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魔法が複雑すぎる世界で、俺だけAIを使える件 〜圏外なのにAIが動くので、呪文をプログラム化して無双します〜  作者: 月の位相
はじまり

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第21話 その術、国外では動かない

 王城の呼び出しがない朝というのは、それだけで少しだけ世界がましに見える。


 もっとも、魔法学校に来た時点で、その“まし”は長く続かない。


 私は教室の扉の前で立ち止まり、中の気配を探った。

 ざわめきがいつもと違う。軽い。浮ついている。


「……何かあったな」


 隣のリゼが小さく頷く。


「使者が来てるらしいよ」


「また王城案件?」


「今度は、燃えてる感じじゃない」


「じゃあ珍しいな」


「でも先生はちょっと楽しそう」


 最悪だ。


 扉を開けると、その“楽しそう”の理由がすぐに分かった。


 教室の前に、ルドーが立っている。

 目つきはいつも通り悪い。だが、その横に見慣れない人物がいた。


 黒髪。年若い女。

 王国のローブとは違う、袖の広い衣。帯。細い木札を何枚も腰に下げている。

 立ち方が違う。息の置き方が違う。

 剣士ではない。魔導士でもない。だが、何かの“使い手”だとすぐ分かる。


 教室の空気が、そこだけ異国だった。


 ルドーが言った。


「座れ」


 全員が黙る。

 その来訪者も、静かに教室を見回していた。


 ルドーは黒板に、大きく書いた。


『その術、国外では動かない』


 生徒たちがざわつく。


「国外?」

「術って、魔法のこと?」

「え、外国の人?」


 ルドーが面倒そうに頷く。


「そうだ。

 東方連邦より来た使節団の随員、カガリ殿だ。

 本日の授業では、東方の術についてご協力いただく」


 その女が一礼した。


「はじめまして。東方より参りました、カガリと申します」


 言葉は王国語だった。

 少し訛りがある。だが、十分流暢だ。


 前の方の生徒が、おずおずと手を挙げる。


「東方って……妖術を使うって聞いたことあります」


「使います」


 カガリがあっさり言った。


 ルドーが続ける。


「王国の魔法体系と、東方の妖術体系は互換性がない。

 今日はその話だ」


 私は少しだけ姿勢を正した。

 これは、面白いやつだ。


———

 ルドーは机の上に、小さな灯火台を置いた。


「簡単な術でやる。

 目的は“灯をともす”だ」


 分かりやすい。ありがたい。


 ルドーが指で灯火台を示す。


「まず、王国式」


 彼は短く詠唱した。

 いつもの感じだ。対象を定め、熱を起こし、燃焼を安定させる。

 灯火台に小さな火がともる。


 何人かの生徒がうんうんと頷く。見慣れた術だ。


 次にルドーは、その火を消した。


「次、東方式」


 カガリが前に出る。

 木札を一枚取り出し、指で軽く弾いた。

 詠唱というより、呼吸が先にある。

 息を吸い、細く吐き、札を灯火台の前に立てる。


「寄りて、灯れ」


 短い。

 王国式よりずっと短い。


 次の瞬間、灯火台にふっと火がともった。


 教室がざわつく。


「えっ」

「今のだけ?」

「短すぎない?」

「ずるくないですか?」


 ルドーが冷たく言う。


「ずるくない。体系が違うだけだ」


 黒板に書き足す。


『結果は同じ』

『書き方が違う』


 私は内心で頷いた。

 同じ“灯る”でも、内部表現が違う。


 ルドーが今度は、王国の生徒を一人呼んだ。


「お前。今の東方式を真似しろ」


 呼ばれた生徒が前に出る。

 カガリから札を受け取り、ぎこちなく構える。


「寄りて、灯れ」


 ……何も起きない。


 教室が、妙に気まずい空気になる。


 ルドーは次に、カガリへ向き直った。


「カガリ殿。

 差し支えなければ、今度は王国式の術をお試しいただけますか」


 カガリは軽く頷いた。


「はい」


 王国の詠唱紙を受け取る。

 そして、たどたどしく詠唱する。


 対象。熱。燃焼。安定。


 言葉は合っている。

 でも、やっぱり灯らない。


 カガリが、少しだけ肩をすくめた。


「意味は分かります。

 でも、“手が動かない”感じがします」


 ああ、それだ。


 ルドーが黒板を叩く。


「見たか。

 同じ結果でも、そのまま交換しても動かない」


 黒板にさらに書く。


『意味は同じ』

『実装が違う』


 前列の生徒が首を傾げる。


「先生、“実装”って何ですか」


「動き方だ」


 ルドーは即答した。


「何を先に定めるか。

 どこで対象を決めるか。

 どの段階で危険を避けるか。

 そこが違う」


 そこでルドーは、カガリへ少しだけ体を向けた。


「カガリ殿。

 東方では、この術はどう整理されますか。

 王国側に分かりやすくする必要はありません。そのままの言い方で結構です」


 カガリは少し考えてから答えた。


「東方では、術は“型”から入ります。

 火を起こすというより、火の気が留まりやすい形を先に整えます。

 王国は“手順”から入るように見えます」


 ルドーが頷く。


「そうだ。

 王国は順に積む。東方は型に乗せる。

 だから、同じ灯でも、そのままでは移植できん」


 移植。

 その言葉が妙にしっくりきた。


———

 ルドーは黒板を半分消して、新しく書き始めた。


『王国語』

『東方語』


 その間に、少し空白を空ける。


 教室がざわざわする。


「翻訳の話ですか?」

「術式の翻訳?」

「そんなのできるんですか?」


 ルドーは鼻を鳴らした。


「直接やると死ぬ」


 それは分かる。

 最近この作品、だいたい何でも直接やると死ぬ。


 ルドーは、灯火術の王国式術式を簡略化して黒板に書いた。


対象を定める


熱を起こす


燃焼を保つ


過熱を避ける


 次に、カガリにも黒板へ書いてもらった。


型を結ぶ


火の気を招く


灯に留める


暴れを鎮める


 教室が静かになる。


 違う。

 言葉も違うし、切り分け方も違う。

 でも、ぼんやりと似ている。


 リゼが小声で言った。


「……同じじゃないけど、全然別でもないね」


「うん」


 私は答えた。


「目的は近い。でも、分け方が違う」


 ルドーがこちらを見た。


「その通りだ。

 では質問だ。どうする?」


 やめろ。

 そうやって、分かってる奴を前に引きずり出すな。


 私は机を見た。

 でも、言葉はもう頭の中で形になっていた。


「……直接合わせない」


 教室の視線が、ゆっくりこちらに向く。

 最悪だ。


「ほう」


 ルドーが促す。最悪だ。


 私はため息を吐いた。


「王国式を東方式に直接直すんじゃなくて、

 一回“真ん中の言葉”に落とすんです」


 教室が静まる。


 私は黒板の空白を指した。


「点火。

 維持。

 暴走防止。

 みたいな、“意味だけ”の共通の術式にする」


 カガリの目が、少しだけ細くなった。


 ルドーは、ゆっくり頷いた。


「続けろ」


「その“真ん中”を、王国側は王国式で読んで動かす。

 東方側は東方式で読んで動かす。

 そうすれば、術そのものを直接書き換えなくていい」


 前列の生徒がぽかんとしている。

 無理もない。授業中に急に変なやつが喋り始めたんだから。


 リゼが、少しだけ嬉しそうに言った。


「それって……一回書けば、どっちでも動くってこと?」


「……うん。理屈では」


 ルドーが黒板の真ん中に、大きく書いた。


『共通札』


 その言葉が、妙にしっくりきた。


「王国語でも東方語でもない。

 意味だけを刻んだ中間の札。

 これを王国は王国なりに読み、東方は東方なりに読む」


 カガリが、少し感心したように言った。


「なるほど。

 術そのものを奪うのではなく、“術が何をしたいか”だけを渡すのですね」


 私は頷いた。


「たぶん、そうです」


 ルドーが言う。


「良い。

 ようやく授業らしくなってきた」


 最初から授業だったはずなんだが。


———

 後半は演習になった。


 ルドーは簡単な術を三つ、紙で配った。


灯をともす


小石を浮かせる


水を一滴だけ落とす


「直接翻訳するな」


 ルドーが言う。


「目的を書け。

 何をしたいかだけ抜き出せ」


 生徒たちは最初、かなり苦戦した。


「灯をともす……の目的って、灯をともす、じゃだめですか」

「だめだ」

「なんでですか」

「雑だからだ」


 身もふたもない。


 でも少しずつ、形になっていく。


 ・灯す

 ・保つ

 ・暴れを抑える

 ・持ち上げる

 ・落とさない

 ・指定位置に置く

 ・一滴だけ出す

 ・間隔を守る

 ・溢れさせない


 それっぽくなってきた。


 カガリが、王国の生徒の紙を覗いて言う。


「東方でも読めそうです」


 その一言で、教室の空気が少し変わる。

 異国の誰かに「読める」と言われるのは、なんだか妙に嬉しいものだ。


 リゼが小声で言う。


「ユウ、ちょっと楽しそう」


「いや」


「楽しそう」


「……ちょっとだけ」


 まあ、これは面白い。悔しいけど。


———

 授業の終わり。


 ルドーは黒板に宿題を書いた。


『宿題:術の“意味”だけを抜き出せ』

『条件:王国式を知らない相手にも渡せる形にしろ』


 教室の空気が少し重くなる。

 見た目より難しいやつだ。


 そして当然のように、ルドーは一拍置いて私を見た。


「……ユウ」


 はい来た。


「前へ」


 最近この流れに慣れてきたのが、本当に嫌だ。


 私は前に出た。

 ルドーは声を落として言った。


「お前は紙で出すな」


「……はい」


 よし、一回だ。進歩。


 ルドーがほんの少しだけ頷いた。


「お前の宿題は現場だ。

 明日、王城で共同実演がある」


「共同実演?」


 カガリが静かに答えた。


「王国と東方で、同じ術を見せるのです。

 友好のために」


 私は少しだけ顔をしかめた。

 嫌な単語だ。友好。現場が燃える匂いしかしない。


 ルドーが言う。


「今のままでは、どちらかが相手に合わせるしかない。

 それでは面子が死ぬ」


 カガリが平然と頷いた。


「死にます」


 言い切るな。だが分かる。


 そこでルドーは、カガリへ向き直った。


「明日の実演については、こちらも無理に王国式へ寄せるつもりはありません。

 両方が動ける形を、こちらで用意します」


 カガリは静かに一礼した。


「ありがとうございます。

 その方が、こちらとしてもありがたいです」


 ルドーは短く頷いてから、私へ視線を戻した。


「だから、お前は共通札を作れ。

 一度書いて、どちらでも動く形にしろ」


 教室がざわつく。


「そんなことできるんですか?」

「ユウだけずるくない?」

「それ、宿題の範囲じゃないだろ」


 正しい。宿題の範囲じゃない。

 いつだって私のだけ範囲外だ。


 私は息を吐いた。


「……先生、俺を便利屋にする気ですか」


「便利屋にする気はない」


 いつものやつだ。


「お前が勝手に便利だから呼ばれるだけだ」


 最悪の論理だが、もはや挨拶だ。


 ルドーは最後に黒板を指した。


『そのまま渡すな』

『意味を渡せ』


「覚えておけ。

 術をそのまま運ぶな。

 意味を運べ。

 下を揃えろ。上は違っていていい」


 嫌なほど筋が通っている。


———

 授業が終わって、廊下に出る。


 カガリが、少し遅れて私たちのところへ来た。


「ユウ殿」


「はい」


「先ほどの考え、興味深かったです。

 東方では、術はその者の“型”に宿るものです。

 ですから、術そのものを渡せと言われると、少し乱暴に感じます」


 私は頷いた。


「王国も似たようなものです。

 術式をそのまま持っていけると思ってる人の方が雑です」


 カガリが、わずかに笑った。


「では明日、雑でないところを見せてください」


 軽い言い方なのに、圧がある。

 異文化外交、怖い。


 カガリは静かに一礼して去っていった。


 リゼがすぐに私の袖を掴む。


「ユウ」


「うん」


「明日、失敗したらどうなるの」


「王国と東方の両方で気まずくなる」


「最悪だね」


「うん。最悪」


 リゼは少し考えてから言った。


「でも、ちょっと見たいかも。

 ユウが“真ん中”を作るところ」


 その言い方は、少しだけずるい。


 私は廊下の窓の外を見た。

 夕方の光が校庭を赤く染めている。


 一度書いて、どこでも動く。

 そんな都合のいい話が、本当にできるのか。


 たぶん、やるしかない。

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