだけだ。


 術そのものではない。

 意味だけを抜いた中間の術式。

 昨日教室で言った、“真ん中の言葉”。


 これを王国側は王国のやり方で読む。

 東方側は東方のやり方で読む。

 理屈はそうだ。


 理屈はいつだって綺麗だ。

 現場はいつだって汚い。


———

 宰相が、わざとらしくよく通る声で言った。


「では、これより王国と東方の術式交流実演を始める!」


 拍手が少し起きる。

 仕事の拍手って感じだ。義務感が強い。


 宰相は続ける。


「両国は、それぞれ優れた術の体系を持つ。

 だが本日は、どちらが優れているかを競うのではない。

 互いの違いを尊重しつつ、同じ目的に至れることを示す」


 言うのは簡単だ。

 現場は死ぬ。


 王国側の術師が前に出る。

 東方側はカガリだ。


 広間の中央の台には、三つの小道具が置かれていた。


 灯火台。

 小石。

 封じ箱。


 分かりやすい。ありがたい。

 つまり三つとも失敗すると分かりやすく死ぬ。


 宰相が言った。


「まずは、王国式と東方式が、そのままでは互換しないことを示す」


 えらく正直だな。

 まあ、昨日の授業と同じ流れだ。


 王国側の術師が、東方から借りた灯火札を使う。

 失敗。灯らない。


 カガリが、王国の簡易浮遊術式を読む。

 失敗。小石はぴくりとも動かない。


 広間に、なんとも言えない気まずさが流れる。

 外交的な気まずさ。高級品だ。


 リゼが小声で言う。


「うん。気まずい」


「うん。知ってた」


 ルドーが後ろで言う。


「予定通りだ」


「先生、楽しそうですね」


「誤解するな。面倒が好きなだけだ」


 最悪だ。


———

 宰相が、咳払いひとつで空気を押し戻した。


「……だが、それで終わりではない」


 ここで私を見るな。

 いや、見るなと言っても無駄か。


「ユウ・サカモト」


「はい」


「前へ」


 はい来た。

 最近この流れに慣れてきた自分が嫌だ。


 私は広間の中央へ出た。

 少し遅れて、カガリも出る。


 宰相が言った。


「昨日の授業で出た案を、ここで実演する。

 術そのものを交換するのではなく、術の“意味”を共通術式に落とし込む。

 そして、それを両国がそれぞれのやり方で実行する」


 広間が静まる。

 役人たちの顔に「それ本当に大丈夫なのか」が浮かんでいる。

 健全だ。疑うべきところは疑え。


 私は木札を持ち上げた。


「王国式と東方式は、書き方が違います。

 だから、そのままでは動きません」


 広間の何人かが頷く。

 昨日の授業を見たわけでもないだろうに、分かる顔をするのは政治の技能かもしれない。


 私は続けた。


「でも、“何をしたいか”だけ抜けば、両方で読めます」


 木札を一枚、灯火台の前に置く。


『点火』

『維持』

『暴走防止』


 まず、王国側の術師を見る。


「これを、王国式で読んでください」


 術師が頷く。

 木札を見て、短く詠唱する。


 対象。点火。維持。過熱防止。


 灯火台に、きれいに火がともった。


 拍手。

 まあ、ここまでは想定内だ。


 次に、私は同じ木札をカガリの前に置いた。


「今度は、東方式で」


 カガリは木札を見て、ほんの少しだけ目を細めた。

 そして呼吸を整える。


 型を結び、火の気を招き、灯に留め、暴れを鎮める。


「寄りて、灯れ」


 同じように、灯火台に火がともる。


 広間の空気が、明らかに変わった。


「同じものなのに……」

「両方で動く……」

「東方でも?」


 ざわめきが広がる。

 今のはちょっと気持ちいい。悔しいが。


 リゼが小さく言う。


「おお」


「うん」


「ちょっとかっこいい」


「まだ一個だ」


「でも、ちょっとかっこいい」


 そういうことをさらっと言うな。


———

 次は小石だ。


 私は二枚目の木札を置く。


『持ち上げる』

『落とさない』

『指定位置に置く』


 王国側の術師がやる。

 小石がふわりと浮き、印をつけた位置で止まる。


 次にカガリ。

 やり方は違う。

 だが、小石は同じ高さで止まった。


 今度は拍手が少し大きい。

 役人というのは、二回続くと安心するらしい。


 ルドーが後ろでぼそりと言う。


「ここからだ」


「ですよね」


 分かってる。

 ここで一番危ないのは、最後だ。


———

 封じ箱。


 これは単なる点火や浮遊より厄介だ。

 王国式と東方式で“閉じた”と見なす条件が、たぶん少し違う。


 私は最後の木札を置いた。


『閉じる』

『開かないようにする』

『開く者を限定する』


 広間が静かになる。


 王国側の術師が先に手を出しかけたが、私は止めた。


「待ってください」


 宰相が眉をひそめる。


「どうした」


「最後の条件が曖昧です」


 広間の空気がまた緊張する。

 はい、現場です。


 私は木札を見た。


『開く者を限定する』


 意味としては正しい。

 でも、王国式だと「指定した個人」になりやすい。

 東方式だと「型を知る者」になりかねない。

 同じようで違う。危ない。


 カガリが静かに言った。


「東方では、“誰”よりも“どの型で開くか”になります」


「王国は“誰が許可を持つか”に寄りやすいです」


 私は答えた。


 宰相がいかにも面倒そうな顔をした。

 役人って、こういう“あと一歩”の差異が嫌いだよな。


 ルドーが腕を組んで言う。


「ほらな。意味を雑にすると死ぬ」


 黙れ。だが正しい。


 私は木札を書き直した。


『閉じる』

『開かないようにする』

『正しい開き札だけ受け付ける』


 それを見て、カガリが頷いた。


「それなら、東方でも共通の型として読めます」


 王国側の術師も言う。


「こちらも、“許可を持つ者”ではなく“正しい札”として扱えます」


 よし。


 私は息を吐いた。


「じゃあ、これでいきます」


 王国側が、共通術式を使って封じ箱を閉じる。

 王国の封じ札で、きちんと閉まる。


 次に、同じ共通術式を使ってカガリが封じる。

 東方の封じ札が重なり、やはり閉まる。


 そして最後に、カガリが東方の開き札で開き、

 王国側の術師が王国の開き札で開く。


 やり方は違う。

 でも、同じ条件で動いた。


 今度の拍手は、ちゃんと拍手だった。


———

 広間の空気が緩む。

 宰相の顔色も、ようやく人間っぽくなる。


 東方使節団の年配の男が、初めて口を開いた。


「興味深い」


 短い。重い。


「王国は、我らの術を王国式に直すのではなく、

 いったん別の共通の型へ落とした」


 私は頷いた。


「術そのものを持ち運ぶと、壊れるので」


 年配の使節は、わずかに笑った。


「術を奪うのではなく、意味だけを渡したのだな」


 その言い方は、ちょっと嬉しかった。

 王国が相手の文化を潰したわけではない、と認められた感じがしたからだ。


 カガリも静かに言った。


「東方でも受け入れやすい形です」


 宰相が胸を張る。


「王国は柔軟だ」


 お前は今ここで何もしてないだろ。

 でも、そういう顔をするのが仕事なのかもしれない。たぶん。


 ルドーが横で小さく言った。


「下を揃えろ。上は違っていていい」


「先生、締め台詞みたいに言わないでください」


「気に入っている」


 最悪だ。


———

 実演が終わって、人が散り始めたころ。


 私はようやく肩の力を抜いた。

 抜くと疲れる。人間の体は面倒だ。


 リゼが私の袖を掴む。


「ユウ」


「うん」


「今日のは、かなりかっこよかった」


「どこが」


「真ん中を作ったところ」


 その言い方は、やっぱり少しずるい。


「……派手な魔法は一個も撃ってないけど」


「でも、東方の人も王国の人も動けた」


 それは、確かに嬉しい。


 カガリが近づいてきた。


「ユウ殿」


「はい」


「今日の共通術式、東方でも持ち帰って検討してよろしいですか」


 私は少し驚いた。


「いいんですか」


「ええ。

 こちらでは、これを“共通の型”として読み替えられそうです」


 少し言葉を選んでから、カガリは続けた。


「術そのものではありませんから。

 それに――」


 カガリが少しだけ笑う。


「一度書いて、どこでも動く。

 そういう発想は、嫌いではありません」


 その言葉は、かなり嬉しかった。

 でも、あまり顔に出すと負けた気がするので、少しだけ頷くに留めた。


「……どうぞ」


「ありがとうございます」


 カガリは一礼した。

 ちゃんとしている。えらい。ルドーも見習ってほしい。


 そのルドーが、すぐ横で言う。


「よし。宿題は終わりだ」


「珍しくちゃんと終わりましたね」


「珍しくとは何だ」


「いつもは次の地獄が来るじゃないですか」


「来るだろうな」


 即答するな。


 リゼがため息をつく。


「先生、もう少し夢を見せて」


「現場に夢はない」


 この人、本当にブレない。


———

 王城の外に出ると、風が少しだけ冷たかった。


 東方の旗が揺れている。

 王国の旗も揺れている。

 たぶん今だけは、どちらも少し機嫌がいい。


 私は空を見上げた。


 一度書いて、どこでも動く。


 それは、術を単純化したわけじゃない。

 違いを消したわけでもない。


 違うままで、同じ場所に立てるようにしただけだ。


 それは少しだけ、いいことのように思えた。


 リゼが袖を引く。


「ユウ」


「うん」


「次は何するの」


「……知らない方が幸せかもな」


「じゃあ、今だけ幸せでいよう」


 私は少し笑った。


「そうする」


 でもまあ、たぶん明日にはまた、何かが燃える。


 世界はそういうふうにできている。

 最悪だ。


 そして、ちょっとだけ面白い。

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